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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第二章 緋と館編
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6 花街Ⅰ

 嬉しい誤算だった。


 ティアとしては一軒でも酒場であれば、という気持ちだったが、意外にも店の数は多かった。


 それもほとんどが営業している。


 広場の大通りから路地に入り、三叉路(さんさろ)を右に進んだ横町である。


 酒場が軒を争っている。界隈は灯の数も多く、夜更けにもかかわらず人通りも少なくない。


「さすがだな」


 ティアは舌を巻く思いだった。


『シズ村とはやはりちがうの』


 イスラも興味津々といった口調である。


『シフルとも違う』


 話しながら、ティアはマントのフードを目深にかぶった。予想していたことではあるが、道を歩くのは男ばかりである。


 ──男は、女の容色(かお)が気になって仕方がないらしい。


 ここにたどり着くまで、不躾(ぶしつけ)な視線を感じたのは一度や二度ではない。


「落ち着かないな」


 人目を避け、隠れるように道の片隅に立つ。


 周囲をうかがいながら、ティアはそれが起こるのを待ち続けた。


『何を待っておる?』


 黙然と立っていると、痺れを切らしたイスラが尋ねてくる。


『オレにはこれしかないからな』


 言い、ティアは両手を見つめた。拳を作り、ほどく。


 細い指先と、肌理(きめ)のこまかい肌。


 この女の手がティアには心もとない。


「うまくいけばいいが……」


 つぶやいた時、通りに怒声が響き渡った。顔を上げた先にはいつの間にか人だかりができている。


 男の声と、女の声。


「行こう」


 ティアは足早に人だかりに向かっていく。ぐずぐずしていると、他人に先を譲ることになる。


 その間にも言い争う声がティアの耳に届いてくる。


「いいからさっさと金を払えってんだ」


 女が威勢のいい啖呵(たんか)を切っている。


「うるせぇ!」


 男も負けじと怒鳴り返す。


「いけしゃあしゃあと言いやがって。さんざん待たしやがった挙句、女がいねぇたぁどういう了見だ?」

「あんたみたいなチンケな男を相手にする子なんていないんだよ」

「それで金を払うわけねぇだろうが!」


 そういうことか、とティアは人混みのなかへ入っていく。


「店に入った以上、金を請求するのは当然じゃないか」

「なにぃ?」


 ティアはタオである以上、男の視点から物事を考えるが、それを差し引いても男の方に理が通っているように思えた。男の怒りはもっともだと思いつつ、男と女の間に割り込む。


「なんだい、あんた?」


 肌の露出の多い服を着た女が、驚いた顔をティアに向ける。


 ティアはフードを取って女に愛想笑いを浮かべると、男に振り向いた。随分と酔っているらしく、千鳥足(ちどりあし)だ。顔が赤いのは酔いのせいか、怒りのせいか。


「おじさん」


 ティアは言葉を選びながら、


「お金、払いなよ」


 突然の闖入者(ちんにゅうしゃ)に男は一瞬、不意をつかれたように眼を丸くさせた。


「な──!」


 その赤ら顔がさらに赤くなっていく。


「ふざんけな、てめぇ!」

「いいから、払いなって。この人がそう言ってるだろう? 店に入ったら、店の規則(ルール)に従わなくっちゃ」


 ティアはあえて淡々(たんたん)とした口調で、男を挑発するような言葉を並べる。


「ひょっとしてお金、持ってないの? だから女にも嫌われるんでしょう?」


 とどめとばかりにティアが小馬鹿にするような笑みを浮かべると、男の堪忍袋の緒が切れた。


「小娘ぇ!」


 男がティアに殴りかかってきた。「危ない!」と背後の女が叫ぶ。


 ──うまく動いてくれよ。


 自分の身体に言い聞かせ、ティアは男の拳を左の掌で受けた。軽く掴みながら相手の拳に合わせるように腕を引いてやると、男の右半身が伸び切り、身体が前のめる。それを見逃さず、ティアは空いている右手で男の伸び切った右肘を掴んだ。


 ──ごめん。


 心のなかで謝りながら、それでもなるべく派手に見えるよう、ティアは男を背負って宙に投げ飛ばした。


 男の身体が浮かび、半回転して背中を地面に打ちつける。怪我をしないよう背中ぜんたいで落としてやるも、男は痛みで表情を歪ませた。


 ──ごめん。


 もう一度謝り、


「お金、払う気になった?」


 痛そうにうめく男に、ティアはすかさずその懐から財布を抜き取った。


 背後の女に振り返る。


「いくら?」

「え?」


 女は呆気に取られた表情でティアを見つめていたが、


「料金」


 ティアが訊くと、「ああ……」と思い出したように女は金額を伝えてくる。


 ティアは教えられた金額を財布から引き抜き、女に渡してから、


「おじさん、名前は?」


 男は一気に酔いがさめたのか、不安そうにこちらを見上げてくる。


 おびえたような男の瞳がティアの瞳に映った時、ふと、ティアのなかで閃く力を感じた。


 男は不安のせいか、瞳の力が著しく弱くなっている。


 意思の力が弱くなっているといってもいい。


 漠然とした形ではあるものの、ティアにはそれが見えた。本能のような感覚で、


「──試してみたい」


 と、思った。その衝動が抑えられない。


 ティアは倒れている男の顔に、息がかかるほどに自らの顔を近づけた。


 男の顔を両手で包みこむように持ち、瞳の奥にむかって話しかける。その弱まった心に直接触れ、その形を確かめるように。


「お前の……名前は?」


 すると男は呆けたように、「マルク」とちいさくこぼす。


「……住む家は?」

「ミョゼ通りの十一番の薬屋の二階」

「マルク……家に帰れ……」


 命じると、男は「はい」とだけ返事をして、虚ろな足取りで去っていく。


 ──名前と住所は憶えた。


 ティアがはじめて使う、他者を支配する力の片鱗だった。


 ──いつか機会があれば金を返しにいかないとな。


 思いながらティアが身体を起こそうとすると、激しい立ち眩みが起こった。


「く……っ?」


 よろめきかけたところを、「おっと」と背後の女に支えられた。


「大丈夫かい? あんた、いま何をしたんだ」

「説得、かな」


 答え、ティアはとりなすように笑顔を作る。


「あなたに頼みがあるんだ、──オレを(やと)ってくれないか?」

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