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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第二章 緋と館編
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5 村と街

 東ムラビア王国。


 西方山岳部、シズ村。


 村の唯一の宿である『香露亭(こうろてい)』の二階の窓から、ごくかすかな光が漏れている。


 一本の蝋燭(ろうそく)の明かりが室内をぼんやりと浮かび上がらせている。


 その窓際に、ひとりの男の姿があった。男の見た目はまだ二十代半ばほどの若さでありながら、顔には無数の切創(きりきず)が刻みつけられている。銀の髪は短く刈り込まれ、日に灼けた肌は浅黒い。


 傭兵(ようへい)イグナスは窓から夜空を見上げていた。


「やれやれ、参ったぜ」


 言葉とは裏腹にその口元は(ゆる)んでいる。


 無精髭(ぶしょうひげ)の生えた(あご)をなでさすりながら、飄々(ひょうひょう)とした顔つきでイグナスは姿勢を変え、窓に背を向けた。箱形の寝台には、あられもない姿の娘がしずかな寝息を立てている。


 イグナスは余韻(よいん)を楽しむように眼を細めると、


「まったく、俺の雇い主さまはどこに行ってしまわれたんだか」


 軽い口調で苦笑する。


 イグナスはシフルの街でタオの身に降りかかった事の顛末(てんまつ)を目撃していた。あくまで見ていただけなので詳しい事情はわからないが、大体は把握している。


 そして、神託の乙女ファン・ミリアと黒狼との突然の戦闘……。


 さすがに目を疑ったものの、そういうこともある、とあっさり受け入れることができるのもまた、些事(さじ)にはこだわらないこの男の性格ゆえなのかもしれない。


 その後、狼に連れ去られたタオをさがしてシズ村に再訪したイグナスだったが、


「どうやら当てが外れた」


 ということらしい。


 狼はこの村には戻ってこなかったようだ。


 ではどこへ? と思ったが、他に思い当たる(ふし)もない。


「困ったもんだ」


 当てがないのであれば、推理しなければならない。


 タオ=シフルがどこに連れ去られたかは見当もつかない。


 だが、もし仮にタオ=シフルが生きているとするなら……彼はどうする?


 故郷を奪われた者が何を想うか……。


「……ゲーケルンへ向かうか」


 そろそろ路銀も尽きかけている。


 イグナスはもう一度、肩越しに夜空の月を見上げた。


「見つかればいいんだけどなぁ」


 そうつぶやいたイグナスの口調は、やはり軽い。



 同刻。リュニオスハート。


 城門前でひたすら泣きまくって衛兵たちの同情を誘い、リュニオスハートの街に入ることができたティアだったが、気分は重かった。


 まさか自分が女として涙を武器にするなど、タオ=シフルであった頃には想像さえしなかったことだ。思い出すだけで情けないやら、やるせないやら、どこかへ走り去ってしまいたい衝動にかられる。


「……消えてしまいたい」


 ティアは襲い来る自己嫌悪と戦っていた。


 だが、悲観してばかりもいられないのだ。


 形はどうであれ、街に入ることに成功した以上、ティアが次にすべきことは、


「眠るところを探さないとな」


 まずそれが第一である。路銀もない。森であれば人もおらず、身を隠す場所を見つけるのにもさほど苦労することはなかったが、ここはあくまで人間が自然を淘汰した世界である。


 どこの都市もおおむね同じような作りになっているものだが、リュニオスハートもその例に漏れない。都市全体はぐるりと城壁に囲まれており、中央には広場と教会があり、もっとも土地が高く隆起した場所に領主の館か城がある。大きな都市であればその周囲に貴族の屋敷が軒を連ね、同心円状に商家、そして農家と拡がっていく。要するに外敵からの襲撃に備え、中心に近い安全な場所ほど裕福な者が集まる、という構図ができあがっているのだ。


 眠る場所をさがすにあたって、問題があった。


 ティアは街で金を稼ぐ方法を知らない。


 やはり自分は貴族の子弟なのだということを痛感せずにはいられなかった。


『これも世を知ることになろう』 


 お前は物を知らなすぎる、とイスラに言われてしまえば、反論の余地がない。


 幸運なことに、ティアは入門の際、衛兵たちからマントを借り受けることができたため、とりあえず人目を忍んで歩く必要はない。


 ──いつか返しに行かないとな。


 考えながら、大通りを歩く。それほど高級な素材が使われているわけではないが、布は貴重なものなのだ。


 城内の周縁部は農家が多いため、灯は少ない。自然、ティアは広場を目指すことになった。道を進むほどに商家がちらほらと目につくようになり、中央の広場にたどり着くと、教会、庁舎、大商店がぐるりと空間を囲んでいた。


「さすがにシフルの街とはちがうな」


 故郷の街を思い出すのは、つらい。それでも思い出さずにはいられない懐かしさと暖かさもまたあるのだった。


 つん、と鼻が痛くなる。


 街の中央の広場の、さらにその(へそ)には噴水がある。すでに水は止まっていたが、ティアはその縁に腰を下ろした。


 ゆっくりと広場を見渡す。


 真夜中までには時間があるものの、さすがに夜の深まっているこの時間に営業している店はない。それでも酔漢らしき男たちが肩を組んで陽気に歩いている光景を見ると、「ああ、人がいるな」という気持ちになるのが自分でも不思議だった。 


 ぼうっとしているとすぐに時間が過ぎていってしまう。


『して、どうする?』


 頭のなかに直接響いてくるイスラの声を聞きながら、


「……そうだな」


 と、ティアは考え込む。


 このままじっとしているだけでは、物事は進まない。


 とはいえ、選択肢も多くない。


 路銀を稼いで宿を取るか、金をかけずに昼間をやり過ごせる場所を見つけるか。


 しかも路銀を稼ぐなら、ごく短時間で日当を稼ぐ必要がある。


 ──酔漢(すいかん)がいる、ということは酒が飲める店がある、ということか。


 ティアは溜息をつくと、意を決して立ち上がった。

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