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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第五章 創国編
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14 ダビド=サルーニⅠ

 セリーズから街道を南にくだり、北部と中部を境する山岳地帯へと入っていく。シフルからセリーズに上る際は旧街道をつかったため、同じ道ではないものの、オルバサスからは遠ざかっている。


「やれやれ、アル姉から何を言われるか」


 いつもの軽装に着替えたウィノナがため息をついた。

 

 馬車内である。

 困り果てた様子のウィノナに、ティアはくすりと笑う。


「私のわがままだ。ウィノナに責任はないと言っておく。会えればの話だが」

 

 こちらも男性用の軽装である。


「つーか、ダビド=サルーニってのに会って、ティアはどうしたいわけ?」


 そしてカホカ。彼女らしい足の露出した恰好に戻っている。


「もちろん仲間にする」


 さも当然といったティアに対して、ウィノナは半信半疑の表情を作る。


「それができれば苦労しないんだけどな」

元帥(げんすい)て軍の一番えらい人でしょ。なんでそこまで出世した人が、山賊なんてしてるわけ?」


 カホカの疑問に、ウィノナが「彼は山賊じゃない」ときっぱり否定した。


「世捨て人なだけだ」

「んじゃ、なんで山賊の訓練してるの?」

()われれば教える。目的のない実力者もいる、ということなんだろうな」

「はじめからそうだったわけじゃないだろう?」


 ティアが訊くと、ウィノナは肩をすくめた。


「彼はたしかに上り詰めたが、在職期間は非常に短い。当時は大抜擢だったらしいけどな、彼はアービシュラルでもなんでもないからな」

「なるほど」


 ティアは納得してうなずく。

 

 アービシュラル系の出身者でなければ武官の顕職(けんしょく)は難しい。


(こころざし)を持つ者にとってこの国は生きづらいのか」


 ティアは独り言のようにつぶやく。


「志を持ってるかなんてわかんないじゃん」


 カホカの指摘にティアは「持ってるさ」と笑う。


「そっちのほうが私にとって都合がいいからな」

「んじゃ、持ってなかったら?」

「縁がなかったと思うことにする」


 それだけを言うと、ティアは「寝る」と身体を霧化させた。そのまま後方を走る荷馬車に乗せた棺桶(かんおけ)に入るつもりだろう。


「行動力があると思いきや、ずいぶん恬淡(あっさり)としてるな」


 ウィノナも座席の上で身体を横にして、眠る姿勢をとる。


「みたいだね」


 カホカも同じように横になる。

 もともと強いこだわりを見せない性格のティアだったが、シフルで再会してみると、加えて妙に落ち着いた雰囲気をまとっていた。

 エクリについては断片的な話しか聞いてはいないが、カホカも武道家のはしくれとして、ティアが死線を超えたのだろうことはわかった。


 静けさ、というべきものだろうか。イグナス、エクリ──強敵との死闘で、ティアは強くなったのだろう。


 けれどもカホカから見ればティアはティアである。雰囲気が変わっても態度を変えようとは思わないし、むしろ澄ました感じが鼻につく。


 ──トイレにでも呼んで腹パンしてやる。


 ひひ、と楽しい気分でカホカは眠りについた。


 ◇


 そして黄昏時。

 ダビドが住むという山の(ふもと)で、三人は馬車を降りた。

 

 これ以上は馬の脚で進むことはできない。


「こっから山登りすんのか、面倒だな」 


 カホカがだるそうに言うと、ティアが寄ってきた。


「お、おお?」


 思わずカホカが声を上げた。ティアに横抱きにされたのだ。


「なんだ、なんだぁ」


 間近にティアの顔が迫っている。カホカが顔を赤くさせるのをよそに、ティアはウィノナを見た。


「私の背につかまってくれ」

「どういうことだ?」


 怪訝(けげん)そうにウィノナが首をかしげる。


「目的地がわかっているのなら飛んでいく」

「へぇ」


 ウィノナは興味津々(しんしん)といった様子で、ティアの両肩につかまる。


「それだと離れるし、翼の邪魔になる。もっと密着して腕を回せ」

「胸にあたるぞ」

「気にするな。脂肪のかたまりと思え」

「なんの情緒(じょうちょ)もないな」


 ウィノナはさすがに遠慮して、ティアの腰あたりに両腕を回す。


「いくぞ」


 言うや、ティアの背から巨大な蝙蝠(こうもり)の翼がひろがり、はばたいた。


「これはすごいな」


 ウィノナは驚きを隠さない。みるみる地面が離れていく。


「三人でも大丈夫なのか?」

「問題ないが、三人までだな。これ以上は飛びにくい。──どっちだ?」

「あっちだな」


 ウィノナは南西を指さす。どうやら街道を挟んでレミの村とは逆側の山岳地帯らしい。


「わかった。しっかりつかまっていてくれ」


 ティアは翼を大きく広げ、風に乗ってすべるように山を越えていく。

 

 その間、カホカは黙ってティアを見てはそっぽを見てを繰り返していた。

 

 ◇


 夜。

 

 山々に囲まれた高地に、丸太で組まれた二階建ての山小屋が見えた。

 

 その山小屋のそばに、人影がある。もうひとつの納屋から(まき)を運び込んでいる最中らしい。


 ティアは着地して翼をたたむ。

 まず背中のウィノナが離れた。次にティアがカホカをおろそうとするも、カホカは姿勢を保持している。


「転がるぞ」


 ティアが言うと、カホカはわからないといった表情で小首を傾げる。


「カホカちゃん身体がかたまってうごかなぁーい」

「そうか」


 うなずいてティアが手を離すと、カホカはくるりと身体を反転して着地する。


「おー、猫みたいだな」


 ウィノナが軽く拍手する。


「当たり前に離すなよ」


 カホカが不満を口にすると、ティアは肩をすくめた。その時──


「何者だ? お前たち」

 

 引き締まった体躯の三十歳ほどの男である。両腕には薪を抱えている。


「たのもぉ、カホカちゃんがきーたーぞぉー」


 カホカが手を挙げて挨拶する。その横からティアが進み出た。


「私はティア。この男はウィノナ。ダビド=サルーニに会いにきた。あなたは?」

「名は忘れた。先生は留守だ。狩りに出ている」


 どうやら弟子らしい。


「いつ戻ってくる?」


 ティアが訊くも、男は何も言わない。寡黙(かもく)な性格らしい。


「ダビドが戻るまで、ここに滞在してもいいか?」


 さらに訊くと、男はやはり何も言わず、薪を抱えて山小屋へと入っていく。


「ダメならダメと言うだろう。私たちも行こう」


 ティアは勝手に解釈して歩き出す。ウィノナとカホカは顔を見合わせ、仕方ないといった表情でティアに続いた。


 その夜、ダビドは帰ってこなかった。


 ◇


 翌朝になってもダビドは帰ってこなかった。 


 カホカとウィノナが起きると、弟子の男が出かける準備をしているところだった。(くわ)が二本、壁に立てかけられている、大きめの布袋に農作業用の道具を詰め込んでいる。畑があるらしい。


 食卓を見ると朝食が三人分用意されていた。


「ごめん、ティアは食べないんだよ」


 起き抜けのカホカが謝るも、男は黙々と準備を続けている。


「取っておいて次に食べればいい」


 眠そうな顔で首をきながらウィノナが席につく。


 ふたりが朝食を食べ終わると、男が二本の鍬のうち、一本をウィノナに渡した。


「……手伝え」

「まじすか」


 ウィノナがきわめて面倒そうな顔をするのを無視して、男はカホカを見た。


「アタシ?」


 カホカが訊くと、男は家ぜんたいを指さした。家事をしろ、ということらしい。


「女だから家事っつーのはどうかと思うよ」


 カホカが言うと、ウィノナが持たされた鍬を示す。


「んじゃ、俺と代わるか?」

「女に力仕事をさせる気?」


 いってらっしゃーい、とカホカは手を振ってふたりを送り出す。

 男と、しぶしぶ出ていくウィノナを見送ると、振り返って部屋を見回した。


「掃除でもするか」


 腰に両手を当て、カホカは気合を入れた。

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