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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第二章 緋と館編
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9 領主の噂

 山奥の教会で盗賊に襲われた時、狂おしいほどの血への渇望を感じた。


 ただ、それはその時だけの衝動だと思っていた。すくなくともそれ以降、血に対する焦がれを自覚してはいなかった。


 たしかにイスラの言う通り、森を歩いている間、水を飲んだり胡桃(くるみ)を摘んだりしたが、空腹が癒えることはなかった。空腹感は続いていたが耐えられないものではなかったため、そういうものだと思い込もうとしていた。


 いや、それで済んでほしかったのだ。


 だが、やはり違うのだろう。イスラから言われるまでもなく、いつまでも目を逸らすことができないのは、ティア自身が一番よくわかっている。


 血を飲む、ということ。


 そう思うと、やはり欲しくなる。


 そうしなければならない、という気になってくる。


 誰かの血こそを求めているだ、とも。


 部屋の暗がりのなか、ティアは寝台から上半身を起こした。寝台といっても木の台に干し草を敷き詰めただけのごく簡素なものである。


 ティアの部屋は物置きを間借りしたものだった。他の部屋は店の女との共用ということもあったし、普通の部屋には大小の差こそあれ明かり採りが設けられているため、昼間は光が入ってきてしまう。


「……吸血鬼(ヴァンパイア)


 暗がりのなか、その言葉を口にしてみる。


 (かび)の臭いがする部屋で、ティアは同じ姿勢のまま、じっと天井を見つめた。


 ◇


 開店から閉店までを店の給仕として過ごすため、必然的に自由な時間が短くなる。ティアは店が閉まると同時に出歩き、夜明け前に部屋に戻るという生活を続けた。さすがに不思議がる者もいたが、ティアは散歩をしているのだと言い張った。ついでに自分は陽の光に当たると体調が悪くなるとも言い伝えてある。


 酒場には情報が集まってくる。


 人が多く集まる場所だから、ということもあるが、酒が入れば自然と口が軽くなるのものなのだろう。ティアが水を向けるまでもなく、客が勝手に話をはじめることもすくなくない。


 ティアが経験で学んだところ、話は主に四種類に分けることができた。


 一、口説き話。

 二、仕事の愚痴。

 三、家庭の愚痴。

 四、政治に関する愚痴。


 要するにティアを口説いてくるか愚痴を言うかのどちらかである。また、四番目の政治といっても中央に対してではなく、地元の、つまり領主にまつわる話が圧倒的に多い。リュニオスハートに限らず、大部分の人間が生まれついた土地で一生を過ごすため、自然、目の敵にされるのは領主だからだ。


 そしてこれもティアが学んだことではあるが、酒が入っているからといってどこまで本音を言うかは人それぞれらしい。大して気にもしていないことをさも大事のように騙る者もいれば、仲間に追従するために心にもないことを言って盛り上がろうとする者もいる。


 玉石混淆(こんこう)と言ってしまえばそれまでだが、ティアの所感としてはいささか石が多すぎる気がした。


 ともあれ話を綜合(そうごう)すると、リュニオスハートの領主であるミハイル=リュニオスハートの評判は決して良いものではなさそうだった。


 その最たる理由として、実はミハイルがリュニオスハートが再び戦場となることを望んでいるのではないか、という噂である。戦争を望む理由を一言でいってしまえば特需である。ひとたび戦争が起これば大量の物資が必要となるため、武具や食料、その他もろもろの商品が不足し、需要が増す。それに連動して物の価格(物価)も高騰する。


 それで莫大な富を得、旨味を知ったミハイルが、再びリュニオスハートを戦場の舞台とするよう中央の軍部と画策している、といった噂がまことしやかに囁かれていた。


 にわかには信じがたい話ではあった。常識的に考えて、ティアにはそれが諸刃の剣に思えてならない。戦争というものを制御できれば可能であるかもしれないが、下手をすると街自体が戦禍にさらされ、自分の身を滅ぼしかねない。


 真っ当な領主が取るべき方法では断じてない。


 つまり、それほど領主が真っ当ではなくなっている、ということだろうか。


 ティアは考えながら、夜の街を当てもなく歩く。


「やはりカホカには伝えた方がいいか……」


 真偽の程はわからないが、捨て置くこともできない。


 ちらりと自分の影を見た。


 できればカホカだけに事を伝えたい。なので他人に見られるおそれのある手紙は書けないし、かといって安全に届けてくれる人脈(コネ)もない。一度断られた以上、イスラには頼みづらい。


 残りの手は、ティアが誰かの血を飲むことである。自分では飲んだからといってイスラのように影に潜んだりする芸当ができるようになるとは思えなかったが、イスラはそう信じて疑わない口ぶりだった。


 結局のところ、堂々巡りなのだ。


「血を……飲む……」


 それがティアの本性であるなら、ためらう方がおかしなことなのかもしれない。


 こだわっているだけなのだろうか。


 すでに失ってしまったものを、認めるのが怖くて。


 答えが出ないまま、気がつくとティアは広場に来ていた。


 特にすることもなく、噴水の縁にでも座ろうかと広場に入りかけた時だった。


 ティアとは別の通りからひとりの男が現れ、広場を斜に横切り、また別の通りへと入っていく。


 目についたのは、この時間帯によく見かける酔漢に比べ、着ている服が明らかに高級そうだったからだ。足取りはしっかりしており、表情は険しく、どこか緊張した様子で先を急いでいた。


『見覚えがあるのう』


 ふと、イスラの声が頭に響いた。


『知っているのか?』


 驚いてティアが訊くと、


『おそらくじゃが、洞窟で見かけたふたりのうちのひとりであろう。匂いも同じだからの』


 まさかとは思ったが、イスラがそう言うのなら調べてみる価値はある。


『……追ってみるか』


 夜目を利かせ、ティアは男の消えていった通りへと走りはじめた。


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