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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
209/239

63 オルバサス近郊

 夕暮れに沈みはじめた大地の彼方に、公都オルバサスの長い城壁が見えた。


「やっと着いた……」


 カーテンがわりの暗幕をすこし上げ、カホカは窓のすきまから外をのぞく。後方から、まったく同じ外装の馬車がついてくる。


「ご苦労さん」


 対面に座るウィノナは、座席に片足を乗せている。まだまだ余裕たっぷりといったプラチナ・ブロンドの貴公子に、カホカは胡乱(うろん)な瞳を向けた。


「好き放題にこき使いやがって」

「そういう取引だろ」


 ウィノナは歯をのぞかせて笑う。


「俺だってちゃんと働いてたさ」


 小脇に抱えた剣の柄で、自分の頭を小突く。


「馬車の進路と、情報収集・攪乱(かくらん)な」

「何が攪乱だよ」


 カホカは対面の席、ウィノナの横の空いている部分に、足を伸ばした。


「めっちゃ襲われてんじゃんかよ」


 身体を折って屈伸をする。怪我はないが、かなり疲労が溜まっていた。


 なにしろ連日の襲撃である。

 オルバサスにいたる道中、昼夜問わず襲撃に遭遇していた。本気の護衛は神経を使う。カホカ、ルクレツィア、バディスのうち、ふたりが常にソムルの馬車に同乗し、ひとりは別馬車で待機する配置である。ウィノナは常にその別馬車で指揮を()っている。


「ちがうぜ」とウィノナは笑う。

「俺の攪乱のおかげで、これだけの襲撃で済んでるわけだな」

「言った者勝ちだろ、それ」


 うえーい、と屈伸をやめて、カホカは狭い座席の上で身体を横にする。すこし仮眠を取ろうと思って、気がついた。ウィノナがにやにや顔でとこちらを見ている。


「……あんだよ、こっち見んな」

「元貴族とは思えない口の悪さだな」

「光栄だっつの」

「そうこなくっちゃな」


 なぜかウィノナは満足気である。カホカはまじまじとウィノナを見返した。


「そういう趣味なの?」

「いや、俺はむしろ逆」


 さらりと言って、


「ただ、そのぐらい反骨精神がないとな。面白くないからな」

「なんだよそれ」

「こう見えて俺たちも必死ってことだ」

「……どうでもいいけど、面倒には巻き込まないでよね」

「ティアーナ=フィール次第だろ?」


 ウィノナは羊皮紙を読んでいる。

 カホカは、両足を壁にかけて、天井を見上げた。ふと思い出した。オボロ()きの船上で、バディスが言っていた言葉を。


「アンタって、けっこうモテるの?」

「いや」とウィノナはゆっくり羊皮紙をめくった。「異常にモテる」


 出し抜けの質問にもかかわらず、悩みもせずに返してくる。


「なんでモテんの?」

「若くて金持ってるから」


 やはり即答してくる。まぁ、潔いけど、とカホカは思った。


「で、そんなモテモテのアンタは女のどこに()かれんの?」


 聞きたかったのは、ここだ。カホカの脳裏にはひとりの姿が浮かんでいる。


「胸」

(くそ)だな」

「──が半分で、残り半分は年齢(とし)だな。三十以上が好ましい」


 んあ? とカホカは再びウィノナを見た。


「アンタっていま何歳?」

「二十二」

「年上好きなの?」

「変か?」


 率直に訊き返され、「ぜんぜん」とカホカはあわてて首を振った。


「年下は好みじゃないの?」

「飽きた」


 あっさりと、ウィノナは言った。


「こっちが何もしてないのに寄ってくるからな。おなじことしか言わんし。年上はいいぞ。経験豊富だし、いろいろ教えてくれるしな。面倒もないし、勉強になる」

「ふーん」


 見た目によらず向学心が強いらしい。船でも、ウィノナはソムルに教えていた。


「んじゃ、胸があるのと、経験豊富なのはどっちがいいの?」

「後者」

「ふーん」とカホカ。「んじゃ、経験豊富な年上と面倒くさくない経験豊富な年下は?」

「どっちでもいい」

「経験豊富ってのは、いままで付き合った人数ってこと?」

「そうとも限らない。俺の知らないことを優しく教えてくれればいい。優しくってところが(キモ)だな」

「ふーん……」

「参考になったか?」


 うがった問いに、カホカは一瞬、言葉に詰まる。


「まぁ、いろんな奴がいるなって……」


 とっさに出た言葉に、ウィノナは「俺もそう思う」と、楽しそうにうなずいた。


「人それぞれだよな、嗜好(しこう)なんて」

「アンタって……」


 ウィノナの意外な一面に、カホカはすこし驚いた。


「あんまり貴族っぽくないな」

「そうかあ。北はこんなもんだぜ」

「なんか頭が柔らかい……気がする」

「どうだろうな」と、ウィノナは微笑(わら)う。 

「これぐらい頭が柔らかくないとな。アル姉についていけないんだ」


 道が整備されているらしく、車内に伝わってくる振動もちいさい。

 すこし経ってから、カホカは訊いてみた。


「そんなにすごい人なの? アルテンシア三世って」

「俺やスタンのおっさんとかはすごいと思ってるな」

「頭がいいんでしょ?」

「アル姉の言われた通りに動けばうまくいく。そういう信頼感はあるな」

「気難しいって聞いたけど?」

「『ネーン・カーテシー』か……自分が描いた絵にならなければ、かなりヒスるのは事実だな。物に当たれば人にも当たる。実際、難しい人だとは思うよ」

「それでもついていくの?」

「誰よりも自分に強く当たるからな、アル姉は。自分の無能が許せない性質(タチ)なんだろうな。完璧主義者ってやつ。いるだろう?」

「まぁ……」

「それに、アル姉は絶対に相手の言い分を残してやるからな」

「どういうこと?」

「頭のいい奴ってのはさ、自分で頭がいいことを知ってるんだよ。特に舌の回る奴な。だから、怒ると調子づいて相手をやりこめようとする。徹底的にな。これがよくないんだ」


 ウィノナは羊皮紙をひざの上に置いた。 


「言葉はナイフよりも人を斬る。心をな。しかも、その傷は一生消えない。傷つけた奴から恨みを買い続けるんだ。それで結局は身を滅ぼす。──わかるか?」

「なんとなく……」


 カホカはうなずいた。カホカ自身、東ムラビア人とルーシ人の混血児(ハーフ)で、貴族の妾腹の子でもある。幼少の頃に傷ついた言葉はいまでも覚えている。その一方で、すこし前に負った脇腹の傷はすでに忘れかけている。


「アル姉はそれがわかってるから、相手が苦しくなる前に、ちゃんと止めてやるんだ。追い打ちをかけるなんてことも絶対にしない。いるだろう? もうすでに話が終わってるのに、自分の気を晴らすためにダメ押しをする奴。言わんでもいい一言を言ってしまう奴。そういう奴は、結局は負けるんだ。本当に賢い奴は、そこで褒めてやるんだ。本気のときほど自分の怒りを吞んで、相手を認めてやる。『あなたの言い分にも一理ある。私にも非があった』ってな。それが相手にも伝わるから、遺恨を残さない」


 とはいえ、とウィノナは苦笑して続ける。


「アル姉にしたって、はじめからそうじゃなかった。頭のいい奴ほど、こんな簡単なことに気づかないらしいな。実際に痛い目を見て、気づいたらしいぜ」

「痛い目って?」

「詳しくは聞いてないけどな」


 そして、ウィノナはつぶやくように言った。


「後悔、したんだろうなぁ」


 車内に静寂が訪れた。

 その時だった。

 窓から矢が射こまれた。矢には魔石が結びつけられている。


「カホカ!」


 即座に反応したウィノナが、剣の柄頭(えがしら)を逆側の扉にたたきつけた。


「これだからさぁ!」


 いきおいよく開け放たれた扉から、カホカは飛び出した。重なるようにウィノナが続く。


 緑光が閃き、馬車が爆発した。


「ったく」


 カホカはすべるように地面に着地する。その隣に、ウィノナも並んで着地した。


「最後の襲撃って感じだナ。向こうもなりふり構っちゃいられないらしい」 

「アンタの情報攪乱、ぜんぜん効いてないじゃんか」


 燃える馬車の前で、カホカが不平をこぼす。


「何言ってるんだ」


 対するウィノナはしたり顔である。


「大成功の間違いだろ?」


 ふたりとも立ち上がり、後方の馬車に向かう。カホカたちの乗っていた馬車同様、はげしく炎上していた。

 どちらに本命のソムルが乗っていなかったかわからないため、同時に矢を射込んだのだろう。


「あーあー」


 カホカは崩れゆく馬車を眺める。割れた窓から暗幕が燃え落ちていく。なかには燃える四体がのぞいて見えた。

 その四体が燃えて、中に詰めていた(わら)がぱちぱちと爆ぜる音が聞こえた。

 ソムル・じいや・バディス・ルクレツィア──の姿に似せた人形だった。


「かわいそうに」


 本物ではないとはいえ、人形が燃えているのを見るのは気分が悪い。

 本物は、別に用意した馬車によってすでにオルバサスに入っているはずだ。


「アタシを恨まずに成仏してね」

「呑気なこと言ってる場合じゃないみたいだぜ」


 鞘を払って抜き身をさらした剣を手に、ウィノナが周囲に視線を走らせた。

 草叢(くさむら)から、いくつもの人影が立つ。それらが音もなくカホカとウィノナを取り囲む。顔には一様に仮面をかぶっていた。


「ったく。()りない奴らだな」


 カホカは構える。


「かかってきなよ。まんまと罠にかかった間抜けは、アタシがぶちのめしてやる」


 ちょいちょいと指を動かして、にひりと笑った。


 そして──

 

「待って! ごめん、ちょっと待って!」


 カホカが必死に静止をかけるも、仮面の男がファルシオンで斬りかかってくる。それを上身体をたおしてかわし、


「んなろ!」


 左足を高く持ち上げて顔面に後ろ回し蹴りをくらわせた。

「待てっつってんだろうが!」


 その背中合わせに、ウィノナが立つ。呼吸を乱さず、構えた剣先がぴたりと宙に静止している。


「数が多いな、どうも」

「聞いてないよ、こんなにいるなんて!」


 カホカは悲鳴じみた声を上げた。

 何しろ死をも恐れない刺客である。殴っても蹴っても立ち上がってくる上に、はじめより数が増えている。


「総力戦でソムル様を亡き者にするつもりだったらしいな。ここで殲滅(せんめつ)しておくと後が楽なんだけどな」

「誰がやるんだって話だろ、それ」

「期待してるぜ」


 ウィノナが言って、背中から離れていく。カホカも刺客に間合いを詰めた。

 ファルシオンを薙ぐ刺客の懐に入り、片手でその手を叩く。もう一方の手で、男の喉仏に手刀を当てた。足払いをして、次の刺客にぶつける。

 一筋縄ではいかないのは、仮面の男たちが相応の手練れということだ。本来ならこのまま関節を極めたいところだが、同時にこちらの体勢を崩すことにもなる。

 カホカが短く後ろに跳ぶ、ひとりを斬り伏せたウィノナも同様にして、再び背中合わせになった。


「おまえら!」


 カホカが仮面の刺客たちにむけて叫ぶ。


「こんな美少女ひとりにみっともないぞ!」

「……俺もいるよな」


 当然、カホカはウィノナの言葉なぞ聞いていない。


「どうせなら縦一列になってかかってこい! アタシの必殺技で吹き飛ばしてやる!」

「……すげー自分に都合のいい状況な」


 包囲の奥から、細身の肢体を持つ刺客が前に出てくる。

 白い髪の、女の刺客だ。エギゼルの海で船を襲撃した女と姿形が一致している。どうやらこの女が指揮官らしい。

 女が、右手を高々と持ち上げた。それに応じて刺客たちが得物のファルシオンを構える。

 ぴくりと、カホカとウィノナに緊張が走った。


「ここにきて一斉攻撃かよ」

「カホカが余計なことを言うからだな。けど、まぁ」


 ウィノナはゆるゆると息を吐き、


「……来てくれたみたいだな」


 つぶやくのがカホカの耳に届いた。


 女が持ち上げた右手を振り下ろした、瞬間──


 いまだ火を残す馬車の荷台が、宙に浮いた。馬車が近くの刺客を巻き込み、草叢へと落ちていく。


「なんだぁ?」


 カホカを含め、その場にいる者が動きを止める。

 そこに、山羊(やぎ)兜をかぶった重装騎兵の姿があった。


「スタンのおっさんだ」

「あれが?」


 ウィノナの言葉に、カホカは目を丸くした。

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