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ハーフ・ヴァンパイア創国記  作者: 高城@SSK
第三章 王都編
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56 緋カホVS神託の乙女Ⅲ

 鮮紅せんこう(はし)った。


 炎をまとうカホカがファン・ミリアに突進していく。


 突き出された槍がカホカを貫くも、まるで手応えがなかった。


「残像──」


 瞬間、背後からカホカの蹴りがファン・ミリアに迫る。


 動きは、完全に読んでいる。


 ファン・ミリアは腰を下げ、蹴りをかわした。斜め後ろに反転し、カホカと背中を合わせるような位置から大股を開いて間合いを得た。上半身だけを回して剣を振る。その剣が、カホカの首を()ねた。が──


「これも、か」


 多重の残像。


「こっちだよ」


 その背後に、カホカが片脚で立っている。ファン・ミリアの背中を狙って蹴りを放つも、しかし、『ラズドリアの盾』によって弾かれる。


 ファン・ミリアは流れる重心を後ろ足で支え、槍をふるった。


 カホカはやや前進し、威力のない槍の根元を腕に受ける。


 それでも骨が軋むような悲鳴を上げた。


「痛ったいなぁ、もう!」


 打撲(だぼく)程度で済んでくれればいいけど、そうカホカは思いながら、受けた槍を掴んだ。と、炎が槍の上を(すべ)るようにつたい、ファン・ミリアの腕を(から)め捕った。獲物を捕えるがごとくファン・ミリアの身体を縛り上げる。


 にもかかわらず、ファン・ミリアに焦った様子は見られない。


 彼女の全身から発散される青い膜が、炎を完全に遮断してしまっていた。


「こんなん、ありかよ!」


 つくづく『ラズドリアの盾』は納得がいかない。


 ──反則技ってレベルじゃねー!


 この盾がある限り、ファン・ミリアにダメージを与えることができない。


 それに対して自分は確実に削られていく。


 ジリ貧だ。


 思っていると、ファン・ミリアがカホカごと槍を持ち上げた。


「あらららら」


 片手だけで、槍を地面と垂直に掲げる。カホカはうろたえつつ、ぺろりと舌を出した。


「さて、どうしてくれようか」


 下から、ファン・ミリアが冷然とした瞳で見上げてくる。


「……わ、わーい。高いなぁ」


 槍に縋りつき、カホカが上擦った声で言った。


 ファン・ミリアが槍を突き上げ、同時に引いた。宙に取り残されたカホカが落ちてくる。


 左手の、ファン・ミリアの剣がぎらりと光を放った。


 地上で待ち構えるファン・ミリアに対し、カホカが口笛を吹くように唇を尖らせた。そこから、灼熱の息吹(ブレス)がファン・ミリアに向けて放たれる。


「面白い技ではあるが──」


 ファン・ミリアが手首を使って槍を回転させた。炎が風圧によって掻き消されていく。


「目くらましのつもりか?」


 完全に火を消し飛ばした、そのファン・ミリアから離れた位置で、カホカが構えている。


 カホカは全身の炎を両の拳に集中させながら、


「喰らえヤサグレ聖女! この天才美少女戦士カホカちゃんが編み出した超必殺究極奥義!」


 眉間に皺を寄せ、怒鳴るように叫ぶ。


炎竜エギィ・シャルカニ!」


 組み合わされた両手から、眩しく輝く緋の炎が放たれた。


「これは!」


 さすがのファン・ミリアも驚きを隠せない。


「……炎のドラゴンか」


 幻の巨獣を模した炎が、猛然とファン・ミリアへと襲いかかってくる。


「ラズドリアの盾!」


 分散させた力では防ぎきれない。瞬時にそう判断した。


 現出した青光の盾と、燃え盛る炎の竜。青と緋の光が激しくぶつかり合う。


「うぬぬぬぬ!」


 カホカは喉奥から絞り出すような唸り声を上げた。


「こっちは後がないんだよ、後がよぉ!」


 必死の想いで炎を竜へと転換させ続ける。


 タオにさえ見せたことのない、秘中の秘だった。これでどうにもできなければ、もうお手上げだ。後は笑うしかない。


「凄まじい火力だ」


 眼前に迫り、どうにか盾を越えようとしてくる炎の竜に、ファン・ミリアも舌を巻く思いだった。


「──だが」


 ファン・ミリアは槍を地に突き刺した。剣を横に手のひらを当てる。


「星神より授かりし我が盾は、罪なき人々を守る正義の盾。容易く打ち破られるものではない」


 祈りの力を注いだ剣が、真白き光を帯びる。


 ファン・ミリアは両足を開き、深く腰を落とした。両手で剣を引き、溜める。瞳を閉じた。


「悪いが、ここまでだ」


 視界を染める青と緋のむこう、そこに立つ、カホカの気配を探る。


「そこだな」


 虚無の視界に、カホカの姿がありありと浮かんだ。ファン・ミリアは目を閉じたまま、鋭く剣をふるう。


 虚空に放った剣撃の風が、横一文字に竜の口を切り裂いた。風は炎の竜を上下に両断しながら、見えない刃となってカホカへと迫る。


「なん──!」


 竜に力を注ぐことに集中していたため、気づくのが遅れた。


 ──残像が、間に合わない。


 それでも横に跳んだカホカの脇腹を、風がかすめ、すりぬけていく。


 半瞬遅れで服が破れ、肌が裂けた。


 カホカの身体がよろめき、その膝が落ちていく。


 ファン・ミリアが、剣を振って風の残滓(ざんし)を払い落とし、鞘に納めた。槍を取り、脇に挟む。


「決着だ」


 カホカへと近づいていく。


「投降しろ、カホカ。止血してやる」


 地面に片膝をつき、脇腹を押さえた手が、赤く染まっている。


「いやだ」 


 碧い瞳がファン・ミリアを見上げた。


 前髪が額に張りついている。


「見事な腕前だった。お前ほどの者が、何の理由もなく加担(かたん)したとは思っていない。しかる場所にて申し開きをせよ。正当であれば、私の名でもって減刑を口添(くちぞ)えしてやれる」


 地面に落ちる赤い(しずく)が、はじめは点々と、しだいに大きくなっていく。


 カホカは、じっとファン・ミリアを見上げた。斬られた傷から血が流れ、どくり、どくり、と脈打つ音がはっきりと聞こえる


「サティ──」


 カホカが、にへらと笑う。


「アンタって、弱いね」


「……強いと思ったことなど一度もない」


 不思議と、カホカの言葉は負け惜しみには聞こえなかった。だからだろう、ファン・ミリアも素直に答えていた。


「それでも、私は負けるわけにはいかない」


 言ったものの、それがいったい誰のためか、ファン・ミリアはわからなかった。


「アタシは、負けたっていいよ」


 カホカが、膝に力を込めた。傷口をおさえ、立ち上がる。


「よせ!」


 鋭く言った、そのファン・ミリアの前で、カホカが再び炎をまとう。


 後ろ回し蹴りを、ファン・ミリアの槍が受けた。


「馬鹿者!」


 怒鳴りつけたファン・ミリアを、カホカは笑い飛ばすようだった。


「もういっちょ」


 後ろ蹴りから身体を持ち上げた。二段蹴りへと移行する。が、まったく同じ方向からの蹴りのため、避けるまでもなく、ファン・ミリアは槍で受けた。


「なぜだ」


 ファン・ミリアがつぶやく。


 カホカが蜃気楼(しんきろう)のごとく消え去る。後ろ──ではなく右前方。逆側からカホカが現れ、拳を放つ。それをファン・ミリアの盾が弾く。すかさず槍を突き出した。が、また逆からカホカが現れる。左前方。


 さらにカホカの拳が盾を叩いた。拳の血が飛び移り、青光の盾を汚していく。


 消えては現れ、左右から何度も、何度も。


 これまでの流麗な動きとは似ても似つかぬ、泥臭い攻めだった。


「もうやめろと言っている!」


 ファン・ミリアが鞘に納めた剣を振り抜いた。同時に、槍を振る。軌道の異なる二撃目の槍がカホカの実像に直撃し、その身が軽々とふっとんでいく。


 カホカは猫のように着地すると、再び構えを取った。


「もはや、無理だ。諦めよ」


 怪我のせいだろう、拳に力が乗っていない。動きも目に見えて遅くなっている。


 ファン・ミリアが悲痛な気持ちで説得するも、カホカは構えを解かない。


 ──闘志は、衰えていないのか。


 いつの間にか降り出した雨が、炎に触れて蒸発し、音を立てる。


「……勝つとか、負けるとかじゃないんだな。ガキじゃないんだからさ」


 ぽつり、とカホカが言った。より強く、血にまみれた拳を握り込む。


「逃げるか、逃げないかなんだ」


 カホカはただ、ファン・ミリアを見据(みす)える。


 その気迫にファン・ミリアは瞳をそらすことができなかった。


 小雨が、土の色を濃くしている。ポツポツと葉を打つ音と、湿った草の匂い。


 ──意地と誇り。


 そんな言葉が、脳裡(のうり)に浮かぶ。


 見覚えがあった。傷ついてもなお、諦めずに立ち向かおうとするカホカの姿が、すでにこの世を去ったひとりの少年の姿と重なる気がした。


「あくまで投降する気がないのなら、命の保証はできない。それでもいいのなら」


 くっと、一度だけ、ファン・ミリアは言葉を()む。けれどすぐに、


「このファン・ミリアに挑む勇気があるならば、かかってこい」


 決然と言い放った。他に、カホカに応える術がない。


 瞬間、カホカが跳んだ。左斜め前方。着地と同時にまた地を跳ね、下からの飛び蹴りを放ってくる。


 ファン・ミリアはその足を、剣の刃を立てて受けようとする。


「──(おとり)なのは、わかっている」


 次に来る実像に、気配を配る。足が、剣をすり抜けた。


「これは──」


 足だけの、残像。


 今度は上から、カホカの別の足──炎を帯びた踵が落ちてくる。


「よく続く……!」


 しかし、カホカがどれだけファン・ミリアを幻惑させようと試みたところで、肝心のその攻撃がファン・ミリアに届かなければ意味がない。


 予想通り、カホカの緋色の踵はラズドリアの盾によって弾かれた。


 ファン・ミリアは、半歩、足を引く。


 ──運が悪ければ……。


 その迷いを、ファン・ミリアは横薙ぎにふるった剣とともに断ち切る。


 手応えは、あった。


 噴き上がる大量の血しぶきが、左腕とともに舞い上がった。


「これは……!」


 斬った本人であるはずのファン・ミリアが動揺の声を上げる。


 カホカとファン・ミリアとの間に、見知らぬ若い男が立っていた。


 カホカも予期していなかったらしく、碧い瞳をまざまざと見開いている。


「バディス!」


 男の名を、カホカが叫んだ。

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