14 ダビド=サルーニⅠ
セリーズから街道を南にくだり、北部と中部を境する山岳地帯へと入っていく。シフルからセリーズに上る際は旧街道をつかったため、同じ道ではないものの、オルバサスからは遠ざかっている。
「やれやれ、アル姉から何を言われるか」
いつもの軽装に着替えたウィノナがため息をついた。
馬車内である。
困り果てた様子のウィノナに、ティアはくすりと笑う。
「私のわがままだ。ウィノナに責任はないと言っておく。会えればの話だが」
こちらも男性用の軽装である。
「つーか、ダビド=サルーニってのに会って、ティアはどうしたいわけ?」
そしてカホカ。彼女らしい足の露出した恰好に戻っている。
「もちろん仲間にする」
さも当然といったティアに対して、ウィノナは半信半疑の表情を作る。
「それができれば苦労しないんだけどな」
「元帥て軍の一番えらい人でしょ。なんでそこまで出世した人が、山賊なんてしてるわけ?」
カホカの疑問に、ウィノナが「彼は山賊じゃない」ときっぱり否定した。
「世捨て人なだけだ」
「んじゃ、なんで山賊の訓練してるの?」
「請われれば教える。目的のない実力者もいる、ということなんだろうな」
「はじめからそうだったわけじゃないだろう?」
ティアが訊くと、ウィノナは肩をすくめた。
「彼はたしかに上り詰めたが、在職期間は非常に短い。当時は大抜擢だったらしいけどな、彼はアービシュラルでもなんでもないからな」
「なるほど」
ティアは納得してうなずく。
アービシュラル系の出身者でなければ武官の顕職は難しい。
「志を持つ者にとってこの国は生きづらいのか」
ティアは独り言のようにつぶやく。
「志を持ってるかなんてわかんないじゃん」
カホカの指摘にティアは「持ってるさ」と笑う。
「そっちのほうが私にとって都合がいいからな」
「んじゃ、持ってなかったら?」
「縁がなかったと思うことにする」
それだけを言うと、ティアは「寝る」と身体を霧化させた。そのまま後方を走る荷馬車に乗せた棺桶に入るつもりだろう。
「行動力があると思いきや、ずいぶん恬淡としてるな」
ウィノナも座席の上で身体を横にして、眠る姿勢をとる。
「みたいだね」
カホカも同じように横になる。
もともと強いこだわりを見せない性格のティアだったが、シフルで再会してみると、加えて妙に落ち着いた雰囲気をまとっていた。
エクリについては断片的な話しか聞いてはいないが、カホカも武道家のはしくれとして、ティアが死線を超えたのだろうことはわかった。
静けさ、というべきものだろうか。イグナス、エクリ──強敵との死闘で、ティアは強くなったのだろう。
けれどもカホカから見ればティアはティアである。雰囲気が変わっても態度を変えようとは思わないし、むしろ澄ました感じが鼻につく。
──トイレにでも呼んで腹パンしてやる。
ひひ、と楽しい気分でカホカは眠りについた。
◇
そして黄昏時。
ダビドが住むという山の麓で、三人は馬車を降りた。
これ以上は馬の脚で進むことはできない。
「こっから山登りすんのか、面倒だな」
カホカがだるそうに言うと、ティアが寄ってきた。
「お、おお?」
思わずカホカが声を上げた。ティアに横抱きにされたのだ。
「なんだ、なんだぁ」
間近にティアの顔が迫っている。カホカが顔を赤くさせるのをよそに、ティアはウィノナを見た。
「私の背につかまってくれ」
「どういうことだ?」
怪訝そうにウィノナが首をかしげる。
「目的地がわかっているのなら飛んでいく」
「へぇ」
ウィノナは興味津々といった様子で、ティアの両肩につかまる。
「それだと離れるし、翼の邪魔になる。もっと密着して腕を回せ」
「胸にあたるぞ」
「気にするな。脂肪のかたまりと思え」
「なんの情緒もないな」
ウィノナはさすがに遠慮して、ティアの腰あたりに両腕を回す。
「いくぞ」
言うや、ティアの背から巨大な蝙蝠の翼がひろがり、はばたいた。
「これはすごいな」
ウィノナは驚きを隠さない。みるみる地面が離れていく。
「三人でも大丈夫なのか?」
「問題ないが、三人までだな。これ以上は飛びにくい。──どっちだ?」
「あっちだな」
ウィノナは南西を指さす。どうやら街道を挟んでレミの村とは逆側の山岳地帯らしい。
「わかった。しっかりつかまっていてくれ」
ティアは翼を大きく広げ、風に乗ってすべるように山を越えていく。
その間、カホカは黙ってティアを見てはそっぽを見てを繰り返していた。
◇
夜。
山々に囲まれた高地に、丸太で組まれた二階建ての山小屋が見えた。
その山小屋のそばに、人影がある。もうひとつの納屋から薪を運び込んでいる最中らしい。
ティアは着地して翼をたたむ。
まず背中のウィノナが離れた。次にティアがカホカをおろそうとするも、カホカは姿勢を保持している。
「転がるぞ」
ティアが言うと、カホカはわからないといった表情で小首を傾げる。
「カホカちゃん身体がかたまってうごかなぁーい」
「そうか」
うなずいてティアが手を離すと、カホカはくるりと身体を反転して着地する。
「おー、猫みたいだな」
ウィノナが軽く拍手する。
「当たり前に離すなよ」
カホカが不満を口にすると、ティアは肩をすくめた。その時──
「何者だ? お前たち」
引き締まった体躯の三十歳ほどの男である。両腕には薪を抱えている。
「たのもぉ、カホカちゃんがきーたーぞぉー」
カホカが手を挙げて挨拶する。その横からティアが進み出た。
「私はティア。この男はウィノナ。ダビド=サルーニに会いにきた。あなたは?」
「名は忘れた。先生は留守だ。狩りに出ている」
どうやら弟子らしい。
「いつ戻ってくる?」
ティアが訊くも、男は何も言わない。寡黙な性格らしい。
「ダビドが戻るまで、ここに滞在してもいいか?」
さらに訊くと、男はやはり何も言わず、薪を抱えて山小屋へと入っていく。
「ダメならダメと言うだろう。私たちも行こう」
ティアは勝手に解釈して歩き出す。ウィノナとカホカは顔を見合わせ、仕方ないといった表情でティアに続いた。
その夜、ダビドは帰ってこなかった。
◇
翌朝になってもダビドは帰ってこなかった。
カホカとウィノナが起きると、弟子の男が出かける準備をしているところだった。鍬が二本、壁に立てかけられている、大きめの布袋に農作業用の道具を詰め込んでいる。畑があるらしい。
食卓を見ると朝食が三人分用意されていた。
「ごめん、ティアは食べないんだよ」
起き抜けのカホカが謝るも、男は黙々と準備を続けている。
「取っておいて次に食べればいい」
眠そうな顔で首を掻きながらウィノナが席につく。
ふたりが朝食を食べ終わると、男が二本の鍬のうち、一本をウィノナに渡した。
「……手伝え」
「まじすか」
ウィノナがきわめて面倒そうな顔をするのを無視して、男はカホカを見た。
「アタシ?」
カホカが訊くと、男は家ぜんたいを指さした。家事をしろ、ということらしい。
「女だから家事っつーのはどうかと思うよ」
カホカが言うと、ウィノナが持たされた鍬を示す。
「んじゃ、俺と代わるか?」
「女に力仕事をさせる気?」
いってらっしゃーい、とカホカは手を振ってふたりを送り出す。
男と、しぶしぶ出ていくウィノナを見送ると、振り返って部屋を見回した。
「掃除でもするか」
腰に両手を当て、カホカは気合を入れた。