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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
161/239

15 神は羽をもってあなたを覆い……(後)

 一陣(いちじん)の風となって。


 男の片刃剣(ファルシオン)を空振りさせ、ファン・ミリアはその仮面もろとも顔面に閃光(せんこう)のような拳を打ち込んだ。すぐに拳を元の構えの位置に戻す。(ごう)を煮やした男がさらに大振りになったところへ反撃(カウンター)を喰らわせた。


「──オォ!」


 ファン・ミリアが拳を振り抜く。吹っ飛んだ男が壁を突き破り、夜の底へと落ちていった。


 常に動き続け、男の攻撃をくぐりながら、もうひとりの女に意識を向ける。ファン・ミリアの見立てが間違いでなければ、もっとも腕が立つのがこの女だった。


 男が刺突(しとつ)の構えを見せた。振り下ろしではファンミリアの動きに対応できないと踏んだのだろう。


 だが──。


 ファン・ミリアの動きがさらに加速した。男の踏み込んだ足を狙い、鋭い蹴りを放つ。男の体勢が崩れたところへ、すかさず髪をつかみ、膝蹴(ひざげ)りを喰らわせた。とどめに間接を()めて腕を()じ上げ、片刃剣(ファルシオン)を奪おうとしたファン・ミリアだったが、瞬間、危険を察知して後方へ跳んだ。半瞬(はんしゅん)遅れで女の短剣が虚空(こくう)を突く。


 男のほうは立膝(たちひざ)を作っている。ダメージの蓄積(ちくせき)は明らかだった。


 その隣の立つ女はまだまだ余力がありそうだ。


 ──これで一対一。


 ファン・ミリアは冷静な眼つきで女を見据(みす)える。


「お前たちでは荷が勝ちすぎる。──挑むか降参か、好きなほうを選べ」


 尋ねると、女が両腕をだらりと落とした。


「物分かりがいい」


 警戒しつつ、ファン・ミリアが近づこうとした時だった。女の短剣が一閃(いっせん)し、味方であるはずの男の首筋(くびすじ)──頸動脈(けいどうみゃく)()っ切った。


 ──なに?


 ファン・ミリアは目を見張った。男の首から大量の鮮血が噴き上がり、その勢いは天井まで届くほどだった。


 驚くファン・ミリアの(すき)をつくように、女がバルコニーへと駆け逃げていく。


 ──口封(くちふう)じか。


 女には逡巡(ためらい)がまるでなかった。


 歯噛(はが)みをし、ファン・ミリアは仮面の女を追うために走り出した。その足を、男の手に掴まれた。そのまま宙吊りに持ち上げられる。


「くっ!」


 逆さまになったファン・ミリアが舌打ちする。男が大きく振りかぶった。ファン・ミリアは物のように床に打ちつけられるも、受身を取った。男の血がしぶく。もう一度宙吊りにされた時、ファン・ミリアの瞳に怒気(どき)が宿った。


「馬鹿者!」


 怒鳴り、ローブの帯をほどいた。男の首へと放る。


光糸(メネット・フィーン)!」


 蓄えたわずかな力を使い、男の首に巻きつけた帯──そのさらに上から光の糸を巻く。男が腕を振り、ファン・ミリアは再び床に叩きつけられた。


「くっ──」


 ファン・ミリアの口からうめき声が漏れる。と、男のファン・ミリアを掴む指の力が弱った。その場に崩れ落ちる。出血多量なのは明らかだった。


「はじめから大人しくしていれば!」


 ファン・ミリアは跳び起きた。倒れた男に駆け寄り、すぐに傷口を上に向けて横臥(おうが)させる。帯の上から傷手で押さえ、もう一方の手で仮面をはぎ取った。はじめて見る顔だった。


 ファン・ミリアは大声で男に話しかけた。


「気をしっかり持て!」


 その言葉に、なかば意識を失いかけた男に、わずかな生気が宿った。


「そうだ! それでいい! がんばれ!」


 ファン・ミリアが男に声をかける。その言葉に、男は驚いた表情を作る。


『──なぜ?』


 男の(うつ)ろな瞳に、ありありと疑問が浮かぶ。


 男としては予期できなかったのだろう。敵であるはずの者が、自分の身を案じるなど。


「誰かいないか!」


 ファン・ミリアは外にむかって人を呼びながら、男に視線を落とした。


「戦士が死力を尽くして命を失うのは、仕方がない」


 悲しそうな、けれど迷いのない瞳をまっすぐ男に向ける。


「だが、これはちがう」


 言いながら、「怪我人がいるんだ!」とさらにファン・ミリアの声が響き渡った。必死に人を呼び続けながら、両手でもって男の出血を止めようとする。


「人はこんなふうに死ぬものじゃない。──いいか、よく聞け」


 その手が、すでに赤く濡れそぼっていた。


「お前には、お前の意思によって死に場所を求め、選び、お前が心から愛する者のために死ぬ権利がある」


 男はただなされるがままに、ファン・ミリアを見上げていた。


 額の汗に前髪をはりつかせ、顔を(すす)で汚し、それでもなお美しさを失わない。


 紫水晶(アメジスト)の瞳が、男の視線に気づいた。


「そうだ、がんばれよ」


 ファン・ミリアは男を(はげ)まして笑顔を作る。


「お前は体力がある。いま助けがくる。もう少しだ」


 だが、その時──


 不意(ふい)風切(かざき)り音がファン・ミリアの耳に届いた。顔を上げると、やや離れた床に矢が突き刺さっている。


「あれは──」


 ファン・ミリアの表情が強張った。


 矢自体は何の変哲(へんてつ)もない、どこにでも売っているようなものだった。しかし、その矢に結びつけられていたもの。


 ──魔石。


 しかも、先ほど女の闖入者が用いたものよりも一回りも二回りも大きい。魔石は、わずかな大きさのちがいでも爆発の威力がはね上がる。


 この(へや)どころか、この階層すべてを吹き飛ばす威力を想像させる大きさだった。


 室には傷ついた男がいる。ラズドリアの盾は使えない。


 ファン・ミリアはためらうことなく魔石へと走り出した。と、その腕を掴まれた。振り返ると、瀕死の男が身体を起こしている。


「何を──」


 驚くうちに、身体を引っ張られた。抱え上げるようにして一度大きく振られ、次の瞬間、ファン・ミリアは壊れた壁から屋外へと放り出されていた。


「馬鹿な、なぜ──!」


 ファン・ミリアの視界に、男が両ひざをつき、倒れ伏していく姿が映った。


 破壊の光が室とその周囲を白く染め上げた。鼓膜(こまく)を圧する爆発音が夜空を揺らすほどに鳴り響く。


「ああ……」


 落ちていくファン・ミリアから哀切(あいせつ)の響きが漏れて出た。その落下が途中で止まった。はばたく翼の振動が、ファン・ミリアを抱き止めた腕から伝わってくる。


「何があった?」


 ティアが、厳しい顔つきで炎上する最上階の室を見上げていた。


「戦士が私を守ってくれたんだ‥…」


 疲れをにじませた表情で、ファン・ミリアが伝える。


「まだ、敵が近くに潜んでいるかもしれない」

「わかった」


 応じたティアの身体から蝙蝠(こうもり)が分離し、夜のなかへと飛んでいった。


『──反響定位(エコロケーション)


 蝙蝠たちが超音波を発して物体に当て、その反響によって彼我(ひが)の位置を認知(にんち)(定位)する音の結界である。


 それぞれの蝙蝠が送ってくる情報が、音の映像としてティアの脳裏(のうり)に次々と映し出されていく。


「周辺におかしな動きをする者はいないようだ」


 索敵(さくてき)を終えてティアが言うと、そうか、とファン・ミリアはちいさくうなずいた。それきり黙り込むファン・ミリアを横抱きにしたまま、ティアは高く舞い上がった。


 ◇


 背の高い建物群の隙間(すきま)に、旅館の炎がいまだ消えずに夜空を赤く照らしている。手ごろな建物の屋上、その(ふち)にファン・ミリアは腰をおろした。


「ようやく消火をはじめたか」


 遠目に、人があわただしく動き回っている。


「──ノールスヴェリアに私の来島を伝えたのはモシャン船長ではなかった」

「たしかか?」


 意外に思って見ると、ティアが隣に座ってくる。彼女も旅館を見つめながらうなずく。


「モシャンに『私たちのことをヘインズに告げたか?』と質問した。答えは、(ネーン)だった」

「正解を答えるとは限らない」

「しかし、確率は高い」


 ティアの瞳が、わずかに赤く(にじ)んだ。そうか、とファン・ミリアは納得した。


「……吸血鬼の力か」

「だが、心の中ぜんぶが()えるわけじゃない。質問に答えさせるだけだ。だから、質問を広げてみた。『ヘインズを知っているか?』『ノールスヴェリアに情報を売ったか?』『レム島の領主とつながりはあるか?』──いずれも答えは(ネーン)。そのうち人が来て時間切れだ」

「モシャンではないとすれば、他に心当たりは?」

水夫(かこ)のうちの誰か、ということになりそうだが……しらみつぶしに聞ける人数じゃない」

「わからずじまい、か……」


 つぶやき、しばらくの間のあと、ファン・ミリアは言った。


「襲撃は組織立っていた」

「蛇の報復(ほうふく)の可能性もある。襲撃者に刺青(いれずみ)は?」

「私が見た範囲ではなかった。()いて手がかりがあるとすれば、巨大な魔石ぐらいか。あれの手どころを探れば何かわかるかもしれない。それと、連中はかなり特殊な訓練を積んでいる。感情というものがほとんど感じられず、それゆえ殺気が見えにくい──邪流(じゃりゅう)だな」


 すべての情報を伝えると、ファン・ミリアは大きく溜息をついた。気を(つか)ってか、ティアは無言でうなずいただけだった。


 長い沈黙だった。


 ファン・ミリアはただ旅館を見つめた。


 立ち上る煙が、むこうの星を隠している。 


 ふと、隣で衣擦(きぬず)れが起こった。顔を向けると、ティアが上衣を脱いで、肌着一枚になっている。何をしているのかと見守っていると、


「着てくれ」


 そっぽを向いたまま、上衣をこちらに差し出してくる。


 ファン・ミリアは自分の姿にようやく思い至った。先ほどの旅館で、帯を包帯として使ったせいで、ファン・ミリアのローブがおおいに開いてしまっている。その最後の砦であるローブ自体、()げて役目の半分を失っていた。


「すまない、見苦しいものを見せた」


 あわててティアの上衣を受け取り、そういえば、とファン・ミリアはさらに気づく。ティアは、ずっとファン・ミリアのほうを見ようとはしなかった。裸に近い恰好の自分を見るのを(はばか)っていたのだろう。


「言ってくれればよかった……」


 仕方のないことだったとはいえ、ファン・ミリアが顔を赤くさせると、


「女性に恥をかかせるわけにはいかないからな」


 言い訳するようなティアの口調だった。


「残念ながら、もうじゅうぶんにかかされている」


 うらみがましく言ってみると、ティアが本当に困った顔をするので、ファン・ミリアはつい笑ってしまった。笑うと心の(たが)がゆるんだのか、先ほどの悲しみがぶり返してきた。


「……また、私は助けられなかった」


 タオの時も、グスタフの時も、今もまた……。


 けれども言ってすぐ、ファン・ミリアは唇を噛んだ。一瞬でも弱みを見せた自分が情けなかった。


 するとその時、ファン・ミリアの頭を、ティアに(わし)掴みされた。


「な──」


 あまりに突然なことに目を白黒させると、ティアが、なぜか顔をそっぽにむけたまま、ファン・ミリアの頭をぐいぐいと引っ張って前のめりにさせようとする。何かをさせたいのだろうが、当然、ファン・ミリアは何をすればいいかわからない。すると、


「──ここに」

「……え?」

「サティの頭を、ここに……」


 ティアは言いづらそうに顔を赤くさせ、


「前のお返しだ」


 と、気まずそうに言ってくる。ようやく「ああ」と、ファン・ミリアは理解した。どうやら、ティアは自分に膝枕(ひざまくら)をするつもりらしい。


 ──が、しかし。


 はっきり言って、抵抗があった。


 自分が誰かに膝枕をするのは大体がやむを得ないときだし、それに対する抵抗はないが、されるとなると話は別である。男性だから、女性だから、という意識よりも、自分が膝枕をされている『絵』を客観的に想像するにあたり、ちがう気がするのだ。


 ──と、言いたいところは山々なのだが……。


 反面、ティアが勇気を鼓して提案してくれているのもわかる。


 ──うーん。


 もう一度ティアを盗み見ると、もはや引くに引けないらしく、「ここに……頭を……」と、ファン・ミリアを横倒しにしようとしてくる。これを断ったときにティアがどんな顔をするかと思うと……その『絵』を想像するほうがファン・ミリアにはつらい。


 ──仕方ない。


 あきらめ、「じゃあ、ちょっとだけ」と、ファン・ミリアはティアの膝の上に頭を置いた。


 下からティアの顔を見ると、案の定、顔をさらに赤くしている。


 ──やめてくれ!


 ファン・ミリアは心の中で叫んだ。こんなの、自分だって恥ずかしくなるにきまってる。


 さっそく自分の(ほほ)がじわじわと熱くなっていくの感じていると、


「──レム島に着いた時、私が、気がつくと貴女の腕を掴んでいたのを覚えているだろうか」


 と、ティアが何やら語りはじめた。


 まだ何か仕掛(しか)けてくるのか、とファン・ミリアは身を固くする。これ以上精神を(けず)られると死んでしまいそうなので、「そうだったか?」と、ファン・ミリアが思いっきりとぼけると、


「たぶん、貴女といると安心するからだと思う」

「……たぶん?」

「シフルで貴女に看取(みと)られたことを、魂のどこかで覚えているのかもしれない」


 そっぽを向いたまま、ティアはすこし笑った。 


「貴女に看取られて、よかった。それだけじゃない。ウル・エピテスでは、貴女の声で、蛇の呪縛から目を覚ますことができた」


 ティアはファン・ミリアをちらりと見、それから夜空に輝く星を見た。旅館あたりの星は煙で隠れて見えないが、こちらの空なら見える。


「私は貴女に助けられてばかりいる。二度も救われているんだ」

「そうか……」


 ティアの言葉に心が軽くなった気がした。同時に、


 ──そうか、と。


 胸の(うち)で何度も繰り返す。


 きっと、タオ=シフルとはこういう少年だったのだろう。少年らしく不器用で、優しい。困っている人を見ると放っておけない。そんな人だったのだろう。


 ──想像した通りの人だ。


 自分が好きになった人が、すぐ側にいる。


 気がつくと、手を伸ばしていた。その頬に触れると、ティアの身体がびくりとはずんだ。驚いて視線を落としてくる。


「いつも自分がやるのに」


 ファン・ミリアがからかうように笑うと、ティアは不機嫌そうな顔で視線を外した。すぐムキになるところは、やはり少年らしい。普段は大人たちばかりを相手にしているファン・ミリアだったが、年下に対する恋とはこういう愛しさなのかとはじめて知った。


「怒ったのなら、謝ろう」


 言って、ファン・ミリアは自分の顔を持ち上げた。


「別に怒ってな──」


 というティアの言葉は最後まで続かなかった。その瞳が見開く。


 ──これが間違いか。


 と、ファン・ミリアは思った。

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