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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第二章 緋と館編
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8 懐かしき日々

 仕事が終わり、ティアは寝台の上にいきおいよく倒れ込んだ。


「疲れた……」


 体力的にではない。精神的に疲れていた。


「男って、馬鹿ばっかりなんだな」


 かつて自分が男であったことが悲しくなってくる。


 ティアは給仕をした。慣れないながら精一杯の作り笑いを浮かべて料理を運び、客を案内し、店の前に立って客寄せもした。


 問題は、事あるごとになれなれしくティアに触ろうとしてくる客だった。食器を置けば偶然を装って手を重ねてくる。客を部屋に案内しようとすれば、自分が選んだ娘の目を盗んで尻を触ってくる。店の前に立てば、酔漢がつまずいたふりをして抱きついてくる。忙しいに決まっているのに「忙しいところ悪いんだけど」と、やたらと話しかけてくる。


 その度に斬り捨てたくなるのを、ティアは悪寒とともに耐え続けた。


『そう悪し様に言ってやるな』


 イスラの苦笑が聞こえた。


『人には男と女しかおらぬ。男は馬鹿だ、と決めつけてしまってはその半分を捨てることになる』

「……捨ててもいい」


 うつ伏せになり、ティアはうんざりして吐き捨てた。


『これも経験じゃ』

市井(しせい)で働いて金を稼ぐということはこれほど大変なことなのか」


 力なくつぶやいたが、ここで眠るわけにはいかない。気力を(ふる)ってティアは立ち上がった。自分がリュニオスハートに来たのは給仕をするためではない。


 夜明けまでにはまだ時間がある。


 頭の上からマントをかぶり、ティアは店を出た。


『どこに行くつもりだ?』

「領主の館だ」


 足早に歩きながら答えた。


 目指す建物はもっとも高い位置にあるため、見つけるのは難しくない。


 さすがにこの時間に人の姿を見かけることはなかった。ティアは肺いっぱいに夜気を満たす。


 坂を上りきり、ティアは領主の館を見上げた。


 高い鉄柵に囲まれた屋敷はしん、と静まりかえっている。正門に二、三人の衛兵が詰めている以外に人の気配はなく、明かりが点いている部屋もない。


 守衛室から死角となるよう、ティアは隠れながら、


「静かなものだ」


 感想をもらした。わかっていたことだが、目を引くような異常はない。


『何が気になる?』


 イスラから訊かれ、ティアは冷たい空気を吐いた。


『婚約者が、いたんだ』

『ほう』

『昔の話だ』


 懐かしい目を、ティアは屋敷へと投げる。


『ここに来たのははじめてだけどな。そういう話が出たことがある、という程度に過ぎないが』


 結局、その話は流れた。


 先方──いま、ティアが目にしているリュニオスハート家から一方的に縁談を断るとの通知があったのだ。ティアの、というよりタオの父親であるシフル卿がどこまで事情を知っていたかはわからないが、結論からいえば、シフル卿はそれを受け入れたということになる。タオも当時は結婚という言葉自体が遠いものだったから、特に知ろうとは思わなかった。


『なるほど、それで洞窟の男どもの話が気になったというわけか』

『関係ないといえばそれまでだが、それに……』


 元がつくとはいえ、タオも貴族だった。同じ立場の者として、領民から恨まれ、場合によっては家が滅びるのを見るのは、つらい。


『では、その動きがあることを領主に伝えるか?』


 その問いに答えることはティアにはできなかった。何しろ事情がわからないのだ。下手に動いては余計に不幸の種を()くことになりかねない。


『それでも、彼女には伝えた方がいいのかもしれない』

『元婚約者にか?』


 うん、とティアはうなずく。


 家という意味でのシフル家とリュニオスハート家の縁は既に薄い。関係がない、と言ってもいいほどだ。しかしその一方で、タオと元婚約者と間には浅からぬ縁があった。


 ──カホカ=リュニオスハート。


 緋色(ひいろ)のカホカ。それを縮めて『()カホ』とタオが呼んで笑いあった日もあった。


『彼女は、オレの妹弟子だったんだ』


 物覚えが悪く、一を一としか学べないタオに対し、彼女は十を知ることができるほどに武術の才に恵まれていた。しかも、常人にはない特異な体質を持っていた。


 カホカは年齢もタオより二歳若く、また師匠に弟子入りする時期も遅かったにもかかわらず、あっという間に先を越されてしまった。


『とにかく明るくてよく笑う子だった』


 それがいまも残っている彼女の印象である。


 共に過ごした時間はけっして長いものではなかったが、それでもタオの繋がりのある数少ない人物である。何しろ元婚約者であり、同じ釜の飯を食べた仲だ。


『イスラ』

『断る』


 にべも言わさぬ物言いに、思わずティアは自分の影を見た。


大方(おおかた)、その元婚約者に(むね)を伝えるよう、私に頼むつもりだったのであろう?』


 その通りだったので、ティアは押し黙る。


『どうしても、ということであれば私も受けよう。だが、私はお前の召使いではない。そもそも屋敷に忍び込む程度のこと、お前にできぬはずもない』


 どう返せばいいかわからず、ティアが黙り込んでいると、


『なぜ血を飲まぬ? それがお前の力の源じゃ。それをせぬ限りはお前はタオ=シフルにさえ及ばぬ』

『血を……』

『無理にとは言わぬ。かつて人であったお前にも思うところがあろう。が、それはお前の本性に(もと)る行為ではある。すでに体感しておると思うが、人の食するものをお前が口にしたところで、何の意味もない。せめて動くだけの加護はくれてやるが、多くを分け与えてやるほどの余力は私にはない。血を飲まぬ限り、その空腹はやがて(かつ)えへと変わり、永遠にお前を(さいな)み続けるぞ』

『……オレは、何者なんだ』

『決まっておろう』


 イスラはさも当然といった口調で笑う。


『その身を闇に(ひた)し、夜を()べる高貴なる血統──吸血鬼(ヴァンパイア)じゃ』

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