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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
212/239

66 オルバサスにてⅢ

 同時刻。

 大浴場でカホカがアルテンシアと話をしている一方──


 廊下に敷かれた、絨毯(じゅうたん)の上を歩く。

 周囲に気配は感じられなかった。使用人だけではない。館に入った当初は明らかに監視の視線を感じたものだ。手練れの護衛が、館のいたるところに隠れていた。

 それが、指示された室に向かうにつれ、すくなくなった。

 つきあたりに扉がある。

 ノックすると、すぐに返事が聞こえた。

 

 ルクレツィアは、何も言わずに扉を開いた。


 書斎である。

 四方の壁を本棚に囲まれている。中央の丸卓には燭台(しょくだい)が置かれているため、暗いとは感じなかった。


 ひとり用のソファに座っているのは、ウィノナ=セリーズである。

 洒脱(しゃだつ)な衣装をまとい、一重の目は涼しげに笑っている。


「そこに座ってくれ」


 ウィノナが、対面に置かれたソファをすすめる。

 言われたとおりにルクレツィアはソファに腰をおろした。丸卓のうえに羊皮紙が載っている。さりげなく見ると、『シニフィア』の文字が書かれている。嫌な予感がした。


「疲れているところ、悪いな」


 ルクレツィアは首を横にふった。警戒してはいるが、しすぎてはいない。


「なにかしら、話って」

「ルクレツィア=タルチオ。お前には個人的に興味があってな」


 ウィノナの言葉に、ルクレツィアは身をかたくした。


「まず、お前の旅の目的を聞こうか」

「どういうこと?」

「答えられないか?」


 訊き返され、ルクレツィアは黙り込む。ややあって、


「改まって訊かれれば、誰だって考えるでしょう?」

「そりゃそうだな」


 ウィノナは笑い、


「行方不明になった聖女ファン・ミリアを見つけるために、カホカたちと同行している、だっけか」

「ええ、そうよ。──おかしい?」


 ルクレツィア自身、本当にそう思っている。


「お前がファン・ミリアと親友なのは確かなことなんだろうな」


 探るような言葉でもあり、ひとりごとをつぶやくようでもあった。


「いちいち確認が必要なことかしら」


 ルクレツィアは顔つきは厳しい。


「いったい何が言いたいの?」


 すると、ウィノナは丸卓の羊皮紙を手に取った。


「ルクレツィア=タルチオ。幼少時に西国のシニフィアからムラビアに移住。神職の両親のもとで生まれる。両親もともにシニフィアの生まれ。神職だからな。調べるのはさほど難しいことじゃない。すくなくとも、俺たちの諜報(ちょうほう)を使えばな」


「……私を調べたの?」

「気になるのはな」


 ウィノナは、羊皮紙から視線を上げ、ルクレツィアの目を、それから髪を見た。


「その髪だな、ルクレツィア=タルチオ。お前の髪は陽の光を浴びると青を映す」

「……」


 ルクレツィアは答えない。ウィノナが続けた。


「すべてが、というわけじゃない。ただ、うちのアル姉いわく『青は特別の色』だそうだ」


 言いながら、ウィノナは脚を組んだ。


「ルーシ人の混血児(ハーフ)は青い瞳をもって生まれる確率が高い。カホカが良い例だな。さらにその混血児(ハーフ)の子は、その親同様、青の特性を持つ者が生まれる可能性がある。やはり瞳に多いが、まれにそれ以外の部位にも出るらしい」


「可能性よね?」

「そう。すべてが、というわけじゃない。──その一方で、お前の両親の血筋をさかのぼっても、ルーシ人らしき者はいなかった」


 ルクレツィアは、ウィノナを見返した。


「つまり?」

「すべてが、というわけじゃないけどな」


 ウィノナは肩をすくめ、「知ってるか?」とルクレツィアに尋ねてくる。


「アル姉いわく『青は特別の色』らしい。特別ってのは通常とは異なる、という意味だ。またアル姉はこうも言った。──『青は喪失の色』と」


 本音を言うとな、とウィノナは続ける。


「お前がルーシ人の血を引いてるかどうか、それ自体に俺の興味はない。だが問題は、お前がそれを隠している、という事実だ」

「隠したおぼえはないわ」

「認めたおぼえもないだろう?」


 ウィノナはかるく笑う。


「もう一度いうが、ルクレツィア=タルチオ。俺はお前が出自を隠そうが隠さまいがどうでもいい。ただな、自分を隠すことはオススメしないな」

「……どういうことかしら?」

「モシャンの船だ」


 はっきりとした口調でウィノナから告げられ、ルクレツィアは組んだ両手に力をこめた。──やはり、見られた。そう思った。ファン・ミリアにも隠していた、隠し続けていたものを……。


「俺はお前の闇を見た。これもアル姉の受け売りで悪いけどな──いや、アル姉も昔、誰かから聞いたらしいんだけどな。人は、誰もが心に闇を持っている。だからこそ、光を目指すんだと」

「……」

「闇を抱えるのはいい。だが、光から目をそむけるとロクなことにはならない。そういうことらしいな」


 ルクレツィアはおもむろに立ち上がった。つとめて冷静に。それでいて、一刻も早くここから立ち去りたいと思った。


「話はそれだけ? つまり、私に対する忠告かしら」

「いや、助言だ」

「余計なお世話とは思わないようにはするけれど、ありがたいとも思えないわね」

「これはセリーズってより、ペシミシュタークの流儀だな。有能な人物には投資をするようにしてるんだ」

「投資?」

「人への投資こそ、ペシミシュタークでは最上としているらしいぜ。だけどお前は、アル姉のお眼鏡にかなわかなったみたいだな」

「それは残念」

「ペシミシュタークが拾わなかった者を、セリーズが拾ってはいけない法はないからな」

「格が落ちるわね。喜ぶべきか悩むわ」

「アル姉だって間違いを犯すこともあるだろうからな」

「それを主家の屋敷で言うかしら」

「ここは(アービシュラル)でも中央(コードウェル)でもない。北の貴族は互いに成長しあうんだ。そうでなきゃ、時代に取り残されちまうからな」


 どれだけ皮肉を言っても、セリーズの嫡子は気にもならないらしい。


「好きなように言ってくれるのは構わないけれど、私のいないところでお願いしたいわね」

「そりゃ怒るよな。自分の痛いところを突かれれば」


 ルクレツィアは、ウィノナに強い苛立ちを覚えた。かすかに手首を返して袖からナイフを落とし、その手に握る。相手からは見えないように。


「過去にな──」


 その時、ウィノナが言った。


「シニフィアのある町で、野良猫や野良犬がナイフで腹を裂かれ、(はらわた)を引きずり出されて殺されることがあったそうだ。それほど長くは続かなかったし、数もそこまで多くはなかったから、覚えてる者はもうほとんどいないけどな」

「痛ましい事件ね」

「人でなくてよかったと思うよ。ほんとにな」

「ええ──」


 ルクレツィアはにこりと笑みを作り、両手を身体の前で組んだ。


「あなたも気をつけたほうがいい。セリーズのお坊ちゃまとなれば、狙う人もたくさんいるでしょうから」

「ご忠告感謝するよ」

 

 ルクレツィアが室を出ていこうとすると、声をかけられた。


「次に話す時は、ナイフを置いてきてくれると助かるな。おっかなくて緊張するからな」


 ルクレツィアは扉に手を触れた。ウィノナを見る。


「安心して。二度と話すことはないでしょうから」


 言って、室を出た。

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