表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
111/239

67 晩餐会前夜Ⅱ(後)

「──団長は、最近の王都を騒がせている暗殺ギルドの抗争を知っていますか?」

「ある程度はな。だが、知っている内容はお前と大して変わらん」


 ファン・ミリアのただならない雰囲気を感じ取ったのか、今度はジルドレッドが料理を口に運ぶ手を止めた。


「今回、我々が軍の要請を()けて護送をしたのは、『鷲』と呼ばれる暗殺ギルドの重要参考人でした」


 ジルドレッドはちらりとファン・ミリアを一瞥(いちべつ)しただけだった。続けろ、という意味だろう。


「そのさらに前日、私が偶然に出会ったカホカという人物。これが鷲のギルドの構成員とともに現れたのは報告した通りですが、そのカホカが、『蛇』と呼ばれるもう一方のギルドは人身売買を行っている、という話を私に伝えてきたのです」

「……証拠は?」

「ありません。知っているのか、知らないのか。すくなくとも私には言いませんでした」

「お前の心証(しんしょう)はどうだ?」

「わかりません。しかし、カホカは確信があるような口調でした」

「考える余地があると?」


 ファン・ミリアは口ごもった──ものの、


「調べるべきかと思います」 


 そうか、とジルドレッドはフォークを皿に置いた。銀器の、カチャリと皿に触れる音が部屋に響く。窓の外の雨音が近くなった気がした。


「お前も食え。冷めるとまずいぞ」


 (うなが)され、ファン・ミリアはフォークを手に取った。燻製(くんせい)にした豚肉を切り分け、香草(こうそう)のソースにつけて口に運ぶ。


「……ベイカーとも相談してみるか」


 つぶやくようなジルドレッドの言葉に、ファン・ミリアはすくなからず驚いた。


「彼女の言葉を信じるのですか?」

「さぁな。俺はそのカホカという女を話でしか知らんが、お前は引っかかっているのだろう?」

「……はい」

「なら、調べてみるさ」


 ジルドレッドは言い、「それにな」と付け加えた。


「俺も心当たりがないわけでもない」

「というと?」

「お前が護衛に出ていた時、つまり昨夜だが、城で、ごく微弱(びじゃく)な魔力が発生した。通常ならば見逃しても仕方がないといった程度のな。本部からは距離もあり、大気で散発的に発生する魔力に紛れてほとんど把握できない力だった。実際、うちの探索班でさえ気がつかなかった」

「では、いったい誰が?」

「ルガーシュだ」


 苦り切った口調でジルドレッドがその名を口にする。


「さすが、といったところだな。時間的に見て、お前が城を出てからそれほど経ってはいなかっただろう。俺がルガーシュの供をして城を出ようとした、そのタイミングだった」


 その時、ルガーシュは城門からふと振り返り、不思議そうにウル・エピテスを仰ぎ見てこう言ったのだ。


『──貴国では、空に魔性(ましょう)でも飼っているのか?』と。

「空……」


 その話を聞いて、ファン・ミリアはある事実に思い至った。


「まさか──」と、つぶやく。


蝙蝠(こうもり)ですか?」

「そういうことだ」


 ジルドレッドが認めた。


「本部でお前から聞いた報告と、奇妙な点で一致していることがある。そのカホカなる女の仲間と思われる、もう一人の女。お前の報告では蝙蝠に化けたそうだな」


 ファン・ミリアは無言でうなずく。


「ベイカーからも聞いている。最初に異変に気付いたのは、お前がウル・エピテスに舞う蝙蝠に微量(びりょう)の力を感じ取ったことがきっかけだった」

「つまり、その女がウル・エピテスに忍び込んだと?」

「確証はないが、俺はそう見ている。──であれば、なぜ女はウル・エピテスに忍び込んだのか、という疑問にぶつかるわけだが」

「レイニー……(わし)のギルドの頭目」


 ファン・ミリアは緊張した声音でつぶやいた。


「カホカという女と、その仲間である蝙蝠の女、このふたりが『鷲』と呼ばれる暗殺ギルドとつながっているのなら、そう考えるのが自然だな」


 それだけではない、とジルドレッドが続けた。


「ルガーシュの助言を受け、俺が調査を指示したのはウル・エピテスの尖塔(せんとう)のうちのひとつだった。俺自身、半信半疑ではあったが、グスタフを行かせたところ、そこはまさしくレイニーを捕えてある牢獄だった」


 グスタフとは、聖騎士団員の名である。グスタフ=レイフォード。聖騎士団の中でも上級、つまり隊長格の男で、熟練者(ベテラン)である。


「結果は?」


 料理を食べることさえ忘れ、ファン・ミリアが訊くと、


「空振りだった。いや、正確には追い返された」


 そこでグスタフが見たのは、牢屋のレイニーと、自分たちのすぐ後に現れたウラスロの使者だったという。


「ひっきりなしに聖騎士団の本部に来ては、お前を晩餐会へと誘ったあの男だ」

「なぜ、あの男がそんなところへ?」


 気弱そうな男だった。ファン・ミリアが見るたび、つい苛立(いらだ)ってしまうほどの。


 当然の疑問をファン・ミリアが口にすると、


「わからん。わからんが、軍とあの男に繋がりがある、と思うしかない。しかも、だ。もし男が独断によって行動したのではないとすると──」

「ウラスロ殿下が、今回の件に関わっている?」


 ファン・ミリアの推測に、しかし、ジルドレッドは答えず、


「加えて今日、聖騎士団に通達があった。明日はお前が晩餐会に出席するめでたい日ゆえ、聖騎士団は臨時に休暇を与える、とな」

「馬鹿な」


 思わずファン・ミリアは声を荒らげた。たしかに明日、ファン・ミリアは晩餐会に出席する。するが、それで所属する団が休暇になるなど、聞いたためしがない。前代未聞である。


「それは、殿下からの下知ですか」

「まさか」と、ジルドレッドは一笑に付した。

「俺たちは、殿下の(めい)では動かない」

「では、いったい──」

「いちおう、宰相府(さいしょうふ)から来ている。フーノック卿だ」


 そうであれば、命令の出どころ自体はおかしくはない。


 宰相府とは、聖騎士団の上位組織であり、王の下命を受け、実質的な国家の運営を担う部署である。構成員は東ムラビア王国を代表する大貴族がずらりと名を連ね、フーノック卿もその一員で、聖騎士団の後見人として、団を監督・指導する役割を負っていた。


「卿は何とおっしゃっていましたか?」

「あの方は狸だ。何も言わんさ。──そう決まった、と。これだけだな」


 やれやれと言わんばかりに、ジルドレッドは特大の溜息をついた。


「どうやら明日の晩餐会、上の連中は俺たちを遠ざけておきたいらしい」

「連中とは具体的に誰か、団長は心当たりがありますか?」

「ない、と言っておこう」


 意味ありげな物言いである。しかし、ファン・ミリアはそれ以上つっこんで聞くのを控えた。ひょっとするとジルドレッドには心当たりがあるのかもしれないが、おいそれと口に出すわけにはいかない、という意図が感じられたからだ。


「しかし命令は命令だ」


 ジルドレッドが、うんざりしつつも生真面目(きまじめ)な表情を作った。


「明日、団員には自宅、もしくは(りょう)で待機するよう伝えてある」


 ファン・ミリアはうなずいた。


「だが、俺とベイカーは何くれとなく理由をこじつけては本部に詰めておく。また、最低限のこちらからの要望として、お前にはグスタフをつけることをフーノック卿に認めさせた。常にお前の手の届く(そば)に、とまではいかぬだろうが、何か異常があれば駆けつけ、お前の言葉を俺に伝えることはできるだろう」

「わかりました」

「ともあれ、せっかくの晩餐会だ。お前は気が進まんだろうが、楽しめる分には楽しめ」

「……はい」


 ファン・ミリアはそれだけ返事をするのがやっとだった。


 ◇


 食事を終え、ジルドレッドを乗せた馬車を見送った後、ファン・ミリアは屋敷までの道のりを歩いて帰った。


 店が用意した馬車を勧められたが、ファン・ミリアは断った。


 十歩以上の距離は歩かずに馬車を呼ぶ、というのが貴族の習慣ではあるものの、ファン・ミリアはまだ貴族ではない。実際、店から屋敷は目と鼻の先である。


 何より、歩きたかったのだ。


 しかし、昨夜から続く雨はいっこうに降り止む気配を見せず、むしろ強くなっていくようだった。


 短い距離ながら、ファン・ミリアは濡れそぼって屋敷の門をくぐった。扉に取り付けられた蹄鉄(ていてつ)型のドアノッカーを叩くと、ややあって「はい」という、ルクレツィアの怪訝(けげん)そうな声が聞こえてきた。


「私だ」

「サティ?」


 すぐに扉が開いた。ルクレツィアはファン・ミリアを見るや、「まぁ!」と黒茶色の瞳を丸くする。


「あなた、また濡れて帰ってきたの?」

「うん……すまない」


 ファン・ミリアが答えると、ルクレツィアはあきれたように腰に手を当てた。


「昨日の今日で、聖女さまはいつからそんなに雨に打たれるのがお好きになったのかしら」

「いつごろだろう」


 ファン・ミリアがぼんやりと答えると、ルクレツィアから「来なさい」と手を取られた。


 居間の長椅子に座らせられ、


「服を脱いで待ってて」


 言い置き、足早に(へや)を出ていく。


 ファン・ミリアがもたついた手つきで服を脱いでいると、すぐにルクレツィアが戻ってきた。腕に布をかけている。


 まだ服を脱いでいないファン・ミリアを見て、「なんでまだ着てるのよ」と、ルクレツィアがさらに呆れ顔を作った。


「脱ごうとはしていた」


 ファン・ミリアが抗議すると、


「でも脱いでないじゃない」


 ほら、手を伸ばして、とルクレツィアから言われるがままに、ファン・ミリアは手を伸ばした。


 服を脱がされ、裸に近い恰好で長椅子に横になった。ルクレツィアはファン・ミリアの頭の後ろに立つと、濡れたストロベリーブロンドの髪を()きはじめる。


 頭の上に布をかぶせられ、ファン・ミリアはされるがままになっていた。


 あくびが出た。


「髪を拭かれるのは、気持ちがいい」


 ぽつり、とファン・ミリアが言うと、


「だから濡れて帰ってきたの?」


 上から、ルクレツィアの声が落ちてくる。


「そうかもしれない」

「いいご身分ですこと」


 ルクレツィアがファン・ミリアの髪の一房(ひとふさ)を取った。


「もう、せっかくの髪が台無しじゃない」


 丁寧に髪を乾かしながら、


「今日、ドレスを広げてみたわよ」

「……」


 けれど、ファン・ミリアは無言のまま何も言わない。


「サティ、あなた今、すごい嫌な顔をしているわね。見なくてもわかるわ」


 その通りだったので、やはりファン・ミリアが無言でいると、ルクレツィアの笑う気配がした。


「それはそれは豪華なドレスだったわ。染め残しもまったくない、ぜんぶがキレイな群青色。たぶん、体格(サイズ)もあなたにぴったりね。いったいどこで知ったのかしら」

「……気持ち悪い」


 ファン・ミリアが心の底から思って言うと、


「あらあら、今夜の聖女さまはとってもご機嫌が斜めね」


 くすくすと、ルクレツィアが忍び笑いをもらす。


「普通、殿方からあんな素敵なプレゼントをもらえば、泣いて喜ぶものよ?」

「欲しいなら、ルクレツィアに譲ろう」

「殿方からじゃなくっちゃ、意味がないわ」

「私は、ルクレツィアからもらったほうが嬉しい」

「あら、光栄ね。でも私が贈るには、もうちょっとお給金を上げてもらわないと無理そうだわ」


 そうだな、とファン・ミリアは瞳を閉じた。


 雨に打たれた後の気だるさに身を任せていると、


「明日、午過ぎに髪結い師が来るわ。あなたのことを伝えたらね、そりゃもう大興奮、完璧な髪形に仕立て上げます! って張り切ってたわ」

「ん」

「その後で、宝飾師ね。賃借(レンタル)でお願いしてあるけど、それでいい?」

「ルクレツィア」

「なあに?」

「眠る」

「どうぞ、ごゆっくり」


 ルクレツィアが言い終わらぬうちに、静かな寝息が聞こえてきた。


 よほど疲れていたらしい。それもそのはず、昨夜は一睡(いっすい)もできなかったようだ。


 ──サティは、悩んでる。


 どんな悩みかは知る由もないが、ルクレツィアは気づいていた。


 ──これだけ甘えてくるなら、言ってくれればいいのに。


 友人としてそう思わないでもないが、このあたりの矜持が、ファン・ミリアという人らしい気もする。


 髪を拭き終わると、ルクレツィアはファン・ミリアに上掛けをかけてやった。部屋の灯をすべて消す。


「せめて、寝ている時くらいはいい夢を見てね」


 ちいさく声をかけると、足音を立てずに居間を出た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ