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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第五章 創国編
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12 ケェクにてⅠ


 宿場で馬車を乗り継ぎ、ティア一行は北部第二の都市ケェクに到着した。


 セリーズ家が居を構えるケェクは、公都オルバサスに負けず劣らずの大都市である。街の歴史はこちらのほうが古く、街の景観も情緒が深い。低い丘の上に建つセリーズ家の居館から、降るにつれて街が広がっていく。赤い屋根の家々がひしめきあい、階段のある路地が複雑に入り組んでいる様子がうかがえた。


 セリーズ家の居館の前で馬車を下りると、ティアとカホカは客室に案内された。

 

 室内は簡素で、年代ものらしい落ち着いた色合いの家具が置かれている。バルコニーが広く、ケェクの街並みが一望できた。


「この部屋でいいかな?」


 ウィノナが入ってきた。その後からティアの棺桶をはじめ旅の一式が従僕によって運びこまれてくる。


「十分だ。バルコニーが広いのがいい」

「覚えておくよ」


 ティアはうなずき、カホカとそろってバルコニーに出た。


 夏前の夕風を浴びながら街の景色を眺める。

 家々の明かりが漏れて、街ぜんたいを浮かび上がらせていた。


 視線を落としていくと、広場と、その広場に沿って建てられた荘厳な建築物を見つけた。


「あれは?」


 ティアが指さすと、ウィノナも出てきた。


「役所だな。なかなか立派だろう? 日常の業務はあの役所で行っている。他にも重要な会合が開かれたりもする。もともと北部ぜんたいをまとめていたのはセリーズだからな。ペシミシュタークがこっちまで出張ってくることも多い」

「ペシミシュターク家にまとめ役を取って代われたんでしょ? ウィノナの内心は複雑なんじゃない?」


 訊いたのはカホカである。歯に衣着せぬ物言いだが、「まぁなぁ」とウィノナはたいして気にする様子もなく、静かに風を受けている。


「負け惜しみに聞こえるかもしれないけどな。セリーズが任せた、という部分もあるんだ。別に戦争して優劣を決めたわけじゃないからな。お互い消耗してもいいことないってのをどちらの家も理解していた」

「じゃ、本当に偉いのはセリーズ?」

「それもちがうな。偉いといえば偉いのはあっちだろう。ペシミシュタークは公爵家で、セリーズは辺境伯家だ。ただ──ペシミシュタークは、特にアル姉はあまり身内に上下をつけないな。どちらが北をまとめるなんて、いまの俺たちにとっては重要じゃないんだ」


 ウィノナはカホカを見て、笑う。


「とはいえ現状、ペシミシュタークに任せたほうがうまくいくからペシミシュタークがまとめている。これにセリーズも異論はない」

「信頼してるんだ?」

「実績があるからな。失敗する時もあったが、納得できる理由が必ずあった」

「アタシがティアにするより、ウィノナのがよっぽど心酔してるじゃん」

「そうかもな。でも、それほど完璧な人だと思ってるわけじゃない」


 あの家の本当にすごいところはな、とウィノナ。


「失敗したら失敗したってちゃんと言うんだよな。しかも、それを恥とも思ってない。次はこうしたい、こうすると言ってくる。もちろん、その次も失敗することはある。その次も、またその次も。でも、最後は必ずうまくいく。失敗を失敗と思ってないんだ。成功の過程だと本気で思ってるフシがある、本気でな。すげぇよな」

「それは、たしかに」

「どうやら人間ってやつは失敗しない人間についていきたいわけじゃないらしい。失敗してもめげない人間、失敗を恐れない人間についていきたくなるんだ。今度はうまくいく、って見ているほうも応援したくなる」

「そういえば」と、カホカ。

「オルバサスでは、他人の失敗を笑う奴は死罪になるってアルテンシアが言ってたな。冗談らしいけど」

「挑戦した者にのみ与えらえる果実だからな、失敗は」

「果実は成功でしょ?」

「失敗が成功につながるなら、失敗も成功の一部ってことなんだろうな」


 言ってウィノナは苦笑する。


「まぁ、豪快に失敗しすぎて、こっちが肝を冷やすこともたびたびあったらしい」

「それでも最後は必ず成功するってこと?」

「むしろ豪快に失敗した後ほど、豪快に成功するらしい。親父に言わせるとな。さらに祖父から言わせると、ペシミシュタークはむしろ馬鹿の家系なんじゃないかと。馬鹿と天才は紙一重ってことらしい」


 楽しそうに他家を語るウィノナは、ティアから見ても親愛の情に溢れているように見えた。しかし、丘の上から街の夜景を眺めるウィノナは、どこか憂いを含んでいる。


「なにか気がかりなことがあるのか?」


 ティアが訊くと、「俺がする心配じゃないんだけどな」とウィノナは視線を落としたまま、言った。


「ペシミシュタークは後継ぎがいない」

「アルテンシアの次か」

「アル姉が誰か良い人を見つけてくれればいいんだけどな」

「その口ぶりからするといないようだな」

「影も形もないな。ティアも元貴族なら聞いたことくらいあるだろう? 社交界(サロン)でのアル姉の評判はひどいもんだ。ネーンカーテシー(カーテシーしない女)からはじまって、男に対する態度が(はな)から馬鹿にしてる。まるで自分で自分の評判を落としてるみたいだ」

「理由があるのか?」

「わからない。わからないし、聞いても教えてくれるような人じゃない、せいぜい『面倒だから』みたいな回答が返ってくるだけだ」

「本人がそう言っているのにウィノナはこだわるんだな」

「失敗を恐れない家系、なんてかっこいいじゃないか。北はペシミシュタークの尽力で豊かになった。貴族も商人も農民も」

「ペシミシュタークは別の家だ。いつまでも仲良く付き合えるとは限らない」


 あえてティアが言うと、「そりゃそうだ」とウィノナは笑う。


「貴族やってりゃ、思うようにいかないときもある。貴族同士の仲が良くたって、王もいれば領民もいる。利害が絡んで敵対しないわけにはいかない時もある。ペシミシュタークが邪魔だと思う日がくるかもしれない。それぐらい、俺たちにもわかってる。それでも──残ってほしいんだ、ペシミシュタークには」


 言って、ウィノナははっとした様子で視線を上げ、横を見た。カホカがじっと見上げている。話しすぎたと思ったのだろう、照れたようにティアを見てくる。


 そんなウィノナにティアはちいさく微笑(わら)う。


「いいね」


 それだけ言うと、ウィノナが驚いたように目を見開いた。かたまったように動かなくなる。


「……惚れるなよ」


 カホカが言うと、ウィノナは「いや」と、ようやく我に返ったらしい。目をしばたかせ、それでもティアを見つめてくる。


「どうした?」


 いい加減、ティアが訊くと、ウィノナは「いや」ともう一度口ごもり、言った。


「アル姉が言ってたんだ。ティアは渦の中心にいるってな。いま実感した」

「渦?」

「わからないが、俺たちにとってティアが必要ってことなんだと思う」

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