表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第四章 眠れない夜編
149/239

3 月とアメジストⅠ(後)

 レム島にて。


 潮の香りに夕餉(ゆうげ)の匂いが混じっている。


「思ったよりも(さび)れているな」


 ティアが桟橋(さんばし)の石段を上って通りに出ると、数台の馬車が停まっていた。旅館らしき建物から炊煙(すいえん)が上がっているものの、明かりはまばらである。


「建物の色が豊かだな」


 屋根や壁に暖色系の塗装(とそう)が目立つ。


「鋭いな」


 遅れてファン・ミリアが石段を上ってきた。


「この島特有の文化らしいが、ノールスヴェリアの影響もあるようだ」


 手に、いつの間にか羊皮紙(ようひし)を広げている。


「表向き、この島は自由都市ということになっている」

「実際は?」

「東ムラビアとノールスヴェリアの共同統治だな。代表者も隔年(かくねん)ごとに交互に選出されている」

「経緯は?」

「もともとはノールスヴェリアの領土だったのが、統一ムラビア時代に共同統治となった……」

「ムラビアが武力で(せま)った?」


 ファン・ミリアが、ちらりとティアを見た。


「当時の力関係を考えれば、そうなるのだろう。かつてのノールスヴェリアは弱小国か、よくて中堅(ちゅうけん)だった。それがこの二十年ほどで一気に躍進(やくしん)した」

「現在のノールスヴェリア王は英明(えいめい)だと聞いたことがある」


 ティアのノールスヴェリア王家に対する知識は噂程度でしかない。


「若く、覇気 (はき)のある人物らしいが」


 ファン・ミリアも詳しくは知らないらしい。 

  

『前王が凍土(とうど)()いた種を、現王が大輪の花を咲かせた』


 自分たちの君主を褒め(たた)えるとき、ノールスヴェリア人はよくこういった言い方をする。


 前王の築いた国という土台に、現王が繁栄をもたらした――明君(めいくん)が二代連続で続くのは珍しく、それゆえの言葉なのだろう。

 

 ファン・ミリアは難しい顔で羊皮紙とにらめっこを続けている。


「さっきから何を見てるんだ?」


 逆からのぞき込むと、島の地図らしき絵が描かれていた。


「案内図だ」

「そんなものがあるのか」

「観光地としても有名らしい」

「とてもそうは見えないが……」


 旅館はあるが、観光地というより大きめの漁村といった印象を受けた。道を歩くのも地元民が多いらしく、ティアが見回していると、数人の男たちと目が合った。なんとなく、こちらを意識する素振(そぶ)りがうかがえた。


「とりあえず歩こう」


 案内図をひったくるようにして、ファン・ミリアの服の(ひじ)あたりを掴む。


「何をする?」

「迷うほど大きい島じゃない」

「どこに行くつもりだ?」

「丘が見える」


 いま立っている海外線の通りからは幾本(いくほん)もの道が伸び、丘へと続いている。丘といっても勾配(こうばい)はなだらかで、頂上にいたるまで民家が密集している。


 ティアは歩き出した。


 ◇


 丘を越えてすぐに立ち止まった。


「これは……」


 ティアは目を(みは)った。


 斜面を下った先に、もうひとつの街がある。


 明かりの数も港側の比ではなかった。目抜き通りらしい道に、多くの人々が行き交っているのが見える。道は幅広で、建物の背が高い。広場は雑踏(ざっとう)と呼べるほどに混みあっていた。


「どうなってるんだ?」


 狐につままれた気分でいると、


「……どうなってるんだ?」


 小声で、隣のファン・ミリアがオウム返しに言ってくる。てっきり眼前の景色に驚いているのかと思いきや、


「どうなってるんだ?」


 ファン・ミリアは同じ言葉を繰り返した。様子がどこかおかしい。夜景を見るのではなく、そっぽを向いている。


「ファン・ミリア?」


 ティアが怪訝(けげん)に思っていると、


「……これ(・・)は、どうなってるんだ?」


 おもむろにファン・ミリアが手を持ち上げた。


 ティアはようやく気がついた。持ち上げたファン・ミリアの手を、自分の手が握っている。


「なんの話だ?」


 ティアが首を傾げると、ファン・ミリアが「なんでもない」と、空いた手でこほんと咳払(せきばら)いする


「手をつなぐのが嫌なら離すが」

「……嫌とは言ってない」


 ファン・ミリアは、ずっとそっぽを向いている。ティアはなんとなく気まずさを感じて手を離した。


「……」


 お互い無言になった。


「怒っているのか?」

 

 おそるおそるティアが訊くと、ファン・ミリアは「怒っていない」と、さらに顔をそらした。あからさまにティアの視線から逃げている。


「じゃあ、なぜ顔をそらすんだ?」


 しかし、どれだけ待ってもファン・ミリアは答えない。


 あきらめ、ティアは息を吐くように笑った。問いただしたい気持ちを飲み下し、


「貴女のしたいようにすればいい」


 その言葉に、ファン・ミリアの肩がぴくりと揺れた。


「貴女には貴女の立場があるのはわかっている」


 ティアはファン・ミリアの心情を推し(はか)って伝える。


「もし私を殺すべきだと思うなら、なるべく早くしたほうがいい」


 予感があるんだ、とティアは続けた。


「時が経つほどに、私は死ねなくなる。すでに知る者、知らぬ者。私の夢を信じて集まる者たちのために――」

「そんなことは考えていない」


 ティアの言葉を(さえぎ)り、ファン・ミリアがこちらをにらんでくる。


「たしかに私は見定めなければと思っている。だが今は、すくなくとも今だけは、ティアをどうこうしようとはこれっぽっちも思ってはいない」

「では何を考えていたんだ?」

「それは……」


 言いよどむファン・ミリアが顔を伏せた。


「ティアが、ユーセイドに……タオに見えたからだ」

「――え?」

「もしタオが生きていたら、こうやって手を引かれることがあったのかと思っただけだ」

「え……」


 ティアがごくりと(つば)を飲んだ。


 こちらをにらむようなファン・ミリアの(ほほ)が、朱に染まっている。


「そう思ったら……ティアを見るのが、苦しくなって……」 

「あの……」


 じわじわと、ティアの頬まで(あか)く染まりはじめた。そんなティアの様子に、ファン・ミリアがまたぷいとそっぽを向いた。


「ファン――」


 呼びかけて、また言葉を止める。


「その……」


 こらえきれず、ティアも体ごと視線をそらした。


 何か言わなければと思うのに。


 お互いに背を向け合って、息をひそめるように立ちつくすことしかできない。


 どれくらいの時間そうしていただろう、やがて暗い道のほうから賑やかな声が聞こえはじめた。


「行こう……」


 人が歩いてくるのをきっかけに、ティアは消え入りそうな声で言った。 


 ◇ 

 

 いたるところに置かれた松明(たいまつ)の明かりに、人影は薄く、回るように位置を入れ替えている。


 通りには夜市(ナイト・マーケット)が立っていた。


 飲食店も並び、店外に設けられた客席で夕食を()っている者も多い。杯を鳴らして乾杯をする陽気な客や、注文を届ける店員や、酔客(すいきゃく)を当てにした花売り。


 丘を境にして、なぜこれほど活気がちがうのか。


 その疑問はすぐに氷解(ひょうかい)した。


「こちら側がノールスヴェリア人の街なのか」


 必ずしも見分けがつくわけではないが、明らかに、という容姿を持つ者も少なくない。そういった者は男女問わず肌が白く、ムラビア人よりも体格が大きい。顔つきもやや角張(かくば)っている。


「国のいきおいがそのまま表れているようだな」


 いつもの口調に戻り、ファン・ミリアも左右に視線を走らせている。


 ――ようやく落ち着いてくれた。


 ティアはほっと安堵(あんど)の息を漏らした。


 気まずい、というより、何を話せばいいのかわからずに坂を下りたふたりだったが、街には話の種が多い。見た物をそのまま口に出すところからはじまって、なんとか会話をするまでに戻っていた。


 それでもまだ、互いに視線を交えるのは恥ずかしい。


 さらに、である。


 街を歩くうちに、『ファン・ミリア』という名前で呼ぶのは止めたほうがいい、ということになった。彼女ほど名の知られた東ムラビアの英雄が、この島にいるとわかればどんな騒ぎになるか。下手をすればノールスヴェリアからあらぬ疑いをかけられる可能性さえあるのだ。


 では、どんな名で呼ぶのか。


『ファン・ミリア』と呼べなければ次は家名だが、『プラーティカ』も同様に広く知られている。『筆頭』も似たようなものだろう。となると、ファン・ミリアの本名である『サティア』を使うことになるのだが、これはティアと名前が重なってお互いに呼びにくい。


 結果、『サティア』の愛称である『サティ』で呼ぶことになり、これを試してみたところ――


「サティ」


 と、ティアが呼び、


「はい」


 と、ファン・ミリアが応じる。


 これだけのことが、たまらなく恥ずかしい。


 それはもう、信じられないくらいに恥ずかしい。


『サティア』とは別の意味で呼びにくいのだが、これは慣れるしかない、とふたりの間で同意があった。


 そこで早く慣れるため練習してみた。


「サティ、サティ」


 と、ティアが連呼して、


「はい、はい」


 と、ファン・ミリアがその度にうなずく。


 呼んだ数だけ恥ずかしさが倍加(ばいか)した。特にファン・ミリアにいたっては、頭巾を目深(まぶか)にかぶり、両手で顔を隠して、ただ震え続けるという始末だった。


 自分たちは何をしているのか、とは思うが、そうなってしまうのだから仕方がない。


 サティと呼ぶことは仕方がないとして、できる限り使わないようにしよう、ということになった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ