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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
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67 シフルⅠ

 レミの山村を出て、シフルを目指す。

 馬の背にレミを乗せ、ティアとファン・ミリアは歩きの旅である。 


 街道を南に折れて野道に入る。

 人目がないのをたしかめてから、ティアはフードを上げ、やや乱暴に手ぐしで髪をといた。春のさかりを過ぎ、月はうすい雲に隠れている。芽吹いた草はすでに高く、深く息を吸えば、野花のかおりが濃い。季節は夏にむかっている。

 

 もともと話すことができないレミを別にして、これまで他愛もない会話をしていたふたりも、シフルが近づくにつれて口数が減っていた。


 ──すべてがはじまったシフルへと帰っていく。


 その言葉ばかりが浮かぶ。


 シフルで死に、朽ちた教会で吸血鬼として復活した。亡きタオの夢の欠片にすがって王都を目指した。失われたタオの夢と、新たに得たものと……。


 自分が逃げ出した場所へと帰る旅だ。

 同時に、ティアがティアとして世界を見る旅でもあった。



 明け方ごろ、細かい雨が降った。

 予定通り最後の村に到着した三人は、早々に投宿する。

 貧しい村らしく、木組みの寝台には敷きつめた(わら)に敷布がかけてある。ティアは湿った上着を脱いで、まずレミの身体を拭いてやった。

 

 バンシーがそういうものかは知らないが、レミは大人しい。言葉を失っているため静かなのは当然として、表情自体も変化にとぼしい。

 ティアにはきわめて従順で、座れといえば座るし、立てといえば立つ。ファン・ミリアに対しても味方と認識しているようだ。


「仲のいい姉妹に見える」


 ティアの背後で、着替えをしながらファン・ミリアが言った。


「タオには姉も妹もいたからな」


 ティアが何気なく返すと、背後の衣擦れの音が止まった。


「お会いしたかった」


 ファン・ミリアの言葉に、ティアは振り返った。うすい肌着に、ファン・ミリアのほどいた髪が無造作にたれている。


「姉と妹に?」

「他にも御家族と」


 まじまじと見返すティアに、ファン・ミリアは怪訝顔を作る。


「何かおかしなことを言ったか?」

「いや──」とティアは笑う。「もしサティを紹介したら、天地がひっくり返る騒ぎになりそうだ」

「過言だ。私のほうが緊張する」

「普段、団員の家を訪ねることはあるのか?」

「あると思うか?」

 

 思わない、そう言って、ティアはファン・ミリアに手を伸ばした。その手を、ファン・ミリアが掴んでくる。ティアが引き寄せようとすると、ふいにレミが立ち上がった。扉に顔を向ける。その後で、ティアとファン・ミリアも気づいた。


「さすがに家のなかではバンシーが早い」


 鎧兜のがちゃがちゃとせわしない音が、こちらの部屋にむかってくる。


「衛兵か。サティは寝台に隠れていたほうがいい」

「わかった」


 ふたりの意思疎通は早い。


 ドアが叩かれた。


「開けろ。旅券を改める」


 威圧する声に、「いま」と、ティアはファン・ミリアが隠れるのを待って、ゆっくりと扉を開いた。


「何か?」


 (ひげ)面の男と、それよりも一回り若い男のふたり組である。

 ティアの髪先から水滴が落ちた。先にレミを拭いてやったためだ。袖のない両肩から、白い(かいな)があらわになっている。

 目の前の男にティアが顔をあげると、男の瞳孔が広がった。同時に、喉仏がこくりと動くのもわかった。生唾(なまつば)()んだ、というやつだろう。


「何か?」


 重ねて訊くと、衛兵は我に返った様子でティアの手首をつかんできた。


「旅券を改める」

「手首をつかむ必要はないはずだが」


 言い返すと、髭面の男が迫るように部屋に入ってきた。


「もうひとり女がいたはずだ」


 後から入ってきた別の男が、レミを見ながら後ろでにドアを閉める。


「出かけている。──部屋に入るのを許した覚えはないが?」

 

 非難をこめて告げたものの、衛兵は「それがどうした」と、もう一方の手首も掴んでくる。


「問題になるぞ」


 警告を伝えてやっているにも関わらず、衛兵に動じた様子はない。


「はじめからそのつもりで来たらしいな」


 ティアの言葉に衛兵がにやりと笑った。体臭に酒のにおいが混じっている。


「これがお前たちの仕事か?」

「黙れ。ここに残って俺の女になれよ」

「女を口説く文句には聞こえないが」


 ティアが冷たく言うと、胸を鷲掴みにされた。酔って気が大きくなっているのか、これがもともとの本性か。どちらにせよ不快である。


 ティアは男の手首を掴み返した。


「な──っ!」


 男が宙を回り、背中を床に打ちつける。


「貴様!」


 もうひとりの男が襲いかかってくる。ティアの灰褐色の瞳が、にわかに赤く変じはじめる。男の瞳が、そして全身が固定されたように動かなくなった。


『そこに立っていろ』


 低く命じておいて、床の男に視線を転じた。


「民にすることか?」


 氷肌の顔貌(かお)に怒りをにじませ、ティアが問うた。


「お前たちはいったい何を守っているつもりだ」


 男はうめき声を漏らし、引きつった表情でティアを睨みあげてくる。


 ──恐怖。怒り。


 そして……。

 ティアは男の瞳の奥に、絶望を見た。


「お前……」


 するどく息を吞んだ。ティアの赤く染まりはじめた瞳が、灰褐色に戻る。


「ば、化け物だ!」


 力が解けたのか、立たせておいた男が部屋を走り出ていく。が、ティアは目の前の男から視線を外すことができなくなっていた。


「お前は、シフルの……」


 間違いない。

 髭のせいでいくぶんわかりにくくなってはいたが、シフルの領兵だった男だ。

 

 シフル、というティアのつぶやきに、男がぎょっとする。


「……なぜだ」


 ティアの声は震えていた。

 ティアの脳裏に、いつか見かけた男の笑顔が浮かんでいた。シフルの領民から、彼は慕われていた。


「絶望がお前を変えたのか」


 相手に言うでもなく、ティアはつぶやく。


「私の……せいなのか……」


 呆然としたティアの表情に、男は我に返ったようだった。ティアを乱暴に払いのけ、先の男同様、部屋を走り出ていく。


 よろめいたティアは、背中を壁に預けた。


「ティア……」


 ファン・ミリアが心配そうに敷布の下から出てくる。

 座り込みそうになるのを、耐えた。


「私のせいだ……」


 絞り出すような声音でつぶやく。


 タオではなく、自分の。


 激しい悔恨に襲われた。

 シフルに戻らなかったツケが今、ようやく自分に追いついてきた気がした。


「ティア、ちがうぞ」


 ファン・ミリアが声をかけてくる。


「シフルの人々を傷つけたのは、ウラスロ王子だ」

「ちがう」


 ちがうことを、ティア自身が一番よくわかっている。


「私が弱かったからだ……」


 両手をゆるゆると持ち上げ、顔面を覆う。


 敵がいれば戦える。

 何度でも立ち上がってみせる。


 だが──

 自分の弱さと戦うには、どうすればいいのだろう。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新!!ありがとうございます レミ可愛いですね〜
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