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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
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23 ブリキ人形と月の雫Ⅴ

「……お前たち、蛇か?」


 低く問い、バディスと呼ばれた青年は、おもむろに自身の頭部を掴んだ。


「だったらどうするの?」


 対するリーザはテーブルの上で頬杖(ほおづえ)をつき、余裕の笑みを浮かべている。


「蛇は潰す……!」


 次の瞬間、少年は心臓が口から飛び出すほどに驚いた。


 バディスが、みずから頭を引きちぎったのだ。さらに驚いたのは、頭が憤怒(ふんぬ)を描く大盾へ、そして残る胴体が黒く重厚な鎧をまといはじめたことだった。


「そんな……」


 驚きと恐怖で自失(じしつ)しかけた少年に、「しっかりしなさい」と、リーザがはげます。


首なし騎士(デュラハン)よ。普通は辺境(へんきょう)の、森に近い村とかに出たりするんだけどね。不死(アンドデッド)系であるけれど、死霊(しりょう)の類ではないから見てても大丈夫。──シエラ」


 呼ばれ、フードをめくり上げたシエラザードが進み出た。切り(そろ)えた黒髪に蒼い瞳、静けさをたたえる表情に、妙齢(みょうれい)色香(いろか)が漂う。


「力の底を見るのが目的なんだから、できるだけ長引かせてね」


 しかし、シエラザードは何も言わない。


 重装備に身を包んだバディスが、大盾を構えた。戦車さながらにシエラザードにむかって突進をはじめる。


 シエラザードが外套(がいとう)から右手を伸ばした。その手が盾に触れたかと思った瞬間、突進がピタリと止まった。


 片手一本で突進を受け止めたのだ。が、バディスはすぐさま態勢を立て直し、襤褸(ぼろ)のマントが逆巻くように広がった。


「ああ、あれが死霊使い(ネクロマンサー)屍衣(しい)ね。面白い具合に『強化』されてるわね」


 リーザが感心しているうちに、マントが金属のように硬質化していく。刃となってシエラザードに襲いかかった。


「逃げて!」


 少年が思わず声を上げたのと同時に、バディスの身体を青い雷が走り抜けた、ように見えた。バディスがその場に倒れ込み、動かなくなる。


 それきり、しん、と室内が静まり返る。


「もう……長引かせてって言ったのに!」


 リーザが(ほほ)(ふく)らませた。シエラザードはリーザの言葉がまるで聞こえていないように、寝台の(わき)まで歩くと、放心した様子のおじいさんに何やら耳打ちをした。はっとした表情を見せるおじいさんに、シエラザードはちいさくうなずき返す。


「でも、ま、そりゃそうか」


 リーザは頬に()めた息を吐いた。


「真祖だろうが真祖じゃなかろうが、生まれたばかりの吸血鬼の、生まれたばかりの眷属(けんぞく)なんてこんなものよね」


 言いながら、立ち上がった。椅子を横にどけ、窓から外を眺める。うーん、と背伸びをしながら、


「時間切れね。かなりヤバそうなのに()ぎつかれちゃったみたい」


 言い終わるや否や、窓ガラスを突き破って、飛来物(ひらいぶつ)がリーザめがけて飛び込んできた。


 ──矢だ。


 そう少年が認識するよりも早く、リーザの前面に青い光の盾が現出(げんしゅつ)した。矢はその盾を貫くも、完全に勢いが相殺(そうさい)され、盾が消えると同時に床に転がった。


「私の盾を破るか……すごいわね」


 つぶやいたリーザは驚くようでもあり、また嬉しそうでもあった。それから少年が抱くカホカと、バディスと、転がった矢を眺め、さらに嬉しそうに笑う。


「まったく、次から次へと……この子たち、憎らしいくらい運を味方につけてる。何より恐ろしいのは、結果的に私たちまでもがこの子たちの運に巻き込まれ、助けてしまっていること。敵に回したらと思うと、ちょっとうんざりしそう」


 その言葉に、シエラザードが床を見下ろした。そこには気を失い、人間の姿に戻ったバディスが倒れている。


「……この首なし騎士(デュラハン)、闇に属する者でありながら、邪悪な気はありませんでした。むしろ、まとう気は清冽(せいれつ)でした」

「それだけ主人が異質ってことね」

「負の力に寄れば、楽に力を増すことも可能でしょう」

「けど、吸血鬼ティアーナはその楽な道を選ばなかった」


 リーザは感慨(かんがい)深げにつぶやく。


「正しく、困難な道だからこそ、天は(たす)けないではいられない。天が彼女たちに味方すればこそ、大業を成すことだってできるというもの。……自明であり、皮肉よね。私たち人間が見失ってしまった道を、人外の吸血鬼が追い求めているなんて」


 リーザと入れ替わりにシエラザードが窓際に立つ。そのシエラザードがふと、外套から腕を持ち上げ、外に向かって手招きをした。


「あれ──、もしかしてシエラの知り合いなの?」


 リーザの質問に答えるよりも先に、何者かが、破壊された窓の(さん)に足をかけ、半身をのぞかせた。


「誰かと思えば、(かた)()のシエラザードではありませんか」

「久しぶりですね、頌弓姫(しょうきゅうき)


 友人同士が再開した時のように、くだけた雰囲気で挨拶をかわしている。


 少年が驚いたことに、部屋に入ってきたのはエルフの女だった。白金(プラチナ・ブロンド)の髪に濃緑の瞳。シエラザードの蒼い瞳が深海を想わせるように、こちらのエルフは深い森を想わせる緑だった。


「うそ。頌弓姫って……あの頌弓姫? エルフ郷の第三皇女、シィル=アージュのこと?」


 リーザが話に入ってくる。と、そのエルフのシィルが顔つきを豹変させた。怒りをあらわに「そこのあなた!」と、リーザに詰め寄っていく。


「シエラザードのお知り合いでありながら、なぜ不用意に殺気を飛ばしてくるのです! 間違えて射殺してしまいそうになったではありませんか!」

「ああ、ごめん、ごめんなさい」


 どう、どう、とリーザは苦笑する。


「しょうがないじゃない。あなたが敵か味方かなんて、私にはわからないし。シエラを知ってるのなら、彼女が無口で説明下手ってこともわかるでしょう? ……そりゃ、すこしはちょっかい出してみようかな、とか思ったりなんかしちゃったりするけど」

「む、たしかに。彼女には言葉足らずなところがありますわ」


 頌弓姫シィルはあっさり納得したらしい。仕方がありませんわね、と嘆息しているところへ、


「ね、それでさ、あなたがシィル=アージュなのよね。大陸最高の射手(いて)(ほま)れ高い頌弓姫」

「最高ではありません」


 シィルは、きっぱりと否定した。


「私の父ドゥールバの方が巧者(こうしゃ)ですし、お姉さまもおります」

「あなたのお姉さまってことは、義姉(ぎし)のダークエルフ、第二皇女のユイガスティンね。第一皇女は弓がお嫌いと聞いているから」

「ええ、よくご存じで。そうでなくても、私は一日、弓に触らないと技能の一割が逓減(ていげん)していきますので、いまはヤバいくらいド下手になっておりますわ」

謙遜(けんそん)するのね。仮にあなたの話が事実だったとしても、頌弓姫の腕に、ドワーフの名鍛冶師ソトの鍛えたシルヴィハールが加わればどうかしら?」


 したり顔で笑い、リーザはシィルの背負った大弓を見やる。


「ご想像にお任せします。それにしてもあなた、人の身にしては本当にお詳しいですわね。いったい何者──」


 そこで、シィルの瞳が驚きで丸くなった。リーザの六色の瞳、それから黒い(ふさ)の入った金髪をまじまじと見つめる。


「あなた、ひょっとして……」

「おおっとぉ、待って待って」


 リーザは自分の唇に指を当てる。


「私たちはお忍びで行動してるの。いまはただのリーザで通している」


 リーザは茶目っ気たっぷりに笑い、


おうは御息災(そくさい)であらせられて?」


 と、話題を強引に換えてしまう。


「それは……つつがなく」


 とりあえず返事をした、という様子のシィルだったが、やがて「あなたがそう仰るのでしたら」と、納得したようにうなずいた。


「かくいう私も高貴なる使命を帯びて人界(にんかい)に降りて参りましたので」

「頌弓姫がわざわざ出張ってくるなんて、よほどの問題?」

「問題になるか、ならないかを調査中ですわ」


 そう、と何やら考え込む様子でリーザは眉根(まゆね)を寄せた。


「この時期に私と貴女がゲーケルンで居合わせる、ってのも捨て置けないめぐり合わせよね。──よかったら、情報交換しない?」

「情報交換、ですか。構いませんが、私はまだ交換できるほどの情報を持ち合わせておりませんわ」

「エルフは正直者ね。でもいいわ。こちらが持っている情報を伝える」

「では……こちらからは?」

「私が、頌弓姫の知遇(ちぐう)を得る」


 リーザはにやりとたくらむような笑みを浮かべ、


「シィル=アージュには、情報以上の価値がある」


 その言葉に、シィルは意表をつかれた表情を見せたものの、すぐに笑い返した。


「願ったり叶ったり、ですわ」

「交渉成立ね。それにしても意外だったわ。シエラと頌弓姫が昵懇(じっこん)の間柄だったなんて」

「ええ」とシィルはうなずき、

「一度、語り部(シエラザード)がエルフ郷を訪ねに来たことがあるのです。滞在中、私たちは彼女から多くのことを教わりました。この世界の成り立ちから、神と人、そして魔法の在り方について」

「語り部かぁ。いつも一緒にいるから実感ないけど、ほとんど神話の世界よね」


 リーザはしみじみとシエラザードを見つめる。


「『王の寝所に(はべ)る者』……王サマが長い夜を退屈しないよう、千の話を聞かせたり、(とぎ)をしてあげるなんて、最高のぜいたくじゃない? まさに男の夢って感じ」


 その言葉に、じろりとシエラザードがリーザを睨む。


「わかった、ごめん。もう言わないから許して」


 明るく笑い、「じゃ、行きましょうか。ささやかな宴でも開きましょう」と、三人で部屋を出て行ってしまう。


「……」


 残された少年は、ただ呆然(ぼうぜん)としていた。すると、閉じたドアがすぐに開いた。隙間(すきま)からリーザが顔をのぞかせ、


「ああ、テオドール君。素直に質問に答えくれたお礼と君の勇気を(たた)えて、恋の助言(アドバイス)をしてあげる」


 よく聞いてね、と一方的に話しはじめた。


「あなたの恋のライバルね。なかなかに手強いから、本気でそのルーシっ()を手に入れたいなら、相当頑張らないと見向きもしてもらえないわよ」

「え、待っ、それって……!」


 突然のことに、少年はどう反応していいかわからない。


「とりあえず、世界一の鍛冶師にでもなってみればいいんじゃないかしら。そのためのヒントはもうあげたわよね?」


 手をひらひらと振りながら、ドアが閉じられた。と思いきや、


「あ、そうそう、言い忘れてた」


 再びリーザが顔を出してくる。眠っているカホカを指さし、悪戯(いたずら)っぽい笑みを浮かべた。


「ルーシ人の女性って、美人な上に情が深い性格が多い、ってよく言われてるの、知ってる?」

「情が深い?」

「一度好きにさせちゃえば、とぉ~ってもよく尽くしてくれるってこと、ずっと側にいてくれるってことよ。あと、その子、ルーシ人のなかでもかなり特別な存在みたいだから、頑張ってみる価値はあると思うわよ。典型的なルーシっ娘で、特別なルーシ人って感じね」


 じゃあねぇ、とリーザは部屋を出ていく。


 しばらくドアを見つめていた少年は、抱いているカホカを食い入るように見下ろした。


 いつもの勝気そうな碧い瞳はまぶたの裏に隠されて、今はただ規則正しい寝息が聞こえてくるだけ。


 女の子らしい甘い香りと、かすかな汗のにおい。


 少年は、ちらりと寝台のおじいさんを盗み見た。おじいさんは隣の寝台で気を失っているおばあさんを起こそうと、揺すり、何事かを話しかけている。


 ──誰も見ていない。


 絶好のタイミングだ、と少年は思った。


 思ってしまったのだ。


 少年の唇が、眠っているカホカの唇へと近づいていく。


 そして……


「そうだそうだ、完っ全に忘れてたわ!」


 再々リーザが顔を出してくる。少年は光の速度で顔を跳ね上げた。


「これから王都(ゲーケルン)は夜が近くなるから、気をつけなさい」

「よ……夜が近くなるって?」


 どきどきどきどき、と心臓が暴れる少年に、


「さっきの蛇の男たちみたいなのが、これから頻繁(ひんぱん)に出てくるかもしれない、って意味よ。できれば王都を離れるのが一番だけど、それが無理なら夜は外出しないようにしなさいね」


 それじゃ元気でね、とリーザはドアを閉じた。今度こそ足音が遠ざかっていく。


「これから……」


 リーザの言葉を頭の中で反芻(はんすう)しながら、けれども少年はすぐに唇を突き出した。


 ──これからのことより、俺には今やることがあるんだ、と。


 ──今、この瞬間にしかできないことなんだ、と。


 ──親方すいません俺は今から大人の階段を上りはじめます駆け足で、と。


 そうして「いざ!」とばかりにカホカに唇を向けると、


「何してんだ……オマエ?」


 いつの間にか、碧い瞳がばっちりと開かれていた。


「……ごめんなさい」


 少年は、死を覚悟した。

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