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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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65 晩餐会前夜Ⅰ

 王城ウル・エピテス。


 聖騎士団本部の団長室に、ファン・ミリアが憮然(ぶぜん)とした面持ちで直立している。


 重厚な机のむこうで、団長のジルドレッドもまた渋面(じゅうめん)を作っていた。その背には、雨が降りしきる王都の夜景が見えた。


「お前が、任務を失敗するとはな」


 昨夜に関する報告を聞き終えたジルドレッドが、溜息まじりにつぶやいた。


「返す言葉もありません」


 ファン・ミリアは両手を後ろに(にぎ)り、ただ処罰を受け入れる覚悟のようだ。


「お前は、(いさぎよ)すぎる」


 苦虫を噛み潰したようにジルドレッドが言った。


「普通はな、あれこれと理由をこじつけては、自分に責任はないと言うものだ」

「私の性分ではありません」


 生真面目(きまじめ)に返してくるファン・ミリアに、「わかっている」とジルドレッドはやや面倒そうに手を振ってみせる。


「だが、事前に言い逃れを用意するのはこのウル・エピテスの常套(じょうとう)ではある。己の非を素直に認めるのは、己の中で十分だ、という考え方もあるだろう」

「団長なら、そうするのですか?」

「時と場合によってはな。志のない相手にお前の高潔さを見せつけたところで、かえって付け入る隙を与えるだけだぞ」


 ファン・ミリアは黙り込む。憮然としたなかに、かすかな不満の色が浮かぶを、ジルドレッドは見逃さなかった。


 小言や、場合によっては罵声(ばせい)を浴びせかけられるくらいの覚悟はあっただろう。けれど、この角度から文句をつけられるとは思っていなかった、という表情だ──そうジルドレッドは見た。


 内心では微笑(ほほえ)ましく思わないでもないが、上司として、ジルドレッドはそんな表情をおくびにも出さない。


 英雄、あるいは聖女としてのファン・ミリアの才能と能力は万民が認めるところだが、実のところ、未熟な面も多い。


 今、ファン・ミリアが作っている表情がその証左でもある。


 どれほど優秀な人間だとしても、彼女はまだ若い。


 性格に(かど)があり、その角があることを認めることができない。ファン・ミリアに限らず、若さとはそういうものなのだろう。


 これまで多くの若い優秀な部下を従えてきたジルドレッドには、それがよくわかった。


 ファン・ミリアの場合、自分に対する理想が高すぎるのだ。それこそ英雄として、聖女として、「自分はこうでなくてはならない」と自身を規定しすぎるきらいがある。


 ──自分に理想を求め過ぎると、他者にまでその理想を押し付けるようになる。


 ジルドレッドは常々、ファン・ミリアの潔癖(けっぺき)な性格を危惧(きぐ)していた。


 また先達(せんだっ)て、副団長のベイカーから、ファン・ミリアが悩んでいるらしい、との報告があった。ベイカーは彼女から『理想』についての相談を受けたのだという。


 ジルドレッドも薄々は気づいていたことだが、シフル領での一件以来、どうも気持ちが晴れないらしい。


 タオ=シフルの死に触れ、何かしら思うところがあったのだろう。


 求められもせずにあれこれと助言をしたところで、ファン・ミリアは簡単には受け入れはしないだろう。自己への厳しさが転じ、頑なさ、意固地(いこじ)さ、さらに言えば、ある種の傲慢(ごうまん)さがこの娘にはある。


 つまるところ、ファン・ミリアはまだまだ幼いのだ。


 だからこそ、ジルドレッドはこの部下を微笑ましく思っている。同時に、将来、いま以上にこの国の重責を(にな)うであろう彼女に、どうにか処世術(しょせいじゅつ)なり、柔らかさなりを身につけてほしいとも思っていた。


 ──誰しもが、理想を目指して生きる強さを持っているわけではないのだ。


 人の心は美しいが、(みにく)くもある。


 自己を(かえり)みず、命を投げ捨てて誰かを救おうとする者もいれば、ごくわずかな金のために人を殺める者もいる。


 それゆえ、かつてジルドレッドはファン・ミリアに告げたのだ。


『理想は高潔(こうけつ)であればあるほど、成し()げることが難しい』と。


 ジルドレッドはひとつ、咳払(せきばら)いをした。


 その一挙手一投足を、ファン・ミリアがまっすぐな瞳で見つめてくる。


 やれやれ、とジルドレッドは再び溜息をこぼしたくなるのをぐっとこらえ、


「お前と飯を食いに行ったのは、もうずいぶん前のことだな」

「は?」


 だしぬけに言われ、ファン・ミリアはきょとんとした表情を作る。


「明日の晩餐会は、お前が主賓(しゅひん)なのだろう?」

「私はただ、殿下からのお誘いをお()けしただけです」


 ファン・ミリアの表情が打って変わって硬いものになる。


 ──殿下も、ファン・ミリアにその気がないのを(さっ)してしかるべきなんだがな。


 ジルドレッドは内心、あきれた気分で、


「お前の心情は知らんが、今回の晩餐会の趣旨(しゅし)はそうなっている」


 言うと、ファン・ミリアは無言のまま、いかにも不機嫌そうに唇をへの字に曲げた。滅多(めった)に見せない表情ではあるが、これはこれで(おもむき)があるな、とジルドレッドは感心しながら、


「まぁ、すこし付き合え、そう遅くにはならんだろう」


「はぁ……」と、ファン・ミリアは二度三度まばたきをして、


「しかし、また何者かがウル・エピテスに侵入するのでは?」

「その話もしたい。遠くの店は選ばんさ。我が団は警護の任から蚊帳(かや)の外だしな」


 ジルドレッドはそう言って椅子から立ち上がった。


「着替えてこい。俺はベイカーに伝えて馬車を回しておく」

「わかりました」


 ようやくうなずき、ファン・ミリアは部屋を出ていった。



「よろしいのですか?」


 着替えを終え、二人がけの(ほろ)馬車に乗り込むと、ファン・ミリアはジルドレッドの隣に腰かけた。


「何がだ?」


 制服姿のまま、ジルドレッドが訊き返してくる。


「私に構うより、早く家に帰って娘御の相手をしたいのではないかと」


 ジルドレッドにはまだ幼い娘がいるのを、ファン・ミリアは知っていた。たしか、五歳か六歳だったはずだ。父親として可愛い(さか)りだろう。


「いらん気遣いをするな」


 ジルドレッドは鼻で笑う。


「お前に心配されるほど、所帯(しょたい)じみて見えるか?」

「いえ、まったく」


 動き出した馬車のなかで、そんな会話をしていると、


「そういえば、お前の好物を聞いたことがなかったな」

「好物、ですか」

(おご)りだ、好きな物を言っていい」

「好きな物……」


 つぶやき、ファン・ミリアは幌の一部を切り取ってつけられた小窓の(ひさし)から、雨が落ちるのを見た。


「……パンと葡萄酒(ぶどうしゅ)

「お前は、禁欲でもしているのか? それとも俺の財布に遠慮をしているのか?」

「いえ、そういうわけでは」


 鋭い突っ込みに、ファン・ミリアはあわてて首を振った。


「特に好き嫌いは……ただ」

「ただ、なんだ?」

紅茸(べにだけ)は好みません」


 子供時分、故郷のラズドリアの森できのこ狩りをした際、野生の紅茸を食したことがあり、これが見事に中毒(あた)った。猛烈(もうれつ)な吐き気と腹痛に襲われ、死ぬかと思った。多分、まだ幼かったため、体内の浄化作用が未熟だったせいだ。それ以来、紅茸はどうも苦手だ──ということをファン・ミリアが神妙(しんみょう)な口調でジルドレッドに伝えると、


「もういい。俺が決めるぞ」


 嘆息(たんそく)して、ジルドレッドが御者(ぎょしゃ)に店名を伝えた。数分後、馬車が止まった先は、ファン・ミリアも知っている店だった。入ったことはないが、王城からすぐ近くである。ファン・ミリアの屋敷からも遠くない。


 ジルドレッドは正面口からは入らず、脇にとりつけられた階段を上っていく。


 ファン・ミリアはその背中を追いかけた。

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