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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
182/239

36 エクリⅦ

 エクリはルルゥに(てのひら)を向けると、赤い光を放つ。一度ではなく、二度、三度と掌が明滅(めいめつ)を繰り返した。


「見えない衝撃か、器用なこった」


 でもよ、とルルゥを中心に颶風(ぐふう)が巻き起こった。すぐにエクリが回避の動きを見せる。避けた背後の壁に、次々と大穴が空いた。


「やはり()えているようだね」

「おれに子供だましは通用しねえ」


 キィィィン、と。


 耳をつんざくような金切(かなき)り音とともに、ルルゥの前に光が集束(しゅうそく)する。数は三つ。赤と青と緑と。


 それぞれが光線となってエクリに向けて放たれた。


「──炎の盾(トゥーズベイド)


 エクリの前に、燃える炎の盾が展開する。


 着弾したルルゥの光線のうち、緑の光は()き消され、赤の光は盾を弱めるに留め、最後の青い光のみが盾を突き破った。


 素早くエクリが横に跳び、床に転がった。転がりつつ、ヘインズに斬られた自分の腕を拾う。肩口(かたぐち)の断面に、腕を押しつけた。エクリが何事かを(とな)えると、腕と肩とが元通りに接合(せつごう)された。


 へーぇ、とルルゥは感心した様子で笑う。


「怪我を負った時間と損耗(そんもう)……いい腕してるぜ。けどな」


 ルルゥもまた、次の魔法の発動を終えている。


「おれのほうが早ぇ」


 腰布だけを巻いたエクリの胸の中央に、黒い刻印(こくいん)が浮かび上がった。船内で蜘蛛(くも)の群れを一網打尽(いちもうだじん)にした際、その胴体に結びつけた刻印と同じ図像である。


「これは……」


 不思議そうに自分の身体を見下ろすエクリに、


盲目の神(バグ・シャグ)だ」


 すでにルルゥの前には三つの光が浮かんでいる。


追尾弾(ウンラ・バザテーシュ)!」


 三つの光線が再びエクリへと放たれた。


 エクリもまた横に跳ぶ。


「馬鹿が! 今度のは避けられねーぜ!」


 勝ち誇ってルルゥは腕組みをした、ものの──。


 エクリを追いかけるはずの光線は曲がることなく、そのまま直進して壁を突き抜けてしまう。


「……あれ?」


 腕組みをしたまま、思いがけない現象にルルゥは首を伸ばし、傾げた。


「なんで追尾しねーんだ?」


 エクリはただ(うす)く笑う。


「もしかして、お前──」


 ルルゥの顔に驚きが浮かんだ。


敵意(てきい)がないのか?」


 盲目の神(バグ・シャグ)は、敵意によって対象を認識する。逆に言えば、敵意のない者を対象とは認識しない。いや、できない。


「キモチわりぃ野郎だ」


 ルルゥは顔をしかめて吐き捨てる。敵意なく攻撃することが可能なのか。


 しかしエクリは答えない。すでに問題なくつながった腕、その手の五指と、もう片方の五指を触れ合わせた


白刃の結界オコダイ・フェヒール・パンギャ


 言葉とともに、ルルゥを格子状の光の壁が包み込んだ。エクリが両手を握り合わせると、ルルゥを閉じ込める光の牢獄(ろうごく)が、()()まされた刃となって迫ってくる。


「やっべ……!」


 あわててルルゥは腕を払った。ちらちらと、結界内に粉雪のような火花を()く。その炎が瞬時に極大化(きょくだいか)し、連鎖(れんさ)するように爆発が起こった。


「──えっふ! うぇっふ! あー、くそ!」


 立ち上る黒煙から、ルルゥが()き込みながら(おど)り出てくる。もともとの癖毛(くせげ)がさらに縮んでボサボサになってはいるものの、大きなダメージはない。


爆圧(ばくあつ)で結界を吹き飛ばしたのか。いささか(あら)っぽいが、悪くない判断だね」 


 感心するエクリに、「コノヤロー!」と、ルルゥが怒声(どせい)を吐いた。


「このおれが、ちょっとビビっちまったじゃねーか!」


 (ロッド)を床に突き立てる。


引導(いんどう)を渡してやらぁ!」


 ルルゥが大きく右手を振りかざした。手のひらに緑球が浮かぶ。凝縮(ぎょうしゅく)された光を、杖の宝形に叩きつけるように注ぎ込んだ。


 杖の効果によって無数に分散した緑の光線が襲いかかる。


 エクリもまた炎の盾を展開する。


 緑は『風』。定石(じょうせき)通り、風を打ち消す炎の力を用いて掻き消す。


 だが──


 緑の光線を防いだのも(つか)()、今度は青の光線が炎の盾に着弾(ちゃくだん)し、エクリの身体もろとも(つらぬ)いた。


「……やるじゃないか」


 エクリが顔を上げると、ルルゥが矢継(やつ)(ばや)にさまざまな色の光球を生み出しては、狂ったように杖の宝玉に叩き込んでいる。


「オラオラァ! 祭りだ祭りだー、つって」


 その都度、幾条(いくじょう)もの光線が放たれた。それぞれ尾を引く光がからみ合い、エクリの盾を乱打していく。


流星群(メテオ・ゾハーニ)!」


 光の集中砲火を浴び、盾を破壊されると、被弾したエクリが威力に押されて吹き飛んでいく。


 エクリの背が、壁を突き破った。


「右の(ほほ)を殴られたら左の頬も差し出しなさい、ってか!」


 ルルゥの魔法はさらに勢いを増していく。まばゆい光の乱舞(らんぶ)に、エクリが上空へと突き上げられていく。


「あーばよー! 立派なお星さまになって、こーいーよぉー!」


 エクリの姿が完全に見えなくなると、ようやく光の連打が止まった。同時に、杖の宝玉が耐久値(たいきゅうち)を超え、もろくも砕け散った。


 が、ルルゥはまったく気にせず、


「勝者、おれ!」


 自分に親指を向け、胸を大きく張って高笑いした。


 ◇


 壮絶(そうぜつ)な魔法の応酬(おうしゅう)を、囚人(しゅうじん)たちが離れた位置から眺めていた。


「すげーなぁ、魔法ってのは」


 ひとりの囚人が(ほう)けたように言うと、


「いやいや、あんなの俺にだってできるぜ」


 別の囚人が言った。一同の視線が集まる。


「魔法なんざ、要するに気合みたいなもんだろ。だったら気合出しゃいいってこった。な、簡単だろ?」


 おお~、と囚人たちからどよめきの声が上がる。


「……お前、マジで頭いいな?」


 まぁな、と案を出した囚人が得意げに鼻の下をこする。また別の囚人が、


「それで? 気合ってのはどこから出せばいいんだ?」

「どこからってお前……」


 囚人全員が考え込む。すると、誰かが言った。


「出すつったら(ケツ)の穴だろ?」

「そりゃ逆だろうが。尻の穴はしっかり()めとかねーと」


 うわっはっは、と囚人たちから陽気な笑い声が上がる。


「尻の反対つったら、口だな。てことはだな」


 はじめに案を出した囚人が、


「声だな、声。大声出しときゃいいんだよ。気合いなんだからよ」


 おお~、と囚人たちからどよめきの声が上がる。


「……お前、マジで天才か?」


 などと、会話をしているこの囚人たち──


 彼らを核とした戦闘集団が、以降、ティア直属の女王近衛隊(クイーンズ・ガード)を形成していくことになる。四六時中、命を惜しまず(あるじ)を守り、また友として戦場を駆け、大陸中にその勇名(ゆうめい)(とどろ)かせるほどに成長するのだが、それはまだすこし先の話……。


真性(しんせい)阿保(あほう)どもが!」


 イスラが憎々(にくにく)しげに吐き捨てた。


「……楽しいだろう?」


 ようやく気をゆるめ、ティアはその場に両(ひざ)をついた。


「イスラが、私にくれたものだ」


 黒い泥と汗にまみれながら、ティアが笑った。イスラが呆気に取られたように口を半開きにした。すぐに、ふん、と鼻を鳴らして、


「たわけが……こんなもののためにお前が死んでどうする?」

「こんなものだからこそ価値がある。この世界から捨てられたものを、私が拾った。……イスラがそうしてくれたように。だから……きっと価値がある」

「罪人じゃ」

「私もだ。命をかけて償ってもらう」

「……それだけ話す余裕があるなら、さっさと回復に専念せよ」

「もうしてる……だが……」


 どろりと、ティアの残った手の指先が、黒い液体となって崩れた。


 ──ダメか。


 顔を()せ、かすかに笑う。すると、


「ティア!」


 その声を聞いたとき、我知らず安堵(あんど)の息が漏れた。


 視界に、ファン・ミリアが駆け寄ってくる。


「サティ……」


 ティアと同じ目線の高さに、ファン・ミリアが(かが)んだ。


「また……」


 と、ティアは苦笑する。


「サティには、いつもこんな姿を見られる。情けない」


 安心しきって、ティアは全身から力を抜いた。


「情けないものか」


 倒れ込んでくる身体を、ファン・ミリアが抱き止めた。


「ティアは、いつも私の心を震えさせる」


 ファン・ミリアの押し殺した声。


 ティアの頬に、柔らかな髪の感触(かんしょく)があった。


「サティに伝えたいことがあると……」 

「ああ、言っていたな」

「貴女のことばかり考えている」


 見栄(みえ)体裁(ていさく)もなく、するりと口から出た言葉に、ファン・ミリアが全身を硬くするのがわかった。


「貴女が眠りについてから、夜が終わるまで。ずっと……」 


 言い終わらぬうちに、ティアの肉体が崩れはじめた。身体中に泥が黒い(はん)のように浮かび、霧となって消えていく。


「ここまでらしい……」


 ティアがつぶやくと、はっと、ファン・ミリアが身体を引いた。ティアの顔と、身体を交互に見やる。


「力を回すのが遅すぎたようだ。私の意思とは関係なく、身体が壊れていく」

「そんな……嘘だ……」


 聖騎士であるファン・ミリアであればこそ、人外であるティアの状態が理解できてしまうのだろう。


 指は動かない。手の甲で、ファン・ミリアの頬に触れた。


「温かいな。不思議と、死ぬのは怖くない。サティがいてくれるからだな」


 ファン・ミリアは一度、唇を噛み、


「死なせるものか……!」


 決然(けつぜん)とそう言った。


「──不愉快(きわ)まりないが、貴様と同意見じゃ」


 ティアが視線を落とすと、イスラが見上げてくる。 


「このままお前を見殺しにすることはできぬ」


 ふと、黒狼の(からだ)が空間に(ゆが)んだ。すぐにティアは気づいた。戻っている。


「……力が、戻っている?」


 驚いてつぶやく。イスラの(からだ)がさらに大きく歪んだ。


「私に力を与えてくれているのか?」


 ティアがそう訊くと、「眠る」とイスラの答えが返ってきた。


「が、今度の眠りは深い。私自身、いつ目覚めるかはわからぬゆえ、二度とは助けてやれぬかもしれぬ。ともすれば今生(こんじょう)の別れとなろう」

「イスラ……?」

「ティアよ、聞くがいい」


 琥珀(こはく)の瞳はおだやかだった。


「お前はすでに吸血鬼の、真祖(しんそ)としての才能を開花させはじめておる」

「真祖の」


 ティアがイスラを見返すと、 


「私の目に狂いはなかった、ということじゃ」


 黒狼の姿が(うす)くなっている。紫の魔女が消えた時のように。


「イスラ、私のせいで……」

「謝るな」


 ぴしゃりと言われた。


「お前は己に恥じぬ選択をした。そう信じるのであれば、見苦しいさまを見せるな。でなければ、お前の後に続く者たちが迷う。救われぬ」

「……イスラは厳しい」


 ティアが唇を噛むと、


「お前が甘すぎるからじゃ」


 言葉とは裏腹(うらはら)に、くつくつと、イスラが愉快(ゆかい)そうな笑い声を響かせる。それからファン・ミリアを向いた。


「神託の乙女よ、お前には王城(ウル・エピテス)での借りがある。星神(シィン・ラ・ディケー)について私が知っていることを教えてやる」


 ファン・ミリアが緊張した面持ちでうなずいた。


「シィンは私と姉妹の関係にある。いつぞやティアにも話したが、神と神の関係を決めるのは我々神ではなく、人じゃ。人こそが神と神をつなげ、生かし、殺す」


 だが、とイスラは続けた。


「シィンは、お前が思う以上に近く、私とともに在る。まさに今、私の隣にいるような感覚じゃ。それは私とシィンとの関係を別に信ずる者がいるということかもしれぬし、そうでないかもしれぬ」

「我が神は……」


 言いかけたファン・ミリアが口をつぐんだ。その様子を見てイスラが告げる。


「残念ながらいまの私には、シィンを感じることはできても声を聞くことはできぬ。姿も見えぬ」

「……そう、か」


 ファン・ミリアはちいさくうなずいた。うなずくことで、無理やり自分を納得させるようだった。


「では、眠る」


 その言葉の通り、イスラの姿が消えていく。


「イスラ──」


 呼びかけたティアに、イスラの琥珀の瞳が見上げた。


「ありがとう」


 万感(ばんかん)を込めてティアが告げると、


「私を失望させぬよう、せいぜい(はげ)め」


 あくまでイスラらしい言葉とともに、その姿が完全に消えた。


 そのすぐ後だった、船が大きく揺れた。

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