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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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101 呼び合うものⅧ

 ポタリ、と。


 濡れた地下墓所(カタコンベ)の床に、鼻血が垂れ落ちた。


 ティアは手首あたりで、ぐい、と顔の血をぬぐい、


「こういう感覚か……」 


 はじめて持つ己の眷属(けんぞく)に、力が流れ込んでいく。


 負担はある。


 けれど、新しい群れの仲間ができた、というこの気持ち。この充足感は、何物にも代えがたい。


 目の前の魔法陣の中心──頭の上から浮かぶように現れ出た者が、こちらを背に立っている。上半身裸に、ズボンだけを履き、裸足である。


「バディス、体調はどうだ?」


 振り返ったバディスは、うつむき加減に肩を震わせている。


「バディス?」


 ティアは上目遣いにバディスの様子をうかがい、


 ──うわ……。


 思わずたじろいだ。


 バディスの顔が、涙にまみれていた。洗うように顔面を濡らしている。


「ティアざぁぁあん!」


 感極まった様子で、バディスがティアの手を掴んでくる。


「わかります、わかりますよ!」


 掴んだティアの手を、ぶんぶんと上下に振る。


「ティアさんが、すごく身近に感じられるんです!」

「……うん」


 勢いに押され、そうだね、とティアが相槌(あいづち)を打っていると、


「今も、こうやって目を閉じているだけで──」


 言いながら、バディスは嬉々(きき)として目を閉じた。


「すごい! ティアさんがこんなにも側にいる!」

「……まぁ、そうだろうな」


 実際に近くにいるのだから、そうなのだろう。この状態で遠くに感じてもらっても困る。


「悪いが、そろそろ手を離してくれないか? 起き抜けのところ悪いが、バディスにも手伝ってもらいたいことがあるんだ」

「ええ、喜んで!」


 力強くうなずいて、バディスは地下墓所から夜空を見上げた。


「ティアさんに歯向かう蛇を退治してやりましょう!」


 どん、とバディスは勇ましく胸を叩く。そして、なんのためらいもなく己の首を引きちぎった。


 すわ首がもげた、とティアが驚いて見ていると、その首が、憤怒(ふんぬ)形相(ぎょうそう)を描いた大盾へと変化した。


『……首なし騎士(デュラハン)か』


 ティアのまとう黒いドレスから、イスラの声が聞こえた。


「思ったよりもかっこいいな?」


 ティアが同意を求めると、


『手札としては、悪くない』


「知っているのか?」

『複雑ではないが、暗黒の騎士らしく実直な能力を持っておる』


 イスラと話をしている間に、バディスは首なし騎士(デュラハン)にふさわしい姿へと変貌(へんぼう)()げていた。首から下の全身を隙間(すきま)なく鎧で覆い、重装備の背には、()ちた屍衣(しい)のマントを下げている。


 ティアはバディスの肩に飛び乗った。


「行こうか、バディス=首なし(ヨーク・ニー)=ノウ」


 声をかけると、


「──御意(ぎょい)


 重く空気を震わせ、バディスが返してくる。いつもの明るい声ではない。暗く、闇にその身を(ひた)す者の声だ。


 ティアもまた、赤い瞳を輝かせた。


「……お前は私の盾」


 愛しそうに、鎧の肩部をやさしく叩く。


「だが、私のために死ぬことは許さない。もう、二度と」


はい(イエス)我が主(ハー・マジェスティ)」 


 腰の(さや)から、血塗られ、黒い輝きを放つ聖騎士の剣を引き抜いた。


 ◇ 


 ウル・エピテス尖塔群(せんとうぐん)


「つくづく仕事の邪魔をしてくれる……!」


 ファン・ミリアとジルドレッドから攻め立てられ、イグナスは怒りに全身を震わせた。


「バアルパードよ!」


 呼応するように、握る大剣──蜃気楼(ディリバブ)の剣身が、青白い輝きを放つ。


「──む」


 ファン・ミリアが、ラズドリアの盾を展開させた。蜃気楼(ディリバブ)から黒焔の(つぶて)が次々と放たれ、ファン・ミリアを押し返す。


「くっ!」


 尖塔の壁面に激突する寸前で、回り込んだジルドレッドがファン・ミリアを受け止めた。


「助かりました」

「……魔法か」


 ファン・ミリアを横の足場におろしながら、つぶやく。


死霊使い(ネクロマンサー)を召喚した時といい、奴がバアルパードを信奉(しんぽう)する者であることは間違いなさそうだが」

「不死の力も、あの蜃気楼(ディリバブ)から流れ込んでいるようです」


 ファン・ミリアの言葉に、ジルドレッドは無言で同意した。


「しかし、不自然だな」


 言い、ウル・エピテスを睥睨(へいげい)する。


「これほど騒ぎを起こしているにもかかわらず、人が集まってくる気配がない」

「たしかに……」


 ファン・ミリアもようやくその事実に思い至った。と、その時──ふたりの目の前を、黒い陽炎(かげろう)をまとう騎士と、その肩に乗ったティアが駆け昇っていく。


「イグナス!」


 ティアの怒声が響き渡った。


 一直線にイグナスへと突っ込んでいく騎士が、黒剣を振り上げた。


「──首なし騎士(デュラハン)!」


 驚きつつ、イグナスの蜃気楼(ディリバブ)が受け止めた。


「雌犬が、つけあがってくれるじゃあないか!」


 蛇の瞳が、ぎょろりとティアを向く。


 ティアもまた赤い瞳でにらみ返し、


「お前は、ここで死ね」


 胸の前で両手を交差する。その指が、たちどころに消え去った。


串刺し刑(ナーシュラ・フゥゾ)!」


 交差させた腕の部位から、太い一本の槍がイグナスの胸元を貫く。槍を通し、ティアの雷撃がイグナスの全身を駆け巡った。


「グ……グ……!」


 吐血し、イグナスがもがく。


「耐えてみせろよ、イグナス」


 唇を噛み締め、ティアもまた鬼気迫るうなり声を上げた。


 共に感電し、お互いの髪が強風に(あお)られたように逆立った。その(すき)に、バディスの黒剣がイグナスの蜃気楼(ディリバブ)を押し込み、その刃が肩をえぐりはじめる。さらに赤い血が噴き上がった。


「グオォォォ!」


 暴れるイグナスが、腕を背後に振った。剛腕(ごうわん)で尖塔の先を叩き折る。


「バディス!」


 ティアが、イグナスを蹴って後方へと飛んだ。こちらめがけて倒れ込んでくる尖塔を、バディスの屍衣のマントが伸び広がり、巨大な手となって掴む。全身を振り、尖塔でもってイグナスを弾き飛ばした。


 ティアは吹き飛んでいくイグナスを追いながら、東の海峡の遠くに、空が白みはじめるのを見た。


 ──時間がない。


 夜明けが近づくほどに、ティアの身体が動かなくなっていく。


「これで決めるぞ」


 ティアは後方のバディスに対して手のひらを向けた。


開かれた城門ニールト・ア・ヴァルカプゥ


 力の行使とともに、バディスの前に黒い紋様(もんよう)の召喚陣が描かれる。その召喚陣のなかへと飛び込んでいったバディスが、次の瞬間、イグナスの背後から現れ出た。黒剣でイグナスの背を打ち弾く。


「いい角度だ」


 ティアは満足げにつぶやいた。


 眷属だけあって、バディスはティアの意をよく汲んでくれる。


 球のように別方向に弾かれたイグナスが、ウル・エピテスの一角──イスラによって破壊された窓から屋内へと突っ込んでいく。


「……頼んだぞ、カホカ」


 ティアが視線を走らせると、そこに、赤いドレス姿のカホカが立っている。


 目を閉じ、呼吸を整えながら、だらりと下ろした左手を振り子のように揺らしている。


 武器職人ボーシュの工房で見せた独特の構え。


 引き手に()めた右の拳が、間延びたほどの速度で放たれた。


 そのあまりの遅さゆえ、実戦では使えるはずもない技が、


「──サン」


 仲間の援護によって実現した。


 ちょうど床に着地したイグナスに、軽く、小突くような拳が命中する。


 カホカはゆっくりと目を開き、


「……入った」


 イグナスを見上げ、ひひ、と死神の微笑(ほほえ)みを浮かべた。


「かんっぺき。アタシってば、やっぱり天才」


 ざまみろ、とばかりにカホカがあっかんべえをする。


 イグナスの身体に、違和(いわ)が起こった。


 全身が、巻くように捻じれはじめる。凶悪な(うず)の力が骨を折り、肉を()り潰すようにイグナスを収縮(しゅうしゅく)させていく──はずだった。


「げげ……!」


 舌を出したまま、カホカの表情が固まった。


「てめぇ……ら……なんぞ……が……この……俺に……!」


 体内のあちこちからバキバキと骨の折れる音を立てながら、イグナスが踏みとどまっている。


「殺す……皆殺しにしてやる……!」


 憎悪を吐き散らしながら、カホカに襲いかかってくる。


「冗談じゃねー!」


 逃げ出そうとするカホカの前に、魔法陣が立ち現れた。


 そこから飛び出してきたティアが、イグナスを蹴り上げた。


 再び屋外へと放り出されたイグナスに、


「とどめだ!」


 ティアの両手が、輝きを()びる。


 一方のイグナスのしぶとさも尋常ではない。


 身体中を(きし)ませ、血飛沫(ちしぶき)を振りまきながらもなお、イグナスの瞳には生気が宿っている。


蜃気楼(ディリバブ)よ! 俺に力を貸しやがれ!」


 青白く輝く大剣を、ティアめがけて突き出してくる。が、ティアは避けず、


「お前ごときに、私の夢は壊せない」


 心臓を刺し貫かれるままに、瞳の赤が極まった。


「上等ォォォ!」


 イグナスの握り込んだ拳に、多量の力が流れ込んでいく。毒々しいまでの地獄の(ほのお)をまとう。


『いかん……!』


 いち早く危険を察知(さっち)したイスラが、鋭く叫んだ。


『避けよ! あれをまともに喰らうな!』


 その言葉にティアが回避に入る間もなく、イグナスの拳が放たれた。


「吹っ飛びやがりゃぁ!」

城へと続く深い森バール・オズ・ミィ・エルドゥ!」


 ティアの眼前に展開された霧に、イグナスの拳が吸い込まれていく。


「お前が喰らえ!」


 空間が反転するように、霧の中からイグナスの拳が逆方向に突き返された。


「な──っ!」


 イグナスは自らの拳を顔面に喰らい、


「ぐっは……ナイスパンチ!」


 頭の上半分が粉々(こなごな)に吹き飛んだ。が、それとほぼ同時に、剣を手放したイグナスのもう片方の拳が、ティアに迫っている。


 その時──


 貴族街の方角より、光が(とも)った。


 風をまとい、緑光を宿した矢が、ティアの肩先すれすれを過ぎ去り、イグナスの肩から胸下にかけて大穴を穿(うが)ち、腕をちぎり飛ばした。それでも矢は勢いを落とさず、(すさ)まじい速さで彼方の空へと飛び去っていく。


天啓(てんけい)か……」


 この勝機を逃す手はない。


 ティアは左手を、残ったイグナスの胴に押し当てた。


「イースラス=グレマリーの加護よ有れ!」


 祈りの言葉とともに、両の手の輝きが強まる。大きく振りかぶったティアの右手が、押し当てた左の甲に重なった。


貫通(ペンネトラーツィオ)!」


 自らの手を破壊しながら、かつてとは比べものならないほどの閃光が、衝撃とともにイグナスを呑み込んだ。


 業火(ごうか)に巻き込まれた羽虫が蒸発するように、イグナスが光のなかで焼け縮んでいく。


「タオ・シフル……」


 かすかな声が聞こえた。


 ティアは目を見張った。パクパクと、イグナスの口が動いている。


 ……お前も……俺になる……。


 その口が(ゆが)むように(わら)う。


 やがて、欠片ひとつ残さずイグナスが消滅した。


『見事じゃ、ティア。しかし……』

「ああ」


 イスラの声にうなずいたティアが、目を閉じた。ぐらりと身体が(かし)ぎ、そのまま力なく落下していく。


「……すこし、疲れた」

『私も眠る。悪いが助けてはやれぬ』

「わかっている」


 ティアは最後の力を振り(しぼ)り、


 ──バディス、お前はカホカとレイニーを逃がしてやってくれ。


 頭のなかで、念じるように告げた。


 イグナスとの戦闘によってウル・エピテスの城壁を飛び越えたティアの下には、荒れ狂うヌールヴ川が大口を広げるように待ち構えている。


 しかし、恐怖はない。


 なぜなら……。


 落ちていく宙空で、何者かに抱きしめられる感覚があった。


「……貴女が、来てくれると思っていた」


 目を閉じたまま、ティアはその人へと話しかけた。


「なに?」


 驚く相手の声色に、ティアはゆるく笑みを浮かべる。


「私が目を覚ますまで、側にいてくれないか? ──ファン・ミリア」


 直後、激しい水音が耳を打ち、ティアは意識を手放した。


挿絵(By みてみん)

【イラスト:あけもり様】

2018/3/22 イラストをいただきました(背景付きは活動報告まで)。

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