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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
196/239

50 オボロへⅡ

 その夜。


 旅の無聊(ぶりょう)をかこって、カホカは旅鞄(たびかばん)をひらいた。羊皮紙(ようひし)の束を寝台の上で読みはじめる。


 王都(ゲーケルン)で消息を絶った行方不明者の名簿である。鷲のギルドのディータから持たされたものだった。


 羊皮紙をめくっていると、隣の寝台で寝ていたバディスが身を起こした。


「……おはようございます」


 ソムルとの話が終わってから、いままでずっと寝ていたのだ。人間のカホカとはちがい、バディスが活動を開始するのは日沈後である。吸血鬼(ヴァンパイア)ほど夜に束縛(そくばく)されないが、首無し騎士(デュラハン)としても好ましい時間帯があるらしい。


「寝てていいよ。航海は順調(じゅんちょう)だってさ」


 読みながらカホカが言うと、「じゃ、お言葉に甘えて」と、バディスは再び寝台に寝転がった。


 部屋は狭い。


 二段づくりの寝台を両壁に置いて、その間に通路を通しただけの部屋である。


 四人部屋だが、利用者はカホカたち三人だけ。カホカとバディスがそれぞれの寝台の下段をつかい、カホカの上にルクレツィア、バディスの上に荷物を置いた。 


「あれ、ルクレツィアさんは留守ですか?」

「船長と夕食(ディナー)

「さすがですね」

「今夜は帰ってくるなって言っといた。ルクレツィアなんて、船長の胸毛の本数でも数えてればいいんだよ」


 ふてくされた口調に、そうですか、バディスは苦笑する。口ではなんだかんだと言いながら、カホカはルクレツィアのことが嫌いではないのだ。


「カホカさんも、ソムル君から招待されたんでしょう?」

「やだよ。どーせティアの話ばっかりだし」


 自分が招待されても断るくせに、自分以外が招待されると鼻につく。微妙(びみょう)な心理である。


「ソムル君、お忍びらしいですが……」

「本人も言ってたじゃん、わけありって」

「王族が、護衛(ごえい)も付けずにですか?」

「アタシに聞かれても知らないよ」


 カホカは羊皮紙に目を落としたまま──でも、と内心で思う。


 たしかにバディスの言う通り、王族が護衛をつけないのも変だ。あの執事は、どう考えても腕の立つ者ではない。戦闘力は皆無(かいむ)だろう。


 とはいえ、それが執事としての優劣(ゆうれつ)を決定するものではない。


『──従者だって、いろいろだもの』


 これはルクレツィアの(げん)だ。


(あるじ)の護衛を兼ねる者もいれば、身の回りのお世話だけに終始する者、教育を任されているだけの者もいる。王族のお付きともなれば、能力よりも出自や信頼が優先されることもあるでしょう。一概(いちがい)には言えないわ』


 もっともだとカホカは思った。


「あのじいやって人、アタシが元貴族だってことに気づいてたし」

「そうなんですか?」


 やや驚いたバディスの声に、


「ソムルの(へや)を出た時に、じいやが言ってたじゃん」


 ティアーナ様()、ご貴族でいらっしゃいますか、と。


 あれは、カホカが(元)貴族だと知った上での質問だろう。


「ソムルが王族だってアタシが気づいたみたいに、むこうがアタシのことに気づいても不思議じゃないでしょ。よっぽど社交界に通じた人じゃないと無理だろうけど」


 その意味で、じいやは優秀なのだろう。もしくは、ルクレツィアに同業のにおいを()ぎ取って、主がカホカだと誤解したか。


 どちらにせよ、カホカが貴族に関わる者だと思ったことにちがいはない。


 その上で、じいやはティアが貴族かどうかを尋ねてきたのだろう。彼が真実、ソムルを案じる者なら、ソムルの想い人の身分はきわめて重要だ。


 王族が(めと)ることができるのは貴族以上の身分を持つ令嬢(れいじょう)に限られる。しかも、これはあくまで最低ラインで、王位継承順位で考えれば、ソムルに見合う相手は侯爵(こうしゃく)以上の家格(かかく)であることが望ましい。

 

 つまり、とバディスは理解して、


「もしカホカさんがいまも貴族だったとして、それでもソムル君とは結婚できないんですね」

正妻(せいさい)としては絶対に無理。たとえば──アタシがソムルを狙ったとするでしょ? そうすると、いまぐらいの時分(じぶん)から頻繁(ひんぱん)に屋敷に出入りして、ソムルの興味を()く会話ができるように勉強する。好物を聞いて、手料理を作ったりもする」

「いじらしい努力ですね」

「んで、破れやすいドレスをいつも着ていって──」

「あれ?」

「じいやとかを懐柔(かいじゅう)して──」

「……カホカさん?」


 雲行きがあやしくなってきた。


「ふたりきりになるのを黙認してもらって、庭の散歩中にたまたま(・・・・)ドレスが枝先にひっかっかって破れて、ソムルが発情して、木陰でイチャついて、お(あず)け食らわせて、夜這(よば)いさせて、いたして、それをたまたま(・・・・)家人に目撃されて噂になって、その後、ソムルに近づいてくる他の女を(わし)のギルドに暗殺させて、社交界に金をバラまいて、王族に賄賂(ワイロ)が届くような仕組みをつくっても、無理。無理なものは無理。王族とは結婚できない──あ、でも」


 そこでカホカは思い(いた)った様子で、


「いまの東ムラビアなら、侯爵(こうしゃく)以上の地位を買えばなんとかなるかも。や、それでも家の歴史が浅いと難しいかな、やっぱり」

「……それだけ大変ってことはよくわかりました」


 話が終わり、しばらくバディスがまどろんでいると、


「そういう話が大好きなんだよ、貴族の女って」

「え?」

「……アタシはしてないからね、そんなこと」


 ぽつりと、カホカが言った。


「知ってますよ」


 意味がわかり、バディスは微笑(わら)う。


「カホカさんはしません。──ただ、貴族として生きるのも楽じゃないんだな、とは思いましたけど」

「まーね」


 カホカいわく、貴族に生まれた女は、多かれ少なかれ、意中の男子を落とす術を社交界で学ぶらしい。


「でも、成功すれば実入りも大きいからね。頑張る人もいるんじゃない? 失敗すれば暗殺が待ってるけど」


 あとは、とカホカは羊皮紙から目線を上げて考える。


「例外的にサティなら許してもらえそう」

「ああ、たしかに」


 平民の出自(しゅつじ)ながら、救国の聖女としてファン・ミリアの人気は絶大(ぜつだい)である。彼女が王族と結ばれるのであれば、誰も文句は言うまい。


「──サティがどうしたの?」


 そこへ、ルクレツィアが部屋に入ってきた。


「船長と夕食は?」


 カホカは怪訝(けげん)顔を作る。まだ半刻も経っていない。


「終わったわよ」

「早くね?」

「ご挨拶ね。カホカが退屈していると思って早く帰ってきたのに」

「アタシのせいかよ」

「船長も暇ではないのよ。なにか急用ができたみたい」


 耳飾りをはずしながら、ルクレツィアはカホカの寝台の脇に腰をおろした。


「んで、船長の胸毛の本数はわかったの?」

「そんなの直接本人に聞いてよ」


 ルクレツィアは言って、


「──それで?」


 カホカを見下ろした。


「サティが、何?」

「たいした話じゃないよ。サティなら、王族とも結婚できるだろうなって話」

「王族と?」


 ルクレツィアがまたバディスを見た。昨夜の会話を引きずって、多少の気まずさを感じたバディスだったが、平静を(よそお)い、


「仮の話です。ソムル君がもしティアさんと結婚したいと思っても、実際には厳しいだろうな、と」

「ああ、それでサティなら、ってことね」


 でも、とルクレツィアは唇に指を当てた。


「嫌だったみたいよ。本人としては」

「どういうこと?」


 羊皮紙を置いて、カホカが肘枕(ひじまくら)をした。


「ウラスロ王子から何度も舞踏会のお誘いをうけていたけれど、その度に嫌そうな顔をしていたわ」

「初耳なんだけど?」

「本人は言わないでしょうね。むしろ、不名誉なことだと思っているのかも」

「そりゃそうだ。サティがウラスロ王子と結婚したら、アタシは失望する」

「王子の本性を知っている人は、そう思うでしょうね。──でも、わからないかもよ、男女のことですもの」


 ルクレツィアが薄く笑う。カホカは「ん?」とルクレツィアを見上げた。


「その時は、ルクレツィアが反対するでしょ?」

「私が? しないわよ、なぜ?」

「友達じゃん」

「意見を求められれば、反対するかもね。友人として。でも、王子の本性(ほんしょう)を知った上で、それでもサティが選んだなら、私は何も言わないでしょうね。何か理由があるかもしれないし、ないかもしれない。彼女は彼女の仕事をして、私は私の仕事をする。それだけよ」

「ドライすぎない?」

心外(しんがい)だわ。そのかわり、サティがどうなったとしても私は見捨てないわよ。たとえサティと王子が結託(けったく)して、大虐殺を行ったとしてもね」

「歪んでる」


 すると、ルクレツィアはころころと笑った。


歪んだ短剣(ペシュガド)みたいに? でも、歪んでいるぶん、殺傷能力は高いのよ」

「どうでもいいよ」


 そんなことよりさ、とカホカは羊皮紙の一枚を手に取った。


「船長とは、いい感じなの?」

「情熱的な人ね。言い換えれば、ただの女好きかしら。あとお給料は安そうね」

「男女のことはわからないんでしょ?」

「そうきたか」


 自分の吐いた言葉に、ルクレツィアは苦笑する。


「わからないけれど、いまのところ魅かれる要素はないかも」

「いろいろ聞かれた?」

「何について?」


 訊き返され、カホカは声を落として、言った。


「ウラスロ王子について」

「……なぜ船長が王子の話を聞くの?」


 ルクレツィアが身体ごとカホカを向く。バディスも、おや、という表情で顔を上げた。


「この名簿にさ、載ってるんだよね」


 カホカが、ふたりに見えるように羊皮紙を持ち上げた。


「モシャンって名前がさ」


 その時、船内に警鐘(けいしょう)が鳴り響いた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 続きが楽しみです。ティアとカホカ、サティアとの今後の関係が気になるところです。
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