表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
205/239

59 月とアメジストⅦ

 道端に死体が転がっている。

 白骨化された死体は旅人らしき姿をしていた。山深い霧に閉ざされた道で、彼は死の直前、何を想ったのだろう。


「かなりの数だな」


 ティアは馬上から死体を見下ろす。

 進むつれ、その数も増えていく。旅人、商人、傭兵……斧を抱いた(きこり)らしき骨もあった。

 

 それら死体を見るたびに、同じく馬上のファン・ミリアが祈りの(ことば)を口にした。


 新月である。月の灯もなく、夜はただ暗い。

 霧は重く身体を湿らせ、鳥の啼き声も聞こえない。

 口を閉ざしがちなふたりに代わって、時折、馬が(いなな)く。


 その時だった。


「ぎえええええええええええ!」


 何の前触れもなく、山ぜんたいを揺り動かすほどの絶叫が響き渡った。

 

「これは……!」

 

 あまりの大音量に、ファン・ミリアが両手で耳を抑える。ティアも同じである。が、耳を抑えても音がちいさくなることはなく、かえって大きくなる気さえした。


「ただの声じゃない」


 ティアは顔をしかめる。


「霊的な力が込められている」


 音が、(つぶて)となって降り注いでくるようだ。

 驚いて棹立さおだちになった馬をファン・ミリアが必死になだめている。


 直接的な痛みとは異なる耐え難さに、「くそっ」とティアが毒づいた時だった。


 ぴたりと絶叫が止まった。


「……止んだのか?」


 おそるおそる、ティアは手を離した。

 ファン・ミリアも周囲をうかがっている。


 突如として()いた絶叫が、一転して深い静寂へと変わる。


「魔物だな」


 ファン・ミリアの言葉にティアはうなずいた。


「疑う理由はないな」


 うめきながら頭を振る。まだ耳のなかでは絶叫が響いているようだ。


「ティアは魔物に心当たりはあるか?」

「ある。──サティは?」

「私もある」


 ファン・ミリアは言って、「では進むか」と、馬の腹を蹴った。


「サティの胆力には頭が下がる」


 いまの絶叫を聞いても進もうとうするファン・ミリアの勇気に、ティアは半ば呆れた。


 同時に思う。


 道端の名も知れない死体たち。


 彼らがこの絶叫を聞いていたとしたら、間違っても道を進もうとは思わなかったにちがいない。けれども霧によって閉ざされた山中では正しい道を見つけらず、結局、時間切れになった……。

 

 霧が薄くなってきた。

 やがて完全に霧が晴れると、ティアの視界に村が姿を現した。


 木組みで作られた入口の手前で、ティアは足を止めた。


瘴気(しょうき)というより……これは」


 袖をまくる。白い細腕に、血管が浮き上がっている。


「サティは入らないほうがいい。疫病が発生している」

「そうらしいな」


 下馬してファン・ミリアは入口をくぐる。


「大丈夫なのか?」


 そこでティアは気がついた。ファン・ミリアの全身を、うすい膜のような光が覆っている。


「ラズドリアの盾か」


 疫病をさえ、ファン・ミリアの神器は遠ざけてしまうらしい。


「つくづくすさまじい神器だな」


 ティアは舌を巻くも、ファン・ミリアは冷静そのものだ。


「つい最近まで、私はこれを最強の盾だと自負していたが」

「ちがうのか?」

「おそろしい神器は他にもあるということだ。──それより、ティアは気づいているか」

「もちろん」


 ティアははうなずいた。


 入口から進んだ先が、ちいさな広場になっている。

 中央にある井戸の、その手前──


 幼い少女が立っていた。

 

 まるで夜のなかに浮かび上がるような長い銀髪だった。裸の上に、粗末な襤褸(ぼろ)をまとっている。大きな茶の瞳をこちらに向けているが、敵意は感じられなかった。きょとんとして、ティアとファン・ミリアを見比べて、不思議そうな表情を浮かべている。


「子供……間違いないのか?」


 ファン・ミリアが小声で訊いてくる。


「ああ」とティアは認めて、言った。「バンシーだ」


 ……バンシー。


『家』に()くとされる魔物である。


 さまざまな民話に登場し、由来や姿かたちも諸説あるが、死を預言する者、あるいは、死を(いた)む者とされる。

 最大の特徴は、その異常・異質な泣き声だろう。

 先ほどティアとファン・ミリアが聞いた絶叫こそ、バンシーの泣き声である。


 じっと、バンシーはまばたたきをせずにこちらを見ている。ティアが手を振ってみると、ますます不思議そうに首を傾げた。


 やはり、敵意はないらしい。


 ティアが一歩、足を踏み出すと、バンシーがこちらに背を向け、走り出した。歩く姿は人間の子供そのもので、こけた。


「あ──」


 と、ティアが見ているうちに、バンシーはむくりと起き上がり、また走り出して、こけた。それを繰り返しながら、建物の向こうに去っていく。いや、逃げていく、だろうか。


「こら、幼子(おさなご)をいじめるな」


 ファン・ミリアに怒られた。


「いや、私は何もしていない」


 心外だとティアが抗議すると、


「迷子の吸血鬼は心も迷子らしいな」


 理不尽である。

 すると、建物の反対側からバンシーが顔を出した。どうしてもこちらが気になるらしい。


「大丈夫だ」


 今度はファン・ミリアが声をかける。


「私たちに危害を加えるつもりはない」


 にっこりと対子供用の笑顔を作るファン・ミリアだったが、バンシーがまた走り出した。こけて、起きて、去っていく。


「……」


 井戸の釣瓶(つるべ)が、きいきいと寂しく鳴っている。

 ティアは「怖いな」と、ファン・ミリアの肩に手を置いた。


「いったい何が起こったんだ? 詳しく教えてくれ」

「……人見知りのバンシーもいたものだ」

「もうすこし詳しく頼む。こう見えて迷子なんだ」


 そんなやりとりをしていると、再びバンシーが姿を現した。じっと、何か言いたそうにこちらを見つめてくる。

 ここで、ふたりはようやくその意図に気づいた。


「私たちを(いざな)っているらしい」


 ティアが言うと、


「罠という可能性は?」


 ファン・ミリアに訊かれ、ティアは「なんともいえないが」と首をひねる。


「あのバンシーが、私たちを襲う可能性は低いと思う」

「なぜそう思う?」

「バンシーが不死に属する魔物だから。そして私が吸血鬼だから」

「格が違う、というわけか」


 吸血鬼は不死に属する魔物のうち、頂点に立っている。

 ティアは離れた場所に立つバンシーを見た。


「とにかく行ってみよう」


 言って、バンシーの後を追って歩き出した。

 

 道がそうであるように、家も、そして村も、人が使わなければ急速に(すた)れていく。案の定というべきか、村に人はいなかった。


 大きな村ではないが、家々が点在している。が、気になることもあった。

 家々は()ちている。長年の雨風ではなく、


「焼かれている」


 崩壊した(はり)の一部が焼け残っていたり、石壁には黒い焦げ跡がついている。


「無残だな」


 隣のファン・ミリアの声も重い。


 バンシーを追いながら、ふたりは言い知れぬ不安を抱きはじめていた。


「……この光景」

 

 焼き払われた村。

 壊れた什器(じゅうき)、放り出された家具。

 店先から提げられた看板は留め具が外れて落ちかかっている。


 どくり、とティアの胸が鼓を打つ。


「同じだ……」


 あの時と、破壊の程度が。

 

「サティ……」

「そうだな」


 ファン・ミリアも気づいている。


 やがて、村の奥に突き当たった。岸壁を背景に、古びた教会が立っている。

 ファン・ミリアのまとう光が強い。


 ──瘴気の元が、ここにある。


 教会の手前に、バンシーが待っていた。つまらなそうに小石を蹴っている。


「私の知らぬ神だ」

 

 わずかに開いた鉄扉の上、ファン・ミリアが見上げる先には神の記号──シンボルが掲げられている。


「つまり、異端というわけだ」


 ティアは言ってからはっとした。言葉の冷たさに、自分自身で驚く。

 ファン・ミリアが苦しそうに顔を(うつむ)かせた。

 ふたりが近づくと、バンシーは鉄扉のすきまから教会のなかへと入っていく。


 ()えそうになる心を励まして、ティアはその扉を開いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ