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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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99 呼び合うものⅥ

 暗闇の中で銀の凶眼(きょうがん)がきらめいた。


「魔物ですわ。なぜ、このような場所に?」


 サスの手を噛むのをやめて、シィルが眉をひそめる。


 銀の瞳が、足音も立てずに近づいてくる。背が高く、見た目は老人の風貌(ふうぼう)をしているものの、残酷そうな顔は、明らかに人のそれではない。また、身なりは執事ふうだが片方の袖はなく、二の腕までがむき出しになっていた。


(わし)の、サーシバル」


 老人が、にたりと笑う。鋭い牙がのぞいた。


 サスは素早く外套(がいとう)の下から短刀を抜き、構えた。


「狙いは俺か……てことは、てめえは蛇のギルドのもんだな」


 訊いたものの、老人は答えず、爪が長く伸びた両手を持ち上げた。


 ──答える必要はねえってか。


 サスは、ちらりとシィルを一瞥(いちべつ)する。


 ──こいつだけは逃がしてやりてぇが。


 背筋を冷たい汗が流れる。


 出口はひとつだけ、その道は化物によって阻まれている。


 それ以前に、シィルを牢屋から出してやらなければ話にならない。


「罠か」


 ある程度、覚悟して来たつもりだが、ここまであからさまな化物が出てくるのは予想外だ。


 ──どうする。


 考える間もなく、化物が飛びかかってきた。


「くそったれ!」


 やぶれかぶれに短剣を振るうも、ガチリと硬い感触が伝わり、サスの動きが止まった。


 刃に、化物が食らいついていた。


「止まって見えるぞ」


 無情にも短剣が粉々(こなごな)に砕け散った。


「この……野郎!」


 サスは後ずさりかけるも、戦意を(ふる)わせて蹴りを見舞う。


「だめ!」


 横からシィルが叫んだ。


「退がりなさい、サス!」


 サスがその言葉に反応するよりも早く、化物に足首を掴まれた。


「ち、ぃ!」


 ぐいと引かれ、片足になったサスの体勢が崩れた。化物の爪が鋭く光る。


「やめて!」


 鉄格子を掴み、シィルが悲痛な叫びを上げた。その時──


「どっかーん!」


 突如(とつじょ)として背後から現れた人影が、化物を蹴り飛ばした。


 化物が鉄格子に激突する。さらに人影は宙で身をひねって二段蹴りを放つも、化物は地に転がり、間合いを取った。


「キーファか!」

「お待たせしました」


 キーファはサスを守るように背中で隠しつつ、化物と対峙(たいじ)する。


「サーシバルさん、お怪我は?」


 構えたキーファから尋ねられ、「いや、大丈夫だ」と、サスが答えると、


「……二階にはもう、生きている人はいません」


 怒りに炎髪を揺らし、キーファは歯ぎしりする。


「みんな、あいつのせいで……」


 曲刀を握りしめ、キーファが間合いを詰めようとすると、その分だけ、化物が後退していく。相当、キーファを警戒しているらしい。


 じりじりと殺気立つ空間のなか、 


「ああ、それは!」


 シィルが、血相(けっそう)を変えてキーファを指さした。


「そこな(わらべ)! あなたが持っているその弓、私のシルヴィハールですわ!」

「ん?」


 と、キーファは肩越しに振り返り、


「……エルフ」


 顔を強張らせた。その(すき)に化物が襲いかかろうとするのを、あわてて正面を向いて押し留める。


「童よ! その弓を早く私に!」


 シィルが重ねて声をかけるも、キーファは応えない。まるで聞こえないといった様子で無視を決め込んでいる。


「サス! 何ですの、あの無礼な童は!」


 (らち)があかないと思ったのか、今度はサスに向かって騒ぎはじめる。


「いや、知らねぇが……」


 としかサスには答えようがない。


 どうやら、キーファはエルフに対して嫌悪感を抱いているらしい。


 ──『エルフども(・・)


 トナーの家で、キーファはそういう言い方をした。あからさまな敵意というより、エルフに対しては当然、といった口調だった。


 そのキーファが、豪弓と呼べるほど大仰な弓を背負っている。


「あれが、お前の弓なのか?」


 サスが訊くと、「いかにも!」と、シィルは何度もうなずく。


「早くあの弓を私によこすのです! あの弓さえあれば、化物をやっつけることなど朝飯前ですわ! いいえ、朝飯前どころか就寝前ですわ」


 ほら早く! というシィルの声にせかされ、


「らしいんだが」


 おそるおそる、サスがキーファの背中に話しかけると、


「嫌です」


 きっぱりとキーファが言った。


「嫌だってよ」


 サスが伝言すると、


「聞こえております!」


 シィルは苛立(いらだ)たしげに鉄格子(てつごうし)をガチャガチャと揺らした。


「ちょっと、あなた! なぜ私に意地悪をするのですか!」

「こんな危険な武器、エルフなんかには渡せない……」

「──だそうだ」


 サスがシィルに伝えてやると、


「だから、聞こえておりますと言うに!」


 がっちゃん、がっちゃんと鉄格子を揺すりながら、「もう、もう!」と、シィルは癇癪(かんしゃく)を起こしている。


 はぁ、とサスは深く溜息をつき、


「おい、キーファ。悪いがその弓をシィルに返してやってくれねえか」


 間を取り持つように言ったが、キーファはサスにも応えず、かたくなな態度を固持(こじ)している。


 サスは構わず話しかけた。


「俺が探していたのは、こいつなんだ」


 キーファの細い肩が、ぴくりと反応するのをサスは見逃さなかった。


「お前がエルフをどう思ってるかは知らねぇが、返してやっても悪いようにはしねえと思う。こいつが馬鹿なのは俺も認めるが、まぁ、嘘をつく奴じゃねぇ」

「ちょっと、誰が馬鹿ですの、誰が!」

「……助け舟を出してやってんだから、黙ってろよ」


 サスはうんざりしながら、


「こういう奴なんだ。な、頼むぜ、キーファ」


 もう一度言うと、


「……サーシバルさんから渡してください」


 キーファが、むすりとした口調で言った。


「僕からは、渡したくありません。サーシバルさんがお願いします」

「助かるぜ」


 サスは苦笑し、キーファの首から弓を持ち上げようとすると、化物が飛びかかってきた。


「ちっ!」


 反射的にサスが身を引くと、


「そのまま取ってください!」


 キーファはしゃがみ、頭から弓を抜く。と同時に、手に持った曲刀を宙に放った。瞬間、曲刀それ自体が意思を宿したかのように舞い、化物めがけて一閃(いっせん)した。


 化物の服が横に裂けた。


「──おのれ」


 化物は、ふたたび間合いを取らざるをえない。


 素人目にも化物はキーファを攻めあぐねていた。


「すげぇな」


 サスがヒュウと口笛を吹くと、


「サス! 早く弓を!」


 シィルにせかされ、サスは弓を鉄格子の間に通そうとする。だが──


「ぬ、抜けない!」


 シィルが悲鳴を上げた。


 シルヴィハールは弓柄(ゆがら)が長く、また幅があるため、ちょうど間あたりで引っかかっているらしい。


「おお、なんということでしょう!」


 恐ろしい、とばかりにシィルは恐慌(きょうこう)状態に陥った。


「私の! シルヴィハールが! 挟まって!」


「……いちいちうるせぇなぁ」


 サスはほとほとうんざりしながら、「おら、さっさと抜きやがれ」と、シルヴィハールを押し出してやる。


「ふんぬ! ふんぬ!」と、シィルは弓を脇に抱え、角度を変えながら、精一杯の力で引き抜こうとする。


 ふたりがかりで押し引きを試していると、ようやく弓が抜けた。


「やりましたわ!」


 抱きしめた弓に、シィルは頬擦(ほおず)りをする。


「ああ、愛しのシルヴィハール!」


 愛しいですわ、愛しいですわ、と気持ちが悪いほどの猫撫で声で弓に話しかけている。


「……別にいいんだけどよ」


 だが、サスは知っている。


 船の中で、シィルは自分の小便のために弓を売ろうとしたことを。


 それはともかく。


「あの化物、早く何とかしてくれや」

「わ、わかっておりますわ。いまそうしようと思っていたところですわ!」


 どうやら目的を見失っていたらしい。


 サスは冷たい視線を送りつつ、そういえば、とキーファを振り返った。


 キーファは化物をこちらに通さぬよう、一定の距離を保ちつつ、曲刀で攻め立てている。その外套がめくれるたび、腰のベルトに提げられた矢筒がのぞく。


「おいシィル、矢はどうすんだ?」


 訊いたものの、シィルはまるで気にしていない様子で、


「これを──」


 弓の一端──本筈(もとはず)を両手でむんずと掴み、


「こうして──」


 その弓を高々と振り上げる。何をするのかと思ってサスが見ていると、


「こう! ですわ」


 そのまま鉄格子にむかって振り下ろした。弓が鉄格子に叩きつけられた瞬間、爆発が起こった。鮮烈な緑の光とともに周囲に風が吹き上がり、塵芥(ちりあくた)を煙のように巻き上げる。


「えぇ~……」


 サスは、まったく意味がわからない。弓はそうやって使うものではない。


 しかし。


「脱出成功! ですわ」


 もうもうと立ち上る煙を手で払って見ると、シィルが通路に立っていた。鉄格子が圧し潰されたようにひしゃげ、大穴が開いている。


「はっはー!」


 と、シィルは勝ち誇った笑い声を上げながら、ふたたび弓を持ち上げ、キーファと戦闘を続ける化物に(おど)りかかっていく。


「あ、馬鹿! 待て!」


 サスが制止をかけるも、シィルは聞く耳を持たず、


居直(いなお)りゃぁ!」


 とばかりにシルヴィハールをぶんぶん振り回している。


「エルフ! 邪魔!」


 キーファはすごく迷惑そうだ。そりゃそうだわな、とサスは思いながら、鉄格子に身体を預けた。シィルは加勢しているつもりらしいが、別段、洗練された動きというわけでもない。軽々と化物にかわされている。


「……もう好きにしてくれや」


 どうでもよくなってサスが鼻をほじっていると、化物がくるりと背を向けた。そのまま通路を走り、地

下室を出ていく。どうやら逃げを決め込んだらしい。


 ──もしくは、シィルを相手にするのが馬鹿々々しくなったのか。


 思っていると、追いかけるふたりの向こうで、扉が閉まっていくのが見えた。


「やべぇ!」


 さすがにこれはマズイとサスも走る。が、間に合わず、扉が完全に閉じられた。ガチャリと(かんぬき)が通される音が響く。


 キーファが扉を押し開けようとしているが、扉は重く微動だにしない。サスも加わって一緒に押したが、やはり結果は同じだった。


「閉じ込められた……」


 キーファが、呆然とつぶやいた。


「みてぇだな」と、サスが相槌(あいづち)を打つ。すると。


「心配には及びませんわ!」


 シィルが意気揚々(いきようよう)とシルヴィハールを振り上げた。


「これを、こうして──」

「おい、まさか……!」


 サスは青褪(あおざ)めた。あわててキーファに(おお)いかぶさる。


「こう!」


 扉が、爆発した。

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