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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第二章 緋と館編
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3 風穴の密談

 足音はかなり近い場所で止まった。


 洞窟内の、ティアが眠っていた空間ではないが、すぐ隣のようだ。


 まだ完全に動ける時間帯ではなかったため、下手に動いて物音を立てぬよう、ティアは上半身だけを起こして耳をそばだてた。気がつけばイスラも同じような姿勢を取り、声のする方に耳を向けている。


 会話が聞こえはじめた。


「──数が足りない。どうなっている?」

「揃えることはできるが……」


 どうやら人数はふたり。声質からどちらも男だとわかった。


「急いでほしい。決行の日は迫っている」

「だが、目立った動きをすれば御領主に気取られる」

「金ならもう用意してある。間に合わなければこの取引はなしだ」

「わかっている」

「リュニオスハートを守るためだ。頼む、急いでくれ」


 リュニオスハート、という言葉にティアはぴくりと反応する。


「わかった……かぎり……しよう」


 声が聞こえづらくなっていく。洞窟内には絶えず風が吹き通り、その音が反響して男たちの声をかき消してしまう。


 ──これ以上は聞き取れないな。


 あきらめ、ティアは身体を起こした。


「……おだやかな話ではなさそうだの」

「ああ」


 イスラから小声で言われ、ティアはうなずく。

 その後、男たちは十分ほど会話をして洞窟を出ていったようだ。

 運よく遭遇しなかったことに安堵(あんど)の吐息を漏らしながら、


「……反乱か」


 ティアはつぶやいた。


 こんな場所で密談をすること自体がただごとではないうえ、断片的に聞こえた言葉を整理すれば、想像することは難しくはない。


 ティアはすこしだけ考え、


「イスラは、あのふたりを追いかけることができるか?」


 訊いてみると、黒狼は怪訝そうにこちらに顔を向けた。


「何を考えておる」

「特に……ただ気になっただけだ」


 イスラは鼻先を虚空へと持ち上げた。


「よかろう。ここに居れ」


 言い終わらぬうちに、イスラは風のように駆け出した。


 ひとりきりになった洞窟のなかで、ティアはごろりと仰向けになった。ゴツゴツとしてまだら模様の天井を見つめる。


 ──リュニオスハート……。


 さてどうするか、とティアは考える。考えながら、眼を閉じていく。


 ◇


 突然、乱暴に顔を左右に振られ、ティアは眼を開いた。視界が真っ暗だった。


「何をしている?」


 ティアが訊くと、イスラはくわえたティアの顔を離した。


「こちらの台詞じゃ、なにを呑気に寝ている?」

「することがなかったんだからしょうがない」


 ティアは伸びをしながら起き上がった。


「で、わかったことはあるか?」

「ふん」とイスラはつまらなそうに鼻を鳴らし、


「商人風の男と農民風の男じゃった。私が見つけたのがちょうど別れ時だったため、会話は聞いておらぬ。商人はどこに向かうかわからぬゆえ、農民風の男を追ったが、リュニオスハートの街に入っていきおった」

「やっぱり、そうか」

「知っておったのか?」


 聞かれ、「いや」とティアは言って、


「ひょっとしたら、と思っただけだ」


 それから首を回し、足を伸ばしてから、ぱちんと自分の頬を叩いた。


「よし。──イスラ、リュニオスハートに行こう」


 ◇


 リュニオスハートは東ムラビア王国に属する街である。


 街名であると同時に、領地それ自体を指す言葉でもある。


 通常、ひとつの領内には複数の街や村があるものだが、その場合はその土地の領主が居を構える街を指す場合が多い。


 シフルも同様である。


 領主が住む街が、必然的に領内における政治の中心地となるからだ。


 人口規模としては中堅都市に当たり、聖ムラビア領邦国家からも距離が近いため、その地名はかつて激戦が繰り広げられた舞台となったことで有名だった。


 とはいえ、それは数年前の話であり、戦線が南へ移ったいまでは比較的落ち着ている、というのがティアの知るところだった。


 イスラを追いながら、山道を下っていく。


「お前はリュニオスハートに(ゆかり)があるのか?」

「なぜ、そう思う?」

「その言葉を聞いてお前の目の色が変わったからの」


 言われ、ティアは苦笑する。


「あった、というのが正確かもしれない。でも、変だ。リュニオスハートの領主の治世はそれほど悪くない評判だった、はずだ」

「曖昧な物言いよな」


「まぁな……」とティアは口ごもり、


「父上から聞いた話だからな」

「なるほどのう」


 イスラは歩きながら、


「では、お前よりは信憑性(しんぴょうせい)がありそうだの」

「……イスラはオレを何だと思っている?」

「冗談じゃ」


 くっくと、イスラは笑う。


 どうもこの黒狼は自分を馬鹿にしている、ティアにはそう思えてならなかった。


 ◇


 街道を外れて歩いたため、街に到着したころにはかなり夜も深まっていた。人目を忍んで城門からやや離れた木陰に座り、ティアとイスラは都市の城壁を眺める。


「さて、どうしよう」


 ティアはつぶやく。


 城門は閉じきっている。入るためには門の衛兵に夜間入門税を支払うか、それが嫌ならば次の朝まで待たなければならない。


 当然、ティアもイスラも金を持ってはいなかった。しかも門が開くであろう日の出からはティアの方が動けないため、さらに黄昏を待ち、閉門ギリギリを狙って入るしかない。


「夜しか動けないというのも考えものだな」


 ティアがぼやくと、


「たわけ。動けるだけでも感謝せよ」


 身も(ふた)もないイスラの言葉に、「たしかに」とティアは苦笑するしかない。


「出直すか」


 あきらめ、ティアが言うと、


「成功するかどうかはわからぬが、策ならばある」


 思いがけない黒狼の言葉に、「本当か?」とティアが表情を明るくさせると、


「成功するかはわからんぞ」


 念押しされたうえで、それでも構わない、とティアが答えると、


「では、お前はいまから城門に行け」

「それで?」

「行って、泣け」

「……それで?」

「それだけじゃ」


 ティアにはこの狼が何を言っているのかさっぱりわからない。


「そうすると衛兵に見つかってしまう」

「見つけてもらわねば意味がない」


 ますます意味がわからない。


「見つけてもらって、どうすればいい?」

「何を聞かれても『わからぬ』と、ひたすら泣いておれ」

「正気か?」


 心配になってティアがイスラの顔を両手で掴むと、「いいから言う通りにせよ」と、急かされるように怒られた。


「で、イスラはどうするんだ?」

「私はこうする──」


 そう言って、イスラはその場で宙に跳び上がって半回転した。そのまま鼻から地面に激突する、と思いきや吸い込まれるように地面に消えていき、ティアの影と重なった。


「……便利だな」


 うらやましく思ってティアが言うと、


「大した技でもない」


 さもつまらなさそうなイスラの声が返ってきた。

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[良い点] また続きが読みたいです! 再開を心待ちにしています
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