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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
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38 エクリⅨ(月とアメジストⅢ)

 クラーケンの(あし)のうち、半分ほどを斬り落としたファン・ミリアが、さらに跳び上がった。


 そこを、エクリの光の矢が狙う。


「サティ!」


 空中で、ティアが片腕でファン・ミリアを抱いた。そのまま矢をかわし、上空へと飛翔する。


「作戦が必要だ」


 飛びながらティアが告げると、


「まずはクラーケンを沈黙させる」


 海上に目を配りながらファン・ミリアが返してくる。


「どうやって?」


 クラーケンは巨体な上、回復力も高そうだった。すでに斬られた肢の修復がはじまっている。


「通常、聖騎士団が海洋生物を相手にするのは珍しい」

「では、白旗を上げるか?」


 ティアが言うと、ファン・ミリアが顔を上げた。


「それでもいいが、ティアが持っているのは黒旗だろう?」


 違いない、とティアは苦笑する。


「なら、戦うしかないな」


「完全に主観だが」と、ファン・ミリア。


「あれが烏賊(イカ)の化け物なら、烏賊(イカ)としての特徴を持っている、かもしれない」

「つまり?」

「ティアは、烏賊(イカ)を食べたことはあるか?」

「ない。──サティはあれを食べるのか?」


 ティアがすこし嫌な顔をすると、ファン・ミリアは肩をすくめた。


烏賊(イカ)(しめ)て食すとうまい。ワインに合う」

「パンよりも?」

「パンほどじゃない。というか、パンに乗せて食す」

「……それで?」


 ティアが訊くと、ファン・ミリアは「ここだ」と、自分の眉間(みけん)に指先を当てた。


「烏賊の眉間あたりに衝撃を与えるか、刺突(しとつ)させれば簡単に〆ることができる」

「弱点か」


 理解してティアが下降をはじめた。肢を避けつつ、船尾に取りついたクラーケンの胴体をめざす。


「肢は私がなんとかする。サティはあくまで弱点を狙ってくれ」

「了解した。──ティア」


 ファン・ミリアが呼んでくる。


「……眠れなかった」


 つぶやくように、その口調は弱い。


「あんなことをしてしまったから、ティアに嫌われるのも当然だと思った」


 彼女が何を言っているのかはすぐにわかった。


「冷たくしたかったんじゃない。話したかったんだ。ちゃんと……謝らなければと思って」


 でも、とファン・ミリアは声を落とす。


「ティアが、私を友人ではないと言った」


 ティアは目を見開く。「ちがう」と、気がつけば答えていた。


「それは誤解だ」


 言った時、ファン・ミリアが「来る──」と警戒の声を発した。


 正面に閃光(せんこう)(はし)った。


「つかまっていろよ!」


 ティアは降下から翼を広げ、二七〇度の縦回転をした。光線を回避する。水平になり、その光源──エクリから遠ざかる。


「まだ来るぞ!」


 ティアにしがみつき、ファン・ミリアが後方の視界を確保する。


 翼を開き、風に乗った。滑空飛行(グライディング)に移行する。


 頭を上げた。


 やや高度を上げつつ、身体をひねってゆるやかな横回転をはじめる。真下すれすれを光線がかすめ過ぎていった。火花を噴くように、ファン・ミリアの身体から鮮やかな光の粒子(りゅうし)が舞った。


「ラズドリアの盾か?」


 現象を(いぶか)しんでティアが訊くと、「いや」と、ファン・ミリアが否定した。


「ルルゥの防護魔法だろう。魔法を相殺してくれるらしい。どれだけ()つかはわからないが」

「さすがだな」


 いったんは上昇したティアが、今度は下降に転じる。全体として螺旋(らせん)軌道(きどう)を描きながら、進行と横移動を同時に行い、矢継(やつ)(ばや)に放たれるエクリの光線をかわしていく。


「ティア、これではダメだ! クラーケンから遠ざかっている」

「わかってる!」 


 応え、ティアは左翼を立てる。


 片翼にのみ風を受け、左に急旋回(きゅうせんかい)を行った。高度を落としつつ、大きくカーブする。海面すれすれを飛びながら、視界の左前方に船、そしてクラーケンを捉えた。回り込むように接近する。


 ふたりを撃ち落とそうと、エクリの攻撃が波間(なみま)に水柱を立てる。水しぶきが上がり、驟雨(しゅうう)となってティアとファン・ミリアに降り注いだ。


 風に舞う黒とストロベリーブロンドの髪が濡れ、月の光に踊る。雫が星のように煌めく。


 びしょびしょに濡れそぼり、ふたり一緒になって頭を振った。


舞踏会(ぶとうかい)を思い出すな」


 緊張と興奮のさなかで、ティアは笑う。


「ああ。私もそう思っていた」


 誘われるように、ファン・ミリアも笑った。熱っぽく、瞳が(うる)んだように輝いている。


 ティアは息を()んだ。


 その笑顔が、心にあふれた。


「サ──」


 と、思わず口から出かかった言葉が、風に消えた。


 吸血衝動とは別のもの、淡く、静かに杯を満たしたもの。それでいて強く激しいもの……。


 ファン・ミリアは、すでにエクリの方角を注視している。(りん)として眼光するどく、対峙する者にさえ感動を起こす戦士の顔だった。


 その横顔を、ティアは呼吸を忘れるほどに見つめ続けた。


 多くの人々を魅了してやまない『神託の乙女』、『救国の聖女』。


 ──この女性(ひと)を手に入れたい。


 美しく、東ムラビア王国が誇る希代(きたい)の英雄を、常に自分の側に置きたい。


 その欲望が()いた。


 場違いなほどに、見惚(みと)れた。すると、視線を感じたらしいファン・ミリアが一度、ちらりとこちらを流し見た後、すぐに怪訝(けげん)そうな顔を向けてくる。


「……ティア?」


 呼ばれたティアは呆然と瞳を大きくさせている。


「どこか不調でも?」


 心配そうに手を伸ばしてくる。その手を、掴んだ。


「私が貴女を不安にさせたのか」


 もう一方の腕で、ファン・ミリアをさらに強く抱く。


「貴女がただの友人なら、これほど胸が高鳴ったりはしない」


 そう言った。


「貴女がいきなりこんなことをすれば、私だって緊張する」


 驚いて言葉を失ったファン・ミリアに、ティアは顔を近づけていく。(さっ)したファン・ミリアが、腕を立てて拒もうとした。


 ティアが引くはずもなかった。


 なおも強引に抱き寄せると、ファン・ミリアが逃げるように顔をそらした。その頬に手を当て、こちらに戻す。


 それでも逃げようとしたので、ティアはあえて不機嫌顔を装った。


「こちらを」


 小声で、しかしはっきり言うと、ファン・ミリアの身体がびくりと揺れた。


 そのまま、頬からあご先へと指をすべらせ、持ち上げると、あきらめたように瞳を閉じた。


 耳にうるさいほどの風音が、静寂に包まれた。


 求めて、何度も口づけを交わした。口づけをするたび、想いが(つの)って、止まらなかった。


 はじめ、おそるおそる首の裏に腕を回してくるファン・ミリアの、その手が、次第に強くティアの髪をまさぐってくる。


 方向を失って海に落ちる寸前、ティアは顔を離した。持ち直そうと翼を羽ばたかせるティアに対して、ファン・ミリアは陶然(うっとり)とした視線を投げている。焦点(しょうてん)の合わない瞳に光が戻ったとたん、ティアの首筋に鼻面を押しつけてきた。


「サティ……?」

「……見るな」


 ファン・ミリアのくぐもった声が聞こえた。


「今の私を、見るな」


 恥ずかしいらしい。


「わかった、見ない。だが」


 ティアは言って、ファン・ミリアの腕を軽く叩く。


「サティ……苦しい……うまく飛べない」


 にも関わらず、力をゆるめてくれない。


 気がつけばエクリの攻撃が止んでいた。見ると、船上のマスト──海上の間で激しい魔法の応酬(おうしゅう)が起こっていた。


 ルルゥとエクリが戦っているらしい。そのうち、ルルゥが放つ光の一筋がティアの間近を(はし)っていく。わざと狙った(・・・)のだろう。


「……すごく怒ってるな」


 早く戻ってきやがれ、というルルゥの怒声が聞こえてきそうだ。


「当たり前だ……ティアが悪い……」


 相変わらずファン・ミリアはこっちを向いてくれない。そして苦しい。


「私が()められていく」


 わかった、わかった、とティアはもう一度ファン・ミリアの腕を叩いた。


「仕切り直しだ。クラーケンを仕留(しと)めよう」


 ティアが優しい声音で言うと、顔をこちらに押しつけたまま、ファン・ミリアがちいさく首を振った。


「嫌だ」


 信じられない言葉にティアは自分の耳を疑った。「サティ?」


「もう嫌だ。この戦場は放棄(ほうき)する」

「あの……」

「私はちゃんと戦うつもりだった。なのに、いちいちティアが邪魔(じゃま)をして私の戦意を喪失(そうしつ)させる。もう知らない。やっていられない。そもそも発端(ほったん)としてこれは聖騎士団の任務ではなかった。」

「人外が……」

「ティアだってそうだ。滅ぼすぞ」


 ファン・ミリアが駄々(だだ)をこねている。


「わかった」


 ティアはファン・ミリアを落ち着かせるよう、一段と声を柔らかくさせた。猫なで声に近い。


「悪かった、謝るから機嫌を直してくれ」


 その言葉に、ファン・ミリアがわずかに顔を上げた。上目遣(うわめづか)いの瞳がのぞく。


「ティアは、謝らなければならないことを私にしたのか?」

「いや……して、ません」


 そう答えるより他ない。


 自分だって謝ろうとしたくせに、などとは絶対に言ってはいけない。


 しかし、ここでファン・ミリアの機嫌が戻らなければ進退(しんたい)(きわ)まってしまう。


「サティの助けがいるんだが……」


 困り果ててティアがつぶやくと、ファン・ミリアがじぃっと見上げてくる。そうしてティアが視線を合わせようとすると、また顔を隠してしまう。


「ティアは私の力が必要なようだ」


 まるで他人事のように言ってくる。


「だから、そう言っている」

奮起(ふんき)するがいい」


 その言いざまに、さすがのティアもあせりが(つの)ってきた。


「サティ、いい加減にしろ。駄々をこねてる場合じゃないぞ」


 再びファン・ミリアの(あご)をつかんで強引に起こした。間近(まぢか)(せま)る。


「嫌なのはわかった。だが、頼む。サティの力が必要なんだ。手伝ってくれ」

「ティアは私が必要ということか」

「そうだ。そう言っている」

「よく聞こえないな。波音で。飛んでるし」

「サティが必要だ!」


 ティアが大声で言うと、ファン・ミリアはそっぽを向く。


「……仕方ない。そこまで言うなら手伝おう」


 手伝ってくれるらしい。

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