表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
160/239

14 神は羽をもってあなたを覆い……(前)

 ティアとファン・ミリアに用意された部屋は、島の旅館のうち、重要人物(V I P)用の最上級賓室(スィートルーム)だった。


 (へや)はたっぷりと広い。


 立地も夜市から近く──さらに言えば──花街(はなまち)に近い。本当の金持ちは娼館(しょうかん)には泊まらず、こういった高級旅館を利用するのだろう。


 ティアは室内に入るや長靴(ブーツ)を脱ぎ捨て、裸足でバルコニーに出た。


 手摺(てす)りのむこうに、夜市が光の海のように広がっている。そのなかを魚が泳ぐように人が歩いく。


「──事実上の軟禁といったところだな」


 室内からの声に振り返ると、ファン・ミリアが飾り棚に並んだワインを興味深そうにのぞき込みながら、


「廊下に兵が二名いる」


 と、なんでもないことのように言った。


 ティアは手摺りの上に腰かけた。


「気になることがある」


 言った時、ちょうどファン・ミリアがバルコニーに出てきた。ワインの(ビン)小脇(こわき)に抱え、手にはグラスと、パンを乗せた皿を持っている。それらを猫足のテーブルに並べながら、こちらと目が合うと、


「夕食を食べそこなったのはティアのせいだぞ」


 非難(ひなん)めいた口調で言われ、ティアは苦笑した。


「別に何も言ってない」

「──それで、気になることとは?」

「ヘインズは、『今夜』、私たちがレムに来たことを知っていた」


『……聖女殿が今宵(こよい)、来島した経緯(いきさつ)は?』


 領主の館で、ヘインズはファン・ミリアにこう訊いた。


 この訊き方は、おかしい。ヘインズは、『今宵』という時間帯まで指定した。ふたりがレム島に着いたのは今日の夕方だった。これは事実である。だが──。


「なぜ知っていたのか」


 当然の疑問だった。すくなくとも、ティアは第三者に伝えてはいない。


「サティがヘインズに伝えたのか?」


 ファン・ミリアはパンにバターを塗っている。それを口に運びながら、首を横に振った。


「では、尾行(びこう)されている?」


 さらにティアが訊くと、もぐもぐと口を動かしながら、ファン・ミリアは再び首を横に振った。ワインを飲み、ふう、と人心地(ひとごこち)ついた様子で息を吐く。


「私が気づかず、ティアにも気づかれない追跡者なら大したものだ」


 ちぎったパンを、小皿に注いだオリーブ油につけて口に放る。


 もぐもぐと食べている。


「……パンが好物なのか?」


 ティアが訊くと、ファン・ミリアは「そうでもない」と、首を横に振った。ワインを飲み、


「追跡者はいなかった。この前提(ぜんてい)で話を進めていい」

「しかし、何者かが私たちの来島をノールスヴェリア側に告げたのは間違いない」


 もぐもぐもぐとファン・ミリア。ワインを飲み、


あの男(ヘインズ)は、私を聖女と呼びながら、ティアに関しての詳しくを知らないようだった。つまりその何者かも同様に、私の正体を知っていて、かつ、ティアを詳しく知らない者ということになる」


 加えて、ふたりがレム島に降りた時間帯さえ把握(はあく)し得る人物……。


「港にいた者……」


 下船するのを、レム島で待ち伏せしていた、ということなのだろうか。しかしそれも考えにくい。レム島に降りたのは偶然に依るところが大きく、ティア自身さえ決めていなかったのだ。


 予想がつく行動ではないから、常に状況を把握できる者でなければならなかったはず……。


「……船に同乗していた者?」


 自問したとき、頭の中に(ひらめ)きが走った。


「モシャン船長か」

「雇われ船長はこの世でもっとも賃金が安い、などとうそぶいていたな」


 手でパンくずを払うファン・ミリアに、「なるほど」とティアはうなずき、


「船は、早朝に出港すると言っていたな」


 その身体から、早くも黒い霧が立ち上りはじめている。


「何をするつもりだ?」

「確認するだけだ」

「外の衛兵に見つかったらどうする?」

「適当にごまかしておいてくれ。すぐに戻る」

「待て、勝手な行動を取るなと──」


 ファン・ミリアが言い終わらぬうちに、ティアはすっかり霧に変じてしまった。


「まったく……」


 溜息をついて、ファン・ミリアは椅子の背に深くもたれかかった。



 湯浴みができるのは、さすがは高級旅館といったところだろう。


 潮風(しおかぜ)でべたつく身体を洗い清めると、生き返る心地がした。


 客室に備え付けのローブを羽織(はお)り、髪を乾かしながら、ふむ、とファン・ミリアは思った。


 戸口から寝室を眺める。


 室には二人か三人用の寝台がひとつ。

 

 同性であればひとつの寝台で眠ることに抵抗はないのだが、

 

 ──ティアは同性ではない。

 

 という意識が、ファン・ミリアにはある。それ以前に、ティア本人が意識は男だとも言っていた。


 年ごろの異性であれば、間違いが起こるのを避けるべきだろう。とはいえ、ティアの肉体が女性である以上、間違いが起こるとも思えない……いや、『間違い』の定義によっては間違いが起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。


 よくわからなくなってきた。


居間(いま)で寝るか……」


 寝室から戻りかけたファン・ミリアだったが、ふと気になって寝台の上に乗った。思った通り、弾力(だんりょく)があった。(わら)綿(わた)ではなく、羽毛なり、獣の毛なりが詰められているようだった。二度三度、寝台の上で足踏(あしぶ)みをした後、満足して降りた。


「寝台は羽をもってあなたを(おお)い……」


 ふふ、と本人にしかわからない冗句(じょうく)を口にしながら、飾り棚のワインを吟味(ぎんみ)する。大小さまざまな瓶が並んでいる。どれも上等品だった。さんざん迷った挙句、ワインはやめて水にした。


 浅く長椅子に座り、卓に置いたグラスを眺める。


 ──気持ちが浮ついている。


 考えなければいけないことが山ほどあるはずなのに、レム島に着いてから、気持ちがふわふわと落ち着かない。


 落ち着かない心の、どこか楽しいような気分。


 しかし、その気分も長くは続かなかった。


 夜風に、バルコニーを(さかい)するカーテンレースが躍り上がるように舞った。


 リラックスしたファン・ミリアの表情が、するどく引き締まった。


「……闖入者(ちんにゅうしゃ)か」


 幕が上がるように、そこには仮面をつけ、黒い衣装に身を包んだ女が立っていた。髪は白く、短い。平均よりも小柄だろう。両手にやや剣身の曲がった短剣を()げており、柄の先にリングが取りつけられているのは、結んだり、投擲(とうてき)をするための造りだった。


 グラスを戻し、ファン・ミリアは静かに立ち上がった。


「人違いではないのか? この島に知り合いはいないはずだが」


 言ってみたものの返答はなかった。闖入者はまったく足音を立てない歩法(ほほう)で室内へと入ってくる。


「それ以上近づけば敵意ありとみなすぞ」


 最後通告のつもりで伝えると、ファン・ミリアの背後でドアが開いた。


 ──衛兵(えいへい)が異変に気づいたか。


 そう思ったのも(つか)の間、気配に違和感を感じた。見ると女の闖入者と同じ格好(かっこう)をした大男がふたり、それぞれが大振(おおぶ)りの片刃剣(ファルシオン)を持ち、衛兵を肩に(かつ)いでいる。床に放られても、衛兵たちはぴくりとも動かない。


 ──三対一か。


 ファン・ミリアは、両の手を握り、その手のうちに力を注いだ。しかし。


 ──まだ、()り上げることができない。


 星槍(せいそう)ギュロレットを現出(げんしゅつ)させることができなかった。ラズドリアの盾も同様である。


 ヌールヴ河に落ちたティアを助けるため神力を全開にした反動だった。さらに間の悪いことに、ここは海に囲まれた孤島である。ティアの活動が(にぶ)るように、ファン・ミリアもまた星神(シィン・ラ・ディケー)の加護が届きにくい状態にあった。


 すでにファン・ミリアを取り囲む三人の円は狭まりはじめている。


 やれやれ、とファン・ミリアは腰を落とした。臨戦(りんせん)態勢に入る。直後、三人が床を蹴った。


 手練(てだ)れである。動きは悪くない。


 ファン・ミリアはまず小卓を足首に引っかけ、正面の女に放った。女がかがんで避けたのを見届けぬうちに、即座(そくざ)に振り返った。(せま)るの男ふたりのうち、最初のファルシオンを(かわ)す。続く男の剣をも身をひねって躱したところへ、背後の女が短剣で突いてくる。ファン・ミリアは後ろをちらとも見ず、二本の短剣を両脇(りょうわき)で挟み込んだ。後頭部をつかって相手の顔面に頭突きを喰らわす。


 ぐらり、と一瞬だけ仮面の女はふらつくも、両腕を挟まれたまま、跳び上がってファン・ミリアの背中に蹴りを見舞った。


 強制的に前に押し出されたファン・ミリアめがけて、男のファルシオンが振り下ろされた。ファン・ミリアは(おく)することなく逆に間合いを詰め、剣を振る男の手を掴んだ──ものの、ふたり目の男の蹴りを横腹に受け、吹き飛ばされた。家具をなぎ倒しながら、それでも手をついて踏ん張り、立て直そうとする。そこへ、追い打ちに女の蹴りがファン・ミリアの顔面を(とら)えた。さらに勢いが増し、壁に叩きつけられる。


「……!」


 次の瞬間、ファン・ミリアの目が見開かれた。女が投げ構える短剣のリングに、いつの間にか宝玉がはめ込まれている。


 ──魔石。


 壁に背をつけたまま、とっさに両腕を交叉(こうさ)して身を丸めた。


 室内に爆発が起こった。


 ◇


 旅館ぜんたいが揺れ、粉塵(ふんじん)が煙となって窓から吐き出されていく。


 視界の閉ざされた室内において、仮面の者が三人、爆心部を見据えている。常人で即死する威力の魔力爆発を直撃させたにも関わらず、三人の緊張は解かれていない。


 油断はできない。


 なぜなら相手は──


 その時、三人がほぼ同時に身構えた。


「貴様ら……」


 薄くなりはじめた煙のなかで、崩壊した壁を背に、ひとりの影がゆらりと立ち上がった。


 視界が回復していく。


「なっちゃいない」


 ファン・ミリアの姿が明らかになっていく。()げつき、はだけたローブを着直し、帯を締める。


 髪には(すす)がにじんでいた。こめかみを、ひとすじの血が伝い落ちていく。


魔法道具(マジックアイテム)などに頼らず、私の首を踏み折るべきだった」


 血をぬぐい、それから両腕を持ち上げ、構えた。その手に一切の武器はなく、ただ拳を握り込む。


「体術は得意ではないのだが」


 闘志を宿した紫の瞳が、商品を値踏(ねぶ)みするように、三人を順繰りに見回す。


「団長に叩き込まれた宮廷拳闘術だ。お前たち程度の相手なら遅れは取るまい」


 かかって来い、とばかりに指を立て、手招いた。

サブタイトルは日本聖書協会『聖書』詩編91より。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ