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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
180/239

34 エクリⅤ

 ──思ったよりも高い。


 それでも、ティアは難なく床に着地した。吸血鬼に備わっている能力として、闇を見通す力、平衡(へいこう)感覚は人間の持つそれをはるかに凌駕(りょうが)している。


 室には人いきれ(・・・・)が充満していた。


 無数の視線にさらされながら、ティアは天井を見上げた。


 いま自分が飛び降た穴が、かなり上方にある。


「女だ……」


 男の声がした。つられるように「女だ」と、別の声が上がる。


 視線を落としていくと、最下層の船底は大広間の様相を(てい)していた。


 部屋は総じて暗い。壁にはガラスのない小窓が無数に開けられ、海面がのぞいて見えた。


 左右の壁に取り付けられた窓口に沿って、床が桟敷(さじき)のように一段低く作られている。そこに奴隷(どれい)を鎖で繋ぎ止め、(オール)を出して()がせるのだろう。が、いまは一本も(オール)は出ておらず、また、鎖も使われてはいなかった。


 にも関わらず、最下層は人の気配に満ちている。


 すでに、ティアを囲って人だかりができはじめていた。全員が男である。髪を()り上げ、上半身は裸で、下半身にも粗末な布切れを腰に巻いているだけで、靴も()いていない。


 ティアは無表情のまま、男たちの顔立ちひとりひとりをゆっくりと見回す。


「お前たちは、ムラビア人だな」


 ティアが声をかけるも、返事はなかった。


「なぜ、ここに閉じ込められている?」


 訊いたものの、男たちはティアを凝視している。と──


「女だ。すげぇぞ、上物だ!」


 背後から、ティアの腰あたりに太い腕が回され、持ち上げられた。とたん、男たちから獣のような歓声が上がった。


「こんな女、巷間(シャバ)でだってお目にかかれねぇ」


 欲望を一身に浴びながら、それでもティアは男たちと、部屋の様子を注視する。と、横手の壁、天井近くに、輝く文字が浮かび上がった。


 エクリからのメッセージだ。


『ここには重罪を犯した囚人(しゅうじん)どもが百名。

 船に仕掛けられた魔石の爆発を回避するためには……

 囚人の半数をティアーナ=フィールが殺す

 囚人がティアーナ=フィールを犯し、殺す

 いずれかの選択によって、残りの乗員は死を(まぬが)れる』


「悪趣味な奴だ……」


 ティアはつぶやく。壁から視線を戻すと、抱え上げられたティアの前に別の男が立っていた。()いているズボンを脱がそうとしてくる。


「私を犯し、殺すのか?」


 侮蔑(ぶべつ)の瞳を向けると、正面の男は「当たり前だろうが!」と顔を(ゆが)ませた。それ以外の男たちも、我先(われさき)にと手を伸ばそうとしてくる。


 服のあちこちを破られ、ズボンを脱がされ、ほとんど裸の状態で、ティアは床に引き倒された。両手首を抑えつけられる。


「抵抗するんじゃねぇぞ!」

「していない」


 されるがまま、ティアは仰向(あおむ)けに男を見上げる。


「だが、これで本当に助かると思っているのか?」

「なんだと?」 


 こちらに覆いかぶさろうとしてくる男の動きが止まった。


「私は、この船に魔石が仕掛けられているのを知った上で、ここに来た。どちらかと言えば、お前たちを助けにきた側だ」

「何を言ってやがる……!」


 男のみならず、ティアの身体をまさぐる別の男たちの手も止まった。 


「私の力で、ここにいる半数を殺すのは簡単だ。おそらくエクリも──お前たちをここに閉じ込めた者も、お前たちを殺すことは簡単だろう。そもそも、エクリがお前たちを助ける保障(ほしょう)はどこにある?」


 男が、口を開けたまま、絶句した様子でこちらを見下ろしてくる。


「試しているんだ、エクリは。私と、そして罪人であるお前たちを」


 そして、とティアはまばたきもせず、男を見返した。


「私もまた、お前たちを試そうと思う」


 ティアの瞳がじわりと赤くにじむ。


「私は、化け物だ。だが、お前たちを助けようとする化け物でもある。さぁ──どうするんだ、ニンゲン? このまま私を犯したければ、犯すがいい。私がお前たちに絶望するまでは、好きなようにさせてやる」

「なんなんだ……てめぇは?」」


 男のうめき声を残して、室内が静まり返った。


 背中の床ごしに、波の音が響いてくる。ティアが待っていると、男の視線が、ティアの身体の上を舐め回すように這った。

「ここで助かろうが、巷間(シャバ)に出ればお尋ねモンだ。真っ当な生き方はできねぇ」


 男の双眸(そうぼう)に、再び欲望の火が灯る。


「死ぬまで楽しんでやる……!」


 男が、ティアの(もも)を両脇に挟み込み、腰を近づけてくる。


 ティアが視線を外して瞳を上にやると、逆さまに年若の男がのぞき込んでいた。はじめ、ティアを背後から抱え上げ、いまは両手首を床に抑えつけている男。


「お前も、それでいいのか?」


 ティアが尋ねると、言葉が聞こえているのかいないのか、男はただじっと、感情の失せた瞳でティアを見下ろしてくる。いや、観察しているのだろうか?


 あきらめ、ティアは目を閉じようとした、その時、ティアに迫ろうとする男の後頭部を、別の囚人が蹴り飛ばした。蹴られた男はティアを飛び越えるように、反対の年若の男と激突した。


「総意じゃねぇ」


 たくましい身体つきの、二十代後半といった年齢の男だった。この男も髪を剃られ、腰布を巻いた同じ格好だが、その表情には理知の光が見て取れた。


「クソはクソなりに、意地ってもんがある」


 ティアに向けて手を伸ばしてくる。


「お前がリーダーか?」


 ティアが訊くと、「そんなのはいねぇ」と、男は鼻で笑い、


「お前が、俺たちを助けるって?」

「そのつもりだが、できるかどうかはわからない」

「うまい案があるのか?」


 ティアは首を横に振った。


「生き延びる方法を、これからお前たちと考えなければならない。──お前の名前は?」

「ホゴイ。家の名は忘れた。お前はティアーナ=フィールだな」


 先ほどのエクリのメッセージからだろう。ティアはうなずき、ホゴイの手を掴んで立ち上がった。


「ティアと呼んでくれ。──礼を言ったほうがいいか?」


「いるものか」とホゴイは唾を吐き捨てた。


「俺も、お前の言う通りだと思っただけだ。俺たちをここに閉じ込めやがった野郎は、俺たちのことなんざ虫けらとさえ思っちゃいねえだろう。お前が船底(ここ)に来るまで、エクリって野郎が、何をしたと思う?」


 ティアが黙って話の先を(うなが)すと、


「何もしなかった。ただ俺たちを閉じ込めただけだ。目的も告げず、強制もせず……そしていま、お前が降りてきた。俺たちはお前をどうこうするための(コマ)なんだろう。それぐらいは俺たちにだってわかる。──なぁ?」


 ホゴイは囚人たちに声をかける。うなずく者と、そうでない者が半々。それでも表立って異を唱える者がいないのは、ホゴイの周知(しゅうち)の仕方が(たく)みなのだろう。


「ホゴイは人を束ねていたことがあるのか?」

「覚えてねえな」


 否定ではなかった。それで十分だった。


「まだ質問をしたい」

「なら早くしろ」

「ホゴイたちは、なにも強制されなかった。しかし、このガレー船を()いできたんだろう?」

「俺たちは漕いでない」


 忌々(いまいま)しそうに、ホゴイは親指で小窓の外を示す。


「この船は何かがおかしい」

「……というと?」

「風か波かを味方につけているのか、勝手に自走しやがる」

「魔法か?」

「知るか。この船に閉じ込まれてから数日して、泳ぎの達者なひとりが、海に飛び込んだ。一応、(オール)と布を使って命綱(いのちづな)は作っておいたが」

「結果は?」

「死んだ。海の底に沈んでいった。何かが起こったにはちがいねぇ。だが、何が起こったのかは誰にもわからなかった。そいつは抵抗する暇もなかった。驚いた顔をして、何かに吸い込まれるように、消えた。俺たちには何も見えなかった。そいつと海以外は」


 ティアが黙り込むと、ホゴイから尋ねてきた。


「……ここはどこだ、どこの海だ?」

「エギゼルの海。レム島に近い」


 周囲で、ざわめきが起こった。


「俺たちは、ここがどこかさえ知らなかった」

「ホゴイたちは、なぜこの船に連れられてきたんだ?」

「知るか。ただ、さっきの光る文字にも書いてあったが、俺たちが重罪人なのは事実だ。俺も含め、それぞれが東ムラビアのどこかの牢屋に放り込まれていた。それが、この船に集められた」

「重罪人か……」

「そうだ。俺たちが怖いか?」


「いや」とティアは笑う。「私も似たようなものだ」


 その時、階上で爆発が起こった。衝撃で船ぜんたいがきしむような音を立て、床が大きく揺れた。ほとんどの囚人たちが倒れるなか、一部の者は揺れに持ちこたえ、立ち姿勢を維持している。


 ティアは早口でホゴイに伝えた。


「時間がなさそうだ。いま倒れなかった者が、ホゴイを含めて十人いる。それぞれを隊長として、十人一組にまとめさせろ」

「わかった。──ティア、お前は?」

「道を作る。出入口は、私が降りてきた穴だけか?」

「いや、同じような穴が船首のほうにもある」

「見てくる。その間、他の者たちには室内に異常がないか調べさせてくれ」

「とっくに調べ終わってる」 

「もう一度だ」


 ティアは天井を見上げながら、足早に船首へと向かう。ホゴイが言った通り、天井に、ティアが降りてきた穴とは別の昇降口が四角く切られていた。


「……無駄だろうが」


 ティアの手から黒雷が放たれた。天井に向けて(ほとばし)る黒い閃光は、しかし穴を通過することなく見えない力にぶつかり、ひしゃげ、そのまま消滅した。


「やはり、結界か」

「今のは魔法か?」


 指示を出し終わったホゴイが、ティアの後を追いかけてくる。


「そのようなものだ。が、だめだ。簡単には破れない」

「どうする?」

「私の仲間が外から結界を解こうとしてくれているが、船の爆発までに間に合うかはわからない」


 ティアは、腕組みをした。


「──私たちが生き延びるためには、どうすればいいと思う?」

「どうしようもねぇが」


 ホゴイも同じように腕組みをする。


「まずここから出なくちゃ話にならねぇ」

「いや──」


 ふと、ティアは気づく。


「……必ずしも出る必要はない?」

「何言ってる? 逃げるにしろ、魔石を探すにしろ、ここから出ないことには話にならねぇ」

「そうなんだが……」


 ティアの頭の中で、何かが引っ掛かっている。


 すると、囚人たちのまとめ役たちが集まってきた。結界が張られている、ということ以外の異常はないようだった。


「お前たちの知恵も借りたい。私たちが生き延びるためには、どうすればいい?」


 ティアが同じ質問をすると、みなが腕組みをする。そのうち、他の囚人たちも集まってきて、同じように頭を悩ませはじめた。


 気がつけば、みなが一様に同じ姿勢でうんうんと(うな)っている。


 くすり、とティアが笑い声を漏らした。


「何がおかしい?」


 耳ざとくホゴイが訊いてくる。「いや」と、ティアは満面の笑みを浮かべ、


「楽しいな、と思って」

「……自棄(ヤケ)になったのか?」

「そうじゃなくって」


 くすくすと、ティアは笑い声を上げた。笑いが込み上げてくる自分がおかしくて、さらに笑う。


 ひとしきり笑ってから、ティアはちいさくつぶやいた。


「生かしてやりたいな、お前たちを」


 さらりとした言葉に、男たちは息を呑んだ。視線がティアへと釘付けになる。


 その、偽りのない心に触れた気がしたからだった。


「……なんで人殺しを助けたいと思う?」


 ホゴイもじっとティアを見つめてくる。


「仲間だからだ」


 迷いのない口調で告げるティアに、ホゴイは理解しかねるといった表情を作る。


「いまさっき会ったばかりだ」

「だが、同じ目的のために悩んでる」

「今だけだ。もし助かれば、どいつもこいつも勝手なことをはじめる」


「そうか」とティアはうなずき、


「では、私だけが勝手に仲間だと思うことにする」


 そう言った時だった。


「いや、仲間だ」とひとりの囚人が手を挙げた。すると、「俺も仲間だ」と別の囚人も手を挙げる。


 俺も仲間だ、と続々と手が挙がりはじめた。最後には、ティアを襲ってホゴイに蹴り飛ばされた男さえ、バツが悪そうに手を挙げていた。


「こいつら、馬鹿か」


 ホゴイが声を荒げるのを、ティアはにっこりと見上げた。


「ホゴイは馬鹿ではないのか?」

「付き合ってられるか」


 手を挙げるタイミングを逃して、ホゴイは明らかに照れている。


「ホゴイは仲間ではないのか?」


 ひどいな、とティアがつま先を立て、顔を寄せると、ホゴイは不自然なほどに顔をそらしてしまう。


「私の仲間になってはくれないのか?」

「……うるさいぞ」


 ティアは白い歯をのぞかせ、


「ホゴイが仲間になってくれたら、私はとても嬉しい」


 期待を込めた瞳で見上げる。けれどもホゴイは(がん)として首を縦に振らない。


「意地っ張りだな」


 これ以上、ティアが顔を近づけるとホゴイの首が折れてしまいそうだ。ティアはつま先立ちから直ると、右手をくるりと回転させた。それだけの動作で、手には黒刃が握られている。


「しかし、おかげで活路を見出せそうだ」


 まじまじとホゴイが見下ろしてくる。


「何かわかったのか?」


「ああ」とティアはうなずき、


「私たちが助かるために、ここから出る必要はない──正確に言えば、私たちが助かるためには、ここでやらねばならないことがある」


 説明しながら、ホゴイと、囚人をまとめさせた隊長たちを見回す。


「お前たちの組のなかで、10人ではなく、9人の組はあるか?」


 ティアの問いに、返事をする者はいなかった。


「なに──?」


 ホゴイの目が驚愕(きょうがく)に見開かれる。


 次の瞬間、ティアは床を蹴り、彼我(ひが)との距離を一気に(ちぢ)めた。


 刃が、空を斬った。


「……()けたな」


 ティアが着地した。ほぼ同時に、離れた位置で着地する人影があった。


「お前が、エクリか」


 ティアの瞳が赤く(きら)めいた。

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