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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
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39 エクリⅩ

 ティアはファン・ミリアを抱いて海面直上を飛ぶ。ガレー船を円心に回り込み、内孤(ないこ)に入ることによって左前方のエクリが正面、そして船を挟んで右横へと位置関係が変わっていく。


「サティは船から、私は空からだ」

「了解した」


 細かく視線を移しながら、ファン・ミリアがうなずく。先ほどの会話が本気か冗談かはともかく、戦意(せんい)を戻してくれたことはありがたい。


 ティアは舷側(げんそく)に激突する寸前、直角に上昇した。船に乗り込もうとするファン・ミリアの手を取る。さりげなく力を込めてみると、彼女はこちらを見ることなく、同じように握り返してくる。


 ──届いている。


 そういう感動を、ティアは抱いた。


 ファン・ミリアは身をひるがえして甲板(かんぱん)に着地するや、船尾へと駆ける。クラーケンの巨大な瞳がぎょろりと動き、(あし)を甲板の上に叩きつけてくる。


 帆柱(マスト)に光糸を伸ばし、振り子となって肢をかわした。一気に距離を詰める。


 散乱(さんらん)する木片を背に、星槍(せいそう)ギュロレットを振りかざした。


「星神の輝きを受けよ!」


 勢いを星槍に乗せ、クラーケンの目間(めあい)めがけて突き刺した。


 高い鳴き声が闇夜にこだまし、その長い胴体がぶるりと震えた。


 深々と突き刺さった星槍を起点として、無数の斑紋(はんもん)を浮かべる胴体が半透明に変わっていく。だが──


 クラーケンの体色が、すぐまた元の色に戻っていく。


 海から肢の一本が突出(とっしゅつ)した。


「サティ、星槍を離せ!」


 いち早く気づいたティアが空中で構えた。右手で天を、左手で槍を指す。


黒雷フェケテ・メーンドルゲーシュ!』


 黒い雷が星槍に命中し、クラーケンの全身に駆け巡った。感電したクラーケンの肢が数秒、動きを止める。


「弱点を見誤ったか……」


 眉間(みけん)(しわ)を寄せ、ファン・ミリアが槍に手を伸ばすと、


「まだだ! まだ抜くんじゃねぇ!」


 ティアよりも高い位置から、ルルゥの大音声(だいおんじょう)が響き渡った。夜空に、まぶしく輝く大魔法陣が浮かび上がっている。


「丸焼きになりやがれ!」


 魔法陣を支える両腕を、勢いよく振り下ろした。


雷霆(ブルヤ・モーニィ)!』


 肺腑(はいふ)を沈ませるほどの轟音(ごうおん)とともに、光の柱が立った。大気を震わせ、ティアの黒雷とは比較にならないほどの大出力の雷撃が(ほとばし)った。クラーケンの焼ける臭いとともに、肢の数本から炎が噴き上がる。


「すごいな」


 ティアは感嘆(きょうたん)の声をもらした。力の差がありすぎて、悔しいという気さえ起らないほどに、ルルゥの雷は強烈(きょうれつ)だった。


 クラーケンの鳴き声が、一段低くなった。


 ふと、ティアは横髪をかきあげて耳に手を当てた。


 ──何かが……。


 聞こえた気がする。気のせいだろうか……?


 不思議に思いながら見下ろすと、ファン・ミリアがクラーケンに足をかけ、ちょうど星槍を引き抜いたところだった。


 その横で、空間がたわんだ。


「サティ!」


 ティアが叫ぶのと、そこから腕が突き出されるのは同時だった。


 反応したファン・ミリアが大きく上体を反らした。その上を、拳が走った。


「よく気づいたね」


 見上げる紫水晶(アメジスト)の瞳に、エクリの笑い顔が映る。


 ファン・ミリアは動じない。上体をそらしたまま身体をひねり、手に持った星槍の一端、十字架状の剣をエクリめがけて振り下ろした。


 がきり、とファン・ミリアの手に硬質(こうしつ)の手応えが響いた。


「この手応えは、付与魔術エンチャント・マジックか」


 両腕を交叉(こうさ)させ、エクリが星槍を受け止めている。


 ファン・ミリアは星槍でエクリを押さえつけ、その力を利用して起き上がった。素早く態勢を立て直し、槍を反転させる。下から(すく )うように振り上げた。


 今度はエクリが上半身をそらす。穂先(ほさき)が空を切った。


「反応はいい。が──」


 ファン・ミリアはその動きを読んでいる。


「接近戦で私に勝てると思ったか?」


 一歩、踏み込む。空いた手でエクリの顔面を掴むや、()り上げた後頭部を床に叩きつけた。素早く槍を握り直し、その胸めがけて突き立てようとする。と、


「……ファン・ミリア=プラーティカ」


 名を呼ばれ、槍が止まった。


「神託の乙女たる君に、預言(よげん)(おく)ろう」


 後頭部を打ちつけたにも関わらず、エクリの口元には笑みが浮かんでいる。


「有史以来、人と化け物が結ばれる物語は数多く(つむ)がれてきた。なぜだろうね?」


 笑う囚人(しゅうじん)姿の青年を、ファン・ミリアは無言で見下ろす。


「結ばれないからさ。結ばれないからこそ、人はその願いを物語に(たく)した」


 瞬きをすることなく、エクリの瞳孔(どうこう)が広がった。


「君とティアーナが結ばれることはない。絶対に。互いが惹かれ合うほどに、運命は遠ざかっていく」


 はっと、ファン・ミリアが頭上を振り(あお)いだ。クラーケンの肢が迫っている。


 その中空に、ティアが割り込んだ。


「サティはクラーケンを! 回復する時間を与えるな」


 両手で旗を握り、巨大な肢を打ち弾いた。そのまま身体を流して振り返りつつ、急降下をかける。


「ティアーナ、来るのかい?」


 すでに立ち上がり、エクリが待ち受けている。


「お前の狙いは私だろう?」


 旗の先、その鋭い竿頭(かんとう)でもって突きを放つも、エクリがくぐるように旗をかわした。ティアは反撃に備え、翼を打って上昇した。間合いを取ると、視界の外、上空からルルゥが放った援護の光線がエクリめがけて落ちてくる。


飛翔(ヤーロット)


 魔法の言葉とともに、エクリの背に光の翼が広がった。翼は光の粒子となってすぐに消えるも、その身体が宙へと舞い上がった。


 ティアが追撃する。


 旗を投げた。直線状に投擲(とうてき)するのではなく、横投げする。旗はエクリの周囲を大きく一周すると、ティアの手元へと戻って来る。


旗衛隊(きえいたい)真似事(まねごと)かい?」


 怪訝そうなエクリを尻目に、ティアはくるりと背を向けて飛ぶ。一定の距離を取ると、エクリの身体が見えない力に(しば)られ、拘束(こうそく)された。


「これは」


 エクリは目を凝らして己の身体を見下ろす。


「神託の乙女の……」


 夜闇(やあん)(まぎ)らせた光糸(メネット・フィーン)だった。


 ティアは旗に結びつけておいた光糸をほどくと、ファン・ミリアを見た。クラーケンに星槍をふるっていたファン・ミリアもまた、その手に掴んでいた光糸の一端(いったん)を離した。光糸はエクリのみならず、クラーケンをも巻き込んでいる。


「ルルゥ、いまだ!」


 ティアが合図を送ると、


「任せろ!」


 ルルゥの声とともに、光糸の一端(いったん)に火が灯った。火は(またた)く間に光糸の端から端へと移動する。直後、その火に触れたエクリとクラーケンが爆発した。


爆導索(ばくどうさく)ってやつだ」


 ルルゥがしたり顔を浮かべる。ティアは眼下のクラーケンを見下ろした。


 炎上する海妖(かいよう)の、その鳴き声を聞いて、先ほどと同じように耳に手を当てる。


 ──やはり。


 聞き間違いではない。


 ティアは確信すると、甲板の上、クラーケンとファン・ミリアの間に降り立った。旗を構えるでもなく、クラーケンへと歩み寄っていく。


「ティア、何を?」


 驚いたファン・ミリアが止めようとするのを、ティアは大丈夫だと手を振って、


『私はティアーナ=フィール』


 クラーケンを見上げ、言った。


『吸血鬼だ。──私の言葉がわかるか』


 それは、人の言葉ではなかった。


『わかる』


 思ったとおり返答があった。声は瞳の部位よりも下のほうから響いてくる。


 ティア自身、身に覚えのない言語だった。それも当然だった。これは化け物のうち高等種族にのみ備わっている能力で、人間の耳には鳴き声と大差がない。


『お前のような大妖(たいよう)がなぜエクリの味方をする? お前が退いてくれさえすれば、こちらから手をだすことはない』

『退けぬ』

『なぜだ?』

『我が身に(じゅ)がかけられている限り』

『呪?』

『我が身を内より冒す呪いだ。(あらが)えぬ』

『エクリに呪をかけられ、このエギゼルの海に連れてこられたのか』

(しか)り』

『どうすれば呪を解くことができる?』

『わからぬ。だが、肉体が修復されれば、我が意識もまた閉ざされる』

『そういうことか……』


 ティアは納得してうなずく。肉体を傷つけられている間は、エクリの支配が弱まるらしい。


『私たちが攻撃し続ければ、意識を保つことができるのか』


 すると、クラーケンが押し黙った。


 ティアはくすりと笑う。


『そうだよな。誰だって痛い想いなんてしたくない』


 クラーケンの間近に寄って、ぽん、とその巨体を軽く叩く。


 玉虫色(たまむしいろ)に光を映し、ぬめりのある胴体は海の匂いがした。(なが)い時を生きてきたのだと、触れて感じた。偉大な海妖(かいよう)だ。殺したくない。


『お前の呪を解く。荒治療(あらぢりょう)になるが、我慢してほしい』


 巨大な瞳がせわしなく動き回っている。考えているらしい。ややあって。


『我慢する』


 その言葉にティアはうなずき、


『では、私を喰え』


 クラーケンの肢の一本が伸びて、ティアの胴に回された。


「ティア!」


 あわてて星槍を構え直したファン・ミリアを、ティアが(せい)する。


「話をした。クラーケンを助けたい」

「助ける?」

「エクリの呪縛からクラーケンを解き放つ。サティも協力してくれ」

「しかし……何をすればいい?」

「損傷を与えることでエクリの呪縛が弱まるらしい。こちらから合図を送ったらクラーケンを攻撃してくれ。殺さない程度に頼む」


 大きく船が傾いた。視線を移すと、船尾にとりついたクラーケンが胴体を逆さにしている。底に、口が大きく開いていた。咥内(こうない)の入り口付近に透明な牙が縁取(ふちど)るように伸びて、ぽっかりと暗い穴が奥へと続いている。


「ぞっとしないな」


 苦笑してつぶやく。


 口に運ばれたティアの全身が、黒い水へと変じた。

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