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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第五章 創国編
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11 出発

 日没後すぐのシフルにて。

 ドビ爺の家の前に、一台の見事な馬車が停止した。


 流れるような所作で箱馬車から姿を現したのは、ひとりの貴公子である。いつもの洒脱(しゃだつ)な恰好ではなく、落ち着いた正装だった。

 プラチナブロンドの髪を後ろになでつけ、背筋をのばしている。


「ウィノナ=セリーズです」


 口元には涼しげな笑みを浮かべている。いかにも好青年といった立ち居振る舞いである。


「ティアーナ=フィール、ティアと。貴方のことはカホカから聞いている。くだけてもらって構わないし、私もそうする」


 ティアが進み出て、告げる。その背後からカホカが顔を出し、「よっ」と、ウィノナに挨拶をする。ウィノナも「また会ったな」と楽しげに返す。


 ウィノナとは対照的にティアの姿は平服で、おまけに旅の汚れを残している。しかし、その表情に後ろめたさは微塵(みじん)もない。カホカ以外にも、バディス、ホゴイ、ドビ爺といった面々が並んでいる。


 そんなティアの様子にウィノナはうなずき、


「噂には聞いていたけどな……これほど噂以上の美女も珍しい」

「私のことはすでに知っていると思う。私にふさわしい言葉だとは思わない」

「なるほど」


 もう一度、ウィノナはカホカに顔を向ける。


「カホカが心酔するわけだな」

「してないっての」


 カホカが唇をとがらせる。ウィノナは笑ってティアに顔を戻した。


「途中、セリーズのケェクに寄らしてもらう。そこからペシミシュタークのオルバサスを目指すけど、いいかな」

「構わない」

「ついでにセリーズではふたりを食事会に招待するよ」 

「食事会?」


 ティアはすこし考える。


「アルテンシアも参加するのか?」


 ティアが呼び捨てに訊くと、「いいね」とウィノナは笑い、


「アル姉はいないな。参加するのはセリーズ関係の貴族が中心だ」

「アルテンシアとの話によっては無駄になるかもしれない」

「気にすることじゃない。承知の上で誘ってる」

「では参加する」

「それは嬉しいな」

 

 ウィノナは本当に嬉しそうに言って、カホカを見た。カホカは何も言わない。ティアの判断に任せる、ということなのだろう。


「それじゃ、どうぞ」

 

 ウィノナがティアとカホカを箱馬車へと促す。

 扉が閉じられる前に、ティアはバディスとホゴイを見た。


「後は頼む」

 

 ティアが声をかけると、ふたりが神妙な面持ちでうなずいた。ティアはさらにドビ爺に視線を移す。


「みなに苦労をかける」

「旅のご無事をお祈り申し上げます」


 ウィノナが乗り込むと扉が閉じられ、馬車が動き出した。


 ◇


 残照を左手に眺めながら、馬車は未舗装の道を進む。

 

「ティアはアル姉とはもう会ったんだってな──怒らせたんだって?」


 向かい側に座るウィノナが訊ねてくる、ティアとカホカのふたりは並んで後部座席──進行方向の向きに座っていた。


「アルテンシアの馬車が山賊に追われているときだった。やはり怒っていたのか」

「怒るのは、それが的を射ているからだと」

「思ったことを言った。それで怒らせた。私が悪いということでもいいが──」


 ティアは手の甲を示す。


「私もナイフで刺されている」


 その言葉に、「ん?」とカホカが反応を示す。アルテンシアとの出会いは伝えてあるものの、ナイフで刺されたことは伝えていなかったのだ。


「まぁ、あれだ──」ウィノナはバツが悪そうである。

「アル姉だって本気じゃなかったんだろうな」

「そうだな、とても痛かった。私が吸血鬼でなければ傷が残っていたところだ」


 ティアが無表情で告げると、「アル姉に代わって謝るよ」と、ウィノナは降参のポーズを取る。


「ティアが吸血鬼だから治ると思ったのかもな。実際に治ったみたいだし。アル姉は先を見通す人ではあるが、感情的になることもある。でも、長くは続かないんだ。そのうちケロリと忘れる」

「ただのロクでもない奴じゃん」


 カホカが横から口を挟む。


「まぁ、そういう見方もある。でもカホカには優しかったろ」

「それは、たしかに。嫌な感じではなかったけど。助言(アドバイス)もらったし」


 カホカが言うと、「な」とウィノナはカホカに同意を求めてくる。


「いやアタシに言われても。てか、ウィノナがそんな気を遣わなくてもいいんじゃない? ティアのことならどーせ何も考えてないよ」

「そうなのか?」


 ウィノナに訊かれ、ティアは「なんの話だ?」と、首を傾げた。そこへ、カホカが助け船を出した。


「ウィノナはティアが怒ってるんじゃないのかって心配してんだよ」

「なぜ私が?」


 ティアはきょとんとする。


「私は別に怒っていないぞ。痛かったから痛かったと言っただけだ」


 言ったあと、ティアはふと思う。


「怒っているように見えるのか? 私は」

 

「というか──」とウィノナ。

「美人が無表情だと何を考えているかわからなくるんだよな」

「そういうものか」ティアは苦笑する。「多分、これはファン・ミリアの癖が移ったんだ。そのうち直るだろう」 

「どういうことだよ?」


 これにカホカが反応をみせた。

 

「ファン・ミリアは無表情で皮肉を言ってくるからな」


 それで自分も言い返していたら、無表情が移った、という理屈である。


「聖女か。ティアとは懇意(こんい)らしいな」


 ウィノナの言葉に、「懇意だった」とティアは修正する。


「私がファン・ミリアに振られたんだ」

「へぇ」

 

 ウィノナはちらりとカホカを見た。カホカはそっぽを向いている。ウィノナはそんなカホカに優しく目を細めて、再びティアを見た。


「言うわりには悲しそうに見えないな」

「そう見えるか?」

「見えるな」

「人の心の問題だからな。できることとできないことがある」 

「ほー」と、ウィノナが感心した様子で言った。「吸血鬼が人の心を語るんだな」

「私は吸血鬼だが、人の心を捨てた覚えはない」

「たしかにな。人の皮をかぶった悪魔もいるからな」


 ウィノナは納得した様子で腰を深くかける。


「でもよかったんじゃないのか? 吸血鬼と聖女、面倒もすくなくない」

「そう思うことにしておく」


 ティアも足を組んで窓に顔をむけた。話はこれで終わり、と暗に伝えながら。

 ウィノナも(さと)い。それ以上は訊いてこなかった。


 天井から()られた明かりが揺れている。


「んで──」


 しばらくして、カホカが口を開いた。


「アルテンシアはなんでアタシに優しくして、ティアには強く当たったの? 本当にティアが怒らせたから?」


 カホカとしても意外なのだろう。アルテンシアの自分に対する態度と、ティアに対する態度は明らかにちがう。内実は知らないが、カホカの前ではアルテンシアは鷹揚(おうよう)だった。すくなくとも、そのように振る舞っていた。


「──簡単だ」


 ウィノナではなくティアが答える。


「私を試したんだろう」窓の外を眺めながら、ティアは口の端を上げた。「頭がいいのも大変だな。いろいろと雑音が多そうだ」

「笑うんだな」


 ウィノナが抜け目なく言ってくる。


「不敵って感じだな」

「アルテンシアは私に興味があるらしいからな。そもそも──私が吸血鬼であることをどうして知っている?」

「情報の網を張り巡らせてあるからな。特に王都には」

「私のことを知ったのは舞踏会以降ということか」

「存在自体は情報として持っていたが、注視するようになったは、そうだな」

「含みのある言い方だ」

「理由があるからな。そのうち話すよ。俺の口からじゃないかもしれないけどな」


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