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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
202/239

56 in the lost time Ⅰ

「──さま」


「──ルさま」


 どこか遠くから呼ばれている。


「……うるさいわねぇ」


 馬車が大きく揺れるたび、頭痛がひどくなった。ネジを打ち込まれるような痛み。そうかと思えば、頭のなかに虫が()いたような、両手で脳みそを()き出したくなるような痛みが交互に襲ってくる。


 最低で、最悪の気分。


 ──ああ、頭が痛い。


 ぎゅっと目をつむって、その痛みをやりすごす。


 汗が、こまかみを流れていく。


 親指と人差し指でこめかみをおさえると、どくり、どくりと脈打っているのがわかった。


 強く、目を閉じる。


 閉じたまぶたの裏で、ちかり、ちかりと光が点滅している。


 赤い光と白い光を交互に繰り返している。


 突然、その光がはじけた。


「──アル?」


 呼ばれて、テーブルから顔を起こした。いつの間にか眠ってしまったらしい。しかも、熟睡だったようで、紙の上によだれが垂れている。


 庭の東屋(あずまや)だった。


 子供のころは、ここでよく学んだものだった。八角形の東屋は、腰高(こしだか)の壁から上は柱になっている。風も光もよく通すのに、いつもレンガの湿気(しけ)った匂いが漂っていた。


 寝ぼけ(まなこ)をこすると、隣に女性が座っている。


「おはよう」


 その挨拶を聞くだけで、彼女の自由で明るい気質がわかるだろう。


「──ココ、来てたの?」


 ドレスの(そで)で口元をぬぐい、アルテンシアは身体を起こして伸びをした。


「アル、おはよう」


 もう一度言われ、「おはよう」とアルテンシアも返した。ココとは対照的に、アルテンシアの寝起きの声は低い。不機嫌そうにも聞こえるが、アルテンシア本人にそのつもりはなかった。単純に、起きがけは頭の血のめぐりが悪いだけなのだ。


 もぞもぞとひざ掛けをなおしていると、


「今日の講義はもう終わってしまったわよ」


 言って、ココがテーブルの紙をのぞきこんでくる。「宿題をしていたの?」


「ええ……そう」


 アルテンシアはまだぼんやりとする頭でテーブルの紙を見下ろした。宿題は、すべて終わっていた。徹夜で考えて、ようやく答えを出したのだ。それで気が緩んだらしい、と状況を自分に説明する。


「宿題をちゃんとしても、講義をサボったら意味ないじゃない」


 あきれ顔のココに、アルテンシアは「ちがうわ」と息を落とした。


「これくらいの問題が解けなければ、講義に出たってわかりっこない。私はココたち(・・)みたいに頭が良くないもの」


『たち』に力に込めると、ココは心外といった表情を作った。


「本気でそう思っているの?」

「ええ」


 自信をもってうなずくと、ココは「うーん」と腕組みをした。


「アルは頭の良さを『頭の回転の速さ、もしくは、理解をする、問題を解く』能力だと思ってるみたい」

「そうよ。ちがうの?」

「ちがうわよ」


 ココはあっさり否定した。


「それは頭の良さではないわ。個人の問題よ」

「はぁ?」


 アルテンシアが眉根(まゆね)を寄せると、「いいですかぁ?」と、ココは教師のような、けれどもすこし間延(まの)びた口調で言った。


「計算が速い、相手の意見に的確な反論ができる、見識が高い。仮にこれらが頭の良さを証明するものだとするでしょー?」


 ずずい、とそこでココはこちらに顔を突き出してくる。


「はい」


 迫力に()まれ、アルテンシアはこくりとうなずく。


 ココは深く息を吸い込んで、


「それが、いったい、なんだというの!」


 近くの水盤で羽を洗っていた小鳥が、驚いて飛び立っていく。


「いーい、私の最っ高ぉーにかわいい公女(ヘルツェーネ)。そんなもの、鳥の(ふん)より価値のないものだわ。トナーをよくご覧なさいよ。あの人、天パのくせに勉強ばっかりしてんのよ。意味わかんないわ! ユーリィを見てみなさいよ。あのゲジ眉、いつも勉強ばっかりしてんのよ! 私が話しかけてんのに、ぜんぜん聞いてない!」


「は、はぁ?」


 アルテンシアは目を白黒させる。


 何だかよくわからないが、ココは鬱憤(うっぷん)が溜まっているらしい。


「頭がいいって何よ。馬鹿の同義語じゃない。それがなんだというの!」


『それがなんだというの』が、ココの口癖だった。


 いーい? とココはアルテンシアは抱きしめる。


「アルはかわいい! 最高だぁー!」


 そうして抱きしめたアルテンシアを、右へ左へ、ぶんぶんと振る。東屋の腰壁にアルテンシアの腕が当たり、じぃんと痺れた。


「ちょっと、ココ」


 あまりの脈絡のなさに、はじめは困惑していたアルテンシアだったが、


「好きだぁ、好きだぁ!」


 アルテンシアの髪に鼻先を(うず)め、ますます強く抱きしめてくる。


「ふふ、何それ……」


 自然と、アルテンシアの口から笑い声がこぼれた。


「ふふ、やめて。やめてったら、あはははは」


 息苦しくって、すこし腕が痛くて、楽しかった。

 

「──講義を無断欠席した生徒たち(・・)を探しに来てみれば、ずいぶん楽しそうね」


 とがめる声に、アルテンシアが顔を上げた。


「レディ……」

 

 東屋の前に、初老の女性が立っていた。小柄で、身なりも簡素。やや吊り上がった目が気の強さを表してはいるものの、どこにでもいるようなこの女性こそ、公都オルバサスの知恵者たちが敬慕(けいぼ)してやまないキアスレディその人だった。


「……やべぇ」


 アルテンシアに抱きついているココがつぶやく。キアスレディの声が聞こえたはずなのに、なぜかココは振り返って彼女のほうを見ようとしない。


「レディ。生徒たち(・・)、って?」


 アルテンシアが訊くと、


「示し合わせたわけではなさそうね」


 こちらの雰囲気を(さっ)して、キアスレディはうなずいた。


「アルは課題を終えた後に寝てしまった、と」


 抜け目ない瞳で、アルテンシアの顔に残った寝跡と、テーブルの紙を見比べる。


「それで、ココは?」

「うぇ」


 促され、ようやくココはアルテンシアから離れた。その場で座り直す。


「それがですね、レディ」

「前置きは結構です」


 ぴしゃりと言われ、「うぇぇ」と、ココは身を縮める。


「こ、講義には出るつもりだったんです、レディ。教室にもちゃんと行きました。なんですけど、アルがいなかったので……」

「探していた、と。おかしな話ですね。あなたなら、アルの居場所を見つけるのは難しいことでないはずです。遅れて講義に参加することもできたでしょう」

「いや、まぁ……」

「まぁ、ではわかりません」


 問い詰められ、ココは気まずそうに言った。


「アルの寝顔が……」

「寝顔が?」

「人はこんなにもよだれが出るのかってくらい出てて……面白くて、つい」 

「ちょっと……嘘でしょ」 


 恥ずかしさでアルテンシアの顔が真っ赤になる。その言葉が本当なら、ココは一刻近く、ずっとアルテンシアの寝顔を見ていたことになる。


「なるほど」


 キアスレディは特に感慨(かんがい)もなさそうな表情でうなずく。


「ココ、あなたが講義を休んだのは、『アルのよだれのせい』なのですね」


「はい」と、ココは深々と頭を下げる。


「申し訳ありません、レディ。私は『アルテンシア=ペシミシュタークのよだれがあまりに大量に流れ出ていたせい』で講義をサボりました」

「やめてってば……」


 ぷるぷると、アルテンシアはふるえる両手で自分の顔を隠す。


 そうしていると、くすくすと忍び笑いが聞こえた。


 聞きなれない笑い声に手を開くと、キアスレディが「わかりました」と東屋の席に腰をおろす。頬に笑い(しわ)を浮かべながら。


「これからふたりには補習を受けてもらいます」

「えー! これからやるのぉ?」


 ココが抗議(こうぎ)の声を上げるのを、キアスレディは黙殺する。


「知の探求に終わりはありません。──アル」

「はい」


 呼ばれてアルテンシアが返事をすると、


「課題をあきらめず、よくやり抜きました。その姿勢を(つらぬ)きなさい」

「ありがとうございます」


 アルテンシアが頭を下げると、キアスレディはココに視線を移した。


「それから、──ココ」

「はい」

「補習後、あなたには倍の課題を与えます」

「なんで私だけ!?」


 ……。


 ──ああ。


 頭を押さえる。


 ──頭が、痛い。


 ……。

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