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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
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58 月とアメジストⅥ

「ペシミシュターク家は聖騎士団の有力な支援者(パトロン)でもある」


 かといって、ファン・ミリアとの関わりはさして強くもないらしい。


「応対をしていたのは事務方の副団長だからな」


 支援者(パトロン)のなかにはファン・ミリアを呼ぶように指図してくる者もいたが、たいていは副団長のベイカーが言いくるめていたそうだ。


「どうしてもというときは、団長が同席した」

「それは迫力があるな」


 歩きながら、ティアは笑う。

 団への寄付と引き換えに役得を期待したのだろうが、相手が悪かったようだ。


「しかし」と、ファン・ミリア。

「ペシミシュタークに関しては、金は出しても口を出してくることはなかったと聞いている」

支援者(パトロン)としては理想的だな」


 ティアの横を、馬が歩く。ファン・ミリアは馬上である。


「そうだな。非常にありがたい存在だと思っている」


 野原から登山口に入っていく。


苦艾(くがい)の公女……」


 ティアはつぶやく。


「ティア?」


 呼ばれたことに気づかず、ティアは山道をのぼる。


 道は暗い。


 ハシバミ色の瞳を持つ女。

 川の向こうに立つ女。


「……あの女は闇に立っていた」


 まるで、忘却の川の向こうに立つ死者のように。


『──第三の御使が、ラッパを吹き鳴らした。すると、たいまつのように燃えている大きな星が、空から落ちてきた。そしてそれは、川の三分の一とその水源との上に落ちた。 この星の名は「ニガヨモギ」と言い、水の三分の一が「ニガヨモギ」のように苦くなった。水が苦くなったので、そのために多くの人が死んだ』


 ファン・ミリアがおごそかに()み上げる。


「それは?」


 ティアが訊くと、


「古い預言だ。水源はムラビア王家を。三つの川は三公爵家を表しているというが、眉唾だな」

「多くの人が死んだ、というのは?」

「過去、ペシミシュタークが『多くの人を殺した』事実はない。もっとも、昨夜の山賊を『多く』ととらえれば、その通りなのだろうが」


 それから、言った。


「東ムラビアにおいて、貴族として、公女として、アルテンシア様ほど光輝を放つ者はいなかった」

「光……」

「聞いた話だ。私は知らない。それに、ティアも言っただろう? 苦しみは本人しかわからない」

「そうだな」


 ティアは立ち止まった。

 引き馬をしているわけでもないのに、馬も停止する。


「困ったな」


 ティアは腕組みをした。


「……迷った」

「なに?」


 ファン・ミリアが片眉を上げる。


「来た道を戻ってきたのではないのか?」

「そのつもりだったんだが……」


 ティアは周囲を行ったり来たりする。ファン・ミリアは呆れた。


「吸血鬼が夜道を迷うとはな」

「夜道だが山道だ。けれど──」 


 腕組みをしたまま、ティアは身体を傾けた。たしかに、吸血鬼の迷子というのは聞いたことがないし、沽券(こけん)にかかわる気もする。


「自信はあったんだ」


 立ち止まっていても仕方がない。時間を浪費することにはなるが、覚えている地点まで引き返そうしたところ、霧が出てきた。それはみるみる深く、乳白色に視界を染め上げていく。


 ファン・ミリアが馬の首を軽く叩く。馬が耳を伏せていた。


「警戒している。自然現象にしては霧の発生が早すぎる」


 ──レム島でも夢を見たが。


 夜空を見上げると、薄い月が出ている。

 空模様におかしな様子はない。


 ティアは数匹の蝙蝠を分離させた。蝙蝠のうち一匹がティアのすぐ近くを飛ぶ。次の蝙蝠がやや離れた場所を。さらに次の蝙蝠が遠くの距離を、といった配置で、十重二重(とえふたえ)の円陣を描き出す。


 蝙蝠たちがそれぞれの位置を超音波で伝えてくる。


 ──レム島とはちがう。


 夢ではない。

 まちがいなくここは現実で、力も有効に働いている。

 しかし……。


「何かが私の感覚を狂わせている」


 ティアが馬上のファン・ミリアに伝える。


「この霧……」


 まといつくような霧にファン・ミリアは手を伸ばした。


「風上から流れているわけではない。山全体から吹き上がってくるようだ」


 山を下りようとしばらく道を戻ったが、ふたたびティアは立ち止まった。進んで、戻って、きょろきょろと顔を動かす。


「だめだ。わからない」

 

 言って、馬の上、ファン・ミリアの後ろにひらりと横乗りになる。


「お手上げだ。あとは聖女の勘に託す」

「吸血鬼が(さじ)を投げるな」


 ファン・ミリアが馬の腹を軽く蹴って、常歩で歩きはじめる。


「ティアの蝙蝠の様子はどうだ?」

「私同様、ぜんたいの方向感を失っている。周囲の索敵ぐらいの能力しかない」

「魔物のしわざということでいいか?」

「現実に力が働いているからな。そうだろうな」

「強い魔物か?」


 ファン・ミリアに訊かれ、ティアはあくびをした。


「実際に遭遇してみるまでわからないが、脅威や恐れは感じられない」


 王城(ゲーケルン)で蛇のギルドの首魁(しゅかい)──イグナスと遭遇する前の時点で、ティアは本能的な恐怖を感じていた。その時を考えてみると、今回、本能がティアに伝えてくる情報は多くない。


「それより問題なのは、夜明けが近づいているということだ」

 

 馬上で、ファン・ミリアの背中に横顔を預ける。時間とともに、ティアの動きが鈍くなっていく。


呑気(のんき)なことだ。眠っている間に魔物に襲われたどうするんだ?」

「好きにされるだろうな。それ以前に、日に(さら)された時点で終了だ」

「すこしは危機感を持ったらどうだ?」

「サティに対して失礼だからな」

「どういう意味だ?」


 ファン・ミリアの肩の上に顔を乗せる。


「サティがいてくれるなら、私が不安になる必要があるのか?」


 ティアはもう一度あくびをした。


 ◇


 結局、夜明けまで進んでも霧は収まる気配を見せず、山を下りることもできず、野宿をすることになった。ティアの肩から()げた旅かばんに道具は入っている。


 ファン・ミリアも仮眠をとるための用意をする。終わってみると、ティアはまだ大木の根本にできた穴に草や布をかぶせていた。


 せっせと自分の寝床を作っている後ろ姿が、妙にかわいげがある。


「慣れているな」


 ファン・ミリアはティアの背中に声をかけてみた。


「はじめのころ、野宿はよくしたからな」

「はじめのころ?」

「吸血鬼になったばかりのころだ。寝床の作り方はイスラから教わった」

「黒狼か……」


 かの月神は、ティアを生き永らえさせるため、己の力を削って深い眠りについてしまった。それについてティアがどう思っているのか、悲しんでいるのか、悔やんでいるのかは、ファン・ミリアの目にはわからない。


「誤って日の光が入ってくることはないのか?」

「ないな」


 こちらを振り返らず、ティアは手元を動かしながら、言った。


「自分でも気づかない部分に抜けがあると、妙に落ち着かない気分になる」

「本能か?」

「だろうな。どうしても落ち着かないときは、土のなかに潜ればいい」

「服がよごれるぞ」

「脱げばいい、起きたら身体を洗うだけだ」

「それこそ落ち着かないな」


 ファン・ミリアは土の中に裸で眠る自分を想像したが、あまり気持ちのいいものではなさそうだ。


「私だってしたいと思ってするわけじゃない。生きるためだ」

 

 寝床が完成すると、ティアは満足そうにぱんぱんと手を叩く。地面に四つん這いになり、そろそろと穴に入り込もうとする姿は吸血鬼というより、むしろ猫だ。


「──ティア」


 呼ぶと、ティアはその姿勢のまま、こちらを振り返った。


「おやすみ」


 ファン・ミリアが微笑んで言うと、ティアはこちらを見たまま寝床に入っていこうとして、頭をぶつけた。壊れた箇所をまたせっせと直しはじめる。黙々と。何も言わずに。


 照れたらしい。


「どっちもどっちだ」


 馬の首を叩いてやりながら、ファン・ミリアはつぶやいた。


 ◇


 翌夕(よくせき)も、霧は消えることなく漂い続けている。

 待っていて誰かが通るとも思えない。


 やむを得ず、ティアとファン・ミリアは道を進むことにした。とはいえ、ふたりとも方向感を失っているため、進んでいるかも戻っているかもわからない。


「この霧、何か意味があるのに間違いはないだろうが」


 代り映えしない景色に、ファン・ミリアも気だるそうだ。


「最悪、飛んで山を越えることもできる」

「せっかく手に入れた馬はどうする?」


 ファン・ミリアはあっさり言った。


「いまの状況もめぐり合わせだ。私は魔物を退治するつもりでいる。ティアにも手伝ってもらう」

「わかってる」


 しぶしぶながら、ティアもうなずく。同行者として、ファン・ミリアにはずいぶん助けてもらった。ここで否とはいえない。


 ティアは翼を広げた。


「上から見てくる。どうせ霧で何も見えないだろうが」

「私を見失うことはないのか?」

「蝙蝠を置いていく。私たちがいま夢のなかにいるのでなければ、蝙蝠を目印(マーキング)に使うことができる」


 手綱(たづな)を取るファン・ミリアの肘の下に、蝙蝠が逆さまにぶらさがる。


「これがティアの分身か」

「かわいいだろう?」

「ああ、本体よりな」

「笑える。サティは冗談がうまいな」


 ティアは飛び上がった。


 木々を抜け、高く舞い上がって山を見下ろす。冷気が風となって全身に吹きつけてくるが、ティアは平然としたものである。


 ティアの瞳が赤く光る。

 

 ──やはり、霧が深い。


 濃霧が周囲の山々を覆っている。そのなかに一か所、不自然に霧が出ていない部分があった。白い帆布(キャンバス)を張ったなかに、ぽっかりと穴があいている。その穴から家々がのぞいて見えた。


「村か……」


 しかも、よくよく力を使って見れば、霧は風にしたがう動きではなく、(うず)状に、その村を中心に巻き込むように動いている。まるで、迷い込んだ者を渦の中心に引き込んでいるようだった。


 ──あそこだな。


 あの村に何かがある。

 ティアは確信した。

引用:ヨハネの黙示録の第8章10節~12節『口語訳新約聖書(1954年版)』

レム島の夢:【第四章 6 幻想幻市(修正版)https://ncode.syosetu.com/n9025db/152/】

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[一言] 巣籠もりティア可愛いw
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