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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
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24 恋と髪とシエラザード伝説

 (わし)のアジト。ギルド長室。


「──で、ふたりして仲良く負けて帰ってきた、と」


 虎の毛皮を()いた椅子に座り、レイニーが笑う。


「うっさいやい」


 カホカは、むすりと長椅子の上で腕組みをした。部屋はレイニーとカホカのふたりきり。バディスはアジトに帰って早々、「すいません、寝て体力を回復させます」と部屋に引っ込んでしまった。あまりに恬淡(あっさり)としていたので、一撃でやられて悔しくないのか、とカホカのほうがイラついて訊いてみたところ「一撃でやられたから悔しくないんです、それにもともとが僕の早とちりだったわけですし」と、意味不明の充実(じゅうじつ)した笑みが返ってきたので、なんだコイツ死ねばいいのにとカホカは思った。


「──バディスはともかく、カホカは傷を治してもらったんだろ? 出ていく時より元気になって戻ってきたんだから、よかったじゃないか」

「別に悪かったなんて言ってないじゃん」


 カホカは自分の脇腹(わきばら)を押さえてみた。痛みは完全に引いていた。だけでなく、傷も、傷跡(きずあと)も、すべてが元通りに完治していた。


 カホカだけではない。


『月の(しずく)亭』の老夫妻の傷も完治していた。


 おじいさんの骨折した両足と、おばあさんの傷つけられた両眼のどちらとも。


「魔法かい、そりゃ?」

「わかんないけど」


 長椅子に腰かけ、カホカは首を横に振った。


「アタシ、軽い傷じゃなかったんだよ?」


 傷を治す魔法は珍しい。その上、治すことができるのは軽傷に限られていた。


 魔法による回復は、怪我の程度と、怪我を負ってからの時間に左右される。今回の魔法の異常さは、脇腹の傷が深手だったことに加え、すでに何日もの時間が経過していることだった。怪我を負ってからの時間が長ければ長いほど処置が難しくなっていくため、カホカの傷を(いや)すには魔法どころか文字通りの『神業(かみわざ)』が必要とされるはずだった。


「……たしかにねぇ」


 レイニーは疑わしそうな顔つきを作るも、事実としてカホカの傷が治っているのだからケチのつけようがない。


「まったく心当たりがないってわけでもないんだけど……」


 カホカは自信なげに口を開いた。


「アタシが通ってる武器屋の弟子が言ってたんだけど」

「あんたにホの字くんだね、それが?」

「やめてよ……それ」


 くっく、と笑いながら、レイニーは抽斗(ひきだし)からハサミを取り出した。カホカに手招きする。


「もうすぐサスが来る。せっかくだからあんたの推理はその時に聞かせてもらうとして、まずは髪を整えなくちゃね」


 レイニーの寝椅子は大きい。カホカは椅子の先あたりにまたがって座る。レイニーも片膝(かたひざ)を立て、お互いに向かい合った。


「持ってな」と、レイニーから大きめの布を受け取ったカホカは、それを胸の前に広げた。


「私の好きでいいのかい?」

「うん、お願い」


 カホカが頼むと、レイニーはカホカの髪を手櫛(てぐし)でといた。全体を見る。


「好きでもない男のために髪を切るなんて、あのカホカがねぇ」

「どのカホカだよ」


 前髪の隙間(すきま)から、上目遣いに見る。けれどもレイニーはどこ吹く風といった様子で、鼻歌まじりにカホカの髪を切りはじめた。


 カホカはあきらめて視線を落とした。


「また悩み事かい?」

「そうじゃないけど」


 ちいさく溜息をつく。


「やっぱり、もったいなかったかなって、髪。切ったことは後悔してないけど。仕方なかったんだけど」

「好きな女に命を救われた挙句、髪まで切らしちまって、そのホの字はどうやって詫びを入れるつもりなのかねぇ」

「そんなの別にいらないけど……」

「けど?」

「キスはされそうになった」


 レイニーのハサミが止まった。


「切っちまうかい?」

「とりあえず一発殴っといた。でも──男って、ほんと何考えてんの?」

「ますますあんたの男離れが加速しちまうねぇ」

「アタシはノンケだっつの」

「はいはい。──後ろを向いておくれ」


 言われるままに、カホカは向きを変えた。今度は後ろ手に布を持つ。


「ノンケなら、そのホの字と付き合ってみればいいじゃないか?」

「……レイニーって、いったいアタシにどうさせたいわけ?」

「あんたがしたいようにするさ。一度っきりの人生だからね」


 レイニーがくすりと笑った時、サスが部屋に入ってきた。髪を切られているカホカと目が合った。


「また後のほうがいいか?」


「気にしないでいいよ」とカホカが答えると、サスはうなずき、いつもの定位置に腰を下ろした。


「こらこら」と、レイニーがハサミをサスに向ける。


「女がばっさり髪を切ったんだよ、かける言葉くらいあるだろう?」


 サスは一瞬、ぽかんとした表情を浮かべ、


「……失恋か?」


「余計なお世話だ」とカホカ。


「余計なお世話なんだよ」とレイニー。


「めちゃくちゃ言いやがる」と、サスは苦笑し、


「いまバディスの部屋を寄ってきたんだが、どうにも厄介なことになっているらしいな。──蛇の残党(ざんとう)が動きはじめてるって?」

「……好きで動いてる感じてもなかったんだよなぁ」


 髪を切られながら、カホカは事情を説明した。


「顔に移動した蛇の刺青(いれずみ)に無理やり操られているみたいだった」

「その現象なら、俺も知っている」

「それで、アタシを助けてくれたのが、シエラザードっていうルーシ人っぽい女と、リーザって六色の瞳を持つ女らしいんだけど……あ、それとエルフの皇女(・・・・・・)ってのが後から来たみたい」

「……」


 ピクリとサスが反応するも、すぐにうつむいてしまう。聞くことに集中しているのかと、カホカは話を続けた。


「リーザって女とエルフの皇女は知らないけど、そのシエラザードが本物のシエラザードなら、ルーシ人にとっての守り神みたいな人なんだよね」

「守り神かい?」


 そお、とカホカはゆっくりうなずいた。


「お伽話(とぎばなし)があるんだよ。ていうか、シエラザードが出てくる話ってたくさんあって、有名どころだと……そうだな、──大昔にルーシ人の国があった。この大陸のどこかに、ルーシ人だけで(つく)った国がね。そこに王様がいた。王様には奥さんがいたんだけど、奥さんはかなり自由人だったらしくて、お城には住んでいなかった。一年のうち、会うことができる日は限られていた。だから王様は毎夜、さびしい想いをしていた。その王様を不憫(ふびん)に思った奥さん──王女様が、王様のためにひとりの女を遣わした。私のかわりにこの女を愛してあげてくださいね、って。それがシエラザード。海の瞳を持つ女だった」

「なんだい、それ? わからない話だねぇ」


 背後のレイニーがあきれ声で言った。


「旦那を不憫に思うなら、わざわざ別の女をよこすんじゃなくって自分で行ってやればいいじゃないか?」

「──さぁ。行けない理由があったんじゃない? アタシは知らないよ、お伽話なんだから」


 カホカは言って、


「で、このシエラザードって人は、もともとは王女さまの取り巻きの長──親衛隊長みたいなもんかな──だった人で、腕っぷしがめっぽう強かった。それだけじゃなくて、王女さまの親衛隊長をする前は、色んな土地を旅する人だったみたいで、色んな言葉を操り、色んな国の人から聞いたお話を持っていた」

「武人で、(かた)()だったってわけだ」


 サスの言葉に、カホカはそんな感じ、とうなずく。


「王様はすぐにシエラザードが気に入った。なぜなら彼女は美人で、腕が立って、お話が上手だったから。だから毎夜、王様はシエラザードを寝所に呼ぶようになった。王様がとっても大切にしてくれるので、すこしずつ、シエラザードも王様のことが好きになっていった」

「……なんだかキナ臭い話になってきたねぇ」


「や、ならない」とカホカはちょっとだけ笑った。「シエラザードは賢い人だったから」


 でも、とカホカは続ける。


「シエラザードはつらかった。苦しかった。自分がどれだけ王様のことを好きになっても、王様には王女様がいたから。王様もシエラザードのことを気に入ってはいたけれど、やっぱり王女様を一番に愛していた、そのことをシエラザードはちゃんとわかってた」

「……王女を暗殺、か」


 ぼそりとつぶやいたサスに「いや、しないから」とカホカは苦笑いを浮かべる。


「太陽が月に()わるたび、シエラザードは王様のことがますます好きになっていった。同じくらいの苦しみを胸に抱きながら……。それがシエラザード。彼女の瞳は悲しみの色。でも、彼女の恋の終わりは突然にやってきた」

(あん)さ──」

「だから、しないっつってんじゃん」

「あんた、なんでそんなに暗殺にこだわるんだい?」


 レイニーから訊かれ、「あ、いや」とサスはあわてて頭を振った。


「すまねぇ。気にしないでくれ」

「──正解は、雷が落ちた」

「は?」


 レイニーとサスの声が重なった。


「雷が落ちたんだって、王様がいるお城に。で、お城から都に火が燃え移って、あっという間に大火(たいか)になった。都のルーシ人は火事に巻き込まれて死ぬか、生き残った者は都を離れていった。それ以後、ルーシ人がまとまって都を作ることも、国を創ることもなかった」

「たしかに突然だねぇ」


「うん」と、うなずいたカホカに「そりゃ、何かい?」と、レイニーが尋ねる。


「王女様というものがありながら、シエラザードに手を出した王様を神さまが怒ったのかい?」

「さぁ……なんでだろうね? んで──燃え落ちるお城のなかで、王様はシエラザードに自分の大切の財宝を託し、なんとか彼女だけを逃がしてやった」

「財宝?」

「具体的にはわからない。でも、その財宝をシエラザードは今でも持ってるらしいよ。その財宝のおかげでシエラザードは不老不死になった、とも言われてるくらいだし」

「つまり……もしそのシエラザードが本物なら、不老不死も実話だったってことになるんだろうね」

「アタシは、本物のような気がしてる」

「根拠はあるのかい?」

(かん)、かな。でも、たまたま『シエラザード』って名前のルーシ人が、剣の達人で、すご腕の魔法使いの知り合いがいて、エルフの皇女とも知り合いだなんて思えないでしょ?」


 ピクリとサスが反応した。これで二回目だ。


「どうしたんだい?」

「……いや、なんでもねぇ」


 サスは眉間(みけん)あたりを指で()みこんでいる。「ああ、そうだ」と、ふと思いついたように、


「そのシエラザードなり、魔法使いなり、エルフなりってのは、カホカから見て敵なのか、味方なのか?」

「シエラザードが本物なら、敵にはならないでしょ? バディスは試されたみたいだけど、私は助けてもらっただけだし。魔法使いから変な光を当てられたみたいだけど、別になんともないし……」

「そうか」


 ほっとした様子のサスに「あんた、今日はなんか変だねぇ」と、レイニーが首を傾げる。


「いや、問題ねぇ」

「問題があるとは言ってないけどさ」


 じとりとしたレイニーの視線から逃げるように、サスの顔から汗が(したた)っている。


「ふぅぅぅん」


 と、レイニーの首がさらに傾いていく。ちょうどそこへ、何やら羊皮紙の束を持ったディータが入ってきた。


 カホカを見るなり、


「おお、どうしたんだ? 失恋でもしたか?」

「……じゃ、おっさんは年中失恋してんのか?」


 逆に訊き返してやると、「わりぃ、わりぃ」とディータは陽気に自分の禿頭(とくとう)をなで、それから一転して表情を引き締めた。


「兄貴とカホカもいるならちょうどいい。──聞いてくれ、頼まれていた調査の結果が出たんだ」

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