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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
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61 月とアメジストⅨ

 ティアの肩に乗るバンシーの少女──レミが、ぱかりと口を開いた。


「待て待て待て」


 あわててティアはその口をふさぐ。


「いきなり力を使おうとするな」


 それが面白いのか、ティアの手を甘噛みしてくる。


 しかし、とティアは教会の上空に漂う霧を見た。


「あの霧をどうやって退治したものかな」


 悩みどころである。

 バンシーの泣き声が有効であることはわかっている。だが、それだけで十分であれば、すでに退治されているはずだ。


「サティ──」


 ティアが意見を求めると、ファン・ミリアは馬に手をやりながら、


「私は思うのだが」


 と、考える様子で言った。


「霧のなかを歩くと濡れるな」

「うん?」


 話の意図が見えない。

 ファン・ミリアは言葉を探し探し、続けた。


「つまり、霧は空気とはちがうものらしい。──ティアは黒い霧になるが、あれはどうなんだ?」

「……どうといわれても」


 はっきりと自覚しているわけではない。吸血鬼として備わっていた能力だ。


「空気に自分を溶かす感覚だな。霧になっている最中にはっきりした意識があるわけじゃない」


 ここに行こう、という移動の手段で使う能力である。


「ただ──」


 と、ティアはふと気づいた。


「言われてみると、自分が空気そのものになる感覚とはちがう気がする」

「それは、水──液体になる感覚ではないのか?」

「ああ、たしかに」


 ファン・ミリアの指摘はティアの感覚に遠くない。


「化物は死に際は黒い水になるしな。イスラは霧ではなく水になることに長けていたようだ」

「そうすると、ティアはあの霧をどう見る?」


 改めて訊かれ、今度はティアが考える。しばらくして、


「水という感覚は正しいのかもしれない。だが、異なる部分もある」


 ティアは言った。


「まず色だ。私は黒い霧にしかなれないが、あれは白い」

「なぜ?」

擬態(ぎたい)だろうな。本来の霧と見分けがつかなくするため。捕食のためだろう。あと、ちがうのは範囲だな。私はこの霧のように広範囲に広がることはできない。たぶん、霧を広げすぎると自分がよくわからなくなって、目的を失う」

「死ぬということか?」

「そこまでではないだろうが。本来の『移動』という目的を忘れて、元の姿に戻るとか、そういう感じだたと思う」

「実は、この霧が何かしら化け物の変化した状態という可能性は?」

「ない」


 ティアは言い切った。


「私がそうであるように、霧化の目的は移動か、それに伴う回避だ。この霧のように複雑なことはできない。仮にそれができる化け物がいたとして、余程の力を持つ者だし、いまの状態でも力の片鱗が残されているように思う。レミには申し訳ないが、バンシーに撃退できるとは思えない」


 話を理解しているのかいないのか、ティアの指を甘噛みしていたレミが、ぱかりと口を開いた。


「だから、むやみに力を使うな」


 もう一度レミの口をふさぐ。それが楽しいのか、レミはひとりで喜んでいる。


 つまり、とファン・ミリア。


「あの魔物は霧が常態で、本物の霧に紛れながら、魂を食い物にする、ということでいいか?」

「そうなるな」


 ティアがうなずくと、ファン・ミリアは眉を開いた。


「決まった。思ったよりも早くあの魔物を退治できそうだ」



 さすがは化け物退治の専門家といったところだろう。

 ファン・ミリアはまず、魔物の捕食本能に着目した。

 霧は教会の尖塔に迫っていた。


「霧が明確な思考を持っている可能性もあるが、バンシーから何度も撃退されていたことを考えれば、その可能性は低いだろう」


 ファン・ミリアの指示を受け、ティアは村から何本もの(たる)を集めた。それを教会内部の天井、尖塔から続く穴の下に設置する。


「サティ、準備できたぞ」


 レミを肩車したまま、ティアもまた尖塔へと飛び上がった。

 四隅(よすみ)を柱によって支えられた尖塔の屋根、そこから吊り下げられた鐘の下にファン・ミリアがうずくまっている。


「何をしているんだ?」


 ティアがのぞき込むと、ファン・ミリアは床の一部に穴をあけ、そこに、何やら光る糸を張り巡らせていた。


「光糸か」


 それを縦と横に細かく張り巡らせて光の(ネット)を作っている。作業が終わると、ファン・ミリアは立ち上がった。


「こちらも準備は完了だ。ティアとレミは下で待っていてくれ」


 一刻あまり後、

 ティアとレミが言われた通りに内部の樽の前で待機していると、再び霧の魔物が迫ってくる感覚に襲われた。


 反射的に、レミが外に走り出ようとする。


「ここで見てるんだ」


 すかさず手を取り、レミを抱きかかえた。レミが激しく抵抗した。ティアの手に噛みつき、それでも離されないとわかると、すかさず口を大きく開く。ティアはあわてて口をふさいだ。


「気持ちはわかるが、もうすこしだけ我慢してくれ」


 戦って、ずっと村を守り続けてきたのだ。ティアの手から逃れようと暴れるレミを、なんとか(なだ)めすかしていると、ポタリ──と。


 尖塔に続く天井の穴から、水滴が落ちてきた。それが、真下の床に置かれた樽のなかに溜まる。


「レミ、見てみろ」


 ティアはレミを後ろから抱き上げ、樽の中を見せてやる。


 ポタリ、ポタリと、霧が大粒の水滴となって樽のなかに落ちてくる。


「これがお前の敵だ」


 これまでとはちがう何かが起こっている。そのことに気づいたレミが、ようやく暴れるのを止めた。樽の縁をつかみ、興味津々の顔でのぞき込んでいる。


「溜まったら、この水にむかってレミが泣き声をぶつけるんだ」

 

 ファン・ミリアが光の糸で編んだ網。これに霧を通して水滴をまとめ、それを下の樽で溜める。溜まった水(魔物)を攻撃する。

 理解したらしいレミをおろすと、ファン・ミリアが戻ってきた。


「首尾は?」

「上々だ」


 ティアが応える。


「だが、すこし時間がかかりそうだ」


 霧がどれだけの水量になるかはわからない。その度に樽を変える必要があった。

また、実際にとりかかってみたなかで、もっともてこっずたのが……。


「レミ、もうすこし待て」


 バンシーの習性か、どうしても攻撃したがるレミの問題だった。

 しかも、力の配分を知らないらしく、常に全力を出そうとする。


「戦士はそうでなくてはな。見上げた根性だ」


 うんうんとファン・ミリアは満足そうだが、ティアはたまったものではない。


「自分はラズドリアの盾で防御できるからって……」


 不平をこぼしても仕方がないので、水が溜まるまでの間、夜通しレミに力の使い方を教えてやることにした。


 その間、ファン・ミリアは手持無沙汰になる。


「交代で休もう」


 ということになった。当然、夜の間に休むのはファン・ミリアである。


 ◇


 教会に付属した住居施設で寝支度を整えた。

 寝台に横になる。すると、


「──ぎえっ」


「ぎええ……」


「ぎ……ぎえ……えええ……」


 教会のほうから、ティアに教えられているらしいバンシーの泣き声が聞こえてくる。しかも聞こえてくるのはバンシーの泣き声だけでなく、それを真似したティアの声もだった。


「なんの儀式だ?」


 つぶやいて、ファン・ミリアはくすりと笑う。幼いバンシーに教える吸血鬼の姿が、まざまざと脳裏に浮かぶ。

 すこし前までは、想像さえできなかった光景だ。


 ──化物は人間に(あだ)なす者。


 ()り固まっていた頭が、この旅でずいぶんとほぐれたように思う。


 ──敵とは何か。


 自らが属する『国』によって滅ぼされた村でファン・ミリアは想う。


 戦うべき相手。

 ティアという存在。


 ティアもファン・ミリア同様、いったん敵と認めれば闘争心を剥き出しにして戦う。その一方で、敵だった者を惹き込んで味方にしてしまう。人に()らず、人外に依らず……。


 他者を魅了する吸血鬼の能力。


 そういうことなのだろうか。しかし、いつかファン・ミリア自身がルクレツィアに説明したことではあるが、『魅了』という魔法は、それほど劇的なものではない。極端な話、美男美女であれば持っている能力であるとさえいえる。


 これまでの旅で、ファン・ミリアはティアを見てきた。

 だからこそ言える。


 短期間で心を掌握してしまうのは、また別の能力だ。すくなくとも、ティアは仲間を見出す際に、魅力という魔法を意識的に使ったりはしなかった。


 それがつまり、吸血鬼の『真祖』の能力なのだろうか。


 真祖としての才能。 


『──私の目に狂いはなかった』


 黒狼イスラが消える際にティアに告げた言葉。

 ティアには何かがある。

 それを、黒狼は正しく見抜いていたのだろう。

 

 ──ティアとは何者なのか。


 黒狼は、ティアに何を見たのか。

 一柱ひとりの神がそのほとんどの力を費やしてまで、なぜティアを守ったのか。


「シフルまでに、私は見極めなければならない」

 

 知りたい。

 知らなければならない。


 この村を出て、山を越えれば、シフルはもう遠くない。


「シフルまで……」


 自分に言い聞かせるように、ファン・ミリアはつぶやいた。

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[一言] レミちゃんかわいい…… 娘にしよう!!
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