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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
164/239

18 カホカの悩みⅢ

 王都ゲーケルン、(わし)のギルド。客室。


 もぞり、もぞり、と。


 寝台の上で、カホカはイモ虫のように上掛(うわが)けから顔だけを出した。(ほほ)が、風邪を引いたように熱っぽい。


「……つらい」


 脇腹(わきばら)が、ズキズキと痛んでいる。しかし、つらいのはこれではない。


 ごろりと横向けになった。


「……つらい」


 さらに、ごろりと転がって仰向けになる。


 なんなんだろう、このつらさは。


 首のないバディスに運ばれ、レイニーともども鷲のアジトに連れて来られた。


 けれど、ティアは戻ってこない。イスラも。


 心配と言えば心配だが、無事でいるのはまちがいないらしい。バディスいわく、


「もしティアさんが死んだら、俺も生きてはいませんから」


 そういう仕組みらしい。その仕組み自体はまぁ仕方がないとして、「え、当然でしょ?」みたいな言い方をされたので、カホカはイラッとした。


 ──なんで、アタシにはわかんないんだ?


 ごろり、と転がって横向きになる。


 不服(ふふく)だった。


 大いに不服だった。


 ──離れていてもバディスはティアのことが理解できるのに、アタシにはさっぱりわからない。


 さらに、ティアはファン・ミリアと一緒なのだ。


 ──嫌な予感がする。


 びりびりと。これ以上ないくらい嫌な予感が止まらない。


 招待された屋敷で感じたことだが、ファン・ミリアはタオのことが好きらしい。


 そして、だ。


 ファン・ミリアは力を使い果たしたティアを追って、ヌールヴ河へと落ちていった。いくら心のお優しい聖女サマといえ、わざわざ自分の身をなげうって、吸血鬼を助けたりするものだろうか?


「これもう、バレてんじゃねーの?」


 さらにごろりと転がって一周する。うつ伏せにもどった。


 ──嫌な予感で感電死しそう。


 もしゃもしゃとシーツを噛みながら、


「……つらい」


 しかも、つらいのはこれだけではない。


 ティアがいない。


 単純に近くにいない、というそれだけの事実が妙に心を重くさせるのだ。


 恋ではない。


 これは断じて恋などではない。──そう、これは懐郷病(ホームシック)なのだ。誰がなんと言おうと懐郷病だし、懐郷病以外の何物でもないのだ。よくわからないが、そういうことなのだ。


 カホカは口のなかのシーツを、んべぇ、と吐きだした。


「くそぉ……なんでアタシがアイツのことばっか考えなきゃいけーねんだ」


 枕に文句を言うように、碧い瞳でにらみつける。


 そもそも、ウル・エピテスでピンチになったのは、ティアがイグナスを前にして突然日和(ヒヨ)り出したからだ。自分の脇腹が痛いのも、ぜんぶあのヘタレ吸血鬼のせいなのだ。


「そうだ、ティアが悪い!」


 ぜんぶティアのせいだ!


 こんなにわけがわからなく苦しいのも、ティアが悪い!


 次に会ったら二、三発、いいのを叩き込んでスッキリしてやる。


「顔はバレるからな……腹にしといてやる」


 へへへ、とカホカは暗く笑う。


「……コイツぁ楽しくなってきやがったぜ」


 再び、もしゃもしゃとシーツを噛んでいると、


「悪だくみかい?」


 見ると、部屋の戸口に鷲のギルドの長レイニー=テスビアが立っている。いたるところに包帯を巻きながら、ゆったりした襟ぐりの広いワンピースに、太めのベルトを巻いていた。


「……聞いたな?」


 シーツを噛みながら瞳だけで見上げると、


「怖いねぇ」


 言葉とは裏腹に、レイニーは白い歯をのぞかせている。


「飯だよ、おいで」

「……ういうい」


 カホカは上掛けを羽織(はお)ったまま立ち上がった。そのままレイニーの後に続く。


「なんだい、それ? 持ってくるのかい?」


 レイニーが、不思議そうに振り返った。カホカはずるずると上掛けを引きずりながら、


「や、なんか心強いから」

「仲がいいんだね。ま、好きにしな」


 レイニーは多くの傷を負いながらも、致命傷はなかった。ノールスヴェリア人のレイニーは、平均的なムラビア人よりも背が高い。回復力も高そうだった。ちなみに、ルーシ人(正確にはムラビア人とのハーフ)のカホカはムラビア人よりもさらに低い。なので、レイニーとカホカにはかなりの身長差があった。


「レイニーと話してると、なんか懐かしい気分になるんだよね」


 カホカは前の背中に声をかけた。


「へぇ、なんでだい?」

「リュニオスハートの、クラウディアって友達に雰囲気が似てるんだよ」

「へぇ、そりゃ、さぞかしいい女なんだろうねぇ。──何をしてる人なんだい?」

「遊女」

「……この話は終わりだよ」


 カホカは上掛けの下で肩をすくめた。


 ◇


 レイニーの部屋には多くの料理が並べられていた。前回の──サスを救出した日の晩餐よりも品数が豊富だった。


「前もかなりの量を用意させたつもりだったが、お前さんがほとんどひとりで平らげちまったからなぁ」


 部屋には、禿頭(とくとう)の大男ディードリッヒ──ディータが待っていた。ギルドのナンバー2のサーシバル──サスもいる。


「バディスは?」

「まだ寝てる。よくわかんねーが、寝てるほうがティアに迷惑をかけねぇとかなんとからしい」 

「ふぅん……」


 つい苛立いらだちそうになる自分を抑えながら、カホカは長椅子に腰をかけた。前回は隣にティアがいて、かにからをむいてもらった。今はいない。そう思う自分にさらにイラついた。


 乾杯をした後、カホカは手あたり次第に料理を食いまくった。


「すごい勢いだねぇ」


 レイニーがあきれたように杯を傾けている。その空いた杯にサスが酒を注ぎながら、「相変わらずの食欲だな」と口元をゆるめている。


「アンタらを助けて腹が減ったんだよ」


 皮肉を言ってやると、レイニーとサスが顔を見合わせた。


「機嫌が悪いらしい」


 すかさず、ディータがレイニーとサスに伝えた。


「俺が最初に会った時もそうだった。お頭も兄貴も気をつけてくれ、手あたり次第に噛みついてくる」

「へぇ。あんたも噛みつかれたのかい?」


 レイニーがディータに尋ねる。


「ああ、けど、その時はティアがいてくれたからな」

「今はいないねぇ」

「大丈夫だ、俺に任せてくれ」


 自信満々に胸を叩き、ディータは「おおい」と、部屋の外に大声で呼ばった。すぐに入ってきたギルド員に「牛乳に凍った葡萄(ぶどう)を……」と説明をはじめ、飲み物を持って来させる。


「それをどうするんだい?」


 レイニーが尋ねるのを「まぁ、見ててくれ」と、ディータは得意げに笑い、カホカに近いテーブルの上に置いた。


「こいつがあれば、カホカの機嫌は戻る」

「へぇ」


 レイニーが驚いた声を上げた。


「そんなのでいいのかい?」

「ずいぶんと安上がりじゃねぇか」


 レイニーとサスから言われ、「まぁな」とディータは嬉しそうに笑う。


「とにかく、騙されたと思って見ててくれよ」


 どれどれ、とレイニーとサスがカホカの観察をはじめた。


「お、さっそく手を伸ばしたねぇ」

「こりゃあ、飲むんじゃねぇか、ひょっとして」

「おっと……ああ、なんだ、料理かい。歯がゆいねぇ」

「おいおい、焦らしてくれるじゃねぇか」


 などと、レイニーとサスが話し合ってる。


「ぜんぶ聞こえてんだよ!」


 フォークを握ったままテーブルを叩き、カホカは怒鳴り声を上げた。わはは、と三人の鷲の面子(メンツ)から笑いが起こる。


「なんだよ、もう! 馬鹿にしやがって、アタシは犬猫かっての」

「しょうがないじゃないか、ひとりで勝手にイラついてるんじゃ」


 言い、それで? と、レイニーがカホカに笑いかける。


「何をそんなにムカついているんだい?」

「別に……」


 真正面から尋ねられ、カホカは口ごもった。見ると、サスも、ディータも、カホカの話を聞こうと耳を()ましている。一言も聞き逃すまいといった真剣な面持ちで、身体を前のめりにしていた。


「……別に、大した話じゃない」

「そうかい? ならいいんだけどね」


 レイニーはにっこりと笑う。


「私たちはね、あんたとティアに命を救われたんだよ。正真正銘の大恩人さ。どんなちいさな話だろうが馬鹿な話だろうが、あんたの気が済むまで喜んで聞こうじゃないか」

「別に、何もしてない……」


 まっすぐに見つめられ、カホカは逃げるように視線をそらした。


「そんなにも瀕死になって助けてくれたのにかい?」


 言って、レイニーはカホカの脇腹あたりを軽く見やる。


「私たちはお天道様にゃ顔向けできないはみだし者だけど、だからせめて、自分で納得できるように生きていたいのさ」

「……」


 カホカは、おそるおそるレイニーを見返した。ダークブロンドの髪を流し、足を組むレイニーには大人の色香(いろか)が漂っている。


「……笑わない?」


 カホカがぽそりと訊くと、レイニーはおだやかな笑みを浮かべたまま、無言でうなずいた。カホカはすこしだけ黙り込んだ後、ちらりとサスを、それからディータを見た。所在なげに唇を噛む。


 それに気づいたレイニーが、サスに対して指で外を示した。うなずいたサスが、ディータを連れて部屋から出ていく。


「……ありがと」


 礼を言って目線を落とすカホカに、「どういたしまして」とレイニーが杯の酒を口に含む。

「アタシ、変なんだ……」


「そうかい?」


 うん、とカホカはちいさくうなずいた。


「レイニーはさ、男の……どんなとこが好きなの?」

「男?」


 もう一度うなずいたカホカに、レイニーは「そうだねぇ」と瞳を天井に向ける。


「ずいぶん昔になっちまうけど、頼り甲斐のあるところかねぇ。その時は心強いと思ったのかもしれないね」

「今も……」

「ん?」

「好きになるとしたら、男でしょ?」

「どういう意味だい?」

「……女は、好きにならないでしょ?」

「女?」


 訊いたものの、今度のカホカはうなずかなかった。かわりに、長椅子の上で足を抱え、羽織った上掛けを頭からかぶってしまう。


「女……ねぇ」


 つぶやき、レイニーは布団のかたまりになったカホカを眺めた。カホカの意図を探りながら、ちびりちびりと酒を飲む。そうしながら「あ……」とようやく思い至った。


「ティアかい?」


 布団のかたまりは何も返してこない。けれど、否定もなかった。


「そういうことかい」


 こらえきれず、レイニーは笑い声を上げた。ピクリとかたまりが反応した。


「……笑ったな?」


 くぐもって聞こえる声に、殺気を感じた。


「ごめん、ごめん」それでも、レイニーは笑いを止めることができない。「でも、安心しておくれ、変だから笑ったんじゃない。馬鹿にしたわけでもないよ。カホカがあんまり可愛かったからさ」


 声をかけると、殺気がしおしおとしぼんでいく。


「恋か、いいねぇ」


 レイニーは背もたれに片肘(かたひじ)をついた。頭を支えてかたまりを眺めていると、


「……ぜんぜんよくない」

「そうかい?」

「わかんない」

「ん?」

「本当に好きか、わかんない」


 レイニーが何か言う前に、カホカが続けた。

 

「でも、好きになりたくない」

「なんでだろうね」

「なんか、つらいから」


 でも、とカホカの消え入りそうな声が聞こえてくる。


「……ティアと離れてるのも、つらい」

「それは、苦しいねぇ」


 遠くに光るものを見るような瞳で、レイニーはカホカを眺める。


「ティアは無事なんだってね」


 訊くと、かたまりがちいさく上下した。うなずいたらしい。


「サスから聞いた話じゃ、ティアは元々タオってご貴族らしいね。カホカは昔、タオと許嫁(いいなずけ)同士だったって」


 カホカはうなずき、


「でも……タオのことはぜんぜん好きじゃなかった……レンアイ的なやつでは」

「ティアになってから好きになったのかい?」

「……かも」

「あんたがティアを好きになったとして、何か不都合があるのかい?」

「……アタシがおだやかじゃない。あと──」

「あと?」

「サ……」

「さ?」

「……なんでもない」

「悩みは尽きないねぇ」


 レイニーの瞳はやわらかい。そうさね、とつぶやいて、


「私だったら、まずは頑張ってみなさい、ってあんたの背中を押すかね」

「どうして?」


 上掛けから、カホカがそろそろと顔をのぞかせた。


「誰かを好きになるって、理屈じゃないだろ? 好きになろうと思ってなれるものじゃない。そんな気持ちを自分で止めるのは寂しい気がしないかい? 相手が男だろうが、女だろうが、人だろうが、吸血鬼だろうが」

「……うん」

「どっちにしても、まずはティアに会わなくちゃだねぇ。あんたの悩みはティアに会わない限りは解消しないだろうし、好き嫌い以前に、ティアと一緒にいたい気持ちは変わらないんだろ?」

「……うん」

「やってみて後悔するより、やらないで後悔する方がつらいみたいだよ、人生ってのは」


 うん、とカホカはうなずき、


「……寝る。ごちそうさま」 


 カホカが、長椅子から立ち上がった。


「もういいのかい?」


 ずるり、ずるりと上掛けを引きずって出ていくカホカに声をかけると、


「もういい」


 カホカはちいさく答え、


「早く傷を治したいから」

「ああ、そうだね。そうするといい。──おやすみ」

「……オヤスミ」


 カホカが部屋を出ていった後も、レイニーは口元に笑みを浮かべていた。しばらくして、サスとディータがもどってくる。


「終わったのか?」


 サスに訊かれ、「まぁね」とレイニーは残りの酒をあおると、


「お前たちからじゃ、一生聞けそうにない話だったよ」


 きょとんとするサスとディータを尻目(しりめ)に、(なつ)かしい気分で天井を見上げた。

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