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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
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5 夜市Ⅱ

 そもそも──


 服を買ったり船賃(ふなちん)を払えるほどの金を、ファン・ミリアはなぜ用意できたのか。


 ティアが尋ねると、


金緑石(クリソベリル)を船にいた行商人に売った」


 ファン・ミリアの返答に、ティアは愕然(がくぜん)とした。


「私は……女に装飾品(アクセサリー)を売らせたのか」


 すこし考えればわかることだった。ドレス姿だったファン・ミリアが財嚢(さいふ)携行(けいこう)しているわけがない。金目のものと言えば、そう、首から下げていたネックレスぐらいなものである。


賃貸(レンタル)だったが、仕方ない」


 ドレスも売れるには売れたが、ところどころが破れてしまっていたため、たいした金にはならなかったらしい。


「私に甲斐性(かいしょう)がないばかりに……」

「いや、誰もそんなことは」


 気を(つか)われているのが、たまらなく情けない。


「必ず返す」

「不要だ」

「返す」


 意固地(いこじ)にティアが言い続けると、ファン・ミリアが肩をすくめた。


 夜市の小広場である。


 テーブルと背もたれのない椅子が所せましと並び、屋台で買った酒や食べ物をここに持ち運んでくる。


 ここで英気(えいき)を養い、いざ花街へ、ということらしい。


 ──食欲を満たしたら性欲か。


 どちらも人の本能に根差していることではあるが……。


「……安い作りだな」


 ティアは溜息をついた。


 テーブルは脚の長さが不ぞろいなのか、(ひじ)を乗せただけで傾いてしまう。


「──これからどうするかを、ティアは考えていないのか?」


 ドライフルーツの盛り合わせが入った木碗(もくわん)を手に、ファン・ミリアが向かいの席に座る。


「ゲーケルンに戻ることにはなるだろう」


 ティアは声を落とした。近くには老人がひとり、さびしそうに食事を摂っている。どこにでも目にする光景ではあるが、この熱気をはらんだ街では、よりいっそう孤独に見えた。


「カホカたちとも合流したい」


 仲間を想ってティアが告げると、


「カホカか……」

「そういえば、サ……貴女はカホカと仲が良いんだろう」


 やはり愛称で呼ぶのは慣れない。そんなティアの心の動きが伝わったのか、ファン・ミリアが干し(いちご)を飲み込んだ。けほ、とちいさく(むせ)てから、


「……まだ知り合って間もないが、個人的には、嫌いになれない娘だ」


 愛称には触れず、ファン・ミリアは続けて、


「カホカを、私の下で働かないかと誘ったことがある」


 ファン・ミリアの屋敷でのことだった。あの時は、カホカと行動を共にしている『連れ』が誰なのか、想像もつかなかったが、彼女の言動には不自然なところがあった。それゆえ、ルクレツィアにカホカを尾行させたのだ。


「カホカが不自然になるのも無理のないことだった」


 思い出すファン・ミリアの口元がほころんでいる。


「カホカは、なんて?」


「結論としては、振られたのだろう」

「王都に上る前、私がカホカについて来て欲しいと言ったんだ」

「ふたりは友人同士なのか?」


 訊かれ、ティアがカホカとの出会いから現在に至るまでの顛末(てんまつ)を伝えると、


「なるほど」


 熱心に話を聞いていたファン・ミリアが、深くうなずいた。同時に、


「タオとカホカは、許嫁同士だったのか」


 驚きをあらわにしている。


「昔の、短い期間の話だ。親が決めた話だったし、私もカホカもあまり意識してなかった。意識するほどの年齢でもなかったから」

「もし……」


 と、ファン・ミリアはためらいがちに、


「もし先方から断られなければ、カホカと結ばれていた?」

「結ばれていただろうな」


 ティアはあっさりうなずいた。


「カホカは嫌いではなかったし、タオの立場なら断るほうがおかしい」


 シフルとリュニオスハートを比べた場合、力の天秤はリュニオスハートに傾く。貴族の考え方に依れば、シフル側の利が大きい話だった。


 いま考えれば、リュニオスハートは妾腹の子であるカホカを早く片付けたかったのだろう。タオの父親がどこまでリュニオスハート家の内情を掴んでいたかはわからないが、将来的に入婿(いりむこ)にするぐらいのことは考えていたかもしれない。


 リュニオスハートとシフルは直接的な主従の関係にはないものの、家格(かかく)にちがいがあることから、もしタオがカホカと結婚した場合、カホカには頭の上がらない生活が待っていた可能性は十分にある。


 だから、というわけではないが、破談(はだん)と聞いた時も特に残念とは思わなかった。


「貴族としては、それじゃダメなんだろうけどな」


 苦笑するティアの面に、ふと影が射した。ファン・ミリアを見据(みす)え、


「シフルがどうなっているか、貴女は知っているか?」

「……知っている」


 ファン・ミリアは目を伏せた。そして、


「ティアに謝らなければならないことがある」

「私に?」


 眉根(まゆね)を寄せたティアに、ファン・ミリアが重い口調で話しはじめた。


「タオが亡くなって後に、私はシフル領の封地を願った。だが……」


 晩餐会(ばんさんかい)でのウラスロとの会話──ファン・ミリアとの共同統治のこと。


「私が望みさえしなければ、殿下自らの手でシフルを治めようなど、考えもしなかっただろう」


 シフルは広くもなければ、豊かでもない。まちがっても第一王子のウラスロが欲するに足る土地ではない。


「ウラスロの狙いは、貴女か」

「……そうらしい」


 ファン・ミリアは露骨(ろこつ)に顔を(ゆが)めている。それだけで、彼女のウラスロに対する心情がわかろうというものだ。


猶予(ゆうよ)は?」

「まだ決定事項ではない。いまの話の流れでは、さっさと願いを取り下げてしまったほうが賢明なのかもしれない。だが、たとえ取り下げたとしても、私がシフルを欲したという事実が変わるわけではない」

「──貴女が領地を欲しようが欲しまいが、ウラスロはシフルを餌に貴女を手に入れようとする」

「私は……そうなってしまう気がする」

「弱みを握られたようなものか」


 ティアが言うと、ファン・ミリアが沈鬱(ちんうつ)そうにうなずいた。


 神託の乙女たるファン・ミリアが領地を望むなら、それは人心の慰撫(いぶ)に決まっている。


「一国の王子が、自国の民を人質に取るか……」

「なぜ、怒らない?」


 押し殺した声音に、ティアが顔を持ち上げると、


「私の失策(しっさく)が、シフルに二度目の災禍(さいか)を呼び込もうとしているのだぞ」

「怒るというのは、貴女に対してか?」

「当たり前だ」

(いさぎよ)いな」


 ティアは白い歯をのぞかせた。


「貴女は、なぜシフルを手に入れようと思ったんだ?」

「それは……」


 ファン・ミリアは口ごもり、


「主を失ったシフルの人々が(あわ)れだと思ったからだ」


 それだけだ、とフルーツを串でつついている。


「それなら、貴女に対して腹を立てるのは(すじ)がちがう」

「しかし──」

「怒りを感じるのなら、貴女に対してじゃない。ウラスロに対してが半分。もう半分は、自分に対してだ」


 ティアは静かに息を吐いた。細く、長く。


「……私は王都ではなく、まずシフルに向かうべきだったんだ」


 なのに、それができなかった。


「シフルの惨状を見たくなかった。逃げ続けていたんだ」


 逃げていたのは、シフルからだけではない。


 聖騎士になる夢をあきらめた振りをしながら、その実、あきらめきれない自分がいた。


「夢の世界で生きていたかったから……」


 都合の悪い現実からは、すべて目を()らしてきた。


 自分に嘘をついていた。


 だが、それでは駄目なのだと、今ならわかる。


「ゲーケルンに戻る前に、シフルに行く。ウラスロどうこうはその次だ」

「……やはり、殿下に復讐(ふくしゅう)するつもりなのか」

「私の進むべき道にウラスロがいるのなら、排除しなければならない。ただ、復讐のみを目指した道の先に、私の望むべきものがあるとは思っていない」


 問いたげな瞳を向けてくるファン・ミリアに、ティアは頭を()いた。


 苛立(いらだ)たしげに、


「おそらく、ウラスロはイグナスに操られていた」

「なんだと?」

舞踏会(ぶとうかい)のホールで奴を見たとき、違和感があった。奴の背後にわだかまる闇を見た気がしたんだ。思い出したくもないが、私もイグナスに操られていたからわかる」

「では、すでに殿下は変わっている?」

「確認する必要はあるが、可能性はある」


 イグナスを仕留(しと)めたのは他ならないティアである。これによって、ウラスロが操られる以前に戻っていることは十分に考えられる。


「殿下が操られているかどうか、ティアは一目でわかるのか?」

「見ただけではなんとも言えないな。かわりに──」


 ティアは、ひとさし指を示した。その指の先に、じわりと黒い水滴が溜まる。


「これを体内に流し込めば確実にわかる」


「それは、ティアが地下墓所(カタコンベ)で自分に流し込んでいた?」


「ああ」とティアはうなずく。


「どうやら同じ種類の力と力がぶつかり合うと、反発なり不具合なりが生じるらしい」


 ティアが自身の体内に黒い水を流し込んだとき、イグナスの力に反応し、結果、水が光となって明滅した。あれも不具合の一種なのだろう。


「吸血鬼の力か」


 ファン・ミリアは嘆息(たんそく)して、


「……その力の源は、人の生き血をすすること」


 言ってから、テーブルのドライフルーツを指さした。


「人間の血液以外で力を生み出すことはできないのか?」

「できない。人ではない生物の血を飲んだことはあるが、ほとんど力の足しにはならなかった」


 ティアが答えた時だった。


 あまりにも唐突(とうとつ)に──

 

 空から人が落ちてきた。

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