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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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63 鷲のギルドⅥ (前)

 水浴を終えたティアとカホカのふたりが、それぞれゆったりとした服装でレイニーの部屋に行くと、ディータと、見知らぬもうひとりの男が談笑をしていた。


「よぉ、来てくれたか」


 ディータが手を上げ、長椅子に座るよう促してくる。その前の卓には、色とりどりの料理が所狭(ところせま)しと並べられていた。


「すげー」


 カホカが感嘆の声を上げた。


「なにこれ、ぜんぶ食っていいの?」


 もちろんだ、と答えたのは、ディータではないほうの男だった。


 ──この男が。


 聞くまでもなく、彼が何者であるかはわかった。


 年齢は四十歳ほどだろうか、灼けた肌に、(とび)色の瞳。軽く笑みを浮かべた口元には(しわ)が刻まれている。


 ──サーシバル。鷲のギルドのナンバー2か。


 思いながら、ティアはサスと向かい合う位置に腰を下ろした。隣のカホカは座るやいなや、手ずからパンの上にサーモンを乗せて食べはじめている。


「落ち着けよ。とりあえず乾杯といこうぜ」


 笑いながらディータが言って、酒杯(しゅはい)を持つ。ティアは前に置かれたいくつもの杯のうち、水を取った。カホカは牛乳をかかげた。サスもまた、ワインの杯を取っている。


「乾杯」


 誰からというわけでもなく、唱和(しょうわ)して杯を突き合わせた。


 ティアが唇を湿らせる程度に水を飲むと、


「ディータから、話は聞かせてもらっている。アンタたちにはずいぶんと世話になっちまったようだ。まずは礼を言わせてもらおう──ありがとよ」


 サスが頭を下げてくる。


「くるしゅーない」


 葡萄(ぶどう)を舌で転がしながら、カホカが笑う。相変わらずの態度だが、実際のところ、今回のサスの救出はカホカの働きに()るところが大きい。


「ティア、(かに)があるねぇ」


 そのカホカが、大皿に乗った(かに)の蒸し焼きを指さしている。


「うん」


 その通りなのでティアが返事をすると、


「蟹って、おいしいんだけど食べにくいと思わない?」

「うん?」

「ああ、傷が痛いなぁ。傷が痛むなぁ」


 そういうことか、とティアは苦笑した。東ムラビアの沿岸部で獲れる蟹は味こそ悪くないものの、殻が大きいうえに硬くて()きにくい。ティアは水皿に指をひたすと、脚を折り、中身をつまみ出した。それを皿に並べようとすると、カホカがこちらに口を向け、ぱくぱくと開いては閉じを繰り返している。


 どうやら、食べさせろ、ということらしい。


「……とうとうエラ呼吸ができるようになったのか?」


 ティアがすっとぼけて訊くと、


「腕が腐ってもげた」

「そうか、大変だな」


 さすがにそこまでは付き合えないので、ティアが蟹の身を皿に並べると、カホカは「……くそが……くそが!」と、こちらにぎりぎり聞こえるくらいの小声で蟹を食べはじめる。


「アンタたちは、よくわからん関係だな。友人同士なのか?」


 サスが不思議そうな表情で訊いてきた。


「友人でもあるし、幼馴染(おさななじみ)でもあるな」


 (から)の中身をほじくりながらティアが答えると、


「……元婚約者だったりもするんだけどね」


 誰とも視線を合わせず、つまんだ蟹を口に放りながらカホカが言い添えた。


「そりゃ、初耳だ」


 ディータが目を丸くさせ、


「けどよ」


 と、ティアとカホカの顔を交互に見やる。言いたいことは、わかる。


「どっちも女じゃないかって?」


 カホカが、ため息まじりに言った。


「いや、まぁ、お前らがいいんならいいんだけどよ」


 ディータが気まずそうに禿頭(とくとう)()く。カホカが「いや、よくないんだけどね」と何やら欝々(うつうつ)とした表情でこぼした。


 ティアはふたりの会話を横で聞きながら、


 ──隠しておくこともできるだろうが。


 自分が吸血鬼であることを、言うべきか、否か。


 彼らから見れば、ティアたちは恩人に当たるのだろう。隠したいそぶりを示せば、強いて詮索(せんさく)されない気はする。


 しかし、ディータは自分が人でないことに間違いなく気づいているはずだ。そもそも、彼は早くからティアのことを『化け物かと思った』という言葉を漏らしている。おまけに昨夜は、翼を()やしたところを目撃されたばかりでなく、当の彼をアジトまで運んできたのだ。


 バディスの件もある。


「……髪が邪魔だな」


 殻を剥きながらティアがつぶやくと、カホカが「んじゃ、これ使えば」と、ティアの髪をまとめて毛玉を作り、置いてあったフォークをヘアピンがわりに差した。髪の長い女性が食事を()る際にヘアピンで髪をまとめるのは、すでに古くからの文化である。


「そんなに邪魔なら、切っちゃえばいいのに」


 髪を結んでもらう時、だいたいカホカはこう言う。


「たぶん、切ってもすぐ生えてしまうからな」


 感覚的にわかることだった。吸血鬼の能力として、髪が切られたことを傷がついたと見なし、身体が傷を治すように、すぐに元通りになってしまう。


「その『すぐ』って、どれくらいなのさ?」


 カホカに訊かれ「それはどうだろう」とティアは首をひねった。漠然とした感覚のため、詳しくは試してみなければわからない。


 そこでティアは顔を上げた。


「──私がこうなったのは、一度死んで、吸血鬼となって甦ったからだ」


 会話を聞いていただろうサスとディータを交互に見つめる。


「死ぬまでの私は、タオという名のシフル家の次男だった」


 サスが、無言のまま腰を深く長椅子に座り直した。


 ディータもまた、食い入るようにこちらを見つめている。


「私を殺したのはウラスロだ」

「ウラスロ?」


 サスが、眉根を寄せた。


「ウラスロ=ディル=ムラビア。ウラスロ王子のことか?」


 そうだ、とティアはこれまでの経緯を話しはじめた。話がすべて終わると、


「なるほどな」


 と、サスは親指でこめかみを打つ。


「ひでぇ野郎だな」


 ディータが吐き捨てた。握り拳を作りながら、


「兄貴、ウラスロをぶっとばしてやろうぜ!」


 鼻息を荒くさせ、息巻いている。


「まぁ、待て。お前は直情径行(ちょくじょうけいこう)すぎる」


 サスが落ち着いた口調でディータをたしなめた。


義憤(ぎふん)を感じてくれているのならありがたいが、何かをしてほしくて言ったわけじゃない」


 ティアは目を伏せた。


「ただ、自分を伝えなければ、信用してもらうことはできないと思った」


 ディータが、言葉を呑み込んだようだった。


 カホカは話には参加せず、ティアを横目にトマトをかじっている。


「ウラスロ王子か……」


 サスが、静かにつぶやいた。


「いい噂は聞かねえが、この王都じゃ、あんまり話題に出ることはすくないな」


 サスは口元に手を当て、


「アンタの故郷での話を聞いて、やっぱりそういう奴だったか、という印象はある。あるが、妙だな」

「妙というのは?」


 ティアは拳を握りしめる。その手に、早くも汗が浮かびはじめていた。


 サスは考える様子で、


「ウラスロ王子の噂ってのは、大抵が地方からの流れ者やら商人やらから聞かされることが多い。王都の中じゃ、ほとんど目立った動きをしないからな」


 お前は何か知ってるか? とサスはディータをうかがい見た。


「まあ、確かに王都(ここ)じゃ、あんまり話題にゃ出ねぇな」


 ディータの返答に「だろう?」とサスがティアに視線を戻す。


「かなり昔の話だが、ウラスロ王子について役人から聞いたことがある。どうも子供の頃は病弱だったらしくてな、何をやらせても能力はイマイチで、王家のなかでもこれといって目立ったところのない、地味な性格だったらしい。地方から聞こえてくる噂と言っても、ここ最近になってからだ」

変心(へんしん)した、ということか?」

「もともと隠していた性分が出てきたのか、変心したのか」


 サスが酒杯の残りをあおった。


「ウラスロ王子の存在自体は、もちろん誰もが知ってる。なんたって次の王サマだからな。現王のデナトリウスが死ねば、次はウラスロだろう、ということはゲーケルンの人間なら知らねぇ奴はいない。他にめぼしい王族がいるわけでもなし。だから──俺もアンタの話を聞いて妙だなと思った。その立場に比べて、情報があまりに出てこないってことに気づいたからだ。こういう不自然さってのは、必ず裏があるもんさ」

「不自然さ?」

「ウラスロ王子にとって都合の悪い話は全部、ウル・エピテスが握りつぶしちまってるってことだな。けどな……」


 言うと、サスは脚を組んだ。再び口元に手を当て、深く考え込む。


 話の先を聞こうと口を開きかけたティアを、ディータが「兄貴をそのままにしといてくれ」と、横から声をかけてきた。


「兄貴が考える時の癖なんだ。いま何を話しかけても無駄だ」


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