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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第五章 創国編
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16 ダビド=サルーニⅢ

 裸のまま両手と腰を掴まれ、さらに宙づりにされたティアが取り乱しもせずにいると、ダビドが不思議そうな顔をした。


「抵抗しないのか?」

公平(フェア)じゃない」

「何のことだ?」


 首を傾げるダビドに、さらにティアが言った。


「お前にくれてやるつもりはない、と私は言ったはずだ。それでも力づくで私を奪う気なら、相応の犠牲を払うべきだ」

「ほーう、どんな犠牲だ?」

「私がお前に勝てば、私の仲間になること。私が負ければお前の好きにしていい」


 ティアがひるみもせずに言うと、ダビドは歯をのぞかせた。


「そんなことか。面白い女だな、乗った」

 

 ダビドの言質(げんち)を取るや、ティアはしてやったりと会心の笑みを漏らした。瞳が赤く輝く。身体が黒い霧となってダビドの手からすりぬけ、その頭上で形を成した。


 ティアは(かかと)をダビドの首裏へ打ち当て、反動で跳び上がった。岸辺に着地する。


 ダビドはまるで効いていない様子である。


「……やはり人外か」


 ぐらつきもせず、ティアを向く。


「不服か?」


 全力ではないにしろ、常人であれば一撃で仕留める威力はあった。ティアは服を着ながら、これは手こずりそうだ、と心のなかで気を引きしめる。


「いいや、面白い。人外を相手にするのは久しぶりだ」


 ダビドは豪快に笑い、


「それに──」


 と、その場に片膝をついた。ティアが何をするのかと構えると、ダビドが地を蹴り、水しぶきを上げてこちらめがけて突進してくる。


 ティアは避けず、その突進を受け止めた。身体が吹き飛びそうになるのを両足に力を込めて踏ん張る。


「『同門(どうもん)』とやるのはもっと久しぶりだ」

「やはり、そうか」

 

 薄々(うすうす)感じてはいた。

 ティアは受け止めた体勢からダビドの首を脇に抱え、そのまま締め上げた。するとダビドが暴れ牛のように頭を跳ね上げ、ティアごと持ち上げて後方に倒れこむ。ティアは下敷きになる直前で腕をほどき、その場を逃れた。


「誰に教わった?」


 ダビドに訊かれ、ティアが師匠の名を出すと「懐かしいな」とその目を細める。


「俺の師匠でもある。まだ生きているか?」

「もちろん」


 ティアが答えると、ダビドはさらに嬉しそうにうなずき、腕を組んだ。


「ティアーナといったか。基本に忠実なのは性格か。しかし技が(まず)い」

「耳が痛い。私には才能がなかった」


 ティアが素直に認めると、ダビドは声をあげて笑った。


「武を志すには優しすぎたか。──なるほど、兄弟子らしく俺が手ほどきをしてやる」

「ありがたい」


 ティアが構えると、ダビドもゆったりと腕をほどき、構えた。

 周囲の空気が引き締まった気がした。

 


 数刻後。


 いまだ決着はつかず、ティアとダビドは対峙(たいじ)する。


「……化物はどっちだ」


 無限とも思えるほどのダビドの体力に、ティアは称賛と焦燥を込めてつぶやく。地を蹴った。ダビドの間合いを図って背後に回り込む。背後から蹴り上げるも、ダビドにかわされた。ダビドは振り返りざまにティアを腕に引っ掛け、木にめがけて投げ飛ばした。


「チッ」


 激突する寸前で体勢を変え、ティアはぴたりと幹に張り付く。


「ぬん!」


 ダビドは巨大な川石を抱え上げ、放り投げてくる。巨石が後ろの木もろともティアを押しつぶした。


「ぬはは! 見たか!」


 ダビドが両腕に力こぶを作って笑い声をあげる。


 しかしそれも束の間、巨石を幾本もの黒槍が貫き出た。粉々になった石のかけらの下から、ティアが跳び出してくる。


「オォ!」


 ティアが何発ものの拳を打ち込むも、ダビドが両腕で防御する。


「ぬるい!」


 ダビドは腰を沈ませ、ティアの腹に拳を打ち上げる。


「くっ」


 一撃で、ティアの勢いが止まった。


 ──やりにくいな。


 的確に急所を突いてくるため、回復するのに一瞬の間が空く。


「やみくもに拳を振るのはガキでもできるぞ」


 ティアの防御をすり抜けるように、さらに一撃をくらい、ティアは後ずさる。そこにダビドが素早く身をしゃがませ、ティアの足首をつかんで振り回した。何度も地面にたたきつける。


 さらに跳び上がって踏みつけようとするのを、ティアはとっさに転がった。


 間合いを取って立ち上がったティアの頬を血が流れていく。


 いつしか東の夜空が白々と薄まっている。


 ──キリがない。


 身体が動かなくなれば、ティアは戦闘不能である。


「どうしたどうしたぁ! もうお手上げか?」


 言われ、ティアはダビドを見つめた。


「ん?」


 これまでとは異なる雰囲気に、ダビドは不思議そうに眉を寄せる。


 ティアの瞳の赤がより強く輝きを放つ。両の掌を打ち合わせ、その掌を離していくと、間の空間に黒い旗が伸び出てくる。


夢の旗アズ・アルモク・ザスライヤ……」


 一度、その旗を大きく振って、槍の穂先のように鋭くとがった竿頭(かんとう)をダビドに向ける。


「それがお前の奥の手か。出し惜しみできる相手ではないからな、俺は」


 かっかとダビドは笑う。

 ティアはしばらく旗を構えていたが、やめた。もう一度旗を振ると、その旗が消えた。


「なんだ、使わんのか?」


 拍子抜けした様子のダビドに、ティアは頭を振った。


「旗は仲間がいなければ力を発揮しない──し、これから仲間になる者に使う力でもない」

「夜が明けるぞ。化物は多かれ少なかれ弱るだろう?」

「そう、特に私は……」

 

 言って、ティアは両手に黒剣を出す。


「……」


 しかし、その剣も地面に放る。


「なんだ?」


 ダビドが目を瞬かせる。ティアの瞳が灰褐色に戻り、身体がぐらりと(かし)いだ。


「時間切れだ……身体が動かなくなってきた」

「んんー?」


 警戒を解き、訝しんで近づいてくるダビドを、ティアは見上げた。


「勝負は夜まで預けてやる。さっさと太陽から私を守って小屋に連れていけ」


 それだけ言ってティアは意識を失った。がくりと膝の力が抜け、崩れ落ちそうになるところを、ダビドが支える。


「おい、こら、勝手に寝るんじゃない──」


 しかしティアからの反応はない。ダビドはぽりぽりと頭を掻いた。


「どう考えても俺の勝ちだろうが」


 ダビドは仏頂面を作る。


 しかし、とダビドは思う。


 ──こいつは逃げようと思えば逃げることができた。


 にも関わらず、戦える時間ギリギリまで戦うことをやめなかった。

 その上、化物としての力もほとんど使っていないらしい、あくまでダビドに合わせた戦い方をしていた。


「これで国が()れるかよ」


 ダビドは苦笑するしかない。


 正々堂々と戦えば、相手もそれに応じると本気で考えているのなら、あまりにも発想が青臭い。むしろ、ダビドのような叩き上げの猛者にとっては、どんな卑怯な手を使っても勝つ、という考え方こそが正義である。


 命のやり取りは綺麗ごとではない。

自分の死を覚悟した上で、どんな手段を使ってでも敵を仕留める。それが活路であり、敵の善性を期待するなど馬鹿のすることだ。


 ダビドは「おい」と、離れた茂みに向けて声を放つ。


「さっさとこいつを連れていけや」


 ダビドが言うと、茂みを払い、ウィノナが出てきた。さらにその背後には、カホカが碧い瞳を見開き、全身に炎の竜をまとわせてこちらに構えている。ダビドがティアに手を出そうものなら、すぐさま竜が飛んできそうだ。


「物騒なことだ」


 ダビドはティアをウィノナに預けながら、


「ルーシ人か。お前も同門だな」


 カホカの敵意を気にもせず、放ったままの熊を背負う。


「続きは夜だ。まずは飯だ。お前らも手伝え」


 ダビドはそれだけ言うと、のそのそと山小屋に歩いていった。


 ◇


 ダビドとカホカ、ウィノナ、弟子の男の四人は熊を解体した後、食卓を囲んだ。


 食事をしている間、ウィノナは山小屋に訪れた経緯をダビドに説明する。ダビドはどこか不機嫌そうな表情で、焼いた熊肉を噛んでいる。


「アイツはなんだ?」


 ダビドが、ぎょろりとウィノナを見る。


「俺よりカホカが詳しい」


 言って、ウィノナはカホカを示す。


「ティアは吸血鬼」


 熊鍋をつつきながら、カホカが言った。


 カホカはティアがかつてタオであったことからはじまって、山小屋に訪れるまでの経緯をダビドに説明した。ダビドは食べながらカホカの話に聞き入っていた。話を聞き終わると。


「聖騎士団か」


 木杯に満たされたワインを一気飲みする。


「青臭いガキが目指しそうなところだ」

「懐かしいだろう? 古巣は?」


 ウィノナが口をはさむと、ダビドが「ふん」と鼻で笑う。


「あそこは退屈すぎる。俺の性には合わん」

「おっさん聖騎士団にいたの?」


 驚いて訊くと、「いたもなにも」と、ウィノナは呆れ顔を作る。


「ダビド=サルーニは聖騎士団の団長も務めていた」

「なにそれ、聞いてないよ」

「そういえば言わなかったな」とウィノナは苦笑する。


「それで元帥にもなったの? どんだけ化物なんだよ、おっさん」


 がはは、とダビドは笑う。


「どうだ、俺の子種が欲しくなっただろう?」

「いやぜんぜん」


 しかしダビドはまったく気にしない。「俺の膝の上にこい」とカホカを口説こうとしてくるのを、「行かねーよ」とにべもなく断ると、「初心(ウブ)な娘だ」といっそう声をあげて笑う。どこまでも陽気な色情魔である。


「どいつこいつも理由をつけたがる」


 一口でワインを飲み干し、ダビドは大きく息を吐いた。


「強いか、弱いか。それだけだ」

「そうか」と、ウィノナは納得して言った。「アンタのその政治色のなさが、上には都合がよかったんだな」

「俺以外の都合なんぞ、どうでもいい」


 ダビドは一笑に付す。


「俺が従ったのは、デナトリウスが俺より強かったからだ。自分より弱い奴に従えるか」

「王様と戦ったの?」

「王が喧嘩(けんか)に乗るかよ。戦わずとも見ればある程度はわかる」


 もっとも、とダビドはわずかに気鬱(きうつ)な表情を浮かべる。

 

「奴はどこか変だった。俺の直観が従うべきではないと言った。だから、去った」

「どゆこと?」


 カホカが顔を上げてダビドを見る。ダビドは「知るか」と吐き捨てた。


「奴は強い。いや、強さとも見える底知れなさがあった。そして異質だった」


 手づかみで肉を口に放る。


「異質……」


 カホカはウィノナと顔を見合わせる。


「他人なんぞどうでもいい」ダビドが言った。「問題はお前らだ」


「アタシたち?」


 カホカが自分を指さすと、


「お前らは弱い」


 ダビドは立ち上がり、嬉々として言った。


「食ったら昼寝だ。起きたら俺が鍛え直してやる。四人がかりで来い」

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