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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第一章 棺の中編
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4 盗賊たち

 皓々(こうこう)と輝きを放つ満月の光の滴が、しんしんとティアの身体に降り注ぐ。


 ティアは意識を浮上させる。何度試してもやはり、自分の身体からは何ら『流れ』らしきものが感じられなかった。


「やり方が違うのだろうか……?」


 ゆっくりと眼を開き、月に問いかけるようにひとりごちる。


 イスラは魔力と身体を動かす力を、似て非なるもの、と言った。


 魔力とは身体のなかを巡る流れのようなものだが、そもそもティアが見つけるべき『身体を動かす力』とは根本的にちがうものなのだろうか。


 だが、イスラはあの時、似ているもの、という意味で言ったはずだ。そうとしか受け取れない言い方だったことを、ティアははっきりと覚えている。 


「あー……あー……」


 考えながら、ティアは気分転換に大声を出す。


 自分の意識を保つためにはぼんやりとしすぎてはいけないし、かといって集中しすぎて疲れてしまっては意味がない。


 ということで、声を出すことが有効であることをティアは学んだ。


 それにしても、と今更ながらに思う。


 声が、やはり変だ。妙に高くなっている。堂内に反響する自分の声が、明らかにタオ=シフルの頃とはちがっていた。声が変わってしまうほど(のど)を損傷していたということだろうか。


「ちがう……そんなことを考えている場合じゃない」


 頭を振りたい気分でティアはつぶやいた。


 今晩中に身体を、せめて指だけでも動かせるようにならなければイスラから見限られてしまう。


 途方に暮れる思いだが、悲観してばかりもいられない。


 ティアはもう一度意識を集中させ、身体のなかへと潜る。


 ひょっとすると、魔力とはまったく別の、まだティアが気づいていない流れがあるのかもしれない。


 ──いや、そもそも。


 『流れ』とは限らないのではないか。


 考えながら意識を体内に向け、脳天から足の爪先にいたる隅々まで入念に調べあげる。


 しかし。


 ──やはり……ない。


 あらゆる感覚が伝わってこない。


 ティアは情けなくて泣きたくなってきた。途方に暮れ、何かに八つ当たり、わめき散らしたくなる衝動をぐっと抑え込む。そしてふと思う。


「なにか、変だ」


 タオ=シフルだった頃の自分はこんな性格だったろうか。


 なんだか妙に精神が安定していない気がする。これも、ずっと動きもせず棺の中で横になっていることが原因だろうか?


「……ダメだ。もっと集中しないと」


 とりとめのない考えを抑え込み、再度身体のなかへ潜ろうとした、その時だった。


 遠くの方から人の声が聞こえてくる。声は、ひとりではないようだった。騒々しく大声で叫び合っている。


 はじめは聞き取りづらかったものの、次第に聞き分けられるようになった。


 どうやら、こちらに近づいてきているらしい。


「くそっ、あの狼どこに行きやがった?」

「見つけたら絶対にぶっ殺してやる!」

「ったく、こンの馬鹿野郎が。テメェが()った金を盗られるなんざ、どんだけ間抜けなんだ!」

「俺のせいじゃねぇ! あのデカ狼、はじめから狙ってやがったんだ」

「うるせぇ! 狼が金を盗ってどうするってんだ?」


 怒鳴り合いながら、それでも確実に声は大きくなっていく。


 ……マズいな。


 お世辞にも行儀のよい連中とは言えなさそうだ。話の内容から、盗賊稼業でもしている連中らしい。


 ティアは強い焦りを感じながら、どうすることもできずにいた。あわてて身体を動かそうとするが、焦れば焦るほどに集中が乱れ、身体に潜ることすらも難しくなる。


 連中の言う、金を盗んだ狼とはイスラのことだろうか。


 だとするなら、なぜわざわざ教会(ここ)へ呼び寄せるようなことをするのか。


 焦燥(しょうそう)とともに疑問が浮かんでくる。それほど自分はイスラを失望させてしまったのだろうか。


 ──頼む、教会には気づかないでくれ。


 ティアにできるのは、連中の気が変わり、帰ってくれるよう願うだけだ。


 けれどもそんな都合のいい願いが届くはずもなく、


「見ろよ、こんなところに教会があるぜ」


 という声が聞こえたとき、ティアは眼の前が暗くなったような錯覚を覚えた。


「ずいぶんと古ぃな。金目の物もありそうにねぇ」


 ──そうだ、ない。だから早く帰ってくれ。


 その願いもまた、あっさりと裏切られた。


「ちょうどいい、ここを隠れ家(アジト)にでもするか」


 冗談じゃない、と思いながらティアは両腕に力を込めるが、やはりぴくりとも動かない。足にも力を込めてみたが結果は同じだった。


 ──身体を動かすことができなければ脳味噌(あたま)を動かすしかない。


 いまの自分が使えるのは、それこそ頭と口だけなのだ。


 ──できるのは交渉くらいか。


 悪党相手にティアの交渉術がどこまで通じるかわからないが、それぐらいしか思いつかない現状でもあった。


 じき、堂内に男たちの足音が響きはじめる。


 散り散りに探索しているのか、あちこちから男たちの声や物音が聞こえてくる。その足音のひとつが、こちらへと確実に近づいてきている。


「やっぱり(カビ)くせぇだけだな。おい、上を見てみろよ、穴が空いてやがる。これじゃ、雨宿りもできやしねぇ」


 ティアからやや離れた場所から男の声が聞こえ、


「そんなもん、どうにでもできるだろうが」


 そう返した男の声は、思った以上に近い場所からだった。いや、近い、といえるほどの距離でさえなかった。むしろ……。


 気配を感じ、とっさにティアは眼を閉じる。考えがあってのことではなかった。むしろ現実逃避に近い。


「この棺、年代物か? 売ればそこそこの──」


 男の声が不意に止んだ。


「お、おい!」


 それからすぐに上擦(うわず)った声が堂内に響いた。


「すげぇ! 女がいるぞ! それも馬鹿みてぇに綺麗な女だ!」


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