2 吸血鬼の権能
森の中、ティアは王都ゲーケルンへと進路を取った。
ウラスロに復讐をしたいのは山々だが、イスラは時期尚早だと言う。
それでも、ティアはもう一度王都へ行くことを決めた。
自分の今後がどうなるかはわからなくても、自分の想いは確認しておきたかった。また、生前のタオ=シフルもシフル領を経て、王都へ向かうつもりだったのだ。その果たされなかった意思が、まだティアのなかでわだかまっているのかもしれない。
イスラからウラスロには絶対に手を出さないよう何度も念押しされ、ティアが首を縦に振ることで、ようやく都上りの許可が出たのだった。
そこでまず進路として、王都へつながる街道に出ることをイスラに提案してみたところ。
「近年まれに見る馬鹿がここにおる」
イスラから一蹴されてしまった。
「お前のような小娘がその恰好で人目に触れてみよ。またぞろ盗賊どもの餌食になるが目に見えておる」
「オレは小娘じゃない」
ティアが否定すると、
「どこからどう見ても小娘じゃ。小娘のうえに泣き虫でもあるの」
「……泣き虫でもない」
言い合ったものの、イスラは絶対に自分の考えを改めようとしないため、仕方なくティアが折れた。するとイスラが「それみたことか」と勝ち誇ったように遠吠えをしかけてきたので、業腹になったティアが舌打ちすると、それを耳聡くイスラに聞きつけられた。
「小娘、貴様いま舌打ちしおったな」
「……していない」
ということで、また言い争う羽目になった。
◇
けれども実際に森の獣道を歩いていると、
──イスラが正しかったのかもしれない。
そうティアは思いはじめていた。
とにかく服が邪魔だった。というのも、もともとがタオ=シフルの服だったそれは、体格が一回り小さくなったティアには大きすぎるうえに、盗賊たちによって中央が裂かれている。歩くたびに袖が肩からずり落ちてくるため、いちいち掛け直すのが面倒でしょうがなかった。そのうえ、服は血で汚れきっている。たしかにこんな状態では余計な者を惹きつけかねない。
「せめて服を調達したい」
それがいまのティアにとって、かなり切実な問題だった。
また、それ以上にティアの特性に問題があった。
ティアは昼間に行動することができない。太陽が出ているうちは、ほとんど身体を動かすことが不可能になる。それが黄昏時になるにつれ、徐々に動かすことができるようになり、日没とともにすべての拘束 から解き放たれたように自由になる。日の出はその逆である。
この現象をイスラに訊いてみたところ、
「お前は夜に属しておるから当然じゃ」
という答えが返ってきた。
「お前は自分では気づいておらぬようだから言っておく」
そう前置きし、イスラは話しはじめたのだった。
「お前は、お前自身が考える以上に、夜に属する者のうちでも極北に立っておる。これを格という言葉に当てはめるなら、王という言葉がもっとも近い。個としてのお前がどれほどの能力を開花させるかは知らぬが、種として言うなら、お前に比肩し得る者はまずおるまい。その極端な力の相克ともいうべき反動が、お前の昼の動きを束縛する」
難解なイスラの説明に、ティアはなんとか理解しようと努める。
「……夜のオレは強い、ということか?」
「何をもって強いとする? 偏狭な視座は捨てよ」
イスラは鼻で笑う。
「与えられた権能がまったく異なっておる。それが王と平民との違いでもある。私が語る権能とは、他者もしくは他種族に及ぼし得る効果とその範囲じゃ」
「……ぜんぜんわからない。もっとわかりやすく教えてくれ」
「つまり──」
イスラはティアに目を向けた。
「他者及び他種族を支配できる」
◇
異常なほどに夜目が利くため、夜道は苦にはならない。
しかしまだ女の身体に慣れていないため、体力が続かなかった。本当なら動ける夜のうちはずっと歩き続けていたかったが、日没から歩きはじめると、真夜中ごろには身体がぎしぎしと音を立てるようになり、また集中力も途切れがちになった。
そうなってしまえば眠りにつくより他ない。
寝床は洞窟が好ましかったが、見つからない場合は樹の根の下や巨木の洞を使った。それも見つからなければ、枝葉を掻き集め、極力、陽の光が当たらないよう屋根を作って眠りについた。
王都を目指して旅をはじめてから、一週間ほどか過ぎた日のこと。
長く連なった山脈の、まだ多くの雪を残している尾根を左に見ながら、ティアは森を東に進んでいた。渓谷の底に流れる川を渡り、川沿いをやや下って歩くと、そこに手ごろな洞窟を見つけた。入口こそ狭いものの中は思いのほか長く、奥に進むほど無数に枝分かれしている。いわゆる風穴と呼ばれる穴で、内部の温度は低く、自分の身体が冷気にさらされているようで居心地がよかった。
そこを寝床にティアが眠っていた時だった。
かすかな足音が聞こえたのは……。