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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
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7 城(修正版)

 夢のなかで見た景色のような……。


 森には深い霧が立ち込めている。肌を濡らす冷たい霧だ。それが樹々の間に溜まり、唐檜(とうひ)の濃い緑が浮かび上がるように道の上に伸び出ている。


 「……城へと続く深い森バール・オズ・ミィ・エルドゥ


 馬車に揺られながら、ティアは低くつぶやいた。


 常緑樹に(さえぎ)られた森の下は、生命感に(とぼ)しい。うすい腐葉土(ふようど)の道を、二頭の巨馬にひかれた馬車が進んでいく。その手綱を握る御者(ぎょしゃ)は年老いた男のようだったが、何度見直しても外見が記憶に残らなかった。


 道の先、土地が隆起(りゅうき)し、丘を形作っているのが見えた。その頂を台座にして城が建っている。ぜんたいの形こそ悪くないものの、小ぶりである。だけでなく、よくよく目を()らして見れば、まだ造成中らしく、木組みの足場が組まれている。


 あるはずのない森に現出した、未完成の城。


 異常な状況のなかで、しかしティアは落ち着いていた。


 人を()てつかせるほどの冷気が、どこか心地いい。まるで故郷に戻ったときのような(なつ)かしささえ感じていた。


 壁つきの椅子に座り、眠気さえ覚えはじめた頃、徐々に速度を落として馬車が停止した。


 板戸の蝶番(ちょうつがい)が高い音を立てながら、ひとりでに開いていく。


「着いたのか」


 降り立ち、背伸びをすると、空から白い花びらのようなものが落ちてきた。


「雪……」


 見上げると、降りはじめた雪を背景に、城が間近に迫っている。


 ──誰が、何のために(つく)っているのか。


 囲いも堀もない城は、むしろ教会に近い。建物には重厚な緑青(ろくしょう)の扉が取りつけられ、内部への侵入をかたくなに(こば)んでいるようだった。


 ティアが食い入るように扉を見つめていると、


『封印のようじゃな』


 頭に響いたイスラの声に、ティアはうなずき、来た道を振り返った。


 馬車が鎮座(ちんざ)するように待機している。斜面を下って広がる森は、早くも雪に染まりはじめていた。


 吐く息は白く、街は見えない。


 まるで季節が──時間が巻き戻されてしまったようだった。


 ティアは指先で扉に触れた。


 門は固く閉ざされている。何人(なんびと)も、けっして開くことのできない扉だ。


 ……ティアをのぞいて。


 指先から手のひらへと、扉に押し当てていく。そうしてティアはつぶやいた。

 

「……開かれた城門ニールト・ア・ヴァルカプゥ


 力を注ぎ込むと、扉の全面に魔法陣が浮かび上がった。すぐにガチャリ、と錠の開く音が雪の静寂(しじま)に響きわたり、機械仕掛けのように自動で開きはじめる。


「なるほどな……」


 ティアはひとりうなずく。


 すこしずつ、この世界の仕組みがわかってきた。


 いま、ティアは力を使った。にも関わらず、まるで疲労を感じない。

 

『──いま私は眠っておるが、ここでは眠りを必要とせぬ』


 イスラの言葉を思い出しながら、城内へと入っていく。


「ここが、力を消費しない特殊な空間であることはわかった」


 敷居(しきい)(また)いだ先に、イスラが待ち構えるようにお座りをしている。


 ティアはそれが当たり前であるように、黒狼の横を通りすぎ、玄関ホールに入った。すると、中央の階段、壁際、そして天井から吊り下げられたシャンデリアといった、いたるところに置かれた蝋燭(ろうそく)の火がひとりでに灯っていく。


 ティアは背後のイスラに声をかける。


「そういえば、イスラに訊きたいことがあったんだ」

「言うがよい」

「吸血鬼は、海や川が苦手なのか?」


 訊きながら、ティアは階段前で立ち止まった。


 階段の登り口はふたつあるが、行先は同じだった。それぞれが大きく曲線を描きながら、途中の踊り場で交わり、またカーブを描きながら二階の正面扉へと登っていく、二重らせんの構造になっていた。


『そのものが苦手、というわけではない』


 階段を上りはじめる。絨毯(じゅうたん)が敷かれているため、足音は響かない。壁には無数の窓が取りつけられており、室内を映しながら、雪がしんしんと降り続いている。


『お前が河海(かかい)を苦手とするのは、私の力が届きにくいからじゃ』

「初耳だ」

『そも、神たる私が及ぼし得る力の範囲は限られておる。そして範囲とは、我が力の源となる信民(たみ)がどこに住んでおるか、ということに起因(きいん)する。海や川は世界を区切るひとつの節目(ふしめ)──境界であるゆえに、その境界上では力の所在が不明となりやすい。言うなれば、河海とは神々の力が衝突し合う力場じゃ。一見すると(なぎ)のようではあるが、その実、(はなは)混沌(こんとん)とした力が渦巻(うずま)いておる』

「重要なのは、イスラの力が私に届くかどうか、ということか」

『その認識でよい』


 ティアは、二階正面のドアの前に立った。両開きのドアは鍵がかかっている。

 

 ──開かれた城門ニールト・ア・ヴァルカプゥ


 念じて力を込めるも、先ほど入口の大扉で感じた手応えはなく、魔法陣も浮かんでこない。


「開けられない……この力ではないのか」


 早々にあきらめ、ティアは背後を振り返った。ホールには他にも多くのドアがあり、いまティアが立つ位置から顔を落として、一階右側の壁に十枚、左側は七枚。二階に視線を戻し、右に一枚。左にはない。


 不自然なほど非対称な配置である。


 明かりに照らされた室内で、ティアはまばたきもせず部屋の様子をうかがう。


 ほんのわずかな異常さえ見逃すまいと注意深く……。


 ──手当たり次第にドアを開いてみるか。


 そんなことを考えはじめた時、一階、左側七番目のドアの隙間(すきま)に、夜市(よいち)で見かけた細長い影が吸い込まれるように入っていく。


「あそこか……」


 そのドアの前に立ったとき、金縛(かなしば)りにあったようにティアの動きが止まった。


『タオ=シフル(16)』


 ドアには、そう書かれていた。


「タオの……部屋?」


 声が震えていた。緊張する自分を感じた。


『恐れるな』


 ふと、イスラの声が届いた。


『すでに理解しているであろうが、ここは現実ではない。お前に害悪をもたらす場所でもない』 

「ああ」


 ティアはかろうじて返事をし、


 ──何者かが、あるいは、何らかの力が、私を誘っている。


 深呼吸をして、ドアを開いた。

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