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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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80 嵐の中でⅫ

 レイニーが捕らわれている牢獄(ろうごく)──その尖塔に繋がる空中回廊にカホカは取りついた。


 壁を外窓まで移動し、篭手(こて)から金属の針を取り出した。細く、複雑に曲がった先端を鍵穴に差し込む。しばらく針を操っていると、カチャリと鍵が外れる手応えがあった。


 にやり、とカホカはしたり顔を作る。


 ──チョロいもんだぜ。


 天下の大泥棒カホカちゃんとはアタシのこと、そう思いながら内部へと滑り込み、螺旋(らせん)階段を上りはじめたカホカだったが、


「……おかしいな」


 すぐに異常に気がついた。


 ──なんか、静かすぎる。


 壁にかけられた松明(たいまつ)は、カホカの影のみを伸ばし、縮めている。


 人の話し声や足音が、まるで聞こえてこない。


 壁越しに雨音だけが響いている。


 サス救出からさほど時間が経っていないのに、ここまで警備を手薄にするものだろうか。


 たしかに、カホカの知る貴族とは保身の生き物である。今夜に限っては迎賓館(げいひんかん)に人手を回している可能性も否定できない。


 ──それにしたってすくなすぎるけど。


 この階段自体、幅も狭く、人がすれ違うには体を横にずらさなければならない。衛士をひとり置くだけで、囚人の脱獄を防ぐことができるはずなのだ。


 にもかかわらず、塔内には人っ子ひとり見当たらない。


 ──いやぁな感じ。


 さすがに気味の悪さを感じたものの、結局、あっけないほど簡単に目的の階層にたどり着いてしまった。


 カホカはまず、階段にへばりつく恰好で顔を覗かせた。天井が見える。松明の明かりがちらちらとこちらまで届いていた。火の揺らめきに人影は映っていない。


 耳を()ませてみるも、やはり何も聞こえない。


 人の気配もない。


 ──どうしようかな。


 階段に腹這いになったカホカの頬を雨粒がつたう。


 人の気配がないのは想定外だ。こちらが気づかないほど、(たく)みに気配を消す者がひそんでいる可能性も捨てきれない。


 ──だったとしても、やることは一緒だよな。


 すぐに思い直した。


 いまのところ逃げを打つ手はない。ここで判断を遅らせて得になることはない。


 神経を()ぎ澄ましながら、カホカはじりじりと身体を進めた。天井の視界がすこしずつ下がり、正面奥の壁が見えはじめる。


 カホカの身体が、警戒で止まった。険しい表情を作る。


 明かりを受けた碧い瞳が、食い入るように床を見つめていた。


 床に、大量の赤い血溜(ちだ)まりが広がっている。


「……嘘でしょ」


 カホカは血相(けっそう)を変えて階段から飛び出した。


「レイニー!」


 名を呼んだものの、


「──ちがう」


 カホカは牢屋ではなく、入ってすぐ横の詰所(つめしょ)を見た。


 こちらに作業机を向け、衛兵らしき男が、その上に突っ伏している。机の上から溢れた血が、床の血溜まりへと流れ落ちていく。


 男は絶命していた。


「……レイニー! レイニーはいる?」


 死体を見ながら奥へと声をかけるも、返事はない。


 カホカは血溜まりを飛び越え、牢屋へと歩いていく。


 歩くたび、濡れたドレスから水滴がしたたり落ちていく。


 松明から遠ざかるほどに光は弱く、そして暗くなっていく……。


 一番奥の部屋は、火の揺らめきを感じる程度だった。


 たどり着き、牢屋の中を見る。そして──


「ティア?」


 カホカはすっとんきょうな声を上げた。


 牢屋にいたのはティアだった。ひとり、佇むように立っている。


「なんでアンタがいるの?」

「オレもいま来たばかりだ」

「ファン・ミリアからはうまく逃げられたみたいだね」

「いや、むしろ逃がしてもらったと言うべきだろうな」


 ティアはユーセイドの姿で軽く笑い、


「詳しくは後で話す。それよりいまは──」


 牢屋の中を見渡した。()えた匂い。床には古い血が付着しており、レイニーを繋ぎ止めていたであろう銀の(かせ)が転がっていた。


「見ての通り、レイニーならここにはいないよ」


 訊かれる前にカホカは伝えた。


「では、どこへ?」

「さぁ」


 カホカは肩をすくめてから、「こっち」と足早に牢屋を出た。


 床の血溜まりと、詰所の死体をティアに見せる。


「アタシもいま来たところ。で、来たらこんな感じ」

「連れ出した者がいるのか……」


 ティアはひとりごとをつぶやくようだった。カホカは首を傾げるしかない。


「誰に? こんな乱暴な真似、タダ事じゃないよ」

「軍ではなさそうだな。聖騎士団とも思えない」


 そう言って、ティアは机につっぷした男の頭を両手でつかんだ。カホカは「げ」と呻く。ティアは男の顔を持ち上げると、しゃがんだ位置から覗き込んだ。


 死に顔は、安らかなものではなかった。男は眼と口を大きく開いている。


「驚いているところへ、一撃で(のど)を切り裂かれたらしい」


 おそらく即死だったろう。突然の死は(あわ)れだが、苦しんだ(あと)がないのを救いと思うしかない。


 ティアは深く切られた男の喉に指を触れさせた。その血をペロリと舐め取る。


「……まずいな」


 顔をしかめ、口に含んだ血を吐き捨てた。


「やめてよ、きっしょい」


 カホカが嫌そうな顔を作るも、ティアは平然としたものだ。


「まだ殺されたばかりのようだ。三十分も経ってはいないはずだ」

「そんなことがわかんの?」

「吸血鬼は死人の血を飲むことはできない。それでも、力の残滓(ざんし)は感じた」


 ふーん、とカホカもうなずき、「てゆーか」と気づいた。


「殺されてからまだそれだけしか経ってないなら、ほとんどアタシと入れ違いだった、ってことじゃないの?」

「そういうことだろうな。いまならまだ追えるかもしれないが」


 答えながら、ティアは言い知れぬ不安が胸に()き起こるのを感じはじめていた。


 馬車で感じた、とても不吉な何か。


 その時だった。


 ティアは弾かれるように顔を上げた。


「この感覚……」


 驚いた声音でつぶやき、


「カホカ、ついてきてくれ」


 それだけ告げ、ティアは階段を駆け下りはじめる。


「えぇ? 今度は何?」


 あわててカホカもその後を追った。

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