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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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57 遭遇Ⅷ

 斬り落とされた腕が、雨音に包まれながら、土の上で転々とする。


「なんで、アンタが」


 崩れゆく青年を前に、カホカは状況が理解できずにいた。


「バディス!」


 野太い男の声が聞こえた。顔を上げると、道のむこうからディータがこちらに走ってくる。


「こりゃあ、どういうこった!」

「オッサンまで……」


 呆然とするカホカ、そしてファン・ミリアをよそに、ディータは急いでバディスを抱き起こした。その顔は土色で、すでに血の気を失っている。


「バディス、どうしてお前がここにいる!」


 大声で話しかけるディータに、バディスの眼がわずかに開いた。


「わか……らない」


 弱々しく、バディスが言葉を(つむ)ぐ。


「なんとなく……ここに来なきゃいけない気がして……。そうしたら、カホカさんがいて……熱……い」


 激痛でだろう、バディスは顔をしかめた。まだ腫れの引いていない顔が、より痛々しく歪む。


「馬鹿が!」


 ディータは自分の服の袖を引きちぎると、バディスの腕の止血にかかる。


「ここでは治療が難しい。私が引き取ろう」


 力のない声音で、ファン・ミリアが申し出た。


「ふざけんな!」


 険悪な顔つきでカホカが叫ぶ。ずきりと斬られた脇腹に痛みが走った。


 自分を守ってバディスが傷ついた。


 ──冗談じゃない。


 その言葉が、何度も頭の中に浮かんでくる。


「冗談じゃない!」


 ささくれ立つやるせなさが、激しい怒りとなって爆発した。カホカがファン・ミリアの顔面へと射抜くような蹴りを放つ。


「カホカ、待て!」


 しかし、その蹴りもラズドリアの盾によって弾かれ、よろめいたカホカが、二歩、三歩と後ずさった。


「……どいつもこいつも!」


 それでも踏みとどまり、カホカは全身から怒りを放つ。


 なぜかバディスによって自分は救われ、戻るなと言ったにもかかわらず、ディータは戻ってきた。ラズドリアの盾によって攻撃のことごとくが防がれてしまう。


「アタシを()めやがって!」


 すべてが気に入らない。


 踏み込み、ラズドリアの盾に拳を打ち込むたび、血が流れ出ていく。


 いまや、怒りだけがカホカの意識を支えていた。


「落ち着け!」


 なおも迫ってくるカホカに、ファン・ミリアが間合いを取ろうと剣を振った。が、カホカはそれをくぐって(ふところ)に入ってくる。


 ──速い!


 ここで引けば押し込まれる。


 ファン・ミリアは逆にカホカに身体をぶつけた。ラズドリアの盾の反発力が加わり、カホカの身体が後方へと跳んだ。そこを狙って、剣を峰に、カホカを追い落とした。


 しかし、地に落ちたはずのカホカが消える。


 すぐに背中に気配を感じ、ファン・ミリアは素早く振り返るも、そこにカホカの姿はない。


 ──殺気を込めたのか。


 ファン・ミリアが、大きく足を踏み出した。もう一度、身体を反転させる。


 目の前で、カホカが歯を食いしばり、構えを取っていた。


「くたばれ!」


 突き出されたカホカの拳には、炎の竜が宿っている。瞬時に展開されたラズドリアの盾と激突した。


 だが、それだけでは終わらなかった。カホカがもう一方の拳を放つ。その拳にもまた──


「二匹目の……!」


 双竜がカホカの拳とともにラズドリアの盾に打ち当たる。


 これまでとは比べものにならないほどの、鼓膜を突き刺すような高い音が鳴り響いた。


「まさか!」


 周囲の草木を震わせながら、その音とともに、青光の盾に細かな亀裂が走った。


 反射的に、ファン・ミリアが両手の槍と剣を重ねた。青い輝きを宿したふたつの得物が光となって混ざり合い、ひとつの武器へと形を変える。


 ──星槍(せいそう)ギュロレット。


 中央に持ち手があり、片方は巨大なスピア、もう一方には(ガード)が横に長い、十字架型の剣になっている。


 星神より授けられたファン・ミリアの神器である。


 その星槍が、カホカめがけて繰り出された。


 星槍が迫っているにもかかわらず、カホカは両の拳を突き出した姿勢のまま、避けようとも、受けようともしない。


 ──意識を失っている?


 そう思った時、虚空の闇が蠢き、(たわ)んだ。


 闇が、ファン・ミリアの聖槍にまといつく。重い水にくぐらせたように勢いが弱まったところで、何者かの腕が槍を受けた。


 受けた瞬間、光と闇による相克(そうこく)の力場が発生し、その腕が消し飛んだ。


「これが、神託の乙女の力か……」


 黒い霧を闇のヴェールにして覆っているため、顔はわからない。


 だが、女の声だ。二の腕から先を失っていながら、その声に痛みや焦りは感じられなかった。闇に包まれた顔のなかで、唯一、口元だけが(あら)わになっている。


 見る者を不安にさせるほどに赤い唇と、うすく輝くような白い肌。


「お前は……」


 ファン・ミリアの全身が緊張でわななく。


 この黒い波動には覚えがあった。


「黒い獣の者か?」


 ファン・ミリアは目の前の闇に対し、低い声音で誰何した。シフルの屋敷で遭遇した、黒狼と同じ力を感じたからだった。


「できれば──」


 しかし、あの時の黒狼とは見た目も、声もちがう。


「貴女とはこうなりたくなかった」


 ひどく、人間じみた声音だった。女の言葉には、切実な響きがこもっている。


 そしてファン・ミリアは思い出していた。ルクレツィアが見たという、カホカの仲間のことを。


「何者か?」


 ファン・ミリアは聖槍を構えたまま、尋ねた。


「白く、光輝ある聖騎士団に憧れていた」

「なに?」


 残った腕を、女はゆっくりと持ち上げていく。その緩慢(かんまん)とも思える動作が、殺意も敵意もないのだと、ファン・ミリアに伝えているようだった。


 その指先を、ふりほどこうという気にならなかったのはなぜだろう。


 ほそい指先が、そっとファン・ミリアの頬に触れた。雨によって、湿り気を帯びている。ファン・ミリアの火照った肌に、ひんやりと冷たかった。


「お前は、聖騎士団に(ゆかり)のある者なのか?」


 ストロベリーブロンドの前髪から、溜まった雨粒がすべり落ちていく。睫毛の長い紫水晶(アメジスト)の瞳は、瞬きひとつせず、黒い霧の女を映し続けている。


「今の私には、聖騎士団はあまりにも遠い存在だ」


 答え、女はふと思いついた様子で、


「ジルドレッド団長は、息災ですか?」


 と訊いてきた。


 慇懃無礼といった印象はまったく受けなかった。むしろ、親しみを感じさせる口調だ。


「知っているのか、団長のことを?」


 不思議だった。この状況で、まるで世間話をしているような感覚がある。それ以上に不思議なのは、人外であろう者に触れられているのに、まるで嫌悪感が湧いてこないことだった。


「知らない、と言ったほうが角が立たない気がする。実際のところ、話したことはないから」


 含んだ物言いで、女はちいさく笑う。


「貴女についても、一度だけ見た程度にすぎない」

「悪いが、見られることの多い立場ではある」


 暗に、お前のことは知らない、と伝えたつもりだった。


 すると女は先ほど同様、ゆっくりと腕を下ろしていく。


 会話が途切れた。雨脚が強くなった。


 ファン・ミリアの耳に、「バディス! しっかりしろ!」と大声で叫ぶ声が聞えた。見ると、斬られた青年が痙攣をはじめている。


「すぐに、また」


 言い終わるや、女の顔が一瞬にして霧散した。かわりに、大量の蝙蝠が一斉に放たれ、ファン・ミリアの視界を埋め尽くす。


「くっ!」


 星槍で蝙蝠を振り払いながら、あわてて跳び退った。再びファン・ミリアが見ると、やや離れた位置に女が立っていた。消え去ったはずの片腕が再生されている。


「お、おい!」


 戸惑った声を発したのは、ディータだ。


 女は気を失ったカホカを右肩に担ぎ、ディータとバディスをそれぞれ掴んでいる。さらにその赤い唇には、バディスの腕をくわえていた。


 その女の背中から、服を裂き、特大の翼が広がった。


「蝙蝠の……翼?」


 女の翼が羽ばたいた。三人もの人間を抱え、悠々(ゆうゆう)と飛び去っていく。


「逃がさん!」


 夢から()めたような心地で気を取り戻すと、ファン・ミリアは即座に星槍を女へと掲げた。


 女を狙い澄まし、光の奔流を放つ。が、光は女に届く寸前で急角度に折れ、あらぬ方向へと飛んでいってしまう。


「この現象は──」


 シフルで黒狼に放った時とまったく同じだった。


 ……星神の力が届かない。


 有翼の女が、降りしきる雨のむこうへと消えていく。


 ファン・ミリアはただ、驚く瞳で夜空を見上げていた。




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