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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第五章 創国編
237/239

17 ダビド=サルーニⅣ

 日没後──

 

 山小屋の外にて。

 ダビドを前に、ティア、カホカ、ウィノナ、弟子の男が並ぶ。


「聞け!」


 胸を張り、腕組みをしてダビドが言った。

 

「聞こえてるっつーの」


 カホカが耳をおさえて迷惑そうな顔をした。


 ダビドは地声が尋常ではないほど大きい。日常生活においては(はなは)だ迷惑ではあるが、声が大きい、というのは指揮官として必須の能力ではあった。戦場において名を馳せた者はたいてい声量の豊かな者が多い。命令を遠くまで響かせることができる上、自身をより強く、求心力を増すことができるからだ。


「お前らは弱い。激弱だ。見ているこっちが恥ずかしくなるぞ」


 しかも、なぜか諸肌(もろはだ)脱いだ上半身裸である。


 四人はどこか冷めた瞳でダビドを眺めるように見ていた。

 無言でいると、


「ひとりひとり相手をするのも面倒だ。まとめてかかってこい!」

 

 威勢よく言い放ったダビドに、ティアが「質問がある」と手を挙げた。


「よし、言え」

「これで勝ったら仲間になる、ということでいいのか?」

「愚問だ。俺が負けるわけがない」

「もし、の話だ」

「あり得ぬ話だが、負ければ仲間にでも何にでもなってやる」

「わかった──」


 うなずき、ティアは目を閉じた。

 深呼吸する。

 かっと目を見開いた。


「全力で行くぞ!」


 静けさから一転して、瞳に赤い輝きを宿したティアが雄々しく(げき)を飛ばした。反応したカホカが地を蹴った。ウィノナと弟子の男が木剣を構え、ダビドに向かっていく。

 

「よぉし、来い! ぞんぶんに俺の胸を貸してやるぞ!」


 ダビドが豪快に叫んだ。


 そして……。

 

 数刻後。

 無残に倒れるダビドの姿があった。

 両手両足を広げた、それはもう見事なまでの負けっぷりである。


「アタシたちの勝ちィ!」


 いえーい、とカホカとウィノナがハイタッチする。


「あんたが強いのは言うまでもないが、さすがになめすぎだな」


 ウィノナが木剣を肩に乗せて大きく息を吐いた。模擬戦ではあるものの、ティアとカホカがいて、ウィノナもいる。弟子の男も人並みには戦える能力はあった。


 とはいえ、ダビドの強さは異常だった。逆に言えば、四人がかりでようやく勝利を収めることができたのだ。辛勝(しんしょう)である。


「……化物の力を使うとは」


 四人に囲まれ、見下ろされたダビドがうめき声をあげる。


「思い直した」


 ティアは口元の血をぬぐう。ダビドからの攻撃のほとんどすべてをティアひとりで受けたため、相応の手傷を負っていた。


「たしかに使わないつもりだったが、お前は体力馬鹿でキリがないし」


 ティアの傷口から黒い霧が吹き出し、それが空気にまぎれて見えなくなると、すでに傷はなくなっていた。

 ダビドを不必要に傷つけず、さらに勝たなければならないという難題がある以上、そのチャンスがあれば逃すわけにはいかなかった。多勢による速攻で袋叩きにするのが最善と判断したのだ。


「正直なところ、こんなにうまくいくとは思わなかった。私も驚いている」


 言いながらティアは内心で安堵していた。もしシフルでの血の蓄えがなければ、勝利は危うかっただろう。


 それほどにダビドは強かった。


「オッサンて意外に馬鹿なんだね」


 カホカがしゃがみこみ、倒れたダビドをつつく。


「勝負に勝ったのだから今からお前は仲間だ。身支度をしろ、山を下りるぞ」


 同様にティアもしゃがんでダビドをつつく。


「認められるかよ!」

 

 ダビドがいきおいよく立ち上った。


「やり直しだ! もう一度こい! だがティアーナは化物の力は使うな!」

「正気か? 元元帥(げんすい)


 ティアはダビドを見上げる。


「オッサン、負けて言い訳する気? すっげー情けないね」


 カホカも見上げる。


「同じ男としてアンタにはがっかりだな」


 ウィノナが木剣を肩で叩きながら、ため息をつく。


「……」


 弟子の男は何も言わない。


 四人からの冷めた視線に、「ぐ、ぬ」とダビドが口ごもる。


「わかった、もういい」


 ティアは失望して言った。


「お前のような情けない嘘つき男を仲間にしても仕方がない──みんな、行こう」


 ティアが山小屋のほうへ歩きはじめると、「おー」とカホカたちが続く。


「待てお前ら!」ダビドがあわてて声を上げた。「誰が仲間にならんと言った。俺は約束は守る男だ」


 その言葉に、ティアはくるりとダビドに振り返った。「だよな!」と、満面の笑みを浮かべ、明るい口調で話しかける。


「男に二言はないよな! さすがだ、私が見込んだだけのことはある!」


 ティアが言うと、


「カホカちゃん、ダビドにかんげきー」


 カホカが続き、


「さすがダビド=サルーニだ。根っからの武人だな」


 ウィノナも続いて、


「……」


 弟子の男は黙っている。


 やんやと四人からはやし立てられ、ダビドは「そうか?」と自分の頭をなでるも、はっと気づき、


「ふざけた策を使いやがって!」


 払うように腕を大きく振った。四人は後方に跳びすさる。


「馬鹿が気づいたね」


 横のカホカに言われ、ティアはうなずいた。


篭絡(ろうらく)は失敗か」

「つべこべ言ってないでもう一勝負だ! 来い!」


 ダビドが構える。


「まぁ、たしかにダビドの気持ちもわからなくもない」


 ティアは認める。ダビドが言い出したとはいえ四対一で、ティアが力を使うのも想定外だったのはわかる。そもそも彼が納得して仲間にならなければ意味がない。


「ではもう一度だ。行くぞ」


 ティアの言葉に、他の三人がうなずいた。


 ◇


 何日も、何度も。

 ティアたちはダビドと模擬戦を重ねた。勝つこともあれば負けることもあったが、続けるうちに、ティアは勝敗などどうでもよくなっていた。ダビドも同じ気持ちなのではと思うことが何度もあった。


 結局、ティアが吸血鬼の力を使ったのは一度だけだった。


 四対一で戦った次の日は休息を設けるようになった。


 休息日の夜はたいてい家事をして夜は早めに眠ることになるが、ダビドから教わることも多かった。


 さらに日が経ったある夜、ティアは自らが持つ旗の扱い方を教わっていた。


「本来、旗ってのは合図を送ったり所属を明らかにするものであって、武器として使うもんじゃあない。なんでお前の神器の形状が旗なのかは知らんが、穂先がある以上、槍として扱うことだな」


 ダビドから言われ、ティアは素直にうなずく。ともに過ごしてわかったことだが、ダビドは人に教えをほどこすことが好きな性分らしい。聞けば惜しみなく教えてくれるし、どれだけ教わっても偉ぶったり感謝を求められることもなかった。


「旗を(槍として扱うなら)自分の腕の一部だと思え。そのためにはとにかく振り続けることだ」

「わかった」と、ティアが素振りをしている間、ダビドは横に立って姿勢や旗の動かし方を教えてくれる。


 振り続けていると、「おかしな奴だ」と、ダビドが言った。


「化物の力を(きわ)めれば旗の振り方などいちいち気にする必要もなかろう」

「基本的な技量が身につけば、より強くなる」

「行儀のいいことだ」

「ダメか?」

「人それぞれだが、そういう奴は早く死ぬ」

「なぜ?」

「まともな人間のする考え方だからだ」

「たしかに」ティアはちいさく笑う。「(タオ)は死んだからな」

「亡霊として迷い出るほどに未練があったか」


 ティアは、素振りをやめた。汗をぬぐい、ダビドに向く。


「そういうことだ」

 

 言って、ティアは素振りを再開する。

 旗をふるたびに、汗が飛んだ。標高が高いため空気はひやりと心地いい。しかし、この高原にも夏の足音は聞こえる。


 月が雲に隠れた。


「この国を本気で()れると思っているのか?」

「そのためにここにいる。私がダビド=サルーニを仲間にする。そうすれば私は私の国に一歩近づく。その繰り返しだ。そうしていつか辿(たど)りつく」

「お前のような青臭い、甘ちゃんが、か?」

「そうだ、悪いか?」

「お前の甘さで人が死ぬぞ」


 ティアは素振りをやめ、旗の石突きを地に立てた。


 ダビドの巨躯(きょく)が人影となってこちらを見ている。


 ──ああ、そういうことか。


 ティアは気づく。


 いつかに見た、あの景色。夢のような、幻のような……。


 野に風が吹き、多くの人影が自分を見ている。


 この男もそのひとりなのだとティアは確信する。


「私には情があり、不完全で、私の弱さによって判断を迷い、その結果、私の愛する多くの者が死ぬ──そういうことか?」


 雲間から月が顔を出す。赤い月を。


「私は傷つき、深く悲しむだろう。それでも、泣きながら立ち上がる。前を向く。歩く。旗を振る」


 ティアは自分の旗を示す。


「この旗は『夢の旗アズ・アルモク・ザスライヤ』。ある人が、私の振る旗に仲間は集まると言った。──お前の目にこの旗はどう見える? お前が求める強さとはなんだ?」


 ティアは赤い瞳をダビドに向ける。しかし、攻撃的にではない。自分を伝えるために。ダビドのほどの男であれば、自分の心さえ伝えればいい、そう思った。あとは彼が勝手に決めるだろう。


「青臭いなら青臭いでかまわない。私は私の国を(つく)る。そのためにダビド=サルーニの力を借りたい」


 赤い輝きを浴びて、ダビドは腕組みをしたまま、無言で立っている。


「私たちは明日山を下りることにする。返事はいつでも構わない」


 ティアが山小屋に戻ろうとすると、背後から声をかけられた。


「気に食わなければすぐに抜けるぞ」


 ティアは肩越しに振り返り、言った。


「ダメだ。それは世捨て人の考え方だ。人は人の世で生きるべきだ。ちゃんと人の世界に戻ってこい」


 たしかに、とダビドが笑い声を上げた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 投稿ありがとうございます!いつも楽しみして待っています。 読んでいて気になった所があったので、報告を、多分誤字かなと。 「模擬線ではあるものの」と「ティアたちはダビドと模擬線を重ねた。…
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