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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第五章 創国編
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7 完全なる血脈Ⅱ

 王都、貴族街。

 聖騎士団の寮として使われている集合住宅の一室にて。

 

「言われた通りにそのままにしておいてくれたようね」


 女はつぶやき、かぶっていたフードを押し上げた。金髪のところところに黒色の髪が混じっている。そして、見る者によって光を変える六色の瞳。


 見渡すと、室内は整理整頓が行き届いている。主を失った物たちが、言葉すくなげに悲しみに沈んでいるようにみえた。


 哀悼を込めてリーザがその場に立ち尽くしていると、その背後をすり抜けるように、別の女性が窓際に回って机の引き出しを開ける。こちらの女は淡々とした手際ですべての引き出しを調べ終わると、さっさと隣の寝室に移っていく。


 リーザはちいさく溜息を吐いた。


「これだからルーシ人は閉鎖的って言われるのよ、シエラ。ちょっとは悲しんでいる振りでもしてみれば?」


 切りそろえられた女の黒髪を追いながら声をかける。シエラザード──シエラと呼ばれた女は脇机(わきつくえ)の引き出しを開き、ちらりとリーザを見た。もの言いたげな(あお)い瞳である。


 どうやら見つけたらしい。


 リーザも引き出しを覗くと、一冊の日記帳があった。

 手に取り、頁をめくる。

 最後の日にちも、彼が亡くなった前日に一致している。


 内容は極めて簡素で、彼の性格がうかがえた。日々の出来事を書き連ねるというより、特定の出来事と、それに対する所感が中心に書かれている。日記調ではあるが、報告に近い。

 何に関しての所感かは、リーザはわかっている。


「報告と同じね。彼、ほんとうに見知ったことはすべて教えてくれていたのね」


 それだけ彼が誠実に、自身の任務をこなしてくれていたということだろう。


「優秀な人を失ってしまったわ」


 返す返すも惜しい人材を失ったと思う。彼をもっと早くに逃がしておいてやれば……。

 直接ではないにしろ、最終的な責任はリーザにある。

 しかも失ったのは彼だけではない。すでに何人もの人間がこの王都の一連の騒動によって消されている。


「まだウル・エピテスに残っている人もいるから注意をしてもらわないと」


 何年も、場合によっては何十年もの時をかけて、リーザたちは各国の中枢に仲間たちを潜りこませている。そういう意味で、ウル・エピテス内部で失ったのはまだ『彼』ひとりだけなのは、むしろ相手もすべてを嗅ぎつけてはいないということだろう。


 また、一連の騒動とは、ウル・エピテスの舞踏会からはじまり、『蛇』にあやつられた徘徊者が王都を跋扈する現在までを含んでいる。


「すべてが後手に回ってしまっている」


 という感覚がリーザにはある。とはいえ、事の性質上、後手に回らざるをえない部分も多い。

 自らに任じたその使命によって。

 

「それにしても性急ね」


 それらしい兆候はあった。

 どうやら東ムラビアが震源であるということ。

 しかし、変化がこれほど早いとは思っていなかった。

 いや、崩壊といったほうが正確かもしれない。


 ──家も、国も、物事というものはすべて。

 

 問題が表明化したときには、すでに手遅れなのかもしれない。その下の土台にはすでに無数の亀裂が入り、その一瞬の崩壊によって人々は事の重大さを知るのだ。


 対処が難しいのは他にも理由がある。


 前回の危機を体験した者が誰もいないのだ。すでに前回から一〇〇年以上が経過しており、当時の事情については文献でしか当たる他なく、しかもリーザの察するところ、今回とくらべて危機は軽微であり、崩壊は起こらなかった。


 リーザたち(正確にはリーザ側に属する者たち)がうまく立ち回ったかというと、決してそんなわけではなさそうだ。

 ひとえに運が良かったのだろうとリーザは思う。


「人の心なんて、わかるわけがないもの」


 ため息まじりにつぶやいて、リーザは日記帳を引き出しに戻した。


「よいのですか?」


 シエラに訊かれ、「いいの」とリーザは苦笑する。


「これを持ち帰ったところで、私たちにできることはないもの。それより、これを見つけた『誰か』が、自分たちで問題に気づいてくれることに期待するわ」

「楽観的すぎるのでは?」

「楽観してるわけじゃないの。むしろ私は『事が起きる』ほうに賭けるわ」

「それでも──」

「そう、それでも。まだ何かをすべきではない。この国の何者か、心ある者──その『誰か』が、私たちに助けを求めてくれない限りは」

 

 そう言ったリーザを、シエルの碧い瞳がじっと見つめてくる。


「しょうがないじゃない」と、リーザはうんざりする。


「内政不干渉がうちの原則なんだから。それでも何かしたいなら、シエラひとりでなんとかしてよ。その口下手で他人の心を変える自信があるのなら、だけど」


 シエラはいつも通りの無表情のままだ。

 

 だが、不満に思っている。

 怒ってはいないが、かなりご不満の様子である。


 共に旅をするうち、リーザはシエラのことがわかりはじめていた。


 ──話すのが苦手な語り部で、ルーシ人の守護者。


 伝説的な存在であり、それに見合う実力を持ち合わせながら、本質的には不器用なひとりの女性なのだ。


「わかった。私が言いすぎた」とリーザは折れた。「でも、事が起きる前に私たちが介入したところで相手を硬化させるだけだし、私たちが入り込めば他国に弱みを見せるようなものだから、権力者は嫌がるのよね」


 言いながらも、リーザは日記の入っていた脇机に視線を落とす。


「私だって腹に()えかねてる。殴られたぶんはしっかり殴り返してやらなきゃ、気が済まない」


 低く、自分に言い聞かせるようにつぶやくと、シエラが(きびす)を返した。ひとまず納得はしてくれたらしい。

 リーザはホッとして背中に声をかけた。


「憂さ晴らしに今夜は飲みましょうか、頌弓姫(しょうきゅうき)でも呼んでさ」

「それよりも報告を先に」

「……真面目なんだから」

 

 はいはい、とリーザはシエラの後を追いながら、右手を広げる。すると何もない虚空から一冊の本が(あらわ)れ出た。赤い表紙の、かなりの厚さの本である。本はそれ自体が意思を持っているかのように、頁がひとりでに開き、止まった。


 リーザが何事かを小声でつぶやくと、それに呼応して本から赤い光が放たれる。


 刹那(せつな)、ふたりの姿が消えた。


第五章のはじめにキャラクター紹介を追加しました。

最新話の文字数がすくないのはお許しをば!

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