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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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86 春宵一擲Ⅵ

 精悍(せいかん)という言葉がこれほど似合う男もいない。


 燃えるような赤い髪に、(みどり)の瞳。見る者を圧倒する堂々(どうどう)とした(たたず)まい。


 (にせ)ミスリル材、通称ライ(はがね)と呼ばれる素材で製作された全身鎧(フルプレート)は、装飾を凝らし、邪を払う白銀(しろがね)の光をも宿している。


 この男が背負う剣もまた、規格外に巨大だった。


 ジルドレッドのつかむイグナスの拳が、ミシミシと音を立てる。


「お……、おぉ……?」


 剣を持ったイグナスの拳を、ジルドレッドの(てのひら)が押し包み、締め上げる。


 イグナスも大男だが、ジルドレッドはそれを上回って巨体である。


「ファン・ミリア」


 拳を押さえつけながら、ジルドレッドが振り返った。敵から平然と目をそらしたジルドレッドに呼ばれ、「はい」とファン・ミリアは返事をする。


「敵は、コイツでいいか?」

「──はい」


 その直後だった。イグナスの空いた拳が、ジルドレッドの横(あご)を捉えた。


「……で?」

 ジルドレッドが、視線を戻した。威圧するようにイグナスを見下ろす。通常であれば脳震盪(のうしんとう)を起こすか、悪くすれば致命傷にさえなるほどの衝撃にも関わらず、びくともしない。


 イグナスが、引きつった笑みを浮かべた。


「おたく……頑丈そうに見えて、あんがい頑丈なんだな」


 ジルドレッドがペッ、と床に唾を吐いた。指で顎をさする。


「なっちゃいないぞ、小僧」


 お返しとばかりに、ジルドレッドが文字通りの鉄拳を喰らわす。手甲によって武装された超重量級の拳が、イグナスの左頬を捉えた。


「ぐェ──」


 殴られたイグナスの首が勢いよく回り、一周して戻ってくる。


「これは、効く」


 ふらつき、イグナスは白眼を()きながら、


「もっとくれ」


 ベロリと二股(ふたまた)の舌を出した。


「いい度胸だ」


 ジルドレッドがもう一撃を喰らわそうと拳を放つと、イグナスが空いた手で受け止めた。


 互いに両手を組む。


「ほう」


 ジルドレッドが片頬を持ち上げた。


「俺に力比べを挑むか」

故郷(いなか)のお袋に自慢したくてね」


 ぐるりと蛇の瞳を戻し、イグナスも笑う。


 そうして両者が互いに足を広げて踏ん張り、両手に力を込めた。


 相手を押し潰そうと力を示威する勝負は、ジルドレッドに軍配が上がった。


 じりじりと、ジルドレッドが覆いかぶさるようにイグナスを圧倒しはじめる。


「ぐ、ぐ、ぐ」


 青筋を浮かべるイグナスに対し、ジルドレッドは余力を残している。


 耐え切れなくなる前に、イグナスの口が横に裂けた。


「シャアァ!」


 ジルドレッドの喉元(のどもと)に食らいつこうとするのを、


「悪手だな」


 ジルドレッドはイグナスの拳を操り、その剣を使って肩の根元に斬り落とした。すかさず追い打ちの頭突きをくらわす。


 それだけでは終わらない。


 ジルドレッドは両手を離してイグナスの背後に回り込むや、その腰に両手を通した。逃げられぬようがっちりと固定(ロック)する。


「──死んでこい」


 ジルドレッドが、イグナスを持ち上げた。


「う、……おおおおお!」


 暴れるイグナスの肘打ちが横っ面を打つも、ジルドレッドは物ともしない。その巨体が()け反り、イグナスの後頭部が壁に激突した。壁が大破し、そのままイグナスを屋外へと放り投げる。


 夜の(そら)に放り出されたイグナスが、尖塔を結ぶ空中回廊の天井部に落下した。


 大の字になった身体に、雨が降りかかる。


「馬鹿力が……」


 言い、嵐の空を見上げる蛇の瞳が、ぎょっと開かれた。


 波打つマントを広げ、ジルドレッドが、落ちてくる。


「……冗談じゃないぞ」


 思わずうめき、とっさに防御したイグナスの両腕を、ジルドレッドの巨体が踏みつぶした。胸の骨が、盛大な音を立てて折れ砕ける。同時に、空中回廊の天井部に(ひび)が入った。


「ガハァ!」


 口から、血のかわりに黒い霧が噴き出す。


 イグナスとジルレッドのふたりが、回廊内へと落ちていく。同じ態勢のまま床に落ち、そこでもジルドレッドから放たれる両の拳が、イグナスをめった打ちにした。


「調子に乗るんじゃ──」


 まだ、イグナスの手には剣が握られている。


「ないぞ!」


 連打されながら、イグナスが手首の力だけで剣を振り下ろした。ジルドレッドの頭の後ろから、断頭するように落ちてくる。


 気づいたジルドレッドが、前腕の手甲につけられた小盾(スモールシールド)で防いだ。


「それだけか?」


 大して面白くもなさそうな表情で腕を振り下ろす。


 拳が鉄槌(てっつい)となり、とどめとばかりにイグナスを打ち叩いた。その衝撃で床が抜け、再び宙へと投げ出される。


 その上から、瓦礫(がれき)を抜け、流星のような光がイグナスめがけて落ちてきた。


「──ファン・ミリア……!」


 とっさに構えたイグナスの剣と、ファン・ミリアの星槍とが交錯(こうさく)した。


「押し潰す!」


 そのままファン・ミリアが星槍を振り抜くと、受けたイグナスの剣が粉々に砕け散った。


「くそッ! これだから安物はいかんぜ」 


 落下に加速がつき、イグナスが地上に叩きつけられる。


 長雨で弱くなった地盤に、巨大な圧がかかり、大穴が空いた。


 ◇


 ファン・ミリアが着地した地下は、さほどの深さしかなかった。


 ジルドレッドと、遅れてグスタフが降りてくる。


「ここは?」


 ファン・ミリアは素早く視線を走らせ、その空間をうかがう。


地下墓所(カタコンベ)のようだな」


 砂煙を腕で払い、ジルドレッドが言った。


 湿気って(かび)くさい匂いが立ち込めるその空間は、ひんやりとした冷気が漂っている。風が通りはじめたせいか、耳にひゅうひゅうと笛のような音が聞こえた。


「……(ウル・エピテス)にこのような場所が」


 ファン・ミリアはつぶやく。


 地下墓所の、広間のようだった。そこから迷路のように幾本もの道が奥へと続いている。壁は天井から足元にいたるまで、蜂の巣のように横穴が開けられ、数えきれないほどの遺骸(いがい)が布にくるんで安置されていた。


「いまはもう使われていないようです」


 グスタフが、足元の床を探っている。ごつごつと荒い石床を指先でなぞると、すぐに(ほこり)の山ができた。


 依然として天井の穴の周縁部から、土砂と瓦礫が落ちてくる。


 崩落に巻き込まれないよう、三人でまとまりながら、注意ぶかく周囲を探った。


 探りながら、


「先ほどの娘だが」


 ジルドレッドから話しかけられ、「蝙蝠(こうもり)の女です」とファン・ミリアは認めた。


「ティアという名の娘です。カホカの仲間であり、聖騎士団の見習いでもあった者……」

「見習いだと?」


 つと、ジルドレッドがファン・ミリアを振り返った。


「はい」と、ファン・ミリアはうなずき、


「団長も、知っている者です」


 唇を噛み、ジルレッドを強く見つめ返した。


「……黒狼と、見習いか」


 すぐにジルドレッドも気づいたらしい。その時──


「ここに誘い込むのは、お前たちではなかったんだがなぁ」


 空間内に、声が反響した。


「ここは、先々代の王ヴァシリウスに虐殺された人々の墓でね。怨嗟(えんさ)の声に満ち満ちている」


 砂煙のむこうに、人影が立った。


「忘れ去られた地下墓所にようこそ、といったところだな」


 降りしきる大雨に砂煙が洗い落されていく。三人の視線の先に、声の主──イグナスが立っていた。身体はすでに修復を終えている。


 いや、そればかりでなく──


「あの姿は……」


 ファン・ミリアの表情が、(けわ)しさを増した。


 イグナスの全身を、蛇の鱗が覆っていた。ギラギラと黒鉄(くろがね)のように光を(はじ)きながら、銀の瞳と、その髪が輝く。


「なかなかイカした姿だろう? 女を口説くにゃ、もってこいだ」


 半人半蛇といった容姿のイグナスが、細い舌先をのぞかせる。その手には、先ほどまで背負っていた大剣が握られていた。


「お前たちを生かすか殺すかは悩みどころではあったが」


 仕方ない、とイグナスはその大剣を石床に突き刺した。


「計画変更だ。この姿を見た以上、生かしてはおけない。仕事の順番が狂うのは、よくあることだしな。とはいえ──」


 剣を中心にして、石床が黒い光を放ちはじめる。


「さすがの俺も、『不撓(ふとう)のジルドレッド』と『神託の乙女』を一度に相手にするのは、骨が折れる」


 黒い光はしだいに範囲を増し、円の形を描き出す。


「仕掛けを使わせてもらうぞ」


 円陣からまばゆい光が放たれ、複雑な紋様(もんよう)と、魔力を込められた文字が法則性をもって浮かびあがった。


「あれは──」


 警戒を強めるファン・ミリアに、


「召喚魔法陣か」


 ジルドレッドが目を細めて言った。


 光の粒子が蛍火(ほたるび)のよう舞い上がるなか、イグナスが朗々(ろうろう)とした声音で告げる。


「我が神バアルパードの名において命じる。『死霊使い(ネクロマンサー)』イェル・セ・レイジよ、此処(ここ)に来たれ」


 イグナスの呼びかけに応じて魔法陣の光がまぶしいほどに強まったかと思うと、浮上するように黒い影が姿を現した。


 屍衣(しい)をまとい、呪術師ふうの杖を握った骸骨(がいこつ)だった。ぽっかりと空いた眼孔(がんこう)の奥から、冷たく、見る者を恐怖に(おとしい)れる青白い光が、ちらちらと見え隠れするように(とも)っている。


 骸骨は風を無視するような動きで宙を舞いながら、杖をかざした。先端に()め込まれた黒い宝玉が輝く。


 遺骸を包んだ布が、にわかに動きはじめた。

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