表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
168/239

22 ブリキ人形と月の雫Ⅳ

 壁を越えてきた蒼い瞳の女に、少年は襟首(えりくび)を掴まれた。


退()がっていなさい」


 落ち着いた、抑揚(よくよう)のない声音だった。冷たさを感じさせるほどではないが、かといって温かみがあるわけでもない。淡々(たんたん)とした無表情を作っている。


「だけど……!」


 少年は踏みとどまろうとした。カホカはまだ男に腕を取られたままなのだ──そう思った時、少年は男の手がカホカから離れていることに気がついた。だけでなく、男の腕が地面に転がっている……。


「腕が……いつの間に……?」


 徒弟(とてい)とはいえ、少年も武器職人(ブラックスミス)(はし)くれである。腕の断面から、鋭利(えいり)な刃で斬り落とされたのだろう、ということは想像がついた。


 女は片手でカホカを支えると、ひょいと少年に渡してくる。さすがに投げるほどの乱暴さではないが、かなり無造作な渡され方だった。


 ──女の子なんだから、もっと丁寧に扱え!


 少年が抗議するような眼で見上げると、


「あ……」


 蒼い瞳が、こちらを見下ろしていた。


 ──笑った。


 フードをかぶっている上、肩越しのためほとんど瞳しか見ることができない。


 それでも、女が笑った気がしたのだ。


 女の手には、背負っている大剣の柄が握られている。剣身の中あたりが節のように一度広がり、そこから剣先にむかって(しぼ)むように収斂(しゅうれん)する異形の剣だった。


 (つば)が、(さや)と触れ合う音が鳴った。


 ──あれ?


 少年はその異常さにすぐに気がついた。


 ──なんで抜剣(ばっけん)するのに鞘が鳴るんだ?


 疑問を感じたのも束の間、トン、と男の身体から何かが落ちた。いや、こぼれたと言うべきか。


 少年は絶句した。


 それは、肉片だった。半瞬後、男の存在を構成していたものすべてが、細かな肉片と化して床に転がっていた。


 少年は悟った。


 女は抜剣したのではない。納剣(のうけん)をしたのだ。尋常ではない剣速に、少年の目では追いつくことができなかっただけなのだ。


 床に、巻き込まれて斬られた蛇がのたうっている。その蛇に向かって、女が手を開いた。直後、水の球体が蛇を包み込んだ。透明な水の膜のなかで蛇はもがいていたが、女が手のひらを掴む素振りを見せると、蛇は球体とともに跡形もなく消え去ってしまった。


 はじめから終わりまで、女は無表情を保ち続けていた。

 


 一方──


「ちょっと、シエラ! シエラザード!」


 出窓に座る女が、不機嫌そうな声で呼ぶ。


「そんな斬り散らかして、服に血がついたらどうするのよ」


 かぶっていたフードを持ち上げる。女の金髪が明らかになった。


 ただの金髪ではなく、ところどころに黒い毛が(ふさ)のように混じっている。さらに特徴的なのは、見る者の角度によって色を変える、プリズムの瞳だった。


「私は怪我人を運びます。──リーザ、残りは貴女に任せます」


 シエラザードはそれだけ言うと、少年の横を過ぎ、壁の大穴から廊下へと出ていってしまう。


 おそるおそる、少年がリーザと呼ばれた女を(うかが)うと、


「ちぇ」


 と、外套(がいとう)(すそ)をつまんで汚れていないかのチェックをしている。


「あの──」


 たまらず少年は声をかけた。


「危ないんじゃ」


 残った最後の男を指さすと、リーザはちょっと驚いたように、


「何それ? いま私に話しかけたの?」

「え? まぁ……」


 少年がうなずくと、「へぇ」と、リーザは楽しそうに口元をゆるめた。蒼い瞳の女──シエラザードに比べ、こちらの表情はわかりやすい。


「君、なんで私に話しかけようと思ったの?」

「なんでって……」


 少年が答える前に、リーザは「もしかして」と、瞳を輝かせた。


「私が親しみやすいってこと? それで我慢できなくなって、ついつい話しかけちゃったのよね?」

「え、まぁ……そうかな」



 リーザが嬉しそうなので、とりあえず少年はうなずいた。すると、「たっはー」とリーザは首の裏を掻く。


「やっぱり私、下々(しもじも)の者から愛されずにはいられないのかしら。愛され体質ってやつ? 照れるわぁ」

「あの、ちょっと……」


 話が一向に前に進まない。(ごう)を煮やした少年は切り出した。


「だから、あの人、危険なんじゃ?」

「ああ、大丈夫。ぜんぜん平気」


 明るく言って、リーザは出窓から飛び降りた。床の血だまりを避けながら、男の前に立つ。


「この人……ていうか蛇もだけど、夢を見てるから」

「夢?」

「わかりやすく言うと、寝てるってことかな」


 リーザは男の眼の前で手を振ったり、指を鳴らしてみたりするのだが、男はまったく反応を示さない。眼は開いているもの、焦点は定まっておらず、虚空(こくう)の一点を見つめている。


 ね? と問いかけられ、少年がうなずくと、


「じゃ、行きましょうか」


 リーザは廊下へ出ていこうとする。


「そのままにしておいていいの?」

「いいの。自分で消えるように命令しておいたから、どこかで死ぬんじゃない?」

「命令……」


 わからないだらけの少年に、「いいから早くしてよ」と苛立った声が飛んでくる。あわてて少年は廊下を出た。リーザはすぐ向かいの部屋へと入っていく。


 待っていたらしく、中央あたりにはシエラザードが立っていた。傍らに置かれたふたつの寝台には、それぞれ老夫妻が寝かされている。おじいさんには意識があり、痛みに顔をしかめつつ、驚いた表情でシエラザードを見上げている。おばあさんは気を失っているようだった。


「眼が……」


 失明(しつめい)しているかもしれない。少年が声を強張らせるも、リーザは気にしていないらしく、


「そこの椅子に腰かけて」


 窓際に置かれた椅子を示しながら、自分もテーブルの椅子に腰を下ろす。


「その前に、カホカさんは怪我をしてるから」

「いいから私の言葉に従って。その大切なカホカさんを抱いたまま、さっさと椅子に腰かけて」

「でも……」


 少年が(しぶ)ると、リーザが鬱陶(うっとう)しそうな顔を作る。


「口答えとかほんと勘弁して。君のせいで私の機嫌が悪くなったら、損をするのは怪我をした三人なんだからね?」


 理不尽(りふじん)きわまりない言い方をされた少年だったが、言葉の内容につられ、仕方なく椅子に腰を下ろした。気を失ったカホカを膝に乗せ、身体が落ちないように背中を支える。ほんのすこしだけ落ち着くと、カホカを抱いている自分を意識して、顔が熱くなった。


「好きな子に触れるのが嬉しいのはわかるけど、私の質問に答えてね」

「好きだなんて……!」


 思わず声を荒げた少年を、リーザはうるさそうに手で制す。


「口答えしないでね。いい? もう言わないからね。次、口答えしたら廃人にしてやるからね。ちょっと時間がなくなってきたみたいなの」


 リーザの瞳が物騒(ぶっそう)な光を宿しはじめる。その迫力に押されて少年が唾を飲み込むと、リーザはテーブルの上に両腕を立て、あごを乗せた。六色の瞳が少年を映し出す。背後にはシエラザードが立ち、同じように蒼い瞳を少年に向けてくる。


「紫の魔女。イスラ。そして、ケセド。──この中で、君の知っている言葉、もしくは、聞いたことのある言葉はあるかしら?」


 少年はすこし考えてから、首を横に振った。本当に知らなかった。


 リーザはうなずくと、テーブルの本に手を置いた。紫色の表紙には、見たこともない文字で題名(タイトル)が書かれている。同系色の宝石によって飾り立てられた豪華な装丁(そうてい)だった。(ページ)数も多く、かなりの厚さがある。


 ──本?


 けれど、少年は不思議に思う。リーザはいつの間に本を置いたのか、どこから取り出したのか、まったく気づかなかった。


「そのルーシっ()の顔をこちらに向けて」


 なぜ、という言葉を少年は()み込んだ。黙ってカホカの身体を傾け、リーザに向ける。歯向かわないほうがいいと思った。彼女は明らかに異質だ。


 その時、開いた本の(ページ)がにわかに輝きはじめた。紫の光。本ぜんたいが輝いているようにも見えるし、文字だけが輝いているようにも見える。あるいはその両方。


 光は本の上でちいさな球体を作ったかと思うと、一瞬にしてはじけた。部屋ぜんたいが紫の閃光に満ち、少年の視界を染める。光はすぐに消え、少年の視界が戻るころには、机の本もなくなっていた。


「──へぇ、そういうこと」


 リーザが、なるほどといった様子で何度もうなずいている。


「リーザ」


 背後に立つシエラザードが、声をかけた。


「なかなかの収穫だわ。マイヨールの情報ともほぼ一致してる。ていうか、それをさらに詳しくした感じね。……ティアーナか」


 ふうん、と楽しげにリーザは腕組みをした。顔を仰向(あおむ)かせてシエラザードを見上げる。


「吸血鬼ティアーナ。今後は彼女も対象に入れておきましょう。基本的にイスラと行動を共にしてるみたいだから、手間にはならないわ」


 シエラザードはうなずいた。


「有益な情報をくれたお礼をしなきゃね」


 上機嫌のリーザが、テーブルの本を開いた。やはり、少年の目にはいつ本が置かれたのかわからなかった。先ほどの紫の本と同じ大きさ、厚さの本だが、今回のは装丁が青い。その本から発せられる光も、紫ではなく青色だった。


「リーザ」 


 再びシエラザードに呼ばれ、リーザは振り返った。見ると、シエラザードは無表情のまま、老夫妻のほうに顔を向けている。


「わかってるわよ」


 リーザは笑う。


「相変わらず守護者サマの偏愛(へんあい)ぷりったら、とどまるところを知らないわね」


 茶化すような口調にも、シエラザードに大した反応はない。やがて、青い光が空中に浮かぶ。が、今度のは部屋ぜんたいを照らすのではなく、三つの光に分裂した。それぞれの光がカホカと老夫妻へと注がれ、その全身が青白く輝いたかと思うと、やがて肌にしみ込むように消えた。


「しかし、思ったよりも早かったわね」


 リーザが言った時、ちょうど廊下をこちらに走ってくる物音がした。いきおいよくドアが開き──


「カホカさん!」


 青年が飛び込んできた。青年はカホカを見、それから寝台に寝かされている老夫妻を見た。怒りに顔を染めながら、リーザと、シエラザードと、少年を見回す。


「お前たちがやったのか……!」

「ちが──」


 否定しかけた少年に、リーザが黙れという合図を送ってくる。そして、


「あなた、首なし(ヨーク・ニー)バディスね」


 椅子に座ったまま、リーザは口の端を上げる。


「ちょうどいい。試してみましょうか、吸血鬼の眷属(けんぞく)の力を」


 その言葉に応えるように、背後のシエラザードがフードをめくり上げた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] こういう余計なことしかしないお荷物なクソガキって色んな作品に存在するけど、どういう役目を貰って物語に存在するんだろう 読者にストレスを与えるためかな(暴論 (作品批判ではなく素朴な疑問…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ