表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
192/239

46 夜市Ⅲ


 予定どおり夕方にレム島に上陸した三人だったが、


「おかしいな」


 バディスが腕組みをした。


 丘を越えた島の北側、繁華街(はんかがい)の目抜き通りにさしかかったときだった。


 人と光にあふれる夜市(よいち)である。


 時代の趨勢(すうせい)を表しているかのように、ノールスヴェリアの色が濃い。


 道は露店に挟まれ、石畳(いしだたみ)舗装(ほそう)されている。その石畳の隙間(すきま)にはまりこんだ竹串(たけぐし)や、露店と露店を渡して()り下げられた明かりや、人いきれが混然(こんぜん)となって活気を生み出している。


「どったの?」


 カホカが訊くと、


「ティアさんの気配がしないんです」


 バディスは首を傾けている。


「……はぁ?」


 カホカは顔を強張(こわば)らせた。


「アンタがティアはレム島にいるって言ったんじゃん」

「方角と距離から、レム島だろうなって。でも、自信はあったんです……」

「なんだそれ」


 ふざけんなよ、とバディスの胸ぐらをつかむ。


「アンタが、ティアはここにいるって言ったんだろうが」


 にわかに豹変(ひょうへん)したカホカの剣幕(けんまく)に、あわててルクレツィアが止めに入る。後ろから抱きすくめる形になった。


「どうしちゃったの? 落ち着きなさい、カホカ」


 しかし、ルクレツィアの静止にさえカホカは止まらない。


 ふざけんなよ、と何度も口にしながら、バディスに食ってかかる。


「ここにティアがいるんだろうが!」

「カホカさん、待っ──」

「お前が言ったんだろうが!」

「く、苦しい……!」


 本当に苦しそうなバディスの表情に、ルクレツィアは「やめなさい!」と両腕に力を込める。


「彼を責めてどうなるの!」


 カホカを叱咤(しった)して、ようやくふたりを引き離した。


 離された勢いで、バディスが尻もちをついた。痛みで顔をしかめたバディスの視界に、立ちつくすカホカの姿があった。


「アンタが……」


 うつむき加減に、カホカの声が震えている。


 その碧い瞳を見た時、バディスは言葉を失った。


「ティアがいるって……言ったんじゃんか……」


 ぽろり、ぽろりと大粒(おおつぶ)の涙がカホカの(ほほ)を流れ落ちていく。


「ちょっと、なにも泣くことないじゃない!」


 これにはルクレツィアも驚きを隠せず、まじまじとカホカをのぞき込む。それからすぐバディスに顔を向けた。


「ティアは無事なのよね?」


 はい、とバディスは力強くうなずく。


「それは間違いありません。ティアさんにもしものことがあれば、僕もタダじゃ済まない」

「聞いた? カホカ」


 再びカホカに目を移した。


 カホカはただ黙って──(なか)茫然(ぼうぜん)として涙をこぼしている。


 その様子に、ルクレツィアはようやく理解した。


「そっか……」


 ルクレツィアの表情が(やわ)らいだ。


 カホカの両肩にやさしく手を置く。


「怒ってるんじゃない……ティアに会いたかっただけなのよね」


 苦しいのだ。


 大切な人に会えなくて。


 ──なんて素直な子だろう。


 これほどわがままに、まっすぐに、誰かを想う気持ちを自分は持ったことがあるだろうか。


 ──この子をここまで一途(いちず)にさせるなんて。


 本来のルクレツィアの目的はファン・ミリアを探して迎えに行くことだが、同行しているであろうティアという吸血鬼に、もう一度会ってみたいと思った。


「彼女が無事なら、必ず会える」


 はっきりとした口調で、カホカに言い聞かせる。


「まずはレム島を探しましょう。ティアがもしこの島にいたのなら、何か手がかりがあるかもしれない」


 それでも動こうとしないカホカの手を、ルクレツィアが強引に取った。通りがかりの観光客が、何事かと不躾(ぶしつけ)な視線を送ってくる。なかには足を止める者もいた。


「くよくよしない。さぁ」


 言って、立ち上がったバディスに片目を(つむ)って見せた。申し訳なさそうに頭を下げるバディスに、ルクレツィアは苦笑して頭を振った。


 ◇


「せっかくだし、観光(かんこう)も楽しみましょうよ」


 ルクレツィアに手を引かれ、カホカは夜市を歩く。


 もともとが好奇心旺盛(おうせい)なルーシ人の少女である。露店から漂う料理の香りに、腹の音がぐうと鳴った。


「……お腹すいた」


 現金なものだが、いまの気分をごまかすには食欲を満たすのが一番手っ取り早い。


「私も。どこかに良い店はあるかしら?」


 ルクレツィアも楽しそうに辺りを見回している。そのふたりの後ろをバディスが眠そうな顔で歩く。やはりまだ本調子ではないらしく、幽霊(ゴースト)かと見まごうほどに存在感が薄い。


 結局、カホカの鼻を頼りに羊肉(ようにく)料理を出す店で夕食を()ることにした。露店は半円型のつくりで(のき)が長く、丸椅子がカウンターに沿()って置かれている。


 三人ならんで座った。


 目の前で焼かれた羊肉を、くるみをまぶしたタレにつけて食べる。


「やはり、この島にティアさんはいなさそうです」


 申し訳なさそうにバディスが言ってくる。カホカに怒られるのを覚悟で、それでも言わなければと思ったのだろう。


 カホカは黙って骨付き肉をかじった。


「彼女がこの島にいたのが確かなら、どこに行ったかっていうのは?」


 カホカを挟んで隣のルクレツィアが訊いた。上戸(じょうご)らしく、エールを水のように飲んでいた。


「わかりません。何かしらティアさんが力を使って呼んでくれれば話は別ですが」

「そう」


 と、ルクレツィアは別メニューのシチューを口にする。羊肉の臭みを消すためにトマトと一緒に煮込んだものだ。


無難(ぶなん)なところで、島の宿屋をあたってみる?」


 宿泊客に人相(にんそう)などの特徴を伝えて、情報を得る。場合によっては賄賂(ワイロ)を送る。足跡(そくせき)をたどる常套(じょうとう)手段のひとつである。


「それが妥当(だとう)ですかね」


 バディスはうなずく。彼も元『鷲のギルド』の一員である。相応の探索術を持っている。


 ふたりの会話の間で、カホカは黙々と肉を食べ続ける。


 まずは腹いっぱいになること。


 満腹になって気分を浮上させること。


 自分をコントロールすること。


「カホカ?」


 一心不乱(いっしんふらん)に肉を食べ続けるカホカに、ルクレツィアが気づいた。


 カホカは返事もせず、ふんふんと肉と食べ続けている。


「食べすぎじゃないの、大丈夫?」

「大丈夫です」


 応えたのはバディスだ。


「カホカさんはもっと食べます」


 その言葉通り、皿の上に羊骨の山ができるころ、ようやくカホカは満足して腹を叩いた。


「んで──」


 (つと)めていつもの口調で、言った。


「ティアとサティの足取りが掴めなかったら、どうする?」

「そうですねぇ」


 対するバディスもごく自然に返す。


「このまま王都ゲーケルンに帰っても(わし)のギルドは休止中ですからね」

「んじゃ、オボロ港に行く?」


 カホカの提案に、バディスは驚く。


「いいんですか?」

「だって、他に行くところもないし」

「すれ違いでティアさんが王都に戻る可能性もありますよ?」

「どうかな」


 カホカは椅子の上で身体の向きを変え、通りに目をやった。夜が()けるにつれ、かえって人の数は増えている。


 レイニーとサスの話し合いの結果、鷲のギルドは一時的に活動を休止することになった。


 レイニーは妹を探してノールスヴェリアに向かっているはずだ。


 サスとディータはギルド全体の恩人であるティアのため、王城ウル・エピテスの情報収集と蛇のギルドの動きを追っている。


 またそれ以外として、ギルド員の一部を王都から出した。


 目的地は、カホカの師匠の住む(いおり)である。


 手練(てだれ)(そろ)えたい、というサスの意向(いこう)を受けて、カホカが紹介してやったのだ。


 現在、師匠の下にはカホカの弟分であるシダが修行中のはずだ。


 本当に大丈夫なのか? というサスの心配をよそに、


「いいんじゃない? 賑にぎやかになるし」


 という、きわめて適当な判断によってギルド員たちは送り出されることになったのである(紹介状はカホカが書いてやった)。


 話を戻して──オボロ港。


 ここは、ウラスロ王子に対してすくなからず(うら)みのある者たちが向かったとされる、いわく(・・・)のある港だった。


 管轄(かんかつ)は貴族であるブルーム家だが、実質的に支配しているのはペシミシュターク家といわれている。


 この港を探る。


 何が出てくるかはわからないが、王都でまんじりともせずティアの帰りを待つより、はるかに前向きだと思えた。


 それに……。


「ティアは、王都には来ないと思う」

「どうしてそう思うんです」


 不思議そうに尋ねてくるバディスに、「(かん)」とカホカは答えた。


「や、いつかは戻るんだろうけどさ」


 多くの人々が行き()う通りを眺めながら、カホカには自信があった。


「アタシは、ティアを追いかける」


 そうでなくては、ティアに会えない気がする。


 ティアはどこかへ向かっている。待っているばかりでは、距離は縮むどころか、より離れていくだけだ。


 待っているだけの女には絶対になりたくない。


 そんなことを考えていた時だった。


「……あれ?」


 カホカの瞳に、通りを歩くひとりの男が映った。


 いや、ひとりではない。


 男を先頭に、一列縦隊(じゅうたい)を作っている。


 十人ほどだろうか。


 どの男も、簡素(かんそ)ながら身なりを整えている。全員が剃髪(ていはつ)していたが、完全に()り上げているのではなく、青くなっている。


 腕前はそれほどでもなさそうだ。


 が、目の光が強い。


 カホカの経験上、修羅場(しゅらば)を乗り越えた者がする目つきである。


 胸に秘める激しさがある。


 それを(おさ)える静けさもある。 


 全員が、人にぶつからぬよう気を配って歩いているのがわかる。


 見れば、バディスも彼らを追っていた。ルクレツィアは一瞥(いちべつ)したものの、特に気にしていない様子だ。


「アイツら……」


 カホカがつぶやくと、


「はい」


 バディスがうなずき返してくる。


 自分とバディスは反応した。けれど、ルクレツィアは反応しなかった。


 カホカは確信する。


 ふたりで一行を見守っていると、道端(みちばた)から出てきた酔客(すいきゃく)らしき別の集団のひとりが、先頭の男とぶつかった。


「何しやがる!」


 ぶつかられた方ではなく、ぶつかってきた酔客の方がいきりたっている。にも関わらず、先頭の男は怒るどころか、


「悪かったな」


 と、頭を下げたのである。後ろに続く男たちも、それが当然といわんばかりに沈黙している。


 カホカは、ますます目が離せなくなった。


 たしかに髪を剃った男たちは、さほどの腕前でもないだろう。かといって、酔客の恫喝(どうかつ)にひるむほど気概(きがい)のない連中にも見えなかった。


 理由があるのか、思惑(おもわく)があるのか。


「ふざけんなよ。俺にぶつかって、()びも入れずに済むと思ってんのかぁ?」


 ほとんど呂律(ろれつ)が回っていない。泥酔(でいすい)しているらしかった。


 というか、先頭の男はすでに詫びを入れている。


 相手が下手に出たことで、酔客たちは調子づいたらしい。ぶつかった男だけでなく、後ろに並ぶ男たちにも聞くに()えないような罵詈雑言(ばりぞうごん)を浴びせかけている。


 それでも男たちは冷静だった。


 ただ静かに酔客たちを見据(みす)え、謝り、通り過ぎようと歩き出した。だが──


「待てよ!」


 何が気に入らないのか、酔客のひとりが先頭の男の肩を掴んだ。立ち止まり、振り返った男の頬をぴしゃり、ぴしゃりと手の甲で打つ。


臆病者(おくびょうもの)どもが。俺らがそんなに怖いかよ」

「……そうだな」


 男はまるで相手にしていない。


 また別の酔客が、他の男を捕まえ、小突(こづ)く。


 衆目(しゅうもく)(さら)されるなかで、酔客たちに嘲弄(ちょうろう)され、それでも男たちは耐えている。


 ──いいな、アイツら。


 カホカは自分の口元がゆるむのを感じた。


 他人に馬鹿にされてやり返すより、(もく)して守るべきものがあるのだろう。


 ──アイツらは強くなる。


 たとえいまは弱くても、心に()するものがあるのなら、きっと強くなる。


「けっ、つまんねぇ連中だ」


 酔客が、先頭の男の服に(つば)を吐いた。これには一瞬、男の顔を怒りがかすめたものの、やはり(こら)えたようだった。


「──バディス」


 こきりと指を鳴らし、カホカが立ち上がった。


「はい」


 同じくバディスも立ち上がる。


「ふたりとも何をするつもり?」


 ルクレツィアが立ち上がろうとするのを、カホカは「待ってていいよ」と軽く声をかけた。


「あそこで酔っ払いに(から)まれてる奴ら」

「ええ、お知り合い?」

「や、まったく知らない。はじめて見た」


 それでも、まちがいない、とカホカは思う。


「アイツら仲間なんだ。助けてやらないと」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ