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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
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26 訪問者

 カホカの目が()わっている。


「なんで?」


 いたたまれない雰囲気のなか、「実は」とバディスが話しはじめた。


「ちょっと前に……その、寝てる時に、ですね。夢の中でティアさんに呼ばれたんです。声が聞こえたというか、そんな気がしたというか‥…自分でもよくわからないんですけど」

「夢は夢だろ? それが現実だってどうしてわかるんだ?」


 カホカが何かを言う前にディータが訊いてやると、


「それは……なんとなく、としか。前にも一度、王城(ウル・エピテス)でお頭とカホカさんを逃がすよう頭のなかに声が聞こえたんだ。でも、今度のはそれよりずっと遠くて……でも、たしかに呼ばれた気がして……」


 尻すぼみしていく返答に、ディータはレイニーを見た。寝椅子のレイニーはお手上げいった様子で両の手のひらを広げている。かわりにサスが口を開いた。


「お前とティアとの間のことにゃ、俺たちにはわからねぇ。そうだと言われりゃ、そうですかと信じるだけだ。──ああ、別にお前が嘘をついていると思ってるわけじゃねぇからな」


 念押しするように言って、


「ただ、なんでレム島なんだ? それも『なんとなく』なのか?」

「そうとしか……」


 やはり、バディスは声を落としてうなだれた。


「結局、そうなっちまうんだ。レム島ってはっきりわかるわけじゃなくて──、だいたいこっちの方角で、これくらいの距離だろう。で、そのあたりにはレム島ぐらいしかないから、レム島だろう……って」

「なんで?」


 カホカがもう一度訊くと、


「いや、だからティアさんが──」


 答えようとしたバディスに、「そうじゃなくって」と、溜息を吐いた。


「なんで知ってたの、じゃなくて、なんでアタシに言わなかったの、ってこと」

「それは……」


 バディスはためらいがちに、


「カホカさんは怪我してたから……」


 その言葉を聞くや、カホカは顔をうつむかせた。はぁぁぁ、と怒りを吐きだすように、さらに深く息を吐く。


「すいません……」


 身を(ちぢ)こませるバディスに、「謝らなくていいよ」と、カホカは応える。


「アンタに怒ってるわけじゃなくて、アンタにそんな心配をかけさせる自分が嫌になっただけ」


 バディスを見ずに、言った。


「アンタが考えたことは、たぶん間違いじゃない。居場所を聞いていたら、すぐにでも飛び出していったと思うから……」

殊勝(しゅしょう)じゃないか」


 レイニーが気さくな口調でカホカに話しかける。


「心境の変化かい?」

「怪我を押して無茶しても、何もできなかったし……」


 守りたいものを守れなかった。その思いが強くあった。たまたまシエラザードたちに助けられはしたが、それは運がよかったからだ。自分の実力ではない。完調(かんちょう)であれば、怒りに我を忘れていたとしても、遅れを取る連中ではなかった。それ以前に、もっと早く異常に気づくことができたかもしれない。


 ──『月の雫亭』のおじいさんとおばあさんに、痛い思いをさせずに済んだかもしれない。


 カホカは黙って目線を床に落とした。この悔しさを、顔に出したくなかった。


 ファン・ミリア戦、イグナス戦、と激戦を重ねてきた。怪我を負ったこと自体は仕方なかったとは思う。思うけれど、悔しいものは悔しい。


 この気持ちはとても大事だ。


 仕方なかった、という言葉だけでこの悔しさを片付けてしまえば、自分はもう強くなれない。強くなる資格がない。


「まぁ、いいじゃないか」


 レイニーが取りなして、言った。


「そんなに思い詰めなくても。結果的に誰も不幸にならなかったんだからさ」

「わかってる」


 終わったことをくよくよ考えたところで仕方がない。反省するなら今後に()かすしかないし、そう思うならバディスを怒れない。


「言わなかったのはいいよ。アタシのせいでもある」


 最後に、ふ、と息を吐いてから「でも」とカホカはバディスに顔を向ける。


「ちょっとした問題が起こるかもしれない」

「問題……ですか?」


 そお、とカホカはうなずき、


「アンタさ、もしかしてなんだけどさ、ルクレツィアを屋敷に送っていく途中で、誘われなかった? 屋敷でお話しませんか? とか」

「……え? どうしたんです、突然」


 バディスの目が泳いでいる。


図星(ずぼし)か」


 カホカは苦笑した。


「だから機嫌よかったんでしょ? シエラザードにやられても」

「……そ……えぇ?」


 あからさまな動揺(どうよう)が、事実であることを伝えていた。カホカはやや意地の悪い笑みを浮かべ、説明してやる。


「なんでわかるかっていうとさ、アンタがティアの居場所が知ってることを、アタシとルクレツィアが知ったのは同時だから。『月の(しずく)亭』で、ルクレツィアがアタシに『ティアの居場所を知ってるか』って訊いたでしょ? その時、アンタは寝台で寝転がってたけど、まだ起きてたんだね。ルクレツィアの質問を聞いた時、アンタの寝息がぴたっと止まったんだよ」

「それは……」


 何かを言いかけたバディスが、観念(かんねん)したように息を落とした。


「……気づいてたんですね」


 もう認めるしかないといった様子だった。まぁね、とカホカは笑う。


「その時は、もしかして、くらいの感じだったけど……いまアンタの話を聞いて、やっぱり気のせいじゃなかったんだなって」

「すいません……」


 平謝(ひらあやま)りしてくるバディスに「だから怒ってないってば」と繰り返し、


「問題はさ──」


 カホカが言いかけた時だった。部屋のドアを叩く音がした。ディータが返事をすると、ギルド員らしき男が駆け込んでくる。


「お頭、いま上の階に変な客がきた。『カホカに会いたい』と伝えてくれと言っている」

「カホカに?」


 レイニーをはじめ、部屋の視線がいっせいにカホカに注がれる。


 対するカホカは驚くどころか、


「んね」


 と、そうなることがわかっていたと言わんばかりに眉を上げてみせた。意味がわからないバディスは、返答に困って視線をさ迷わせている。


 そして、ギルド員が告げた。


「そいつは、ルクレツィアと名乗ってる」


 ◇ 


「ここが暗殺ギルドのアジトだったなんてね」


 給仕(メイド)服姿のルクレツィアは興味深そうに頭を動かしている。


「ルクレツィアの特技が尾行(びこう)だってこと、完全に忘れてたよ」


 やや疲れた面持ちのカホカに、「あら、ご挨拶ね」とルクレツィアは笑顔を崩さない。


「必要だからするだけで、別に特技じゃないわよ」

「はいはい」


 と、ギルド長の部屋に通す。カホカの後を、ルクレツィアが軽く一礼をして続く。いつも通り背筋(せすじ)を伸ばし、手を組む姿勢はいかにも(どう)に入っていた。


 レイニー、サス、ディータ、そして部屋の(すみ)にはバディスが居心地悪そうに座っている。ルクレツィアはすぐにバディスに気づくと、目元を柔らかくさせた。


「──余裕があるじゃないか」


 寝椅子に座るレイニーが、ルクレツィアに声をかけた。カホカに話しかける時のような親しみがまったく感じられない、攻撃的な声音だった。


「余裕なんて」


 ルクレツィアは肩をすくめてみせる。その様子を、サスが細大(さいだい)漏らさず見つめている。眼光の鋭さを隠すことさえしない。


 義賊(ぎぞく)とはいえ、暗殺ギルドのナンバー1とナンバー2である。長年、蛇と渡り合ってきた度胸(どきょう)と警戒心は伊達(だて)ではない。


「用件を聞く前にひとつ言っておくけどね」


 レイニーが薄い笑みを浮かべる。自分の身体に巻いた包帯を示し、


「あたしは、青マントにはうらみが身に()みてる。せいぜい言葉には気をつけておくれね」

「覚えておきます」


 姿勢をそのままにルクレツィアが答える。レイニーは「それじゃ」と、


「まずは隠し持ってる武器をお出し」

「あら、武器なんて」


 心外といった顔つきのルクレツィアに、カホカが横から口を挟んだ。


「この前はスカートの下にダガーを隠してたよね」

「カホカ、あなたね」


 ルクレツィアが文句ありげに見下ろしてくる。カホカは平然と見返した。


「悪いけど、ルクレツィアと(わし)のギルドなら、アタシは鷲のギルドを取るよ?」

「お菓子作ってあげたじゃない」

「あれは情報とチャラでしょ? アンタが勝手に尾行してきたんだから、アタシに期待されても困るからね」


 カホカが言ってやると、やれやれ、と言わんばかりにルクレツィアはスカートの中に手を入れた。あわててバディスが視線をそらすのも気に()めず、両(もも)に巻いた革帯(ホルダー)をほどく。革帯には何本もの投擲(とうてき)用ナイフと、彼女の得物(えもの)らしい長めの短剣が一本ずつ差し込まれていた。


物騒(ぶっそう)な女だねぇ」


 レイニーが合図すると、ディータが無言で革帯を受け取り、外に待機させているギルド員に預け、すぐに戻って来る。


「とりあえず小指一本だね」

「どういう意味かしら?」


 ルクレツィアが再び立ち姿勢になって、小首を(かし)げた。


「出せと言ってすぐに出さなかった。あとで小指の一本を折らせてもらう。それが嫌なら次の会話で挽回(ばんかい)するんだね。あたし達が満足するようにね」

善処(ぜんしょ)しましょう」


 それでも不安をおくびに出さないのは、さすがはファン・ミリアと従者といったところだろう。この部屋にカホカとレイニーがいる以上、ルクレツィアに勝ち目はない。


「正直に言うと、私はここが暗殺ギルドのアジトだなんて知らなかった。私はただカホカと、そこの彼がどこにいるのか把握(はあく)しておきたかっただけ」


 言って、ルクレツィアがバディスを見た。気まずそうに顔をそらすバディスに、ルクレツィアはかすかに笑みをこぼした。レイニーを向いて、


「彼は私の主の居場所を知っている。そう思ったから尾行しました」

「それは本当だと思うよ」


 カホカが口添くちぞえしてやると、「ありがとうね」と、ルクレツィアが嬉しそうに手を振ってきたので、「いー」と歯を()き出しにしてやった。


「で、尾行に飽き足らず、わざわざ訪ねにきたのはどういう了見りょうけんだい?」

「お願いをしようと思って」

「お願い?」

「そちらは、ティアに会いに行くんじゃなくて? 私も主人のファン・ミリアに会いに行きたいと思っているの」

「同行を申し出たい、と?」

「そう」

「断るといったら?」

「あきらめるしかないわね。尾行もずっとはできないし」


 冗談めかして言い、ルクレツィアはくすりと笑う。


「大人しく帰すと思うかい?」

「私が、いかにも怪しそうなこの場所に、誰にも伝えずに来ると思う?」

おどしかい?」

「敵意があるように持っていかないでもらいたいわね。自衛じえいの手段です」


「ふうん」と、レイニーが軽く鼻を鳴らした。


「じゃあ、あんたは自分の主人に会いたい一心でここ(アジト)に乗り込んできたわけかい?」

「乗り込んできたんじゃなくて、ちゃんと「カホカに会いに来た」って(おとな)いを入れたし、お願いをしに来ただけ……って、最初からそう言ってるつもりなんだけど」

「あんたを連れていって、何か得があるのかい?」

「それは答えに詰まるところだけど、足手まといにはならないつもり」


 答えた瞬間、レイニーが虎の毛皮の下から多節棍(たせつこん)を取り出した。いくつもの(ふし)ごとに別かれた状態から、手首の動きに合わせて一本の棍になる。


 突き出された棍に、ルクレツィアは身を(ひね)ると同時に鋭く腕を振り上げた。


「やるじゃないか」


 レイニーの顔の真横──寝椅子の背もたれに、ごく小振(こぶ)りの投げナイフが刺さっている。


「こちらもね、早々に後れを取って、主人の顔に泥を塗るわけにはいかないの」


 ルクレツィアが、レイニーにむかって不敵(ふてき)に笑いかける。


「これで小指はチャラよね?」

「なんだって?」

「ナイフはわざと外したのよ」

「その前に、まだ武器を隠し持っていたことについての釈明(しゃくめい)はあるのかい?」

「あら……」


 うーん、とルクレツィアが困ったように舌を出した。


「特にありません」


 その返答に、「まぁいいさ」と、むしろ機嫌よさげなレイニーを見て取って、サスがルクレツィアに告げた。


「あんたを連れていくかは、こちらの話が終わってからだ。それまで別の部屋で待っていてもらう」

「ええ、従います」


 ルクレツィアが笑顔で応じる。先導(せんどう)しようとドアを開けたディータを制し、「いや、俺が連れていく」とサスが立ち上がった。カホカに顔を向け、


「すまねぇが、カホカもついてきてくれ。途中で暴れられたらどうしようもねぇからな」


 そんなことはしません、と心外そうな顔を作るルクレツィアをよそに、カホカは自分を指さした。


「アタシ?」

「ああ、頼むぜ」


「いいけど」とカホカも立ち上がった。それから何事もなくルクレツィアを案内し、外側から鍵をかけた後、サスが振り返った。


「話がある」

「だと思った。──何?」

「カホカとバディスは、ティアを探しに行くんだよな?」

「アタシはそのつもり。バディスも、そりゃ来るだろうね」


 カホカが答えると、サスはひとつうなずいて、


「そうなったら、十中八九、レイニーはお前たちに同行したいと言い出すだろう。すこしでも恩を返したいと思っているからな。そこで聞きたいんだが、ティアを探すのにレイニーは必要か?」

「別に必要ない、かな。バディスがいれば早く見つけられそうだし」


 どうして? とカホカが訊くと、


「昨日、レイニーと話し合ったんだが……」


 間を置いてから、サスが言った。


「俺たちはこのアジトを捨てようと思ってる」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] けじめをつけろよ
[一言] ルクレツィアの態度が気に入らなかったので、小指折ってくれなくて残念。
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