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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
173/239

27 出港

 武器工房『ガルタ』。


 まだ開店したばかりの店内にカホカが入っていくと、徒弟(とてい)の少年が目に入った。こちらを背に()き掃除をしている。


「うはよー」


 と、気軽に声をかけて、カホカは目を丸くした。振り返った少年の姿を見て、


「あは……」


 笑い声が漏れる。


「あはははは!! どうしたの、それ?」


 笑いながら、少年の頭をなでた。つるりとした手触りが返ってくる。


 少年は、頭を()っていた。それはもうきれいに、髪一本残っていない。


「いや、だって」


 少年は怒ったように視線をそらし、言った。


「カホカさんの髪、俺のせいで切らせちゃったわけだし」


 お、とカホカの笑い声が止まった。


()びを入れたってこと?」

「まぁ……」


 そっぽを向く少年を、碧眼が興味深そうに見つめる。


「アンタが髪切ったって、アタシの髪が伸びるわけじゃないんだよ?」 

「知ってるけど……」


 少年はためらいがちに「髪は女の命だって言うから」


「命なら、男のアンタが髪切ったところで割に合わないじゃん」

「……そうだよな」


 ごめん、と少年が深々と頭を下げてくる。


 ──からかいすぎたかな。


 カホカは頭を一掻(ひとか)きすると、少年の視界に入るように、後ろ手に持っていた『物』を差し出した。


 鍛冶用の金槌(かなづち)だった。持ち手の部分にはリボンが巻かれている。


「これは?」


 驚いた表情でこちらを見上げてくる少年に、今度はカホカが視線をそらした。


「トンカチ。リボンはかわいいかなと思って巻いてみた。──アンタにあげる」


 言って、金槌を少年に手渡す。


「良さそうなのを買ったつもりだけど、無理して使わなくていいからね」

「なんで……俺に?」


 意味がわからないといった様子の少年に、カホカは苦笑する。


「だって助けてくれたじゃん。お礼だよ」

「助けた?」

「守ってくれたじゃん」

「いや、俺は何も……」

「してないって? そう思うなら、この前のブリキ人形のお礼ってことにでもしておいて」


 その時、「おう」と奥からボーシュが出てきた。冬眠から覚めた熊のように眠そうな目をしている。


 カホカはあきれて、


「職人たるもの太陽とともに起きなければならない」

「お前の言葉か?」


 言いつつ、「この前はすまなかったな」と、ボーシュまでもが謝ってくる。


「こいつが迷惑かけたってな」

「いや、ぜんぜん」


 首を振ると、ボーシュがカホカの髪を指さした。カホカはさして気にする素振りも見せず、短くなった髪先を指ではじく。


「これは不覚傷みたいなもんだよ」

「だがな」


 歯切(はぎ)れが悪いボーシュに、「そんなことよりさ」とカホカ。


「アタシ、しばらくゲーケルンを離れるから。その挨拶に来たんだよ」

「え?」


 と、驚いた声を上げたのは徒弟の少年である。


「いつ戻って来るの?」

「さぁ、そんなにかかんないとは思うけど。知り合いがレム島にいるみたいだから、見つけて、また王都(ここ)に戻って来る予定」

「そっか……」


 明らかに意気消沈(いきしょうちん)した少年の頭を、ボーシュの大きな手がぴしゃりと叩いた。「痛ぇっすよ!」と()ねたように唇を(とが)らせる少年に、「さっさと掃除をしてこい」と店先へ追いやる。


 不承不承(ふしょうぶしょう)、掃除をはじめる少年を窓越しに眺めながら、


「身内びいきかもしれんが、あいつは悪くない鍛冶師になる。助けてもらって礼を言う」


 ありがとよ、とボーシュがちいさく頭を下げた。


「愛されちゃってさ」


 窓の外は、いっぱいの光にあふれている。こちらに背を向けている少年を眺めていると、


「あいつ、どういうわけか、小遣(こづか)いを全部つかってドワーフ語の本なんていうのを買ってきやがった。まったく、何を考えてんだか」

「ふーん……」


 カホカは、ボーシュを見上げた。


「出かける間、篭手(こて)は借りてくよ?」

「好きにしろ」

「んじゃ、また」

「元気でな」

「おっさんも」


 ごくごく簡単な別れの挨拶をして、カホカは店を出た。


 掃除をしている少年が、背中を向けている。自分が出てきたのに気づいているくせに、何も言わない。そのくせ、カホカが話しかけるのを待っている。


 ──アタシは。


 彼に対して、親しみなら持っている……とは思う。


 でも、恋心ではないのだろう。


『好きな人は選べない』


 レイニーの言葉は本当だ。好きになってくれた人を好きになれるなら、世界中の悩みの九割は解決するのに。


「……頑張ってね」


 少年に聞こえないぐらいの小声で言って、カホカは(きびす)を返した。


 店から遠ざかっていく背後で、


「待ってるからな!」


 少年が、大声を張り上げた。


「俺、世界一の鍛冶家になるから! 待ってるからな!」


 カホカは、振り返らない。


 かわりに、


「いや、(むか)えにこいよ」 


 と、ちいさくつぶやいた。


 ◇


 ゲーケルン発、レム島往きの中型客船。


 人混みでにぎわう甲板(かんぱん)の上で、行儀よく手を組んだルクレツィアがひとり、群青(ぐんじょう)波間(なみま)を見つめている。


 旅装姿である。全身を包む外套(がいとう)から、()み上げのブーツだけがのぞいている。


「──青マントが恋しいかい?」


 声に顔を上げると、レイニーが近づいてくる。


「青マント、ね」


 ルクレツィアは唇を笑みの形にして、海へと目線を戻した。


「王都の人たちから見れば、ファン・ミリアは群青の人……海の彼方から来た青(ウルトラマリン)。けれど、私にとっては彼女がたまさか着た服の色でしかないの」

「あんた、奴とは昔馴染(むかしなじみ)みなんだってね」

「ええ」


 陽光をはじく水面のまぶしさに、ルクレツィアは瞳を細くさせた。


「物覚えつく頃には、私の側にはサティが──ファン・ミリアがいた。どちらから友達になりたいと思うよりも早く、気がつけば一緒にいたの」


 瞳を細めたまま、レイニーを見やる。


「レイニー=テスビア、あなたは農民というものをご存知(ぞんじ)?」

「ご存知も何も、あたしも農家の出さね」

「そうなの」


 ルクレツィアは表情をそのままに、


「農民って、色がないのよね。服は何度も洗って色落ちしてしまっているし、新品の服だってあっという間に土埃(つちぼこり)をかぶってしまう」

「そうかもしれないね」

「服だけでなく、髪も、瞳も、日々の疲れのなかで色()せてしまうのね」


 潮風(しおかぜ)に、ルクレツィアの髪が揺れる。


「私にとってのファン・ミリアも、あの頃のまま、まだ何色も身にまとってはいないの」


 無言でこちらを見つめるレイニーに、「つまらないことを言ったみたい」と、ルクレツィアは苦笑する。


「忘れてください。これは愚痴なの」

「あんた、青マントが心配なんだね?」


 そうね、とルクレツィアはうなずく。


「夜、眠れなくなる程度には心配ね」

「その必要がある相手とは思えないけどね」

「するわよ。彼女が私の目の届く範囲にいない時は、いつも心配」

「赤子じゃあるまいし」


 レイニーが嘆息(たんそく)すると、「そうね」とルクレツィアは同意して、


「赤ちゃんなら揺りかごに寝かしておけるけど、あの人は自分で出て行ってしまうから余計に厄介(やっかい)ね」


 その言葉に、レイニーがきょとんした顔を作る。が、次の瞬間、()き出した。


「言うじゃないか」


 ルクレツィアも、くすくすと口元を隠して笑っている。


 ふたりの笑い声に、鐘の音がかぶさるように鳴り響いた。周囲のざわめきも大きくなる。出港の時間だった。


「おいおい、船が出ちまうじゃないか」


 笑いを消してレイニーが顔を向けると、水主(かこ)が渡し板をはずしにかかっている。


「カホカは──まだみたいね」


 言ってすぐ、ルクレツィアが「あら」と桟橋(さんばし)を指さした。


「やっと来たみたい」

「おやおや」


 レイニーは手で(ひさし)を作る。カホカが、何やら大声で(わめ)きながら走ってくる。


「ダメだね。もう艫綱(ともづな)が解かれちまってるじゃないか」


 全走力だが、船はすでに陸を離れている。人が飛び越えられる距離ではなくなっていた。


 しかし──


「待てコラ!」


 まるで距離を無視するように、カホカが桟橋から海へと向かって飛び出した。


「そりゃ、さすがに無理だ」


 レイニーも(きも)()わっている。どうにもできない以上、他人事の気分で見守っていると、空中で、カホカが背負いかばんから篭手を取り出した。


「なるほどね」


 カホカの狙いを理解したレイニーの前で、篭手のワイヤーが発射された。(かぎ)つきのワイヤーが後部帆柱(マスト)に巻きつく。水しぶきが派手に舞い上がった。


「いぃやぁっほぉぉぉ!」


 海面を切るように(すべ)りながらカホカが絶叫している。


「……すごく楽しそうね」


 あきれてルクレツィアがつぶやいた時、篭手のワイヤーが巻き戻され、追いついたカホカが船上へと引っ張り上げられてきた。


「レイニー!」


 カホカに呼ばれ、「あいよ」と、レイニーが手すりから腕を差し伸ばしてやる。


 ふたりの手がしっかりと握り合った時、


「ごめんね」


 にひ、とカホカが笑顔を浮かべる。レイニーを、手すりの外側から引っ張った。


「──なに?」


 レイニーは前のめりになるも、すぐに踏みとどまった。


「どういうつもりだい?」


 さすがに不機嫌顔になって、ぎろりとカホカをにらむ。と──


「こういうつもりよ」


 応えたのはカホカではなく、ルクレツィアだった。背後からレイニーの足を刈るように払う。


「く──っ!」


 足をすくわれ、つんのめったレイニーが今度こそ手すりの外側へと放り出された。


「ばいばーい!」


 レイニーの身体と入れ()わるように、カホカが甲板の上に着地する。直後、レイニーが海に落下する音が聞こえた。


「てめぇら! どういう了見だ!」


 怒声を発するレイニーに、カホカは笑い返し、


「アタシとティアに恩返しする前に、やらなきゃいけないことがあるんじゃない?」


 大声で言い、桟橋を指さした。


「……何の話だい?」


 レイニーは海面に出した顔を、桟橋へと向ける。そこに、見覚えのある男がふたり──サスとディータが立っていた。


 すでに船は遠ざかっている。仕方なく、レイニーは桟橋へと泳いで戻った。


「水も(したた)る、ってところだな」


 サスが口の端を上げ、レイニーを引き上げた。


「……あんたたちもグルだったとはね」


 低い声。怒りを隠すことなく、レイニーがサスをにらみ、ディータをにらんだ。どちらもレイニーの眼光にひるむことなく見返してくる。


「覚悟はあるようだね。──理由は?」


 びしょ濡れになった服を(しぼ)りながら訊くと、


「レイニー、あんたの妹、エルベゼーテ=テスビアはノールスヴェリアにいる」


 サスの言葉に、服を絞る手が止まった。レイニーの瞳が見開かれる。


「エルベが?」

「あくまで最後の消息(しょうそく)が、という意味だが。本来であればここ(ゲーケルン)に売られるはずが、道中で別の買い手がついたらしい」 


 一瞬の沈黙のあと、「だから?」と、レイニーがサスに詰め寄った。有無を言わさずその顔面を殴りつける。サスが吹き飛ばされ、海に落ちていった。さらに視線を走らせ、直立するディータの腹に蹴りを見舞った。サス同様、巨体が海に落ちていく。


「それが、あたしが恩を忘れていい理由になるのかい?」


 水面から顔を出したふたりの男を、レイニーが冷たく見下ろす。


「いや。あんたなら、まず先にティアとカホカを取るだろう」


 早くも頬に(あざ)を浮かべ、サスがレイニーを見上げた。


「よくわかってるじゃないか」

「だが、あんたにとっては妹がすべてだ。俺はそれを知ってるし、カホカには理解してもらった。あんたのために、ノールスヴェリアのキール港往きの直行便を取ってある」


 かっと、レイニーが目を見開いた。


「誰が頼んだっていうんだい! ぶっ殺されたいのか!」


 怒鳴りつけられてもサスは視線をそらさない。


「俺たちは俺たちで、あんたに恩を返したい」


 はっと、レイニーが息を()んだ。


根無(ねな)し草のチンピラに過ぎなかった俺たちが、居場所をもらった。アジトは放棄(ほうき)したし、ギルドは一時的に休止させたが、俺たちが居場所を失うことはもうねぇだろう」

「……」

「ティアがギルドの力を必要とするまで、あんたには妹を探してもらいてぇ」

「……」

「その時は、必ず帰ってきてもらう」

「……ディータも同じ気持ちなのかい?」


 サスからディータへと顔を向ける。禿頭(とくとう)の大男は何も言わず、ただこちらを見返してくる。


 しばらく黙っていたレイニーが、ふん、と鼻を鳴らし、


「手は貸さないよ。上がりたきゃ、勝手に上がってきな」


 ふたりに背を向け、桟橋を戻りはじめた。


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