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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
218/239

72 シフルⅥ(月とアメジストⅪ)

 ティアは、倒れた元シフル兵の男のまぶたをそっと落とした。顔を撫でる。

 

 近づいてくるファン・ミリアに、言った。


「私の民だ。葬ってやりたい」

「馬を引いてくる」

「──いや」


 ティアは男を抱き起こした。


「私が背負う。そうしたいんだ」

「わかった」


 ファン・ミリアに手伝われ、ティアは男を背負った。重かった。自分が背負うべき重さだと思った。

 

 ドビ爺が、こちらを見ている。


「私が殺した。私はこの者を許すわけにはいかなかった。失われた者のために、私はそうする義務があると思ったからだ」


 ティアが言うと、ドビ爺が「はい」とうなずいた。


「彼の死に際は、無様でも見苦しくもなかった。(いさぎよ)く、見事だった。だから、ドビ爺には彼を許してやってほしい。私のかわりに、許してやってくれ」

「仰るとおりにいたします」


 ありがとう、とティアは礼を伝える。すると、


「参りましょう。家はもうすぐです」


 道を、ドビ爺が再び歩きはじめた。そのかたわらで、彼の服の裾を握ったレミがついていく。ティアの命令を守っているのだ。


「レミ、もういい」


 声をかけると、レミがぱたぱたと駆け寄ってくる。


「馬が残っている。まとめてつれてきてくれ」


 ティアが頼むと、レミは後方の馬へと駆けていく。旅をしていてわかったことだが、レミは馬を操ることに長けている。操るといっても馬術ではなく、どちらかといえば羊飼いのような能力だった。音によって馬の移動を方向づけるのである。


 ファン・ミリアもレミとともに馬をまとめはじめる。


 再び歩き始めた一向だったが、ドビ爺の言葉通り、時間はかからなかった。


 家は、森小屋とさして大差がない。

 なだらかな草原の起伏が続くシフルでは、森が各所に散在し、そこには農具や狩りの道具を納めるための小屋が設けられている。いってみれば納屋だが、雨宿りにも使われる。


 この家もまた別の森の入口に建てられているため、ドビ爺が改装したのかもしれない。


 家のわきに一本の大樹がある。

 ドビ爺の提案で、ティアが背負った男はその根元に埋めた。


「この木は……トネリコだな」


 埋葬が終わり、ティアはその大樹を見上げて考える。


「……懐かしい木だ」

「思い出の木か」


 ファン・ミリアに訊かれ、ティアは見上げたまま、言った。


「屋敷の裏庭に、トネリコがあった」

「シフルか?」

「いや、ちがう」ティアは頭をふった。「いいんだ……行こう」


 戸口でドビ爺が待っている。家に入ってすぐが居間になっていた。

 ひととおりの調度がそろっており、ティアとファン・ミリアは椅子に腰をおろした。レミは部屋の隅にぼうっと立っている。そこが落ち着くらしい。

 

 ワインを勧められたが、ティアは断った。


「私とレミは普通の食事はしないんだ」


 ティアが告げると、ドビ爺はただ「わかりました」とうなずき、言った。


「お三方は寛いでいてください。しばらく家をあけます」

「朝になると私は眠らなければならない」


 ティアが言うと、ドビ爺は「それほどはかかりません」と()け合った。


「必ず戻ります。お待ちくだされ」


 そう付け加えて、ドビ爺は出ていった。


 夜の静寂(しじま)に包まれて、時折、狼の鳴き声が聞こえた。森々の残るシフルでは、狼も出る。

 

 ティアがとりとめのないことを考えていると、視線を感じた。


「体調はどうだ?」


 ワインを飲みながら、ファン・ミリアが横目に訊いてくる。


「悪くない」

 

 ティアは答え、そして気づいた。ファン・ミリアの表情が堅い。こちらの体調を気遣っているわけでもなさそうだ。心当たりは、あった。ティアは苦笑する。


「私が吸血鬼であることが怖くなったか?」

「怖いとは思わない。だが、聖騎士として見れば脅威だ」


 ファン・ミリアの物言いは率直で、好ましかった。率直ゆえに本当のことを言っているのだろう。

 だからティアも思っていることを伝えることができる。


「はじめて血を飲んだのは、カホカだった。でも、その時のことを実はよく覚えていない。私は血に酔い、一種の酩酊状態になったらしい。今回はその感覚がない。サティに言うのは(はばから)れるが、人が食事をした状態なんだと思う」

「満腹になったわけか」

「強いて欲しいとは思わないが、満腹ではない。空腹でもないが」

「まだ力を血を飲むことができるのだな。そうすればより強くなる」

「そうだな。吸血鬼として──」


 ティアは指先で上唇をめくった。牙をファン・ミリアに見せつける。


「吸血鬼として強くなりたければ、血を飲むのが手っ取り早い。はじめ、イスラからも血を飲め飲めと言われていた」

「だが、飲まなかった。すくなくとも、見境なく飲んではいないのだろう?」


 ティアは目線で認めた。ファン・ミリアがワインを置き、見返してくる。


「なぜ、飲まなかった?」

「……なぜだろうな」


 ティアは自問する。


「どんなふうにも答えることはできるが、結局、私が弱いからだと思う」

「ティアは自分が弱いと思っているようだが」

「弱いよ、私は。人の命を奪って自らの糧にする。その責任が怖かったんだ。吸血鬼である自分も、怖かった」

「私はそれをティアの優しさだと思っている」

「そう言ってくれるサティの優しさだな」

 

 ファン・ミリアが微妙な表情を作った。


「だが、ティアは変わったんだな」

「変わらなければと思ったし、それはいまでもそう」言って、ティアはくすりと笑う。「人は性根を変えるのが難しいというが、吸血鬼も同じみたいだ」

「……ティアのいう強さとはなんだ?」

「『なにをもって強いとするか』──これもイスラの言葉だ。戦闘で強い、というのはひとつの強さだが、ではエクリやイグナスのようになりたいかと聞かれれば、私は違うと答えるだろう。彼らに負けたくはないが、負けない強さがあればいいとも思う」


 ファン・ミリアが首肯するのを見て、ティアは続けた。


「私は以前よりも多くの血を力に変えることができる。できるようになっていた。それは私が多少なりとも変わったからだと思う。私がこうありたい、と思うこと。こうなれると信じること。その夢、その目標が正しければ、(おの)ずとその力も見合ったものとなる。いまはそんな気がしている」

「その夢とはなんだ?」


 その質問にティアは腰を上げ、ファン・ミリアの前に立った。座っているファン・ミリアの股ぐらに膝を置き、乗りかかるように見下ろした。


「サティには感謝している。そして、ファン・ミリア=プラーティカは聖騎士団筆頭であることを承知で言う。これは以前の私であれば言えなかった言葉だ」


 ティアはまばたきもせず、ファン・ミリアを見下ろす。


「職を辞し、私のもとに来てほしい」


 落ちかかる黒髪の下から、ファン・ミリアもまた、ティアを見上げる。

 しばらく見つめ合った。

 ティアがファン・ミリアの頬に触れようとすると、その手を取られた。


「……断ると言ったら?」

「どうもしない。サティの好きなようにするといい。私も、そうする」

「私が聖騎士団に残った場合、どうなるか考えているのか?」

「もちろん──」


 ティアはファン・ミリアの手を握り直した、顔を近づける。


「サティの信じるままに」


 唇が、触れ合った。


 

 ドアが叩かれ、ティアは立ち上がった。

 ファン・ミリアから視線を移すと、レミは薄く目を開いたまま、部屋の隅でじっとしてる。警戒すべき者ではない、ということだった。


「どうぞ」


 声をかけるとドアが開き、ドビ爺が立っていた。その背後に、雨宿りの森小屋を貸してくれた農民の男が控えている。


 ティアはその姿に思い出した。

 男はティアたちに先行していたはずだ。しかし、家に男はいなかった。──ではどこにいたのか?


 その疑問を口にする前に、

「揃いました」

 ドビ爺が半身にずらして言った。外へ、ということらしい。


 促され、ティアが足を踏み出した。その瞬間、感じた。ドビ爺と男のむこう、すこし離れた森の入口に、多くの息遣いを感じる。その全員が息を押し殺すように……そう、固唾を呑んでこちらに向かって立っている。


 ティアの心臓が大きく鼓を打つ。


 ドビ爺と男が、立ち止まったティアを見つめている。

 恐る恐る、ティアはもう一歩進む。緊張で、全身から汗が噴き出る心地がした。


 ──裁きを受けるときが来た。


 元シフル兵のように。今度は自分の番なのだ。


 彼は逃げなかった。自分も逃げるわけにはいかない。

 

 ドビ爺と男が脇にどいて、ティアは夜へと踏み出した。


 その瞳に映ったもの。


 やや離れて位置に、人の群れが見える。

 五十人ほどの老若男女だった。見覚えのある顔ばかりだった。

 

「みんな……」


 まばたきを忘れてつぶやく。

 ウラスロの受難から生き残ったシフルの人々が、そこに立っている。

 

 彼らの視線を一身に浴び、ティアはゆっくりと近づいていく。


 そのなかで、ひとりの若い女性に目が止まった。その隣には同じ年ごろの男性が立ち、女性の肩に手を置いている。おそらく夫婦なのだろう。

 緊張した面持ちでティアを見つめながら、両手で大切そうに抱くもの。


 赤ん坊だった。


「その子は?」


 ティアは若い女の前で立ち止まり、訊いた。


「三カ月ほどになります」

「そうか」


 ティアはうなずき、その子に視線を落とす。

 まだ二十かそこらだろう若い妻は、隣の夫を見上げた。


「どうぞ、抱いてやってください」


 若い夫が言った。


「私が?」


 ティアは驚いて見返す。


「ドビ爺から、盗賊たちを退治していただいたと聞いています。ありがとうございました」

「しかし……」


 妻から赤子を差し出され、ティアは戸惑う。それでもと言われ、ようやくティアは赤子を引き受け、抱いた。


「小さいな、とても」


 赤ん坊の匂いがした。ミルク交じりの、みずみずしい匂いだった。小さくても赤子は思った以上に重く、どこを見てもぷっくりと丸かった。


 ティアは赤子をあやしながら顔を上げ、もう一度、周囲の人々を見回す。


「……ずいぶん少なくなってしまったな」


 ティアが告げると、うなずく者、つらそうな顔を見せるもの、様々だった。

 ふと、髪を掴まれる感触があった。抱いた赤子がちいさな手が、ティアの髪を掴んで引っ張っている。

 きょとんとくるみのような目に、ティアは不意に目頭が熱くなるのを感じた。

 母親が止めようとするのを、「いいんだ」とティアは微笑み──


「でも……」


 赤子に目を落としながら、ティアはさらに顔を伏せた。髪で自分の顔を隠す。こみ上げてくるものがあまりに多く、あまりに突然で、とうてい抑えることなどできなかった。


「みなが生きていてくれて、私は……」


 瞳から雫が落ちる。その雫が赤子に落ちぬよう、ティアはあわてて手の甲で受けた。自分の涙などで、赤ん坊を汚したくなかった。


 ティアを見守る皆に動揺が走るのがわかった。


「私……は……」


 耐えねばと思う。そう思えば思うほど、涙が止まらなかった。

 赤子の顔の横を、涙は一粒、二粒と落ちていく。


 うぅ、とティアは嗚咽を押し殺すように、背後を振り返った。


 そこにはファン・ミリアが立っている。紫の目を大きく見開き、驚いた表情で、じっとティアを見つめていた。


「見てくれ、サティ……」


 涙が頬をつたう。泣きながら、ティアは笑っていた。


「シフルの……子なんだ……」

 

 抱いた赤子をファン・ミリアに見せる。失ったものと、新たに得たもの。


「シフル……で……生まれた……子なんだ……!」


 ひときわ大きく嗚咽が漏れ、じきに泣き声へと変わった。


「ああ──そうだな」


 ファン・ミリアが目を見開いたままうなずく。そして、


「ティアがなぜ黒狼(イスラ)から選ばれたのか、その理由がわかった」


 驚き、息をするのも忘れた様子で、ティアの姿を瞳に映し続けている。


「……王だ」


 ファン・ミリアがつぶやくように言った。


「ティアは、王の心を持っている」

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― 新着の感想 ―
[一言] 泣いた 投稿と更新、感謝です
[一言] 今回もとても面白かったです。大変でしょうが今後も頑張ってください!
[一言] 人を導くためには能力やカリスマ性なんかも大変に大事。 大事なんだけど導くべき人を惹き付けるのはその2つに加えて優しさ、思いやりなんて言うごくごく当たり前の事なんだよね… 権力を持つと大を生…
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