表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
188/239

42 エクリⅫ(前)

 旗を構え、ティアが一息に距離を詰めた。


 エクリの(てのひら)灼熱(しゃくねつ)に輝く。打ち出された見えない衝撃に、ティアの周囲を飛ぶ蝙蝠(こうもり)の一匹が呑み込まれ、消滅した。


 その位置を把握しつつ、ティアは横に跳ぶ。同時に、新たな蝙蝠の一匹を分離させた。


「なるほど」


 ティアから突き出される旗の先をかわし、エクリが満足そうにうなずいた。


「学習したね。蝙蝠を(おとり)に使うとは」


 ティアは連突(れんとつ)を繰り出した。一、二と。しかしエクリが巧みにかわしていく。


 三突目。青年の眉間(みけん)めがけて放たれた旗が、ぴたりと止まった。旗を巻き込むように、上段から下段へと角度を変える。


「──偽物(フェイク)


 が、これも読まれている。


「いただけないな」


 避けながら、エクリの手のひらから氷の槍が伸びて出た。握りしめる。


「残念だけど、君の腕は素人に毛が生えたようなものだ」


 試すように、エクリが氷槍(ひょうそう)を突き出した。魔術師とは思えない鋭い突きが、ティアの頬をかすめた。血が流れる。


 ふふ、とエクリは笑い声を漏らし、


「僕もなかなかやるものだろう?」


 ティアは攻撃の手をゆるめない。突かず、振り下ろした。対するエクリは()を横にして受け、押しはじく。至近距離。ティアの顔面に掌を向けた。灼熱の光が宿る。


 すかさずティアの蝙蝠がエクリに襲いかかった。気づいたエクリが魔法を止め、後方に退()く。


「防御と攻撃も兼ねている……優秀な蝙蝠だ。でも──」


 正面から追いすがってくる蝙蝠を手づかみにして、そのまま握りつぶした。蝙蝠の断末魔(だんまつま)の鳴き声とともに、その拳から血がしたたり落ちていく。


「たいした問題じゃないんだ」


 エクリが笑う。蝙蝠の残骸(ざんがい)を払い落すその手が、今度は青白い硬質な輝きを帯びはじめた。


付与魔術(エンチャントマジック)


 光る手が、ティアの旗を難なく掴んだ。


 ふたりの動きが止まった。


 挑発まじりにうかがってくるエクリの視線に、ティアの赤い瞳が返す。


「旗を放せ」 


 力を込めるも、掴まれた旗はビクともしない。


 エクリは笑みを浮かべたまま、氷槍を高く持ち上げた。


 躊躇(ちゅうちょ)せず、ティアの頭にたたきつける。左の側頭部に赤い花が咲くように、鮮血が()ぜた。


 ぐらりと、ティアの身体が傾いた。が、倒れない。


 ティアを助けようと周囲の蝙蝠が次々とエクリに襲い掛かるも、エクリは片手槍でもって突き刺していく。数匹の蝙蝠が串刺(くしざ)しに連なった。


「もしかして、ティアーナ」


 まじまじと見つめる。


「完全に力が尽きたのか」


 ティアは答えない。ただ、それでも瞳は赤い光をたたえている。爛々(らんらん)と、戦う意志をあらわにしている。


「何を(たくら)んでいるのかな」


 ピクピクと痙攣(けいれん)する蝙蝠をそのままに、エクリは再び氷槍を持ち上げ、振り下ろした。同じ箇所(かしょ)めがけて打ちつける。


 ティアは掴まれた旗を振りほどくもできず、ただ瞳にエクリを映し続けている。その身から蝙蝠を分離させることもなかった。いや、できないのだろう。


「旗を、放せ」


 うわ言のように繰り返す言葉を無視し、エクリはティアの頭を打った。打って、打って、打ち続けた。


 何度もぐらつきながら、ティアは倒れない。


 エクリが溜息を吐いた。


「これは決闘だよ、ティアーナ」


 言い聞かせる口調だった。


「何を待っている? このままじゃ、君は本当に無駄死にだ。あの狼はいったい、なんのために君を救ったのか」


 ティアは旗を握りしめたまま、エクリをにらむばかり。


 もう一度溜息をついて、視線を転じた。


 ファン・ミリアが仁王立ちになっている。両の拳を握りしめ、ただじっとこちらを見つめている。ヘインズは腕を組み、ルルゥはその場に胡坐(あぐら)をかき、うるさかった囚人(しゅうじん)たちは鳴りをひそめている。


 しかし、彼らの瞳にあきらめの色はなかった。今でさえ、ティアが勝つことを信じて疑っていない。


 エクリは視線を戻した。


 ティアは、瀕死(ひんし)の状態からイスラの力を得てよみがえった。それでさえ窮地(きゅうち)(だっ)した状態で、まともに戦うことができる身体ではなかった。その時点で力の大半が失われていたのだ。その上、クラーケンを救うことで消耗(しょうもう)している。


 これでは万が一にもエクリに勝つことはできないし、ティア自身、はじめから承知の上だろう。


 わかっていながら彼女は決闘に乗った。ためらいもなく、自らの命を(なげう)って。


 頭の傷は広がって、血と肉の間から白い頭蓋(ずがい)がのぞいている。


 明らかに回復が遅い。


「なぜ、決闘を受けた?」


 エクリの想定以上に、ティアは己の命を軽く扱いすぎる。


「なぜ、そうまでして死地に飛び込もうとする」


 首を傾げた。その時、エクリはふと気づいた。


「想定以上……」


 そうつぶやいた。


「ティア、やっちまえ!」


 囚人たちのうち、奥のほうのひとりから声が上がった。


 おお、と別の囚人が同調して叫ぶ。


「そんな野郎、お前の敵じゃねえ! ボコボコにしてやれ!」


 続々と、ティアを鼓舞(こぶ)する声が飛んでくる。


 再び囚人たちが盛り上がり、はじめの(とき)の声ほどの声量に戻っていく。


「そう」


 エクリはつぶやく。


「これも想定以上……」


 本来はティアのための(えさ)に過ぎなかった囚人たち。生きる希望を無くした囚人たちが、意気(いき)を取り戻し、エクリにさえ刃向かっている。


 ティアが命を懸けて得た、想定外の力。


「旗を──放せ」


 ティアの瞳が赤い。


 その言葉に押されるように、エクリは息を()んだ。そっと旗を手放した。


 旗の先。竿頭(かんとう)に、わずかな光が宿っている。


 ティアがふらつくように足を踏み出した。そのわずかな勢いを利用して旗を突く。その旗を、氷槍でもって受けた。氷が砕け散る()んだ音があたりに響いた。


「これは……」


 エクリは目を見開く。


 もう一歩、ティアが足を踏み出した。突きは、速くない。


 だが──


 エクリは避けざるをえない。


「……神器(じんき)


 驚きを隠すことなく、一歩、退がった。


 旗の先は、弱々しい光を灯している。力は弱い。弱すぎるほどだ。にも関わらず、その旗はあまりに危険だった。


 じりじりと、ティアがエクリとの距離を詰めてくる。


 両手で旗竿を握りしめ、ティアが大きく振りかぶった。さらにエクリが退いて避けると、ティアの身体が大きく流れた。勢いを止められず、その場に転倒する。


 もがくように床に手をついて、立ち上がった。


 エクリはティアよりも、その旗の先を凝視(ぎょうし)している。


神域(しんいき)に入ったのか」


 力ではない。質の問題なのだ。


 この旗は、防御ができない。


夢の旗アズ・アルモク・ザスライヤ……」


 エクリの耳に、ティアのかすれ声が届いた。肩で息をして。旗を振り上げ、振り下ろし、その背に囚人たちの声を受けながら。すべての力を出し尽くし、苦しいのだろう。瞳の輝きこそ残してはいるものの、表情はいまにも泣き出しそうだった。


 血が、黒い泥へと変わりつつあった。


「……私たちの勝ちだ、エクリ」


 エクリは退()がり続ける。


「味方の力を具現しているのか」


 その背が、船縁(ふなべり)に触れた。


「これが君の力か、ティアーナ」


 驚きは賞賛(しょうさん)へと変わっていた。


 エクリはゆっくりと腕を持ち上げ、手を開いた。


 それは攻撃ではなかった。純粋に、ティアに静止をかける仕草だった。


「君にひとつだけ質問がしたい。教えてくれないか?」 


 だが、ティアはエクリの静止にも、また言葉にも反応せず、今度こそと旗を振り上げた。と、全身から力感が消えた。振り上げた旗に引っ張られるように、後方に倒れかかる。


 終わった。


 エクリでなくともそう思っただろう。


 だが、ティアは踏みとどまった。全身をぶるぶると震えさせながら、重心を前へと移そうとする。

 

 ──前へ。

 

 声なき声で、全身が、存在が叫んでいる。


 前へ! と。


 ああ、そうかとエクリは納得した。


 彼女は常に戦っているのだ。決闘など、彼女にはいかほどの価値もないのだ。


 エクリとは別の意味で。


 決闘をしようがしまいが、彼女は戦い続けているのだから。


 そういう道を彼女は選んだのだ。


 ティアが、ようやく前傾(ぜんけい)姿勢になった。しかし、そこまでだった。手から旗がすべり落ち、前のめりに倒れかかる。


 その身体をエクリが受け止めた。


「……気を失ったか」


 ティアを支えたまま、エクリはヘインズに顔を向けた。


「どうやら僕の勝ちのようだ」

「いや」


 と、ヘインズが否定する。


「これは決闘だ。お前はまだティアーナにとどめを刺していない」

「なるほど」


 エクリはティアを見下ろした。顔は黒く汚れ、呼吸は荒い。熱にうなされたようにあえでいた。エクリはしばらくティアの顔を見つめた後、


「どちらかが死ぬまで決闘が続くなら、今日である必要もない」


 そう言って、軽々とティアを放った。ファン・ミリアがティアを受け止めると、さらにエクリが何かを投げてよこしてくる。見ると、ちいさな布袋だった。口には紐がしっかりと結び付けられている。


「そもそものゲームは君たちの勝ちだからね。ご褒美(ほうび)だ」


 エクリの足元から魔法陣が広がった。そこから浮き上がるように、まず長く生えた角が、そして爬虫類(はちゅうるい)の瞳、巨大な両翼が現れ出で、全貌(ぜんぼう)が明らかになった。

 

飛竜(ワイバーン)!』


 誰が言うでもなく、その言葉が激しい咆哮(ほうこう)によって(さえぎ)られた。


 大きく翼が開かれたその背に、エクリがひらりと飛び乗る。と、


「おい、コラ!」


 胡坐(あぐら)から立ち上がり、ルルゥが大声で叫んだ。


「さんざん好き勝手やっといて、いまさらトンズラこけると思ってんのか!」

「よく言うよ」


 心底(しんそこ)あきれたようにエクリが笑う。


「ああだこうだと理由をつけて、さんざん手を抜いたのは君だろう、ルガーシュ。君が本気を出せば、この船に到着した時点で僕を察知(さっち)し、あぶり出すことだってできたはず。すくなくとも、クラーケンの存在には気がついていたはずだよ」

「げ……」


 言われた瞬間、ルルゥの目が泳いだ。


「そうなのか?」


 ティアを抱えるファン・ミリアの冷たい視線に、魔法使いの少年は不自然すぎる口笛を吹きはじめる。


「もっとも──」


 エクリはルルゥに話しかけながら、ヘインズに視線を移す。


「君の仕える(あるじ)が、君の本気を許すかどうか、という問題はあるけどね」


 そこには、不敵(ふてき)に笑みを浮かべるノールスヴェリア人が立っている。


 ふたりの男は笑みを向けあってはいるものの、どちらの目も笑っていない。


 エクリが言った。


「ティア―ナは、この世界に破滅を告げる者だ。本当のところ、今日、ティアーナに死んでもらいたかったのは、君なのでは? ノールスヴェリア王ゲインリフ」


 ざわりと周囲がどよめいた。


「さて」


 ファン・ミリア、そして囚人たちからの驚きの視線を()びながら、ヘインズは泰然(たいぜん)としている。


「それも貴様の得意な詐術(さじゅつ)とは言えまいか」


 王と呼ばれた男の言葉に、エクリは口元に笑みを残したまま空を見上げた。


「そうかもしれない」


 烈風(れっぷう)を巻き起こし、飛竜が飛び上がる。


「ひとまず、狼少年は退散だ」


 高く舞い上がった飛竜は、ガレー船の周囲を大きく旋回(せんかい)すると、風のような速度で飛び去って行った。


 西の彼方へと。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ