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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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73 嵐の中でⅤ(後)

 キーファに案内されたサスが三階の部屋に入ると、そこに、ふたりの男が向かい合ってチェスをしていた。


 積んだ本を卓と椅子がわりにして、真剣そのものといった表情で盤面(ばんめん)に視線を落としている。


「大先生、お客様がいらっしゃいましたよぉ!」


 キーファが声をかけたのは、年嵩(としかさ)の男のほうだった。


 ──こいつがトナーか。


 思いながら、痩せぎすの男を見つめる。胡桃(くるみ)色の瞳に、癖のある髪を首の後ろでまとめていた。


 しかし、トナーともうひとりの男はよほど没頭しているらしく、キーファの声に反応する素振りさえ見せない。何度呼びかけても結果は同じだった。


 どうするのかと思ってサスが見ていると、


「……おふたりとも」


 隣に立つキーファの肩が震えはじめた。暗い眼つきで卓の前に立つと、おもむろに盤面を掴み、高く持ち上げる。


 ふたりが、玩具を取り上げられた子供のように、きょとんとした表情を作った。


「おやおや」


 温和な声でトナーが言い、


「キーファ、何のつもりだ」


 もう一方の目つきの鋭い男が、非難するように言った。


「おふたりとも、いい加減にしてください!」


 キーファが声を張り上げた。涙目である。


「お客様がいらっしゃってるんです! こんな夜更けにとても困ってるご様子なんです!」

「あ、いや──」


 たしかに急いでいるサスだったが、夜分に突然、押しかけたのはこちらである。


 サスがそう伝えようとすると、


「そもそも、おふたりともひどいです! 僕だけのけ者にして、おふたりだけで楽しんで!」


 よくわからないが、キーファはかなり鬱憤がたまっているらしい。


「キーファ、何を勘違いしている?」


 男が、表情を変えずに言った。


「チェスは二人用だ」

「そういう意味で言ってるんじゃありません! もっと僕に構ってくださいって言ってるんです!」

「キーファ……」


 男はようやく()に落ちたらしい。ごくかすかにうなずくと、


「自分で言っていて恥ずかしくないのか?」

「は──」


 一度、キーファは言葉を飲み込んだ。ものの、


「恥ずかしいですよ! でも、言わないと構ってくれないんだから、言うしかないじゃないですか!」

「素直なのはいいことだと思いますよ」


 なぜかトナーが口を挟んだ。


「大先生は黙っていてください!」

「……怒られてしまいました」


 その言葉とは裏腹に、顔には温和な笑みを浮かべている。


 ──なんなんだコイツら。


 思いながらサスは三人のやりとりを眺めていたものの、見ているばかりでは話が進まない。放っておくといつまでも言い合いが続きそうだ。


「取り込み中わるいんだが──つーか、俺が取り込ませちまったんなら申し訳ねえんだが」


 仕方なく割って入り、トナーを見た。


「あんたが、トナー先生だな。ちと、聞きたいことがある」

「承りますよ」

「助かる。──だが……」


 サスが、ちらりとキーファともうひとりの男を見た。まだ男と言い合っていたキーファがその視線に気づき、声を落とした。怪訝(けげん)顔で見返してくる。対する男のほうは──それが素の表情なのかはわからないが──鋭い目つきにかたい表情を浮かべたままだ。


「ご安心ください」


 トナーがサスの意図を(さっ)したのか、言った。


「このふたりは、信頼できる方たちです。ご相談の内容が外に漏れる心配はありません」

「だが……」


 それでもサスが渋ると、


「もし私か、このふたりがあなたからの相談を他者に漏らした場合、私たち三人もろとも暗殺していただいて結構ですよ──(わし)のギルドのサーシバルさん」


 はっとして、サスはトナーを凝視した。


「俺のことを、知っているのか?」

「外見的特徴と、私が思い描くサーシバルという人物像、そして今のあなたの言動から、そう推測しただけです」

「俺の言動?」

「一見すると粗暴(そぼう)そうではあるものの、その実、用心深く機知(きち)に富んでいる。さすがギルドの頭脳を(にな)うだけのことはある、といったところでしょうか──とにかく、お座りください」


 ◇


 サスは、キーファに作ってもらった本の椅子に座った。その両隣りに、トナーと、もうひとりの男が卓を囲んでいる。


 男は、ユーリィと名乗った。背はサスよりも高く、暗い茶の髪を後ろに流している。キーファと同じ褐色(かっしょく)の肌に、オレンジに近い茶の瞳。目つきは常に鋭く、かたい表情を保っている。


 トナーとユーリィは、短い期間ながら師弟の関係にあったという。同時に、いまユーリィの後ろに座るキーファにとっては、ユーリィが師であるらしい。これらの関係から、キーファはトナーを先生の先生──『大先生』と呼んでいるのだとわかった。


「ギルドの仲間から、トナー先生の噂を聞いてな」


 言いながら、サスは(ふところ)から紙を取り出した。紙は二枚重ねになっている。一枚は白紙で、雨に濡れぬよう、もう一枚の紙を包んでいた。


 サスは本の卓の上に紙を広げた。


「これはこれは」


 トナーが眼鏡をかけ、食い入るように紙を見つめる。ユーリィは一度だけ流し目程度に文字を見ただけで、あとは興味をなくしたように軽く目を閉じた。


「この言葉だか暗号だかを解読してもらいてぇんだが」


 わかるか、先生? とサスが訊くと、


「これは、マノ語ですね」

「マノ語?」

「俗にエルフ語と呼ばれる言語です。より正確に言うと、南方()ヒデグ語族(ごぞく)に属するマノ語といいます──少々お待ちください」


 トナーはそう言って立ち上がった。「どこに置いたかな」などとつぶやきながら、壁の本棚のなかを漁りはじめる。


 その姿を横目にしながら、


「やっぱり、そうか……」


 サスはひとりうなずく。予想はしていた。シィルは、エルフ語を話す。それをサスは知っていたし、そのシィルがサスに宿した風精カジャが用いる言葉であれば、エルフ語である可能性は高い。


 しかし、想像がついても理解できなければ意味がない。ということで、ギルドの仲間たちにエルフ語を理解できそうな人物を知っているかと聞いて回ったところ、トナーの名が挙がったのだ。


「……先生、先生」


 トナーが探し物をしている間、キーファが小声でユーリィの袖を引っ張った。


「古ヒデグってなんです? 語族? なんで、エルフども(・・)は北にいるのに、『南方』なんですか?」


 質問を受けたユーリィがゆっくりと目を開いた。ちらりと後ろのキーファを一瞥(いちべつ)すると、


「語族とは、同系統の言語が属する集団を指している」


 抑揚(よくよう)のない声音で説明をはじめた。


「太古、いま我々がいる中央平原はクォーリス大森林地帯の一部だった。というより、大陸のほとんどはギヨ・タライ永久凍土(とうど)とクォーリス大森林地帯だったと言われている」

「へぇー」

「現在の気候変動の傾向として、世界は暖かくなっている」

「そうなんですか?」


 キーファが瞳を大きくさせた。


「あくまで仮説だが。これはどうやら周期的な動きと思われる。世界は暖かくなり、冷たくなりを交互に繰り返している」

「どうしてそんなことがわかるんですか?」

「地層からだ。温暖な地方に生息する虫や動植物の死骸(しがい)──つまり化石が、寒冷な地方で見られることがある。また、海に近い地域の地層では、海面よりもはるかに高い位置に海洋生物の化石が見つかることがある。世界が寒暖を繰り返す証拠だと言われている」

「はぁ」


 と、キーファは曖昧(あいまい)にうなずく。


「寒冷期、クォーリス大森林地帯は今よりもはるか南方にまでその勢力を広げていた。それが、世界が暖かくなるとともに森の境界が北に移動していった。森とともに北上を続けたのがエルフに代表される種族だ」


 能弁(のうべん)である。いつの間にか、サスもユーリィの話に聞き入ってしまっていた。


「その寒冷期があったと仮定して、その時期を『ヒデグ期』と呼ぶ。寒冷から温暖へと転じる以前を古ヒデグ、以後を新ヒデグ。エルフは人よりも長寿であり、変化の遅い種族のため基準にしやすい。現在のエルフの生息地を勘案し、古ヒデグ期のクォーリス大森林と照らし合わせた場合、エルフは大森林の入口付近、つまり南に生息するはずだから、このエルフ語──マノ語を含める諸語を南方古ヒデグ語族とした」


 ということは、とキーファはユーリィに尋ねる。


「その、南方古ヒデグ語族があるってことは、北方古ヒデグ語族がある、ということですか」

「中央古ヒデグ語族もある。我々のいま使っている言語はこの語族に含まれている。北方古ヒデグ語族は、あると言われている」


 ユーリィはさらに説明を続ける。


「現在もそうだが、クォーリス大森林地帯には、北に進むほどに力の強い種族が生息すると考えられている。なぜ彼らが北を好むのか、未だに解明されてはいないが、強い種族同士が相争い、共倒れする危険を避けるため、より過酷な地を選んで棲み分けを行ったから、というのが通説だ」

「その強い種族っていうのは?」

「神話、あるいは伝承に登場する者たち。ドラゴン、グリフォン、キメラなど」

「恐ろしい化物ばっかり……」

「我々から見ればそうだが、彼らは知性を持ち、言語を操るとされている。それに、人に近い形態を取る種族もある」


 そこまで聞いて、サスには思い当たる節があった。言葉を操り、人に近い姿を取り、『化物』と呼ばれ得る種族……。


吸血鬼(ヴァンパイア)……」

「その通りだ」


 ユーリィが、サスを向いてうなずいた。


「しかし、吸血鬼にしてもそうだが、彼らが本当に北方古ヒデグ語族の言語を扱うかはわからない。中央古ヒデグ語族の可能性もある。南方古ヒデグ語族かもしれない──そもそも、我々が彼らに遭遇する確率は高いものではないし、出会ったとして生き延びることができるのか、という問題がある。仮に生き延びた者がいたとしても、その者が都合よく彼らの操る言語を聞き分け、分類できる知識があるのか、ということだ。さらに言えば、彼らが我々と言葉が通じるよう、第二言語を用いて話しかけてくる可能性さえある」

「それ以前に、この分類には問題があります」


 トナーが、折り(たた)まれた紙を手に戻ってきた。


「まず、ヒデグ期が本当にあったのかという問題。仮にあったとして、有史以前の太古の時代に、果たしてエルフが存在していたのか、という問題」

「おっしゃる通りです」


 ユーリィがあっさりと認めた。


「さて、ユーリィ先生の講義はこれぐらいにしておいて、本題に入りましょうか」


 トナーはサスを見た。


「サーシバルさんのご相談にお応えしなければなりませんから」

「──頼む」

「まず、この紙に書かれたエルフ語ですが、ほとんど簡単な単語の羅列(られつ)です。おそらく、これをあなたに伝えた者は、できるかぎりわかりやすく、明快に伝わるよう意図したのでしょう」

「そうなのか」


 船の中で、一度だけ見たカジャの姿を思い浮かべる。かなり乱暴な伝え方をされたとばかり思っていたが、そうでもなかったらしい。


「──ローン タワンオー チェット トゥ ソーン サーン ピリマ レ ティッス タワントゥック ティアン ヌア スーン トゥック ホック ハー ピリマ」


 トナーは呪文のように紙の言葉を読み上げると、


「これらは方角と距離を示しています。『タワンオー』は『東』、『レ』は『と、そして、および』といった、ふたつ以上の等位の言葉を接続させる際に用います。『タワントゥック』は北を意味し、『ピリマ』は距離の単位を示しています。我々の用いる『ザーズ』の約1.66倍。これを換算すると──東へ12ザーズ、北へ1ザーズ進め、という意味になります」


 言い、トナーは折り畳まれた紙をサスに手渡してきた。


「どこを起点にしているかまでは、我々には知り得ません」


 紙を広げると、そこには詳細なゲーケルンの地図が描かれていた。


 サスが風精カジャからこの言葉を聞いたのは、アジトの中である。起点となる位置はそこだろう。


 サスは一瞬のためらいの後、ギルドのアジトを指さした。本来、ギルドの会員以外にアジトを伝えるのはご法度(はっと)である。だが、トナーとユーリィほどの頭脳を持つ者たちがその気になれば、サスが隠したところでたやすく見破られるのは目に見えている。


「ここが、俺たちのアジトだ」

「恐れ入ります」


 トナーは言いながら、アジトの位置に指を置いた。そこから指を東へ、そして北へと動かしていく。


「この辺りですね。おそらく──」 


 地図の上で、トナーの指が止まった。


「この建物でしょう」


 そこは、貴族街だった。ウル・エピテスからやや離れた、北の(がけ)に近い地区。


「貴族の……屋敷か」


 サスはぽつりとつぶやいた。

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