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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
201/239

55 月とアメジストⅤ

 日没後。


 ティアが宿を出る手続きを済ませていると、


「あんたたち、どこに行くのかね?」


 帳場(ちょうば)の老人が尋ねてきた。


「西へ」


 ティアが答えると、老人は(のど)をしわぶかせて言った。


「山()えの道は封鎖(ふうさ)されとるよ」

「なぜ?」

「近頃は追い()ぎが出る。山賊も出る。果ては瘴気(しょうき)が立って、魔物さえ出たという噂も聞く。悪いことは言わん。北か南の迂回路(うかいろ)を使いなされ」 

「魔物か」


 瘴気は魔物が発生する前兆(ぜんちょう)とされるが、よくわかっていない。瘴気が立つから魔物が寄るのか、魔物が寄るから瘴気が立つのか。


「一時は聖騎士団が征伐(せいばつ)するという噂も立ったがな、結局は来なんだ」

怠慢(たいまん)だな」


 ティアは老人に話しかけながら、背後に立っているファン・ミリアに聞えよがしに言った。


「聖騎士団の怠慢だな。ましてや聖騎士団の筆頭(ひっとう)ならいまごろパンを食べて──」


 ぴくりと、ティアの言葉が止まった。


『どうした?』


 ファン・ミリアが、耳元で(ささや)きかけてくる。


『続けろ、団員見習い』


 尻を思いっきりファン・ミリアにつねられていた。いや、つねるという生やさしいものではない。尻肉が引きちぎられそうだ。


『上官批判とは貴様も偉くなったものだな。望み通りいまここで仕事をしてやろうか? ん?』


 妙に熱っぽい口調で、吐息が耳にかかる。


 老人は不思議そうな顔でティアを見上げてくる。


「気にしないでくれ」


 ティアは引きつった笑みを浮かべた。


「それで、北と南の迂回路は、どちらが早い?」

「南だな」


 老人の話によれば──


 南の迂回路は、王都ゲーケルンに続く街道につながっている。街道に北に進むか、その手前で細道に入るかして山脈を迂回することになる。王都につながる幹線(かんせん)を利用するため、人の行き来も多い。しかし、ここでティアの事情が出てくる。人の行き来が多いということは、裏を返せば人の耳目(じもく)を引きやすいということでもある。王都でのレイニー救出の件により、ティアはお尋ね者となっているだろうし、そうでなくともファン・ミリアの知名度は高い。


 そもそも、若い女性のふたり旅というだけで目立つものだ。


「北は?」


 残りの北に迂回するルートを尋ねると、


「最近になって人が増えはじめたが」


 国内で見た場合、北部は相対的に景気が良い。中央、そして南部に比べて政情が安定しているからだ。


 とはいえ、治安の面では必ずしも安全とは言えないようだ。


 この問題にしても、山脈が無法者(むほうもの)たちの巣窟(そうくつ)になっていることに起因(きいん)していた。山越えの道が封鎖されたことにより、北の迂回路を通行する旅人や商人を襲いはじめたという。迂回路とはいえ山間の道を通ることもあり、少数で移動する場合は護衛(ごえい)をつける者も珍しくないそうだ。


 ここで意見が別れた。


「山越えルートだな」


 聖騎士団筆頭らしいファン・ミリアに対して、


「封鎖された道をわざわざ選んでも仕方がない」


 人が使わなくなった道は、急速に(すた)れるものだ。


「サティの気持ちは理解できるが、ひとりでどうこうできる問題じゃない」


 化物に関しては退治すればいいが、必ずしも遭遇(そうぐう)するとは限らない。山賊ならなおのこと、ひとりやふたり捕らえたところで焼石(やけいし)に水だろう。


 やるなら大規模に、一斉(いっせい)に。


 しかも、今回の目的はシフルを目指すことにある。


 釈然(しゃくぜん)としない様子のファン・ミリアだったが、不承不承(ふしょうぶしょう)といった面持ちでうなずいた。


 結果、ふたりは北へ迂回するルートを取った。


 道中──


王都(ゲーケルン)で、私はこの地域に魔物が出たことを知らなかった」


 ファン・ミリアにしては珍しく愚痴(ぐち)をこぼし続けている。


「なぜ情報が下りてこないんだ?」


 などと、ひとりでぷりぷり怒っている。


「なぜだろうな」


 ティアには答えようもないが、言い返したところで尻を引きちぎられても困る。


 触らぬ聖女に(たた)りなし、という気分で、適当な相槌(あいづち)を打ちながら夜通し歩き続けた。


 ◇


 そうして数夜目。


 月は薄く、弱々しい光を(こずえ)に投げている。


 山際(やまぎわ)の上り道。目を転じれば、深い(ふち)の底からざあざあと川音が響いてくる。


 それまで黙々と歩を進めていたティアは、足を止めた。


 顔を上向かせ、くんくんと鼻を鳴らす。


「どうした?」


 ファン・ミリアがすぐに横に立つ。


「風に人のにおいが混じっている」


 ティアは山のほうを指さした。


「ひとりやふたりじゃない。いや、動物のにおいもする。馬か」

「山の中でか」

行儀(ぎょうぎ)のいい連中ではなさそうだ。──サティ」


 ティアはファン・ミリアを横抱きにする。


「自分で動ける」

「私の趣味だからな」


 ティアは両脚に力を溜めて、跳んだ。太い木の枝に着地し、その反動をつかってさらに跳ぶ。


「嫌な趣味だな」

「なんて?」


 さらに跳んで、次の木へ。


 横抱きにしたまま、ティアはファン・ミリアに顔を寄せた。


「よく聞こえなかった。なんて?」

「……顔が近いぞ」


 表情をそのままに、ファン・ミリアが顔をそらした。


「上官殿はすぐに照れるのが玉に(きず)だな」


 すると、ファン・ミリアが何か言いたげに睨んでくる。


 ティアはまじまじと見返した。


凛々(りり)しいが、私だけに見せてくれる表情じゃない」

「……部下に(すき)を見せるわけにはいかないからな」

「実は私は団員じゃない」

「知っている」

「笑顔は?」

「急には作れない」


 見つめたまま、ティアはファン・ミリアに瞳を、その唇を近づけていく。


 春風に木の葉が舞い、踊る。


 風が過ぎた木々のむこうから、地が響き始めた。 


 木の下は下草が踏み分けられた道になっている。獣道よりもわかりやすく、その幅も広い。


 明らかに人工的に作られた道である。


 やがて、馬群の影が見えはじめた。


 樹上のふたりには気づかず、馬に乗った男たちが次々と駆け抜けていく。


 毛皮の上着をまとい、粗野(そや)そのものといった顔つきで大声を上げている。


「山賊か」


 ティアから手を放し、ファン・ミリアが小声で言った。


「らしい」


 ティアはうなずく。この道は山賊たちが使う秘密の抜け道なのだろう。彼らはこういった地の利を用いて旅人や商人を襲い、あるいは軍の追跡を逃れている。


「何か急いでいるようだった」


 ティアは山賊たちが消えた坂の向こうへ顔を向けた。木から下り、坂の頂上まで歩くと、一気に視界が広けた。


 山賊の抜け道を下ると、街道にぶつかる。街道を横断した向こう側は、上下に勾配(こうばい)の続く野原が広がっていた。


 その景色に、先ほどの山賊たちが走っている。


「馬車を追っている」


 かすかな月の光を頼りにティアは夜目を()かせる。


 この道だけでなく、山賊は様々な抜け道を使って合流し、その数を増やしている。百名は超えているだろうか。山賊にしてはかなりの規模である。


 それらの集団が、脇目(わきめ)もふらずに馬車を追いかけている。


「──ティア」


 ファン・ミリアから呼ばれ、ティアは息を吐いた。


 その背に翼を広げる。すると、何も言わずにファン・ミリアがティアの首に腕を回してきた。


「こういう時は素直だな」

「非常事態だからな。人命優先だ」


 再びファン・ミリアを抱き、今度は()んだ。翼を羽ばたかせ、風に乗る。 


「しかし──」


 ファン・ミリアは野原を走る馬車に目を落とした。


「この時間に、馬車の旅か」


 馬車はそれほどの大きさでもないが、箱馬車で、よく装飾されているようだった。弱い月明かりの下で、きらきらと光を(はじ)いている。


 ティアはうなずいた。


「自分は金を持っていると公言(こうげん)しているようなものだ。貴族かな」

「なら見捨てるか?」


 ファン・ミリアが訊いてくる。


「ここで見捨てると、私がサティに見限られそうだからな」

「私にどう思われるかで判断するのはよくないぞ」

「──こう見えて元貴族なんだ」


 ティアは高度を下げていく。「どうする?」とファン・ミリアに訊くと、


「最後尾に着けてくれ。まず馬を確保する」

「わかった」


 野原の上を滑空(かっくう)する。馬群の背後についたティアに気づきもせず、山賊たちは前を走る馬車に夢中になっている。


 ファン・ミリアが手の動きで相手を示す。


 言われた通り、ティアはひとりの山賊の馬に取りついた。まず、ファン・ミリアが馬に飛び移り、山賊が座る(くら)の後ろにまたがった。


 異変に気づいた山賊が、後ろを振り返った。


「な──!」


 驚愕(きょうがく)する山賊の口を、ファン・ミリアが手のひらで抑える。相手が抵抗するよりも早く、ファン・ミリアは(たく)みに自分の身体を割り込ませ、男を馬から落とした。


 手綱(たづな)を取った。


 そこに、翼をおさめたティアが降りてくる。


 ファン・ミリアの後ろに横座りになった。馬の速度を落とさないよう、ほとんど体重をかけていない。


 次の山賊にファン・ミリアが馬を寄せていく。


 横座りのティアが、山賊に手を振った。


「──コンバンハ」


 前方にかかりきりになっていた山賊が、ふと気配を感じてこちらを見る。ティアが笑顔で手を振っている。状況が理解できず、山賊がぎょっとする。あるいは、唖然(あぜん)とする。


 そこから山賊が冷静さを取り戻す前に、


光糸(メネット・フィーン)!』


 ファン・ミリアが糸で山賊を引っ張り、馬から落としていく。


 しかし、数が多い。


「ティアは手を振っているだけなのか?」


 不満そうにファン・ミリアが言ってくる。


「サティは知らないのか? 馬に体重をかけないようにするのはけっこう疲れるんだ。その上、サティの苦手な笑顔を作らなければならない」

「本当に要らないな」


 冷ややかな言葉に、やれやれ、とティアは肩をすくめた。


「私もちょうど心苦しくなってきたところだし」


 走る馬の尻に、ティアは難なく立ち上がった。


「馬車の様子を見てくる」


 前方の馬車には、苦艾(ニガヨモギ)家紋(かもん)(かか)げられている。

 

 ティアは翼を広げた。

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